2023-04-14

幸福を深く理解しましょう

あなたにとって、ワクワクすることは何でしょうか?
ウェルビーイングを 1) 政策 2) 遺伝 3) 歴史 の観点から理解しようという研究です。
これまで幸福=所得の増加と考えられてきました。けれども、生活水準が大幅によくなったのに、幸福感の平均値はあまり変化していない事実。

頭の中がパッチーンと光る、気づきにあふれています。
幸福は多くの人が興味あることだけど、なんと言っても、現在、過去、そして未来の幸福政策へと向かうストーリーは、とっても面白いです。60ページの論文もあっというま…。

精神的な豊かさ、芸術、人とのつながりを、どうやって仕事に取り入れるか

人生を一瞬にして変えるアイデアあふれる論文です。

ぼくたちは、どうやって幸せであり続けるか。

Understanding Happiness(幸福の理解)全日本語訳です。
» PDFを確認する(英文60P)

CAGE政策レポート
Daniel Sgroi, Thomas Hills, Gus O’Donnell, Andrew Oswald, Eugenio Proto
序文 Richard Easterlin  紹介者 Diane Coyle 編集 Karen Brandon
Centre for Competitive Advantage in the Global Economy
The University of Warwick, Coventry CV4 7AL, UK

初出
The Social Market Foundation, January 2017
11 Tufton Street, London SW1P 3QB
著作:© The Social Market Foundation, 2017

序文は、「幸福のパラドックス」(経済成長と幸福感の逆説的な現象)という論文を書いた、経済学者リチャード・A・イースタリン氏による紹介文です。研究の背景や目的について紹介しています。

序文

幸福感に関するデータは、個人の幸福感に関する自己申告によるものです。回答者は、それぞれ自分の考える幸福を自由に定義することができます。ですので、回答者の答えを組み合わせて、社会的な平均値を得ても意味がないと考えるのが自然かもしれません。けれども、実際には、ほとんどの社会科学者の間で、そのような平均値に意味があるという実質的な合意があることがわかっています。

その大きな理由は、「幸せにとって何が重要か」という問いに対して、世界中の人々が極めて似たような回答をしていることです。

─ 幸せに何が重要か ─

生計を立てること、家族、健康、仕事など、多くの人の生活の中で最も重視していることが、幸福にとっても最も重要なことです。これらは、人々が最も気にかけていることであり、自分にはコントロールできる能力があると考えるからです。

幸福のデータが重要である2つ目の理由は、この報告書の著者の1人であるアンドリュー・オズワルド氏が始めた一連の研究によるものです。幸福度とさまざまな生活環境との間には(国によって異なるかもしれませんが)、同じような関係が国を超えて見出されています。どの国でも、失業者、一人暮らしの人、健康状態の悪い人たちは、幸福度が著しく低い傾向にあります。

今日では、幸福度のデータは、現在最も一般的に使われる指標の一人当たり国内総生産(GDP)とは異なる幸福感を評価する証拠が、十分に立証されています。なぜ、幸福の方がより意味があると言えるのでしょうか?

幸福度とGDP
出典:World Happiness Report 2023 を元に作成 / 参照: 人生の幸福度はなにで測るべきか

まず、幸福度は、その社会が人々の日常生活の関心事をどの程度満たしているかを教えてくれます。それに対し、GDPは一人当たりの財やサービスの生産高という単一の経済的側面に限定されています。

2つ目に、幸福度に関しては、生活を評価するのは、外部の観察者、いわゆる専門家ではなく、その人生を評価する人自身であることが特徴です。3つ目に、GDPとは異なり、幸福は多くの人が共感できる尺度であることが挙げられます。

最後に、幸福度は各人が1票を持つ尺度ですが、1人につき1票しか持てません。もし、幸福度が社会の福祉を測る代表的な指標になれば、公共政策は人々の生活にとってより意味のある方向に動く可能性があります。

リチャード・A・イースタリン
南カリフォルニア大学


「はじめに」は、幸福にスポットライトを当てる研究背景、目的、問題提起です。経済学者ダイアン・コイル氏によるものです。

はじめに

国民は政府に何を期待すべきでしょうか?この問いはいつも基本にあります。ヨーロッパの国民投票やトランプ大統領勝利など、いわゆるポピュリズムの選挙的表現によって示された有権者の不満が証明されたあと、さらに大きな意味を持つようになりました。英国やアメリカでは、低失業率、適切な経済成長率、低いインフレ率といった、通常なら有権者が満足するはずの経済状況で、投票の混乱が起こりました。

このレポートは、欧米社会の転換期ともいうべき時期に重要なテーマを扱っています。20世紀半ば以降、経済分野における政策の究極の目標は、GDPと生産性の持続的成長でした。ケインズは究極の政策目標である高く安定した雇用水準を、財政・金融政策によるGDPの管理に結びつけました。

冷戦期には、軍拡競争と経済生産の相関関係が確立しました。けれども、西洋の経済政策にGDPの成長目標が刻まれたときから批判がありました。中でも、フェミニストや環境保護主義者はGDPには深刻な欠落があることを否定できないとしました。

GDPには、経済的・社会的に重要な価値を持つ、主に女性が行う家庭内の無報酬労働が含まれていないのです。また、公害や自然資源の枯渇といった外部性も考慮していませんでした。

このような批判に対して経済学者たちは長い間、「GDPは経済厚生を測る不完全な尺度であることは承知している」という反応でした。GDPは市場で取引される経済活動を交換価値で測定するものであり、限界を意識して使用すれば経済の進歩の有用な尺度です。もちろん、微妙なニュアンスは見えません。そして、単純なGDP成長率が政策の成功の指標となったのです。多くの人が不満を抱き、別の進歩の代替尺度への関心が高まっているのは驚くことではありません。

一つは主観的ウェルビーイング、つまり一般的な略語を使えば「幸福」です。人間の究極の目標は、「幸福」です。なぜ、政策立案者の究極の目的を人間の生き方の目的として定めないのでしょう?

リチャード・イースタリン氏の論文『幸福のパラドックス』の影響力は年々、増しています。

幸福のパラドックス

生活満足度と 1 人当たり実質 GDP の推移 (出典を元に作成)

出典1: 生活満足度 内閣府「国民生活に関する世論調査」
※2016年から対象者が20歳以上から18歳以上に変更。「生活満足度」は、現在の生活に「満足」+「まあ満足」の比率。2021年調査はそれまでの訪問調査と異なる郵送調査でありサンプル数も少ないので単純に比較はできない。
出典2: GDP: SNA(国民経済計算マニュアル)に基づいたデータ IMF – World Economic Outlook Databas(2022年10月版)

幸福度報告は横断面で一人当たりGDPと相関していますが、ある所得水準を超えると時間経過とともに相関がなくなる観測は強固です。

けれども、それ以降の所得をさらに増やしても幸福のメリットがないという解釈には、強い異論があります。その後の研究で、幸福度スコアがGDP成長率と強い相関を持つことが複数の経済学者から指摘されています。

さらに、行動経済学者が指摘した心理的ヒューリスティック(日常的な意思決定に使う、認知的ショートカット)の一つは、人は意思決定を「基準点からの損失・利益」という観点から、度合いではなく変化で評価するということです。

プロスペクティブ理論 出典:Wikipedia
利得と損失の規模が同じなら、重要度は損失のほうが約2倍大きくなる


人は損することが極度に嫌い


もう一つは、人は環境の変化に比較的早く適応し、強い幸福の設定値を持っていることです。これは、幸福のパラドックスの解決に役立ちます。なぜなら、一人当たりGDPと幸福感の長期的な相関関係は存在しないことを示唆しているからです。けれども、それでは、幸福度の測定は政策の指針や評価にどれほど役立つでしょうか。

つまり、経済政策の目標として幸福度データをGDPの単純な代替とし、GDP2%成長目標を幸福度0.2ポイント上昇目標に置き換えることは建設的ではありません。経済測定に関する最近の議論から得た教訓の一つは、単純な尺度ではグループ間や現在-未来の間のトレードオフを伴う複雑な現実を正しく評価できない、ということです。

けれども、これらの小論が示すように、オリジナルのイースタリン論文以降の研究は、重要な政策の洞察を生み出す道筋を追求しています。

その中でも注目すべきは、メンタルヘルスと公衆衛生の重要性、経済的幸福にとっての社会的要因とプライベート要因の関連性、収入源であると同時に社会的尊敬や主体性の感覚を得るための雇用の重要性です。

けれども、これらの洞察は公共政策にほとんど反映されていません。また、序章で指摘したように、人々が幸福度調査の質問をどのように解釈し、自身の幸福をどのように評価しているかなど、まだ多くの未解決の問題が残っています。遺伝子と幸福の相互作用については、まだまだ解明すべきことがたくさんあるはずです。未知の領域であるだけに研究者は慎重に行動する必要があるでしょう。

率直な経済的疑問があります。
Q 幸せであることは人々の生産性を高めるでしょうか?
Q 実際、投票に影響を与えるでしょうか?
Q ウェルビーイングの指標はGDPだけでなく、環境の質や、無報酬だけれども価値ある活動、所得分配など、GDP批判派が重要と指摘する経済変数とどのように関係しているでしょうか?

自己申告のウェルビーイングと経済活動の持続可能性についての時間間隔をまたいだトレードオフ、または分配上の葛藤との間に必ずしも良い一致があるとは限りません。異なる個人や集団の幸福のトレードオフは何であり、個々のスコアはどのように集約され、どのような政策上の意義があるでしょうか?

「幸福度の議題」には、良い感じだけでは済まされない疑問がいくつかあります。政策が高い雇用率を優先し、医療費を増やすことは簡単に賛成できます。けれども、文化的多様性や移民の存在は、投票が示唆するように本当に一部の人々を不幸にするでしょうか?幸福といくつかの社会的特性(結婚している、宗教的信念を持っているなど)の関係は、政府の介入が前提になるでしょうか?もしそうでないなら、なぜでしょうか?

特に、ここで強く主張されているように幸福が「伝染性」であるなら、個人の幸福は公的議論を通じて、どのように仲介されるでしょうか?人々は自分が選んだ政治家に、どれだけウェルビーイングを感じ、どのように責任を問うでしょうか?

このため、研究と政策論争のために信じられないほど豊かなアジェンダがあり、この出版物が問題を浮き彫りにしたことは歓迎されるべきです。最近の政治的混乱と並んで、OECD諸国の多くで経済パフォーマンスが低迷し、ある国では高い失業率、ある国では低い生産性向上率、実質賃金上昇の欠如が見られます。幸福にスポットライトを当てることは、これ以上ないほどタイムリーです。

ダイアン・コイル
マンチェスター大学

謝辞

ウォーリック大学グローバル競争強化センター(CAGE)は、この政策報告書およびその中に含まれる研究の多くについて、イギリス経済社会研究評議会(ESRC)からの資金援助を受けました。CAGEは、所属機関であるウォーリック大学経済学部、およびパートナーである社会市場財団の支援に感謝します。
Thomas Hills、Eugenio Proto、Daniel Sgroiは、Sean Allen、Stephen Broadberry、Nick Crafts、Andrew Oswaldによる研究に対する助言や議論に感謝します。また、Tomas EngelthalerとLi Yingには専門的な研究支援に感謝します。Nicholas CraftsとKaren Brandonは、Sascha Becker、Fiona Brown、Tracy Evans、Mark Harrison、Michael McMahon、Jane Snape、この報告書を公に提供するために協力してくれた全ての人に感謝します。データを提供してくれたRedzo MujcicとAlexander Weiss、および支援をくれたGytautas KarkliusとMahnaz Nazneenにも感謝します。

次章は論文の要点の要約です。「政府が幸福を目指すべきかどうか?」「情報をどのように活用できるか?」について、データを通して幸福を理解する社会科学者としての取組の報告です。重要な情報へアクセスし、全体像をつかみましょう。

エグゼクティブサマリー

『人間の生命と幸福をサポートし、壊さないことが良い政府の第一目的であり、唯一の目的である』- by アメリカ合衆国建国の父 トーマス・ジェファーソン、1809年。

『一国の福祉は、国民所得の尺度から推論することは、ほとんどできない』- by サイモン・クズネッツ。ノーベル賞受賞者。1934年 国内総生産(GDP)創始者。



プラトン、アリストテレス、孔子 出典: Wikipedia

誰もが幸せになりたいと願っています。プラトン、アリストテレス、孔子など、古代の道徳哲学者たちは時代を超えて幸福の問題を探求してきました。独立宣言の序文で述べられた「生命、自由、幸福の追求」を「譲ることのできない権利」として確立し、アメリカ合衆国の始まりを告げる感動的な言葉となりました。

けれども、240年以上経った今、政府の目的と人々の幸福との関係は明確ではなく、政府が幸福を目指すべきかどうかも含め複雑な問題が残されています。

この問いについて、私たちは哲学者としてではなくデータを通じ幸福を理解しようとする社会科学者としてこの問題に取り組んでいます。この章は、個人や社会の幸福が所得、インフレ、ガバナンス、遺伝子、インフレ、不平等、死別、生物学、願望、失業、不況、経済成長、平均寿命、乳児死亡率、戦争と紛争、家族と社会的ネットワーク、心と身体の健康、医療などの無数の力によっていかに影響を受けるかについて理解を深めようとするものです。

この報告書は、社会経済的進歩に関する従来の目標や定義を見直し、より良い幸福な世界を作るために、これらの情報をどのように活用できるかを提案します。私たちの時代は新しいアプローチを必要としているのです。

長い間、国家の成功の定義は3文字で定義されてきました。GDPです。国内総生産は、国の繁栄や進歩、健康や業績、そして権力や名声を測る尺度として扱われ「一国の究極の尺度」とも呼ばれました。

けれども、世界恐慌と第二次世界大戦による混乱の中で生まれたこの指標は、作成者自身もその限界を十分に認識していました。時間の経過はその欠点を際立たせ、一国の財やサービスの価値以上のものを盛り込むことができる指標をどうすれば見出せるか、という疑問を増大させました。新しい種類の計算法や指標、それを使うことで現代の人間の複雑な状況をより多くとらえることができる指標が求められているのです。つまり、社会の幸福度を示すボトムラインです。

少し前まで、一部の政策関係者の間で困惑が広がっていた「幸福」という曖昧な概念は、現在では国際的な運動の高まりとともに最も急成長している学術研究の主題となっています。

2009年、フランスのニコラ・サルコジ大統領は「GDP崇拝」終了と共に国家の富の測定方法に革命をもたらすよう求め、ノーベル賞受賞者のジョセフ・スティグリッツとアマルティア・セン率いる国際的な経済学者委員会が提案した ‘新しい経済生産性指標’ を採用するよう各国に呼びかけました。

2010年には、英国のキャメロン首相が国家統計局に対し「国の進歩を、単に経済成長によってではなく、我々の生活がいかに向上したかで測るように」求めたのです。


2011年、経済協力開発機構は、国際的に比較可能なウェルビーイング指標をまとめるための「より良い生活指数」を作成しました。画像出典: Wikipedia



主な調査結果は次のとおりです:

  • 公共政策の目的としての幸福: イギリスを含む多くの国では、経済データを補完するデータを収集し、社会における幸福度の進歩を追跡する情報源を提供しています。新しい考え方は、「単に純所得を積み上げる方法」から「純福祉を積み上げる方法」へと移行しています。西洋社会の将来における重要な政策課題は、感情に関するデータを使用するかどうかではなく、どの感情を最も重要視するかで異なる政策優先事項が生じる可能性があります。

    私たちは政策立案者が自己申告の感情データを使用しない、または他の統計より劣っていると考えることは間違いだと考えます。政府政策において目標は一般的に、最大の国益を達成することです。この目標を達成するため、政府は常に予算上の制限、賢明な支出と最大の利益のための国民の圧力、そして支出(および税金)の方法と額に関して激しい政治的議論に直面しています。

    政策の全体像には、人々がどのように感じているか、その感情が良い方向に向かっているか否かの指標を含めるべきです。もし、政府が単に1人当たりGDPを増やすのではなく幸福を増やすことを目指すなら、何らかの形で「人間の感情の混在」が重視される必要があります。

  • 幸福遺伝子: デンマークを筆頭に、世界で最も幸福な国として常に上位にランクインしている国があります。新しいテクノロジーや、脳やDNAの研究を活用し、遺伝的要素がこの結果に関与するかどうかを3つのテストで検証します。

    ・遺伝距離(国々間の遺伝的類似性の比較)
    ・遺伝的変異(人生のストレスに直面したとき、より弱くなる遺伝子の変異の広さの調査)
    ・遺伝的相続(特定の国々の幸福度の違いが、移住した子孫の幸福度を通じ継承するか)

    結果は慎重に受け止めるべきものですが、遺伝子が幸福に役割を果たすことが統計的かつ実質的に有意であることを発見しています。つまり、遺伝子は重要であり私たちが注意を払うべきです。

    この発見は、遺伝的変異が果たす役割の上限、つまり最大値を表しています。最大値は約3分の1、真の値はそれより小さい可能性があります。幸福のばらつきうち、少なくとも3分の2は遺伝的でない環境要因によって説明される必要があり、ある程度社会や政策の影響下にあると言えます。

  • 歴史を通じた幸福度: 私たちは、6ヶ国で出版された2世紀以上にわたる約800万冊のデジタル化された書籍から、言葉が伝える感情を調べ、幸福指数を作成しました。時間の経過を見ることで過去の社会がどのように幸せだったのか、どのように幸せにならなかったかを洞察できます。また、政府や機関にとっての「感情会計」にも役立ちます。

    この研究によって、経済成長が社会の幸福度の向上に必ずしもつながるわけではないことが確認されました。戦争、内戦、そして大恐慌による経済破綻は幸福度の急落につながりました。一方、平均寿命の伸びや子どもの死亡率の低下は幸福度の上昇と一致しています。


主な政策上の含意は次のとおりです:

  • 政府による社会経済的進歩の指標は、現代の複雑さを反映するよう進化すべきです。私たちの報告書が、国の経済状態が重要でない、関係がないと解釈されるべきではありませんが、私たちは、経済成長の追求が幸福度を高める他の重要な目標を犠牲にしないよう強調します。経済成長の果実は単に収入増加を目的とするのでなく、人々の生活満足度向上のため的を絞った方法で使われるべきです。

  • 幸福度の測定は、限られた政府の資源を最も効果的な公共政策介入に向けることに役立つ可能性があります。これは、政府が公共サービスに関する満足度を維持または改善し、費用削減をする上で特に重要です。

  • 人生の波乱に対処するメンタルヘルスサービスは、幸福を改善する可能性があります。遺伝子がどの程度幸福に影響を与えるか、その影響についての理解には限界があります。ですが、メンタルヘルスのサービスを手頃な価格で広く利用でき、簡単にアクセスでき、偏見を減らす政策はストレスに対して最も脆弱である人々にとって特に有益であり、彼らを助けるでしょう。

  • ある個人や集団の幸福度を高める政策は、友人や家族のネットワークを通じて社会全体により広く行き渡る可能性があります。各国の国民の幸福度の違いは、ある集団の遺伝的類似性によって説明されますが、社会的ネットワークの乗数効果も同様に作用していると思われます。つまり、幸福は循環します。そのため、強くポジティブな社会的ネットワークを育成・促進する政策は、幸福を広めるチャンネルを提供します。

    個人の基本的な幸福の増加に加え、幸福が循環する社会的側面に焦点を当てた政策イニシアチブは、幸福の増加が広がると期待される社会的影響力を考慮すると特に関連性が高いと感じます。社会的孤立が増え、喫煙と同等のリスクがあり、不活動よりも高いリスクがあることから、現在において、この考え方は特に重要です。

  • 生活満足度を高める政策は、健康増進のための活動に資源を投入すべきです。私たち自身や子どもが健康で長生きする可能性を高める医療は、幸福にとってとても重要です。過去200年間における寿命の延長と子どもの死亡率低下が経済成長よりも幸福に影響を与えたことは、私たち自身と子孫が長く健康的な人生を送ることが幸福にとって、より重要ということを示します。

  • 経済安定を促進する金融政策と財政政策は、幸福の源です。安定した雇用水準を確保し、インフレ暴走を回避する政策は、単に技術的な経済的理由だけでなく幸福のためにも重要です。


第1章は、ウェルビーイングを政策目標とする最も重要な理由です。私たちの未来はどんな良いことがありそうでしょうか?幸福度の計算、方程式を知り、幸福とはどのような状態かを理解しましょう。

第1章 幸福を政策目標として*

アメリカ合衆国独立宣言 出典: Wikipedia

「次の真理は、われわれには自明のものであると認められている。すなわち、すべての人は平等に創造され、彼らの創造主によって特定で譲渡不可能ないくつかの権利を与えられている。その権利には、生命、自由、および幸福追求の権利が含まれる。」- アメリカ合衆国独立宣言、前文、1776年。

「統一テーマは…経済生産の測定から人々の幸福の測定へと重点を移す時期が熟したということである」。- 経済パフォーマンスと社会進展の測定に関する委員会の報告書、2009年1月。

「千年開発目標の精神を具現化する普遍的目標としての幸福に意識を向けることが重要であることを認識し…(私たちは)加盟国に対し、幸福と福祉の追求の重要性をよりよく捉える追加措置を練り上げ推進し、公共政策の指針とするための取り組みを促す」。- 国連総会、決議65/309、2011年7月。

状況設定

誰もが幸せでありたいと望んでいます。プラトン、アリストテレス、孔子など、古代の道徳哲学者たちは、時代を超えて幸福の問題を探求してきました。独立宣言の前文にある刺激的な言葉は、「生命、自由、そして幸福の追求」を「奪うことのできない権利」として確立し、アメリカ合衆国という国家を立ち上げるインスピレーションとなりました。

けれども、240年以上経った今でも、政府の目的と人間の幸福の関係は、幸福が政府の目的となり得るか、またそうであるべきかという問題をめぐり、明確ではありません。

私たちは、哲学者としてではなく、データを通じて幸福を理解しようとする社会科学者としてこの問題に取り組んでいます。このページでの私たちの研究は、所得、インフレーション、統治、遺伝子、不平等、死別、生物学、願望、失業、不況、経済成長、平均寿命、幼児死亡率、戦争や紛争、家族や社会的ネットワーク、心と身体の健康と医療など、多様な力によって、個人の幸福がどのように影響を受けるかについての理解を深めることを目的としています。

この報告書は、従来の社会経済的進歩の目的や定義を再考し、より良い、より幸福な世界を創造するために、これらの情報をどのように活用できるかを提案します。この政策報告書では、データが示唆すること、つまり私たちの時代に新しいアプローチが必要なことを述べています。

SIDEBAR 1: GDPとは何か?

国内総生産(GDP)は、ある国で生産されたすべてのものを測定する指標です。経済活動の指標として最も一般的に使われるもので、一定期間に生産されたすべての商品とサービスの付加価値の合計を表します。

けれども、GDPが測定するものと代表するものは異なります。
・GDPが測定するもの: 国内で生産された財やサービスの総額
・GDPが表すもの: 経済活動の規模や成長率。生活の質、環境、幸福感などを反映しない

国別GDP(2016年)上段がMERベース、下段がPPPベース。単位は10億ドル。名目ベースでは先進国の値が高く、PPPベースではインドや中華人民共和国などの新興国やアフリカなどの発展途上国の値が高く表示されやすいことが読み取れる。出典: Wikipedia

GDPは象徴的な役割を担っており、政治や金融における重要性は言い過ぎではありません。GDPの大きさは国の世界経済における重要性を示す指標であり、国のグローバルな力を代理するものとして機能します。

ダイアン・コイルは『GDP: A Brief but Affectionate History(GDP: 短いが愛情あふれる歴史)』の中で、「この『経済』の単一の指標は、しばしば政治的な競争に支配され、政府の運命は四半期ごとのGDP数値のプラス0.2パーセントとマイナス0.1パーセントの差によって上下するように見える」と書いています。

GDPは客観的ウェルビーイングを測定するでしょうか?人口に対してGDPが大きければ高い社会福祉が実現できるかもしれませんが、それが保証されるわけではありません。生産と消費からウェルビーイングへのつながりは、あまりに多く複雑で多岐にわたっているため単純な関係を見出すことはできません。

世界恐慌と第二次世界大戦をきっかけにGDPの尺度が生まれたときから、作成者自身がその限界をよく理解していました。時間経過とともに現代社会の複雑性を反映し、人間の状態を表すより意味ある基準、またGDPにない要素、たとえば公害などの環境コストを考慮したより強力な指標が求められるようになりました。たとえば、GDPには交通渋滞によるガソリンの販売増は含まれますが、大気汚染や交通渋滞に巻き込まれた人々の生産時間の損失といったコストは含まれません。

GDPは社会の幸福を測るには荒っぽく、間接的な指標に過ぎません。最悪の場合、幸福とGDPは無関係になることがあります。これが、幸福を直接測定しようとする最も重要な理由であり、幸福に直接影響を与える要因を理解しようとする理由です。


現代は、国家の成功の定義は大きく3文字「GDP」によって定義されます。国内総生産は、国の繁栄と進歩、健康と成果、権力と名声を測る尺度とされてきました。「一国の総合的な福祉を測る究極の尺度、経済の本質を理解するための窓、すべての統計の統計」と呼ばれます。けれども、その起源の時代である大恐慌や第二次世界大戦以来、その作成者自身がその限界を理解していました。

時間が経つにつれ欠点が浮き彫りになり、国の財やサービスの価値以上のものを組み込むことができる指標をいかにして見つけるかの問いが増えています。新しい計算方法、現代人の複雑な状況をより包括的に捉えることができる指標、つまり社会の幸福度を示すボトムラインを作り行使するための探求が進んでいます。

開発と進歩の新しい定義

現在、多くの国で、政府や国際機関が社会経済の進歩をより幅広く評価する取組の一環として、人間の幸福度を測定する試みを始めています。この軸は、経済成長の促進を主な目的とする考え方から、社会的な幸福度を高める方法について考えるという根本的な変化を表しています。「幸福政策」という用語自体が型破りであり比較的新しく非正統的な概念のため、基本的な問題を提起します。

SIDEBAR 2: 幸福の定義

「厳密な意味で幸福と呼ぶものは、たまっていた欲求が比較的急に満たされたときに生じるものである。その性質上、それは断片的な現象にすぎない」- by 心理学者ジークムント・フロイト

「幸福とは、夜にコルセットを脱ぐ至高の瞬間である」- by イギリスの女優、歌手、コメディエンヌ ジョイス・グレンフェル

幸せとは、まあ、あなたにとって何を意味するかによって異なるものです。 幸せの定義は人によって、さまざまです。では、人々の、いえ国全体の幸福をどのように比較すればよいでしょうか?

この政策報告書では、幸福度、客観的ウェルビーイング、主観的ウェルビーイング、生活満足度という言葉を互換に使用しています。これらの用語を使用する場合、何らかの調査によって測定された自己申告の感情を指しています。たとえば、米国の一般社会調査は、「全体的に、最近の状況はどうですか?とても幸せですか?かなり幸せですか?あまり幸せではありませんか?」と尋ねています。

一方、ユーロバロメーター(欧州連合市民の意識調査)は、「全体的に、あなたは自分の人生にどの程度満足していますか?」と尋ねます。また、ギャラップ世界世論調査は、ハシゴで表されるスケールに沿って自分の人生を評価するよう回答者に尋ねます。最高の人生は10、最悪の人生は0です。

カントリルの階梯 出典:【石川善樹】僕が「Well-Being」の研究に人生をかける理由

研究や政策立案において、長年に渡ってさまざまな定義が提案されてきました。一般的に主観的ウェルビーイングは、心理学者エドワード・ディーナーが述べたように「人々が自分の人生を評価する方法の科学的名称」と見なされています。調査は人々が自分の生活満足度を評価し、自分の人生がどの程度充実しているか示唆する方法を提供します。

幸福やウェルビーイングをどのように定義するかは人それぞれですが、一般的に世界中で多くの人々の幸福の根底には共通のテーマがあります。リチャード・イースタリンは「ほとんどの人々の生活において主要な関心事は生計を立てること、家族生活、健康であり、それらが通常、人々がどの程度幸福を感じるかを決定することになる」と述べています。

⚫︎幸福の根底にある関心ごと
・生計を立てる
・家族生活
・健康
  ▼
・幸福のような曖昧なものを、政府はどのように測定できるか?
・幸福の測定値は、政策にとって正当かつ実用的な指針として機能できるか?
・幸福を目標にすることは、政府が実施する政策にどのような影響を与えるか?


私たちは「ウェルビーイング政策」を、人々の心理的ウェルビーイングを利用した経済・社会政策立案と考えます。より広義には、国民が報告した感情に関するデータに基づく国家的な意思決定を表します。

一見すると、これは通常のやり方からかけ離れた奇妙で過激なアイデアのように聞こえるかもしれません。政府は議論の余地のない事実、つまり「証拠に基づく」政策の証拠となるデータに基づいて政策を行うことを目指しています(ただし、証拠がしばしば政治的イデオロギーのプリズムを通して見られることは認めざるを得ません)。

感情を使う考え方は、事実に基づく根拠と相反するように思えるかもしれません。けれども、世の中の状況や社会、生活の進化を考えると、「感情」を使って良い政策立案をしようという考え方は合理的、論理的であり、もしかしたらもう遅いかもしれません。社会が進化すれば、成功の概念も進化するのは自然なことです。私たちの報告書は、このシンプルな考えに基づいています。

なぜ、ウェルビーイング政策に対する関心が高まっているのでしょうか?

世界の多くの地域で人間の基本的ニーズが満たされていないにもかかわらず、多くの国々が前例のない目覚ましい成長を遂げ、先進国の人々は(すべてではないが)物質的な豊かさと利便性に満たされた生活を送っています。

けれども、人間は根本的に感情や感覚を持つ生き物です。生活の質を理解するためには、従来の経済学が行ってきたように、行動だけでなく私たちがここで提案するように「感情」も測定することが論理的には必要であると思われます。この直感的な考え方が、ここ数十年にわたる「幸福とウェルビーイングの経済学」への学術的・政策的関心の高まりの背景にあるのでしょう。

もう一つ、この問題に対する関心が高まっている理由の可能性として、リチャード・イースタリンが最初に提唱したアイデアに対する信念、証拠、論争が挙げられます。彼は1974年、経済成長率だけで人間の進歩を測定することに疑問を呈しました。彼や他の研究者たちが文書化しているように、数十年にわたる驚異的な経済成長は幸福をほとんどもたらさなかったのです。

富裕な個人は一般的に貧しい人々よりも幸せですが、一定の点を超えると、より多くのお金が社会にとって同等の幸福をもたらすわけではありません。この理由は完全には解明されていませんが、1つの理由として考えられるのは、私たち人間が比較の生き物であるということです。

研究によると、私たちは他人と比較した場合に所得や地位が高いとより幸福感を感じる傾向があります。けれども、全員の所得が上昇しても地位が上がるわけではありません。これは政策に大きな影響を持つ洞察です。


これにより「私たちは1台のフォードから3台のレクサスに移行するが、誰も幸せにならない」という現象が説明できます。

実際、経済成長が社会的福祉を改善することがほとんどない場合、経済成長を目標とすべきでしょうか?イースタリン自身が指摘するように「公共政策を通じて、経済成長とは無関係に人々の幸福を向上させることができる。けれども、もちろん経済成長があればあるほど、これらの政策を実施しやすくなる」のです。だから、これは反成長論ではありません。経済成長の成果でどのように活用して人々の幸福を改善するかが大切です。

社会的意思決定

SIDEBAR 3: 幸福のパラドックス(逆説)

1974年、リチャード・イースタリンは、米国において数十年にわたる実質的な所得成長が、幸福度の増加につながっていないことを指摘しました。イースタリンのパラドックス(幸福のパラドックス)はイギリスをはじめ、先進国、途上国、市場経済への移行期を含む世界30ヶ国以上で実証されています。

このパラドックスは、なぜ存在するのか。また存在するのかどうかを探究する研究が数十年にも渡って行われてきました。このパラドックスは、政策にも大きな影響を及ぼしています。もし、経済成長が市民の幸福をほとんど、あるいは全く改善しないのであれば、経済成長は政府の政策の主要な目標であるべきでしょうか?

国内の研究では、裕福な人ほど幸福感が高い傾向があります。けれども、複数の国を比較したり、ある国を一定期間観察した研究では、一人当たりの所得の増加と平均的な幸福度との間には、ほとんど、あるいはまったく関係がありません。平均的に、豊かな国ほど幸福度が高く、所得がある程度増加すると幸福度も上昇する傾向がありますが、ある程度を超えると上昇しないとされています。

イースタリン・パラドックスの一般的な解釈の1つは、人間は「幸福のトレッドミル」と呼ばれる状態にあるということです。つまり、所得とともに人々の欲求が高まり、基本的ニーズが満たされた後、収入の絶対水準ではなく相対水準が幸福にとって重要になるとされます。

逆説のもう一つの解釈は心理学者の「設定点」理論で、それによれば、すべての人には時間経過とともに戻る幸福度があるとされます。ただし、いくつかの研究では、ある種の破壊的な人生の出来事(中でも失業)によって「設定点」を永久的に低下させることがあるという研究もあります。

イースタリンは、基本的ニーズを満たすために十分な収入を得た後の幸福は所得以外の要素、たとえば家族、友人、健康、利他的な追求に起因すると論じています。

彼はまた、時間の経過とともに物質的な願望が変化することが、パラドックスの一部を説明すると考えています。人生のライフサイクルの中で、所得に比例して願望は増大します。「所得の増加は、より多くの商品を手に入れることができますが、ライフサイクルが進むにつれてより多くを望むため、その好ましい効果は消え去ってしまいます」と記しています。


イースタリン・パラドックス(幸福のパラドックス)は、幸福、所得、および個人や社会の幸福に影響を与える要因を探求する研究の一ジャンルを立ち上げました。これらの関係が複雑であることが明らかになっています。

「幸福のパラドックス」の熱烈な信奉者である必要も否定者である必要もなく、現代の公共政策策定において幸福の考慮を検討できます。所得が個人や社会の幸福をもたらすかどうか、またその程度をめぐって活発な議論が行われていますが(その是非は本章の別項で記述)、ほぼすべての研究や常識は、「お金は重要だが、すべてではない」という基本的な点で合意しているのです。

SIDEBAR 4: イースタリン・パラドックスは否定されたのか?

「幸福パラドックス」が存在しないと考える人々もいます。経済発展と社会の幸福は関係していないという発見は、逆の結論に至った研究によって覆されています。

2008年、ベッツィー・スティーブンソンとジャスティン・ウォルファーズの研究により、以下の結論が出されました。

1 富裕層は貧困層よりも幸せである。
2 裕福な国は貧しい国よりも幸福である。
3 国は豊かになればなるほど、幸福度も高くなる傾向がある。

「豊かな国の人々が自分の人生に満足している、という結論は疑いの余地はない」とウォルファーズは書いています。

●2021年の研究発表 年収800万円以上でも幸福度は上がり続ける
(※アメリカ人のみを対象にしたもの。日本とアメリカは異なる可能性も)

人生を振り返ったときのwell-beingは、年収7万5千ドル以上でも所得に応じて上昇(2020)

研究者たちは、ここ数十年のデータ蓄積を系統的に調べ、古いデータを再検討した結果「GDP上昇が生活満足度の上昇をもたらす」と結論づけました。

「イースタリン・パラドックスは、結局は何も発見できなかっただけのことです。彼のパラドックスは、一部の研究者がGDPと生活満足度の関係を明確に分けることに失敗したことを述べているにすぎない」とスティーブンソンとウォルファーズは書いています。

イースタリンは、豊かな国の人々がより人生に満足していることに同意する一方、富が満足の源であるとは懐疑的であり、個々の国(米国や中国など)が豊かになっても満足度は必ずしも上がらないと指摘します。彼は幸福と所得の関係を短期・長期で区別することに失敗したことが異議申し立ての原因であり、「長期的には、幸福と所得には関係がない」と主張します。


私たちの意図は、他の情報すべてを排除して「幸福」と主観的ウェルビーイングデータだけを使用するよう国が転換すべきと主張することではありません。また、経済状況を知るために情報提供する従来の収集方法を低く見ることでもありません。

私たちは、極端な反成長の立場を主張するわけではありません。そのような主張は、経済学者が真剣に受け止めるべきだと私たちは信じていますが。

私たちの研究は、建設的かつ探索的であることを意図しています。私たちは、本質的に功利主義的(幸福や快楽を追求すること)、哲学的アプローチをとっています。同時に、従来の経済学と幸福の経済学との間に重要な違いがあるため、それらが必ずしも同じ政策結論に至らないことを強調します。

とはいえ、ここで紹介する基本概念は、GDPや失業率などの経済指標を生み出す会計や統計など、データに依存したツールを使って政策立案に取り組んでいる人々には、ある程度なじみがあるはずです。私たちがここで探求する新しいスタイルの政策立案もまた、データ活用を意図しています。

けれども、これらのデータは平均的な幸福度の「スコア」という形で提供されます。一つの課題は、さまざまな種類の人間の感情をどのように計量し点数化して利用するか、ということです。

目標の変更

幸福のパラドックスは、アメリカの有名な心理学者アブラハム・マズローにとって、まったく逆説的なものとは思えなかったかもしれません。マズローの有名な「欲求の階層」では、私たちは優先順位の高い順に欲求を満たします。まず、私たちは基本的な欲求を満たします。

マズローの5段階欲求

もし、マズローが現代に生きていたら、先進的な工業化社会の人々が、親密な家族の絆や友情を育むこと、長時間の通勤や職場のプレッシャーからくるストレスを減らすこと、清潔な環境にアクセスできること、休暇をとって楽しむ時間や資源など、金銭以外の問題にもっと関心を寄せるだろうと予言したかもしれません。

同じ論理で、私たちの社会は基本的なニーズをほぼ満たし終えた今、「進歩」とは何かを見直せるのです。

社会的幸福や、より広範な経済成長の指標に関心を持つもう一つの要因は、現在の指標が持続可能性に関連する問題を取り入れることができないことかもしれません。従来、経済学者は国の債務の増大が持続可能かを懸念してきました。

最近では、環境問題や気候変動、炭素排出量の増加や世界人口の増加による消費の増大など、環境が維持できるかどうかの問題に関心が向けられています。うつ病の蔓延が「現代の病」と呼ばれる現在、社会におけるうつ病やその他の精神的健康上の問題、怒りの負担の持続可能性についても懸念すべきです。

現代社会に合わせた測定方法を見つける

私たちは、40年間大学で働き、40年間イギリスの公共政策立案に携わってきた経済学者の立場から、この研究に取り組んでいます。けれども、私たちの研究は、幅広い分野の研究者やオピニオンリーダー、特に公衆衛生学や政治学、心理学者、流行病学者、社会学者、精神科医、神経科学者などによる数千もの著作によって提唱されたアイデアを大いに利用しています。

たとえば、私たちのアプローチは、公衆衛生の進化に関する現代の考え方とも類似します。公衆衛生の先駆者であるレスター・ブレスローは、「感染症をほぼ克服した第一次革命」と、「慢性疾患に対処することで寿命を延ばす第二次革命」に続く、「すべての人が健康的に生きることに焦点を当てた第三次革命」を提唱しました。

私たちのアプローチは、パトリック・フラヴィン、ベンジャミン・ラドクリフ、ブルーノ・レイ、アロイス・シュッツァーの包括的な研究(ディ・テッラらとの共同研究含む)に基づいています。これらの研究は政府介入が社会全体の幸福につながることを示しており、「市場経済の上下動から市民を保護しようとする公共政策は、社会全体のすべての市民にとってより大きな幸福を促進するようだ」と結論づけています。

SIDEBAR 5: 政府の介入と幸福感


研究によれば、政府介入は幸福感と関連しています。ベンジャミン・ラドクリフの研究によると、福祉制度が充実している国に住む人々は、そうでない人々よりも生活に満足しています。米国でも同じパターンが見られます。

福祉支出が多く、州政府がより自由主義的で、ビジネスに対する規制が多く、民主党による支配の歴史が長い州に住むアメリカ人は、所得、年齢、配偶者の有無にかかわらず生活に満足していることが研究で示されています。

ラファエル・ディ・テッラ、ロバート・マクロッチ、アンドリュー・オズワルドによる研究は1970年代から1990年代にかけ、無作為に抽出した25万人の欧米人の心理的幸福度を調査しました。結果、幸福度はGDPと相関することがわかりましたが、好調な時期に得た幸福度は時間とともに減少していきます。

不況に陥ると精神的な損失はとても大きく、GDPの減少を超えて失業者数の増加にも及んでいます。福祉国家は、失業給付が多いほど、国民の幸福度が高くなる補償力を持っていることがわかっています。

ブルーノ・フレイとアロイス・シュツーザーによる別の研究によれば、統治機関が幸福に影響を与えることが明らかになっています。彼らは、イニシアチブや国民投票を通じた直接民主制と地方自治が、自己申告の個人的幸福感を系統的にかつ大幅に向上させることを発見しました。研究によれば、所得水準が高いほど幸福度はわずかに上昇し、失業は幸福度を強く押し下げます。


さらに、私たちはノーベル賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ、アマルティア・セン、ジャン=ポール・フィトゥシが率いた「経済パフォーマンスと社会進歩の測定に関する委員会」と同じ知的伝統に従っています。この委員会の結論の中で、私たちの見解を形成し、政策立案者による検討が必要なものが含まれています。

  • 人生はより複雑になっています。「現代の経済の進化を特徴づける構造的変化を、より正確に反映するために私たちの測定システムを適応させる時が来たということです」。
  • 現在、経済の世界を支配しているのは、製造業よりむしろサービス業です。サービスの割合が増え複雑な製品が生産されるようになったことにより、以前よりも生産高や経済パフォーマンスの測定が難しくなっています。
  • 私たち社会全体は、幸福そのものを測る必要があります。「この報告書の統合的なテーマは、測定システムが、経済生産を測定することから人々の幸福を測定することに重点を移す時期が来ているということです」。
  • 格差自体が重要です。「すべての次元の生活の質の指標は、包括的な方法で不平等を評価する必要があります」。
  • 公式の政府統計は、客観的ウェルビーイングと主観的ウェルビーイングのデータを融合させるべきです。「統計事務局は、人々の生活評価、経験、優先事項を把握するための質問を取り入れるべきであるとしています」。
  • 持続可能性は基準でなければなりません。「持続可能性の評価には、明確に定義された指標のダッシュボードが必要です。このダッシュボードの構成要素は、いくつかの基本的な『ストック』の変化として解釈できるようにする必要があります。持続可能性の貨幣的指標は、そのようなダッシュボードに適したものです」。

感情をデータに変換する

同時に、取り組みは決して新しいものではありませんが、幸福研究と政策立案の境界の研究は、まだ比較的少なく、研究と政策の関係も変化しつつあります。人々の幸福は、それ自体が重要であると考えられているかもしれませんが「幸福」な労働者は生産性が高いことを示唆する証拠が増え、政府、企業、社会がこの問題に取り組むことを促しています。

もし、それだけでは十分な動機づけにならないのであれば、政権維持しようとする政治家は市民が自分の生活に満足している場合、現職の政党を支持し投票する傾向が強い、という最近の研究結果を考慮するとよいでしょう。

SIDEBAR 6: より幸せな従業員はより生産的である

「グーグルは、健康、家族、ウェルビーイングが社員の生活に重要であることを知っています。また、幸せな従業員は…(私たちは)…モチベーションが向上することもわかっています。…私たちはGoogleが感情的に健康な職場であることに取り組んでいます」- by Google社、従業員プログラムマネージャー、ララ・ハーディング

もし、それだけでは十分な動機づけにならないのであれば、政権維持しようとする政治家は市民が自分の生活に満足している場合、現職の政党を支持し投票する傾向が強い、という最近の研究結果を考慮するとよいでしょう。

幸せな人はより生産性の高い労働者になるでしょうか?一部の企業は、従業員の福利厚生や「幸福度」を気にかけていると言います。幸福な人はより生産性が高いという期待を込めてです。けれども、このような主張が誇大広告なのか、それとも妥当性があるのかについては疑問が残ります。

アンドリュー・オズワルド、エウジェニオ・プロト、ダニエル・スゴロイによるCAGE研究は、ウェルビーイングと生産性の因果関係を示す初の明確な証拠を提供していると考えられています。彼らは、幸福度が生産性に影響を与えるかどうかを評価する一連の実験を行いました。実験では、大学生に対して時間内に5桁の数字を足すよう求め、正しい答えごとに学生に報酬が支払われました。

最初の実験では、一部の学生が仕事を始める前にコメディ映画のクリップを見ました。3つ目の実験では、一部の学生にチョコレート、果物、飲み物を与えてから作業をさせました。

コメディ映画や食べ物、飲み物は生産性が大幅に向上

コメディ映画を見た人や食べ物、飲み物を提供された人の生産性は、大幅に向上しました。映画や食べ物や飲み物で幸福感が最も高まったと答えた人は、最も生産的でした。「幸福感が大きい」グループの学生は、生産性が約12%向上しました。

別の実験で、オズワルド、プロト、スグロイは、最近、家族の死や重病といったトラウマとなるライフイベントを経験したと回答した学生たちの生産性を比較しました。このグループの自己申告による幸福度は、最近トラウマを経験しなかった人たちよりも低く、トラウマを経験した学生は生産性も低かったです。

この結果は幸福度と生産性の関連性を示すものであり、自己持続的なスパイラルを作り出す可能性があることを示唆しています。

SIDEBAR 7: 投票箱の幸福度

最近の研究で、主観的ウェルビーイングの尺度が、従来の金銭や財務指標よりも強力な形で投票行動を説明できることがわかっています。自分の人生に満足している市民ほど、現職政党を支持する投票を行う傾向があります。


フェデリカ・リベリーニ、ミケーラ・レドアノ、エウジェニオ・プロトの研究によると、自分の生活に満足している市民は現職政党を支持する確率が1.6%高くなります。

一方、世帯収入が10%増加すると、現職を支持する割合が0.18%増加します。その結果、生活満足度が7段階評価で1ポイント下がると、現職政党の支持率が12%低下することがわかりました。

研究は、生活満足度の低下につながる出来事が政府の管理範囲外であっても、市民は政府関係者を非難したり、報いたりすることを示しています。

この問題を検証するために、研究者は配偶者の死を経験した人々の投票行動を分析しました。配偶者の死は生活満足度を下げる出来事であるため、このような遺族は、たとえ死を合理的に非難できない政策(医療や社会福祉政策など)であっても現職候補者を支持する可能性が約10%低くなります。この影響は党派的な有権者よりも、揺れ動く有権者の間で最も顕著です。

この研究結果は、政策形成において幸福を考慮する重要性が認識されつつあることを強調しています。調査によると、市民は、自分たちの幸福感の低下について、政府の責任があるのかどうかを区別できないことがわかりました。そのため、生活満足度の低下は、原因にかかわらず有権者が現職の政治家の責任を負わせる原因となることがわかります。


長い間、経済学者はGDPの概念について考え、実証的に測定してきました。現在では、すべての先進国が実質GDPを算出し、定期的に発表しており、国民の所得水準を暗黙のうちに示すものとなっています。問題は、幸福度についても同様のものが考案されるかどうかです。

私たちの提案のコンセプトの中核には、ある重要な考え方があります。

もし政府が、単に一人当たりGDPを増やすのではなく、人間の幸福度を高めることを目指したいのであれば、何らかの形で、政府の政策決定において人間の感情の混合が重視されなければならないのです。

感情の重要性を再考する

私たちは、自己報告された感情に関するデータを使用しない、またはこれらのデータを他の統計情報より劣っているものとして扱うことは、研究者や経済政策立案者が誤った判断をしていると考えます。

政府の政策は、一般的に最大の国益を実現するためのものです。この目標を追求するために政府は常に予算制限、賢明に支出するための公共圧力、そして支出(および課税)の方法、およびその金額に関して激しい政治的議論に直面しています。政策の全体像には、人々がどのように感じているか、そしてこれらの感情が良い方向に動いているかの測定を組み込む必要があります。

客観的なデータと主観的なデータをどのように組み合わせるのがベストなのか、その詳細はまだわかっていません。けれども、その答えを知るためには、まず始めなければなりません。ここでは、社会における幸福度の向上を測定するための実行可能な実証的アプローチを探り、政府が進歩を測定する新しい方法に取り組むにあたって考慮すべき基本的な問題について考えます。

幸福の経済学として知られるようになった研究分野では、無作為に抽出した個人を対象に、生活の質についてどのように評価しているかをアンケートで尋ねています。研究者は、その回答を人々の生活の観察可能な特徴(収入、配偶者の有無、年齢、性別など)と相関させます。

限界があるにせよ、この研究には強みがあります。あることが他のことと比べてどれだけ幸福になるか問われるわけではありません。たとえば、幸福の経済学の研究では、「失業によってどのくらい不幸を経験したか」とは尋ねません(実際、私たちは、何が幸せで何が不幸せか、非常に予測力が低いとされています)。

この点において、この研究は疫学者の研究に類似しています。疫学者たちは、タバコを吸う人と吸わない人、特定の食事をとる人ととらない人の間で、将来的にどのようなパターンが現れるか研究することで健康に悪影響を及ぼすものを見つけ出しています。私たちは、幸福のパターンを数年にわたって分析することで同様のことを成し遂げたいと考えています。

ウェルビーイング調査

「幸福感、人生満足度、不安、人生の意義について、どの程度感じていますか?」という質問を含む調査を実施しています。これらの4つの感情はイギリス統計局が選んだものであり、少なくとも21の先進国が同様のデータを収集し、このデータを目的に使用できます。これは公式ではなく、政府はより多い(または少ない)感情やデータを使用し市民の感情を把握できます。

SIDEBAR 8: イギリスのウェルビーイング


2011年以降、イギリス国家統計局は毎年、大規模に成人サンプルに一連の質問を行い、自分の生活についてどう感じているかを理解し、市民のウェルビーングのバロメーターとして利用しています。主観的ウェルビーングに関する質問は国内総生産(GDP)を超え、イギリスの人々にとって何が最も重要かを調べることを目的とした「国民の幸福測定」プログラムの一部です。

この調査では、人々が生活にどの程度満足しているか、生活の中で行っていることにどの程度価値があると感じているか、昨日どの程度幸せを感じたか、昨日どの程度不安だったかを尋ねています。0は「まったくない」、10は「完全にある」を表し、0から10のスケールで回答するよう求められます。5年後の調査結果は以下のようになります:

・ロンドンに住む人々は、生活満足度の平均値が低いと報告しています。
・北アイルランドの人々は、不安を除くすべての指標で個人のウェルビーイングを平均より高く評価しています。
・女性は男性に比べ、生活満足度や生きがいに対する評価が高く、不安レベルも高くなっています。
・ウェルビーイングは2012年から2016年まで上昇傾向にありましたが、2016年に「幸福感」「不安感」「生きがい感」の評価の向上が止まりました。


●国民のウェルビーイング測定:

  1. 全体として、あなたは「今の生活にどの程度満足」していますか?全く満足していないを0点、完全に満足しているを10点とし、11点満点でお答えください。
  2. 全体として、あなたが「人生で行っていることに、どの程度の価値がある」と感じますか?0が全く価値がなく、10が完全に価値があるとして、11点満点でお答えください。
  3. 全体として、「昨日はどの程度幸せだ」と感じましたか?11点満点で、0は全く幸せでない、10は完全に幸せであることを表します。
  4. 0が全く不安でない、10が完全に不安であるとして、全体として、「昨日はどの程度不安」を感じましたか?

これらの回答を時系列で見ることにより、4つの感情の変化を計算することができます。

幸福度の計算: 方程式

私たちはここで、幸福度を計算する簡単な方法を提案します: 明快な数学の方程式を書くことです。もちろん、幸せの方程式というと、「人生ってそんなに単純なものなの?」と思われるかもしれません。けれども、複雑な人生であっても、この方程式を使えば、4つの感情を使って幸福の全体像を把握できるのです。自己申告による幸福度、生活満足度、生きがい度を合計し、暗黙のうちに全体的な幸福感を粗く計算し、時間経過に伴う変化を追跡できます。

たとえば、人々がこれらの感情を同じ重みで評価すると仮定してみましょう。その場合、単に4つの感情を正式に足すことができます。幸福(h)、生活満足度(s)、人生の価値(w)に加えて、不安(a)を引きます。

個人の回答によって、私たちは総合的な幸福感(T)の代表的なイメージを得ることができ、時間の経過に伴う変化を比較することができます。数式で表すと、以下のようになります。

T ≒ h + s + w – a
幸福感 = 幸福 + 生活満足度 + 人生の価値 – 不安

どの感情が最も重要か?

けれども、もし国家の統計学者が私たちの全体的な幸福を測ろうとするなら、ある感情が他の感情と比べてどれほど重要か、という問いに直面します。4つの感情の中で、どの感情がより重要でしょうか?すべての感情が同等に重要でしょうか?それぞれの感情の相対的な重要性については、どのように判断すべきでしょうか?

もちろん、幸福感、生活満足度、不安感、生き甲斐といった感情に社会的価値をつける正統な方法はありません。けれども、すべての感情が等しく重要であるという機械的な算術的仮定をすることは、数学的探究に従事する私たちにとっても特に奇妙に思えます。

それぞれの感情に相対的な重要性を評価する際、市民の考え方を示し、そのようなシステムがどのように機能するか説明するために4つの小さな調査を実施しました。これらの調査結果は、私たちが知る限りでは初めてのものです。

市民サンプルに次のような問いを投げかけました。

Q 幸福感、生活満足度、不安、生きがい感のどの感情が、あなたの幸福度を測る上で最も重要だと思いますか?

「社会の質に関する人々の意見に興味があります。イギリス政府は、下方にある4つの幸福度に関する質問について情報を収集しています。これらは、幸福度、生活満足度、生きがいの度合い、人々の不安を測るものです。社会がどの程度うまくいっているかを評価する上で、これらの質問の相対的な重要性について、あなたのご意見をお聞かせください。

幸福の尺度の重要性を示すために、100点満点で配点すると仮定してください。あなたなら、以下4つの尺度に100点をどのように配分しますか?[ 例えば、4つの尺度が同じように重要だと思うのであれば、4つの尺度にそれぞれ25%ずつ配分します。]」

私たちは、これらの質問を4つの異なるグループに分かれた650人に提示しました。これらのグループは、統計的に代表的な母集団となることは意図されていません。これらのグループは、この方法がどのように機能するかを示し、特定の人々がこれらの質問にどのように答えるかを知るためのものです。高い回答率を得るために、個人的特徴に関する質問はしませんでした。参加者は以下のメンバーで構成されています。

1)2014年に経済学の夏季学校に参加した76人の学生
2)フランスのINSEADビジネススクールのMBA学生206人
3)ウェブベースのAmazon Mechanical Turk調査に参加した306人の広範な市民グループ
4)イギリスで働く非学術的な専門家、経済学者52人のグループ

例として、図1は4グループの中で最も大きなグループ(3)の回答を示しています。

図1-1: 幸福感の4つの側面の相対的重要性を考える

出典: オドネルとオズワルド(2015)

調査では、社会がうまくいっているかどうかを評価するための4つの指標(幸福度、生活満足度、生きがい、不安)の相対的な重要性について、人々に意見を求めました。回答者には、4つの尺度を100点満点で配分すると想定してもらいました。上記結果は、Amazon Mechanical Turkの調査回答者306人のサンプルが選んだ平均を示しています。


どのグループも各変数をかなり重要視し、「不安」はどのグループも最低評価でした(20%以下)。意見は分かれました。

経済学者、経済学部生、経営学部生の3つのグループは、「人生の満足度」を最も重要視しました。けれども、図1のMTurkの調査に参加した人たち(グループ3)は、「幸せ」に最も大きな価値を置き、「人生の満足度」は2番目に評価されました。

このように、統計的に代表的な大規模サンプルの意見を収集することは、政策立案のために有意義なことだと考えます。

SIDEBAR 6: より幸せな従業員はより生産的である

「グーグルは、健康、家族、ウェルビーイングが社員の生活に重要であることを知っています。また、幸せな従業員は…(私たちは)…モチベーションが向上することもわかっています。…私たちはGoogleが感情的に健康な職場であることに取り組んでいます」- by Google社、従業員プログラムマネージャー、ララ・ハーディング

もし、それだけでは十分な動機づけにならないのであれば、政権維持しようとする政治家は市民が自分の生活に満足している場合、現職の政党を支持し投票する傾向が強い、という最近の研究結果を考慮するとよいでしょう。

幸せな人はより生産性の高い労働者になるでしょうか?一部の企業は、従業員の福利厚生や「幸福度」を気にかけていると言います。幸福な人はより生産性が高いという期待を込めてです。けれども、このような主張が誇大広告なのか、それとも妥当性があるのかについては疑問が残ります。

アンドリュー・オズワルド、エウジェニオ・プロト、ダニエル・スゴロイによるCAGE研究は、ウェルビーイングと生産性の因果関係を示す初の明確な証拠を提供していると考えられています。彼らは、幸福度が生産性に影響を与えるかどうかを評価する一連の実験を行いました。実験では、大学生に対して時間内に5桁の数字を足すよう求め、正しい答えごとに学生に報酬が支払われました。

最初の実験では、一部の学生が仕事を始める前にコメディ映画のクリップを見ました。3つ目の実験では、一部の学生にチョコレート、果物、飲み物を与えてから作業をさせました。

コメディ映画や食べ物、飲み物は生産性が大幅に向上

コメディ映画を見た人や食べ物、飲み物を提供された人の生産性は、大幅に向上しました。映画や食べ物や飲み物で幸福感が最も高まったと答えた人は、最も生産的でした。「幸福感が大きい」グループの学生は、生産性が約12%向上しました。

別の実験で、オズワルド、プロト、スグロイは、最近、家族の死や重病といったトラウマとなるライフイベントを経験したと回答した学生たちの生産性を比較しました。このグループの自己申告による幸福度は、最近トラウマを経験しなかった人たちよりも低く、トラウマを経験した学生は生産性も低かったです。

この結果は幸福度と生産性の関連性を示すものであり、自己持続的なスパイラルを作り出す可能性があることを示唆しています。

SIDEBAR 7: 投票箱の幸福度

最近の研究で、主観的ウェルビーイングの尺度が、従来の金銭や財務指標よりも強力な形で投票行動を説明できることがわかっています。自分の人生に満足している市民ほど、現職政党を支持する投票を行う傾向があります。


フェデリカ・リベリーニ、ミケーラ・レドアノ、エウジェニオ・プロトの研究によると、自分の生活に満足している市民は現職政党を支持する確率が1.6%高くなります。

一方、世帯収入が10%増加すると、現職を支持する割合が0.18%増加します。その結果、生活満足度が7段階評価で1ポイント下がると、現職政党の支持率が12%低下することがわかりました。

研究は、生活満足度の低下につながる出来事が政府の管理範囲外であっても、市民は政府関係者を非難したり、報いたりすることを示しています。

この問題を検証するために、研究者は配偶者の死を経験した人々の投票行動を分析しました。配偶者の死は生活満足度を下げる出来事であるため、このような遺族は、たとえ死を合理的に非難できない政策(医療や社会福祉政策など)であっても現職候補者を支持する可能性が約10%低くなります。この影響は党派的な有権者よりも、揺れ動く有権者の間で最も顕著です。

この研究結果は、政策形成において幸福を考慮する重要性が認識されつつあることを強調しています。調査によると、市民は、自分たちの幸福感の低下について、政府の責任があるのかどうかを区別できないことがわかりました。そのため、生活満足度の低下は、原因にかかわらず有権者が現職の政治家の責任を負わせる原因となることがわかります。


長い間、経済学者はGDPの概念について考え、実証的に測定してきました。現在では、すべての先進国が実質GDPを算出し、定期的に発表しており、国民の所得水準を暗黙のうちに示すものとなっています。問題は、幸福度についても同様のものが考案されるかどうかです。

私たちの提案のコンセプトの中核には、ある重要な考え方があります。

もし政府が、単に一人当たりGDPを増やすのではなく、人間の幸福度を高めることを目指したいのであれば、何らかの形で、政府の政策決定において人間の感情の混合が重視されなければならないのです。

社会的意思決定

情報を集めることと、その情報を民主主義の精神に則ってどのように政府に統合していくかを考えることは別のことです。ここでは、以下4つのアイデアを紹介します。

アイデア1.人々は、自分がどう感じているかを言うことが許され、その感情や好みを真剣に受け止めることができる。この理論は、個人が自身の判断を下し、自身の生活について報告された感情を評価する権利があると見なされる可能性があるということです。

市民自身が自身を最適、かつ最善の裁定者と見なすかもしれません。ですから、幸福度調査における「満足度はどうか」といった質問に対する人々の回答は、政府の統計担当者や政策立案者が使用するための重要なデータを提供するものです。このような調査の回答は、社会的意思決定の貴重な原材料です。

アイデア2.市民は、政府が重視すべきと考える重要度を選ぶことができる可能性がある – おそらく「市民陪審」の議論後。政府が重視すべきと考える重要度を選ぶには、政策の設計において倫理的な選択も必要です。アイデア2は、選択を社会の個人の手に委ねることができる考え方です。これは、現代の代表的な社会の精神に沿ったものです。

政治家に任せるのも一つの方法ですし、専門家に任せるのも二つ目の方法です。また、第三の方法として市民陪審を利用することも考えられます。アイデア2については、市民には最善の選択をする資格がない、またはできないという理由から、反対意見が出る可能性があります。

アイデア3.課題は、投票数の数値の強さで決めることができる。どの社会でも、幸福、生活満足度、不安などに対して社会的にどのようなウェイトが望ましいか、様々な意見があると思われます。それを選択するために、民主的意思決定という考え方があります(ただし、スイスのように個人の政治的意思決定に広く使われる国は稀だと認識しています)。アイデア3は、一人一票の概念を取り入れたものです。

アイデア4.人々の好みが変わるとき、政府の目的も変更できるようになるべきである。たとえば、国内総生産の最大化などの社会的目的よりも、柔軟性ある社会的目的を持つ公共政策を考案することが、私たちの社会にとって有益かもしれません。幸福度でいえば、単純な幸福のGDPのようなものを目指しても、柔軟性という目的を満たせません。工業化社会が発展するにつれ、人間のニーズはマズローの階層に沿って成功の概念も発展させることが自然であるかもしれません。

ウェルビーイングを指標として活用する

ある日、先進国の社会は、次のような方針を正式に採用するかもしれません。
ある政策にXポンドかけるか、別の政策にXポンドの何分の一かをかけるかによって、ある幸福度(たとえばY)を得ることができるならば、コストの高い政策は非効率であり、より安い代替案を追求すべきだというものです。

もし、このアプローチを論理的に追求すれば、英国のような国家の次の公共支出ラウンドは、異なる政府部門が見積もったコストと幸福のメリットを持つ政策を提示し、幸福を最大化しようとする選択が行われることになります。


たとえば、ヒースロー空港に3本目の滑走路を増設するかどうかの議論を考えてみましょう。従来の計算では、このような決定は経済的な問題、つまり金銭的価値だけを見て行われますが、幸福のアプローチでは環境面など、より広範囲の考慮が必要です。私たちの研究の観点から言えば、すべての政府政策は人間の幸福を考慮する必要があります。

正直に言って、これは新しい領域であり、革新的な考えが必要です。たとえば、防衛費の増加が幸福に与える影響をどのように測定すればよいでしょうか?実際には、省庁には「やらなければならない」活動の予算を提出してもらい、その後、選択的支出の一式をリストアップし、それらの幸福の影響を見積もることが求められるかもしれません。

理想的には、各省庁が連携して政策案を提示することです。たとえば、刑務所の教育を改善する提案は多くの点で幸福と財政に影響を与えるでしょう。なぜなら、再犯や失業など、政府の他の領域で必要な支出を減らすことによる恩恵があるからです。

政府は、そのような政策決定を行うには程遠く、結果として社会もそのようになるには程遠いのが現状です。経済学者の方程式ではなく現実世界において、このようなプロセスを実行する上での主要な障害は何でしょうか?

まず、ウェルビーイングの定義について合意が必要でしょう。政策分野では、GDPへの影響が定期的に成功尺度として使用されています。これは、人間が絶対的な収入よりも相対的な収入を重視することを示す証拠が、多くの研究によって蓄積されているにもかかわらずです。

お金で買える幸福はわずかにもかかわらず、私たちの周囲の人々はお金を増やそうと懸命に努力しているパラドックスを考えるとき、なぜこのようなことが起こり得るのかと考えます。

答えは、豊かな国に住む人々にとって重要なのは、その人の相対的な所得かもしれません。サッカーの試合で飛び上がった観客は最初はずっと良い景色を見ることができますが、隣人が飛び上がるころには以前と変わらない、むしろ悪化しているかもしれません。

結局、その人は座ることができず、立って試合を見続けなければならないのです。つまり、私たちが自分の幸福を測ろうとする試みは欠陥があり、人間の幸福の複雑な性質についてより多く学ぶにつれて変化していく必要があります。

SIDEBAR 9: すべての幸福は相対的か?

欲しいものは増え続ける巨大なものであり、手に入れるコートは決して十分に大きくない。- by ラルフ・ワルド・エマーソン


私たちは、自身の成功を他人と比較します。富や収入そのものよりも、私たちの地位と関係があることが示唆されます。たとえば、公衆衛生研究者のマイケル・マーモットは、「ステータスシンドローム」、つまり社会的階層における自分の地位が、人々の健康、寿命、社会参加能力に影響を与えると提唱しています。また、他の研究によれば、私たちは友人や家族だけでなく、過去の自分や過去の世代と比較しています。

最近の研究では収入を増やしても幸福感は増加しないことが示されていますが、比較グループ内でのランキングが向上した場合は増加するとされています。

クリストファー・ボイス、ゴードン・ブラウン、サイモン・ムーアによる最近の研究によると、人々は比較対象(年齢や資格レベルが近い労働者、隣人、大学時代の友人など)の中で自分が2番目に高給なのか8番目に高給なのかが重要である、と述べられています。

これらの研究は、経済成長を追求することに関する懸念を示しています。「社会には一定の階級があり、最高所得者になれるのは一人だけである」とボイス氏らは指摘しています。したがって、経済成長の追求は重要な政治目標であるにもかかわらず、人々を幸せにするわけではないかもしれません。


GDPもまた、欠陥のある指標です。とはいえ、1つのまとめ指標を持つことは強力であり、他の競合しうる政策オプションと互換性を持つことができます。問題の一部は、プレゼンテーションにあります。GDPは政策立案者にとって頑強で客観的な指標のように思われ、多くの異なる国で長い時間をかけて測定されてきたため、横断的な比較や時系列での比較が可能です。

私たちの加重されたウェルビーイング・アプローチは単に例示に過ぎないですが、代替手段の一つを提供します。この手法、あるいは他の研究者が提案する可能性がある手法と同様に、重要な問題を提起します。その中には、次のようなものがあります。

  • 経済学や社会科学の専門家は、主観的ながらも同等の堅牢性を持ち、時間や国を越え一貫して計算できる尺度を持つ幸福の定義に合意できるか?
  • GDPのような「客観的」指標よりも、幸福度のような「主観的」指標を受け入れてもらうことは本質的に難しいか?
  • 文化的・言語的要因はGDPのような指標よりも幸福度に大きく影響するため、国を超えた比較は難しいか?

究極の望みは、政策立案者が、さまざまな政策オプションが人間の幸福に与えそうな影響という観点から短期と長期の両方で予測できるようにすることです。そのためには、幸福の決定要因を説明するモデルが必要です。決定要因が確立されれば、幸福を持続的に向上させる方法を探るための新しいアイデアや、さまざまな介入の有効性に関する確実な証拠を提供されることが望まれます。

幸せの価格は?

ウェルビーイングのアプローチを政策に導入することは、哲学的かつ実際的な問題を引き起こします。その中には、次のようなものがあります。

  • 幸福の金銭的価値。私たちは、ウェルビーイングに影響を与える要因に金銭的価値を伴わない要素を、どのように金銭的価値を置くべきでしょうか?たとえば、結婚による潜在的な幸福や子どもを失ったことによる不幸に対してです。特に、環境経済学や健康経済学の文脈で、この問題に取り組む研究が始まっています。

  • 現在と未来の幸福の取引。今日のウェルビーイングを、同じ量の将来のウェルビーイングとどのようにトレードオフすべきでしょうか?一部の政策には、「今すぐ」の幸せを生み出すものもあれば、何年もその効果が現れないものもあります。政府は、他の問題に対する支出や投資に関する意思決定と同じように、どれだけ現在指向にするか未来指向にするかを決めなければなりません。

  • 総ウェルビーイング度 vs. 一人当たりウェルビーイング度。多くの経済学者やコメンテーター、たとえば最近の移民に関する上院委員会は、一人当たりの定式化を支持するでしょう。けれども、A国では、現在A国外の人々の幸福度には本当に気にかけないでしょうか?A国の元住民で、現在外国に住んでいる人はどうでしょうか?

  • ウェルビーイングの分布。人口全体に均等にXのウェルビーイングレベルを引き上げる政策は、初期のウェルビーイングが平均以下の人々に対して効果を持つ政策よりも良くないと主張できます。これには、空間的な意味合いもあります。英国では、ウェールズの一人当たりGDPはイングランドよりも低いとされていますが、ウェールズはいくつかのウェルビーイング指標で高い評価を受けています。

    もし、ウェルビーイングが同じように分布されていると確信できるなら、政府は両国のウェルビーイング格差を縮小する政策を採用する準備ができているでしょうか?政策がこの目標を達成することについて、長年にわたり地理的な所得格差を是正するための政策がとられ、まちまちだった結果を踏まえて合理的に確信が持てるでしょうか?

  • 異なる願望。たとえば、地域Aのウェルビーイングが高く平均所得が低い場合、政府は関与すべきでしょうか。それは、地域Aの住民がお金にあまり関心がなく、労働時間が少ないか、通勤時間が短いかで、お金を交換しているからです。また、地域Bが異なる選択をするかもしれない場合はどうでしょうか?多くの経済学者は「ノー」と言うかもしれませんが、これはおそらく大きな所得格差を受け入れることを意味し、主観的ウェルビーイングが人間活動の唯一の目標ではない可能性を認識することになります。

  • ウェルビーイングの均等化 vs. 最大化。ウェルビーイングを均等化することが目標であるべきでしょうか?研究者の中には、人は意識的または無意識的に幸福を最大化しないことを選ぶかもしれないと主張しています。惰性、義務感(たとえば年老いた両親のそばにいること)、人生の目的が異なる(特定の宗教団体など)と信じている人などです。

  • 適応問題。ウェルビーイング政策は、「快楽適応」と呼ばれる問題、つまり、大きな変化や挫折があっても安定した幸福水準に戻ろうとする人々の傾向の問題を考慮すべきです。平均して、手足を失った人は最終的に以前のウェルビーイングレベルをある程度回復しますが、障害への適応は 100%でなく回復の程度は障害の重さによって異なります。

    たとえば、よりエネルギー効率の高い車に乗ることを流行らせるなど嗜好を適合させることによって、より高い幸福を構成するものに影響を与えようと試みるべきでしょうか。政府はしばしば「嗜好」を所与のものとみなしますが、実際には教育制度、文化的な慣習の設定、また法律を通じて、これらの嗜好を決定する役割を担っているのです。このプロセスが不適切になるタイミングはいつでしょうか?

SIDEBER 10: グッドハートの法則と幸福

1975 年、チャールズ・グッドハートは金融政策における重要な問題を取り上げ、それ以来、彼の名前にちなんで「グッドハートの法則」と呼ばれるようになりました。グッドハートの法則によれば、政府が特定の金融資産を規制・管理することを決定すると、その規制は行動の変化によって破壊される傾向があるとされています。一般的に、人々はシステムを操作する方法を見つけると言われます。


たとえば、ある金融資産の供給を制限するよう銀行に求められた場合、その銀行は同じ目的を達成する新しい資産を開発し、政府の規制対象にならないようにすることができます。これは、グッドハートの法則の簡単な例です。

グッドハートの洞察とほぼ同時期に、ロバート・ルーカスは、政府がそれらを政策に利用することを決定した後も、歴史的な関係が一定に保たれることの無効性を論じています。このことは、マクロ経済政策の基礎となるミクロ経済学を発展させようという動きのきっかけとなりました。目的は、国民経済全体で何が起こっているかだけでなく、それがなぜ起こるのかを個々の意思決定者のレベルまで理解することです。

どちらの考え方も、経済主体は、政府の支配力に対して自らの行動を変えることで対応できる、という考えを基盤としています。政府が幸福度のデータを政策の指針として使用する場合、より頻繁に意見調査を行ったり新しい指標を開発することが考えられます。けれども、個人、機関、またはロビー団体は自分たちの行動が政府の政策に依存する可能性があると知っています。戦略的に行動を変えることを防ぐことはできないでしょうか?

グッドハートとルーカスの課題への反応は、金融およびマクロ経済システムの基盤的なマイクロ構造を見直し、統計的な規則性だけでなく、理論的根拠がある政策を開発することを目指しました。

幸福に関連する政策に関しては、単に歴史的関係性だけでなく、個人レベルでの幸福の基盤となる理由、すなわち幸福のマイクロ経済学または心理学について考えることを意味します。現在、CAGEの研究者たちは、まさにこれらの問題に取り組んでいます。


見通し

英国を含む一部の国々は、今や国民の幸福や精神的ウェルビーイングの様々な指標を収集しています。問題は、どの指標に最も重きを置くかです。単純にすべての指標を平均化すべきなのか?国民の不安のスコアを下げることに重きを置くべきか?などなど。

これらは、西洋社会の未来に関わる主要な知的政策課題です。たとえば、ある政策が幸福度を高めようとするのか、それとも不安感を和らげようとするのかによって、異なる政策の対応が生まれるかもしれません。

世界の一部の地域では、進歩の定義をめぐる議論に傾きが見え始めています。その言葉からは新しい考え方、つまり純福祉を足し算する方法、純所得だけを足し算する方法から離れる方向にシフトし始めています。ですので、幸福をどのように測定すべきか、市民に決定させることは理にかなっているかもしれません。

もし国民が幸福こそが重要だと考えるなら、政府が幸福を定義する際に世論を真剣に受け止めることには多くの意味があります。けれども、まだ多くの課題が残っています。

ウェルビーイング政策は今後どこに向かうのでしょうか?政治家たちからは、ウェルビーイングを高める政策の需要が高く、それは「緊縮財政」期間中も、そして将来も高くなる可能性があります。あらゆる立場の政府が公共サービスに対する国民の満足度を維持、あるいは向上を望みながら、それらに使われる費用を減らしたいと考えています。

従来の解決策は、たとえば調達コストを下げるなど、コスト削減に重点を置いています。より革新的アプローチは、コストがかかるようになる前に問題を予防することによって、国民の満足度を高めることに焦点を当てています。 

健康サービスにおいて、より健康的な生活を促進するための行動アプローチを採用することは、まだ初期段階にあります。このようなプログラムは、薬や病院に使われる金額と比較すると、ごくわずかな資金しかありません。ウェルビーイングに焦点を当てることで、身体的健康から精神的健康へと投資がシフトする可能性があります。なぜなら、後者の方が投資対効果が高いと考えられているからです。

私たちは、現実の政治がイデオロギー、権力、選挙区によって一部形成されることを痛感しています。予算削減の圧力は政府にとって日常茶飯事であり、証拠に基づく政策決定にますます重点が置かれるにもかかわらず、自分好みの証拠を選び、政策姿勢を支持する誘惑が生じることがあります。事実に基づいた政策姿勢と哲学を指示することが優先されるべきです。

はっきり言って、従来の経済学研究と幸福の経済学研究は、必ずしも同じ政策的結論を導くとは限りません。従来の経済学では、GDPが大きくなれば社会はより幸福になると論じてきました。けれども、人間の感情や純粋に高い幸福度を基準とすると、その証拠はまちまちです。

幸福に関する経済学に取り組む多くの経済学者が実際に必要と考えるのは、失業率低下や健康状態の改善などです。これらは国民所得の上昇と同じものでもなければ、保証されるものでもありません。幸福度を高めるためには、きれいな空気や通勤時間の短縮など、従来の経済学が価値を認めにくいと考えていた他の目標も、両方の意味で追求する必要があるのです。

例えば、Aさんがより裕福になった場合、他の人たちの収入が変わらなければ、より豊かになることはAさんを幸せにする可能性が高いです。けれども、Aさんが豊かになり、同じように他の人たちも豊かになった場合はどうでしょうか?幸福研究は、この場合Aさんが幸せを感じる可能性は低いことを示しています。

私たちは、人々が主に相対的な地位を気にするため、このことが起こると考えます。ですので、すべての市民が豊かになった場合、従来の経済学の示唆と異なり、人々が自分の人生についてあまり良く感じない可能性があります。データはこの破壊的な考えを支持します。

ウェルビーイング政策の基盤に関する経済学研究がより必要であると考えています。このような研究がどのような形をとっても、これらの問題にはさらなる注意が必要だと信じています。

第2章では、幸福と遺伝について学びます。幸せはどこから来るでしょう?また、「今すぐできる幸せを高める方法」を知りましょう。

第2章 幸福遺伝子*

ある脳の設計図では喜びをより容易に促進できるが、別の脳では悲観主義が支配する。ある人の脳の設計図が喜びを促進することもあれば、別の人の脳では悲観主義が支配することもある」(トーマス・ルイス著「愛の統合理論」より引用)

「遺伝子は感情性のある側面を確立する上で極めて重要だが、経験は遺伝子のオンとオフを切り替える上で中心的役割を果たす。DNAは心の運命を決めるわけではない。遺伝子の抽選はあなたの手札を決めるかもしれないが、経験はあなたがプレイできる手を配る」- by トーマス・ルイス『愛の一般理論』より引用

「壊滅的でトラウマになるような敗北があったにもかかわらず、デンマーク人はヴェルサイユ条約の精神に陥ることなく、彼らの目標と意志を再定向した。代わりに、彼らは自分たちの目的と意志の方向を変えた。彼らは、農業の穀物から酪農の乳製品に転換し、協同組合を設立し、社会的、経済的発展に目を向け、中立政策をとり、全く新しい成人教育を展開した。

これらは連鎖反応であり、けれども、その連鎖は次第に好循環を生み出すようになった。それはうまくいった」と述べられています。 by シビル・ベッドフォード『肖像画のスケッチ:デンマーク、1962年、楽しみと風景』

舞台設定


デンマーク(Wikipediaを元に作成)

デンマークは、ノワールドラマ(『ブリッジ』、『ボルゲン』)、エレガントなデザイン(アルネ・ヤコブセンのウームチェア、ハンス・ウェグナーのウィッシュボーンチェア)、そして子ども向けの作品(レゴブロック、アンデルセン童話)で世界を魅了する国でしたが、現在は「Hyggeヒュッゲ」という一語で国際的な注目を集めています。

2016年だけでも、この言葉を題材にした9冊の本が出版されました。この言葉は、「人生のシンプルな喜びを楽しむデンマークの儀式」、「存在感と体験の質」と表現されることもあり、「キャンドルの光の下でココアを飲む」といった形で表現されることもあります。

また、「Warm + Cozy(居心地のいい温かく心地よい時間や空間)」という方程式で表現されることもあります。どのように定義されているか(または発音されているか:ヒュー・ガー、ヒュー・ゲーなどが提案されています)にかかわらず、この言葉の新たな国際的な魅力は間違いなくデンマークの神秘性の副産物であり、世界で最も幸せな人々の故郷という評判の結果であることは確かです。(デンマーク観光局の公式挨拶は、「地球上で最も幸せな場所、デンマークへようこそ!」)

1970年代初頭以降、様々な調査によって、デンマークの国民は幸福度や生活満足度を比較した国際ランキング上位、もしくはそれに近い位置につけています。対照的に、同じく繁栄している国や良い生活を送っていると評判の国は驚くほど下位に位置しています。同じ指標で見るとフランスは32位、イタリアは50位、イギリスは23位です。

1970年代初頭以降、様々な調査によって、デンマークの国民は幸福度や生活満足度を比較した国際ランキング上位、もしくはそれに近い位置につけています。対照的に、同じく繁栄している国や良い生活を送っていると評判の国は、驚くほど下位に位置しています。同じ指標で見るとフランスは32位、イタリアは50位、イギリスは23位です。

この現象は、現代社会科学の有名なパズルの1つであり、「何がデンマーク人を特別に幸せにするのか?」という問いにつながっています。


デンマーク人の幸福の源泉を理解する

長年にわたり、研究者はデンマーク現象の理由を説明しようと試みてきました。デンマークの生活のほとんどすべての側面が学問的な調査の対象となっています。多くの側面が学術的な調査の対象となっており、これらの要因がデンマークの高い幸福度ランキングに貢献している可能性がありますが、まだ完全に解明されていません。

その結果、なぜデンマーク(および他の北欧諸国)の国民は他国よりも幸福度が高いのか、その謎は研究者、政策立案者、一般市民の間で解明されず、興味を持たれ続けています。これまで追求してきた研究の道筋には、次のようなものがあります。

所得。デンマークは世界銀行のランキングで16位という、豊かな国々の層に属しています。けれども、お金だけではデンマークの現象を完全に説明することはできません。お金が高い生活満足度をもたらす可能性があるものを購入できるかもしれませんが、それだけでは足りません。

たとえば、一人当たりGDPが高い国は医療の質が高く、その結果、平均寿命が長く、乳幼児死亡率が低く、健康な人口が多いかもしれません。けれども、所得がすべてではないことは以前からわかっていました。デンマークより裕福な国は、幸福度が低い国々もあります。

一人当たりGDPの順位だけで言えば、カタールが最も幸福な国のはずですが、幸福度ランキングでは36位と低迷しています。同程度の富裕な他の国々は、そう幸福ではないようです。GDPの水準は現象の一部を説明しますが、すべてではありません。

政府の役割と質。最近の研究では、市場経済の浮き沈みから人々を守ろうとする公共政策が、国民全体の幸福度を高めるように見えることが示されています。また、失業手当の充実も、幸福度向上につながるとしています。

それに加え、他の研究では政府の質が高い国では人々がより満足しており、政府の質の改善が生活の質に大きな変化をもたらすことがわかっています。これらの結果は一部を説明しますが、すべてではありません。

社会の結びつき。経済的または、その他の危機により耐えられる強い社会的結びつきがある国には、追加的メリットが生じることが示されています。たとえば、国連持続可能な開発ソリューション・ネットワークが発表した『世界幸福度報告書』によると、ユーロ圏の4ヶ国(ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン)では、多額の所得喪失と失業率上昇で説明できないほど生活満足度の評価が急落しました。

対照的に、銀行システムや経済成長に大きな損害が出たにもかかわらず、アイルランドとアイスランドの平均生活満足度はわずかに低下しただけでした。

極端に不幸な国民が比較的少ない。一部の研究では、デンマークが非常に幸せな市民を抱えているわけではなく、極端に不幸な人が少ないため、高いランキングを獲得しているのではないかと指摘しています。

アメリカとデンマークを比較した研究では、両国ともに高い幸福度が報告されましたが、アメリカは高所得層の人々がはるかに高い満足度を、貧困層がはるかに低い満足度を報告しました。「これら2つの国の幸福度の主な違いは、貧困層の幸福度を理解することにある」と著者は述べています。

最も幸福な場所ほど、自殺率が高いという逆説的な現象が示されています。この「暗いコントラスト」のパラドックスの証拠は、欧米諸国や米国内の幸福度データと自殺率の分析から得られています(メアリー・デイリー、アンドリュー・オズワルド、ダニエル・ウィルソン、スティーブン・ウーによる研究)。

SIDEBER 1: 自殺のパラドックス

OECD Health at a Glance2019(2021発表)と 世界幸福度調査(World Happiness )2018-2020を元に作成
自殺率 幸福度スコア

この逆説は、最も幸福な場所において顕著であり、その傾向は北欧諸国以外にも及んでいることがわかりました。アイスランド、アイルランド、スイス、カナダ、アメリカなどの国々は、比較的高い幸福度と高い自殺率を示しています。この関係は、冬の寒さが厳しい国とそうでない国、宗教的影響力が高い国と低い国、文化的アイデンティティが多様な国において当てはまることが、今回の調査で明らかになりました。

また、文化的背景、国家制度、言語、宗教が比較的似ている米国内の50州でも、このパラドックスは顕著です。もちろん、50の州は同一ではありませんが、1つの国の異なる地域を比較することで、世界各国のサンプルを研究する場合よりも、より均質な集団を研究することが可能となります。この研究では、年齢、性別、人種、学歴、所得、配偶者の有無、雇用状況など、各州の違いを考慮しました。

その結果、幸福度と自殺率には強い相関があることがわかりました。たとえば、ニュージャージー州は、調整された生活満足度では最下位(47位)でありながら、調整後の自殺リスクは最下位(偶然にも47位)です。一方、ハワイは平均生活満足度では2位にランクされ、全米で5番目に高い自殺率を示しています。

この理由を正確に知っている人はいませんが、著者たちは幸せな場所にいる不幸な人が、人生から不当に扱かわれたと感じる可能性があると考えています。そのような暗いコントラストが、逆に自殺のリスクを高める可能性があります。この発見は、失業率の低い地域では失業者の自殺率が高いらしいという先行研究を思い起こさせます。

また、人間が自分の幸福を評価する際に、相対的な比較に依存すると信じられている考え方に基づいています。もし、人間が気分の波に影響されるなら、人生の満足度が低いときは他の人が不幸な環境であるほど我慢しやすくなるかもしれません。


言語の違い。デンマーク人の幸福感は、たとえば他の言語には正確な対応がないデンマーク語の「ヒュッゲ」のような、ある種の言語的側面によって説明できるのでしょうか?研究者たちは、「幸福」「満足」「満足感」という言葉には、さまざまな言語で微妙な違いがある可能性があることを懸念しています。

けれども、スイスを実験室としてこの理論を検証した研究者たちは、ドイツ語圏、フランス語圏、イタリア語圏のスイス人は、母語のドイツ人、フランス人、イタリア人よりも高い満足度を示していることがわかりました。この研究は、国民の幸福感には単なる翻訳の産物でない、言語的な違いがあることを示唆するものです。

文化の違い。国によっては、気持ちや感情、その表現方法について異なる信念を持っている可能性があります。デンマーク人の幸福は一つの謎であり、フランス人の不幸はまた別の謎です。フランス先住民は、フランス国内に住んでいようと外国に住んでいようと、他のヨーロッパ人に比べて幸福度が低いとされています。


対照的に、移民はフランスにおいて他のヨーロッパ諸国よりも不幸ではありませんが、時間経過と世代交代に伴い幸福度が低下しているデータもあります。 文化の役割は複雑です。

ある文化や国では、幸福を表現すること、または幸福を認めることが、はるかに受け入れがたい場合があります。ある研究では、ラテン系の国の人々はポジティブな感情はほとんどすべて良いもので、ネガティブな感情はほとんどすべて悪いものだと考える傾向があることが分かっています。

一方、儒教的な考え方を持つ太平洋地域の国々は、ネガティブな感情もポジティブな感情と同等に良いものであると考える傾向があり、その結果、幸福や幸福感に高い価値を置いていません。ラテン諸国は一人当たりGDPに基づく予想よりもはるかに幸福であり、太平洋地域の国々はそうではありません。

こうした特徴の組み合わせ。国連の持続可能な開発ソリューション・ネットワークが発表した「世界幸福度報告」では、一国の幸福度が、一人当たりGDP、 社会的支援、健康寿命、人生の選択の自由、寛容さ、信頼の6つの要因によってどれだけ説明できるかが考慮されています。

一部の研究では、2つの主要な要因が重要であると示唆します。それは、国の富とそれに伴う人権、平等、自由です。社会規範が文化においてどのように「望ましい」正の感情を形成するかにも影響があると考えられています。

誤り。多岐にわたる研究により、デンマークの幸福度データが誤りではないことが示唆されています。もちろん今後、誤りが明らかになる可能性はあります。ただ、高血圧や精神医学の健康状態の報告など他の経路でもデンマーク人の幸福度が高いことを示すパターンが見つかっており、国ごとに真の違いがある可能性が高まっています。

それでも一部の人々は懐疑的で、「デンマーク人の幸福感」自体が神話であり、本当に高い幸福度というよりも高い自己満足を反映していると主張しています。

幸福の生物学

私たちの研究は、デンマークの幸福度の根底にあるものは何かという問いを全く別の視点、つまり生物学的な視点から探求します。大まかに言えば、ある国が他国よりも幸福であることには、生物学的な理由があるか?つまり、デンマーク人は幸せにする何かが遺伝子にあるか?私たちの知る限り国レベルの幸福パターンを説明する可能性がある手段として、このアプローチを検討したのは私たちが初めてです。

このような問いに答えることができるのは、脳の機能やDNAの研究における新しい技術や科学的進歩によって可能になった洞察があるからにほかなりません。けれども、根本的には私たちの研究は長年の「遺伝と環境のどちらが発達に大きな影響を与えるか」という問題の新しい形態にすぎません。

S.Lyubomirsky,et al, Rev. Gen. Psychology,2005 / 参照『幸せに働く

自然と養育の両方が重要です。実際、行動がどのくらい遺伝に由来し、どのくらい環境に由来するかという問いは、まったく間違った問いであると広く考えられています。現在では、遺伝と環境は独立して作用するものではないことが広く受け入れられています。つまり、自然と養育はそれぞれ別に作用するのではなく複雑な形で相互作用しているのです。

遺伝子は、個人の幸福度に影響を与えることが知られています。神経科学者たちは、幸福感と脳のドーパミンやセロトニンの濃度との間に密接な関係があることを発見しました。遺伝子は、気分や感情に影響を与えるこれら化学物質のレベルを調節する上で大きな役割を果たすようです。

双子の研究も遺伝的な役割を支持しています。その中で、もっとも有名なのは育て方によって一緒に育てられた、または離れて育てられた1,300組の一卵性双生児と二卵性双生児の幸福度を報告したものです。一卵性双生児は幸福度が似通っていましたが、二卵性双生児は幸福度にばらつきが見られました。

研究者たちは、遺伝的な要因が幸福のほぼ半分を説明できると結論づけました。残りの半分は、人生の日々の浮き沈みによって決定されるでしょう。研究によれば、誰もが幸福のためのある程度の「設定値」を持って生まれてくる、という仮説が立てられています。悲劇や喜びは幸福度に影響を与えるかもしれませんが、最終的には人は遺伝的な設定値に戻るとされています。

SIDEBER 2: 幸せのU字型

デビッド・ブランチフラワー、アンドリュー・オズワルドらの研究により、人間の幸福度は人生の過程でU字型の曲線を描くことが明らかにされています。幸福度は一般的に若年期に高く、中年期は最も自殺リスクと抗うつ薬使用が高く、最低点に達します。その後、老年期になると幸福度は再び上昇します。これは普遍的な経験のようです。

U字型曲線は、72か国の人口において見出されており、大西洋の両側、東欧、ラテンアメリカ、アジアの国々、そして先進国と途上国の両方で明らかになっています。図2-2は、イギリスのU字型カーブを示しています。

このパターンの原因は誰も知りません。U字型の真ん中がたるんでいるのは、社会経済的な力、つまり中年に伴う負担(子ども、老いた親、住宅ローンなど)のせいだろうと思われがちです。けれども、このパターンは、経済的・社会的環境に関係なく現れます。男性も女性も、独身者も既婚者も、金持ちも貧乏人も、子供のいる人もいない人も、みんな中年のスランプでこの同じパターンを経験します。

なぜ、晩年になって幸福感が回復するのか、その理由も謎です。もしかしたら、人は自分の長所と短所に順応することを学び、中年期には実現不可能な願望を打ち消すのかもしれません。


陽気な人は長生きするのかもしれません。同世代の人の死を目の当たりにした人は、自分の余生を大切にするようになるのでしょう。余生を楽しく過ごすことができるようになるかもしれません。

研究者の中には、U字型パターンは別の原因、つまり人間の内面にある何かから生じていると考える人もいます。このテーマに関するさらなる研究は、U字型カーブは中年のプレッシャー以上の何かから生じるという信念を強めるものです。

2012年の研究では、アンドリュー・オズワルドを含む研究チームが、私たちの進化上の親戚である類人猿にも、同様のU字型の幸福パターンが存在することを発見しました。これらの研究は、チンパンジーとオランウータンを対象に行われ、個々の類人猿に詳しい世話人によって幸福度が評価されたものです。

もちろん、これらの知見は、ヒトや類人猿のパターンに種固有の社会的、文化的、心理的な力が働いている可能性を否定するものではありません。けれども、U字型の幸福曲線が人間特有のものでないという発見は、その起源が部分的に人類共通の生物学にある可能性を提起しています。チャールズ・ダーウィン自身が「ヒヒを理解する者は、ロックよりも形而上学に貢献するだろう」と述べているように。

図2-1. 英国家計調査における年齢別の平均生活満足度 2004年

出典:Clark and Oswald (2006)
人間の幸福は人生の過程でU字型曲線に従います。水平軸は年齢を示し、垂直軸は生活満足度レベルを示します。幸福は人生の早い時期と晩年に最高で、中年に最低となります。このパターンは世界72か国で見られました。研究ではまた、人間の進化的ないところである類人猿にも同様のパターンがあることが文献で報告されています。

「育成」が重要な役割を果たす

けれども、これは決して運命論的にとらえるべきということではありません。科学は、遺伝子と環境の複雑な相互作用を解明するまでには至っていませんが、人生の出来事が幸福に関与していることは明らかです。さまざまな力が私たちの幸福に影響を及ぼしていることは、研究によって明確に証明されています。

失業した人々は不幸になり、その後も長い間、不幸な状態が続くことがあります。配偶者を亡くした人々の経験からは、配偶者の死が幸福感を低下させ、その後数年間、低い水準で維持されることが示されています。


研究によれば、シンプルな「感謝リスト」を書き出すことで幸福感が増すこともあります。他の研究では、「ポジティブ心理学」の介入がうつ病を軽減し、幸福感を高める効果が持続することが示されています。レッドゾ・ムジチックとアンドリュー・オズワルドによるCAGE研究によると、健康的な食習慣は幸福感を高めます。この研究では、果物や野菜を食べることが精神的な健康状態を改善する効果があり、身体的な健康状態よりも効果が高いことがわかりました。

SIDEBER 3. しあわせダイエット

研究は少ないですが、拡大しつつある分野によると、果物や野菜を多量に食べることは単に身体的健康だけでなく、精神的健康とも関連していることが明らかになっています。さらに、健康的な食事から得られる精神的な恩恵は、通常は蓄積されるまでに時間のかかる身体的な健康の恩恵よりも早く現れることを示唆しています。

また、より直接的な心理的効果は、人々がより多くの農産物を食べるための努力と投資をする動機付けとなる可能性を示唆しています。

この調査結果は、農産物をたくさん食べると精神衛生が良くなることを証明するものではありませんが、示唆に富む証拠は強力です。少なくとも、私たちが食べる食べ物が精神的幸福にどのように影響するかの問題は、特に精神衛生の専門家や公共政策立案者にとって、真剣に検討する価値があります。

この問題に取り組んだ研究の一例として、以下のものが挙げられます:

最近のレッドゾ・ムジチックとアンドリュー・オズワルドによる研究では、オーストラリアの成人12,000人以上を対象に2007年から2013年までの食事日誌のデータを調査し、果物と野菜の消費量の増加は、幸福感、生活満足度、および健康状態が向上することを発見しました。

彼らは、幸福感や生活満足度に影響を与える可能性のある収入や個人的な状況の変化を考慮しました。それでも、果物と野菜を1日8食分増やすことで得られる生活満足度の向上は、失業から就職するのと同じくらいの心理的な利益をもたらしました。この改善は24ヶ月以内に起こったもので、心血管疾患などの結果に対する食事の物理的な利点を反映したものというには早すぎます。

さらに、彼らはオーストラリアの「Go for 2&5 キャンペーン」の効果を検証しました。



果物2人分と野菜5人分で健康促進

⚫︎生活満足度や幸福度向上
⚫︎心理的な利点は即効性 
⚫︎幸福感がピークに達する
⚫︎翌日の幸福度が高くなる

好奇心・創造性レベルが高い

このキャンペーンは、成人が毎日2人分の果物と5人分の野菜を食べることで得られる身体の健康効果を促進するものです。このキャンペーンはオーストラリアの各州で展開され、各地域の市民が健康的な食事をする「公的支援」の度合いが異なるため、キャンペーンの効果を測定する機会となったのです。

調査の結果、キャンペーンが果物や野菜の摂取量にプラスの効果をもたらしたことが明らかになりました。また、キャンペーンが人々の生活満足度や幸福度を向上させた可能性もあることがわかりましたが、その結論は統計的に確かなものではありません。

他の研究もこれらの結果を支持し、健康的な食事の心理的な利点がほぼ即効性があることを示唆する研究もあります。デイビッド・ブランチフラワー、アンドリュー・オズワルド、サラ・スチュワート=ブラウンによる研究でも、年齢、社会的、経済的要因に関係なく、1日あたり約7食の野菜と果物を摂取することで幸福感がピークに達することが分かっています。

また、281人の学生の3週間にわたる食事日誌のデータを分析した別の研究では、果物や野菜の消費量が多いほど、翌日の感情的な幸福度が高くなる傾向があることが分かりました。さらに、インターネットで13日間にわたって食事日誌を記入した405人の若者のデータを使った別の研究では、果物や野菜の消費と幸福や生活の満足度以外の幸福度の指標にも関連があることが判明しました。

野菜や果物をよく食べる人ほど「幸福感」(ユダイモニックウェルビーング: 人生の意義や目的、関与といった感情を特徴とする豊かな状態)と呼ばれるレベルが高く、好奇心や創造性のレベルも高かったのです。


幸福感を高める食事

⚫︎腸内フローラ: 脳科学を調整する役割

⚫︎抗酸化物質: 活性酸素除去→楽観主義
⚫︎ビタミンB12: セロトニン生成に影響

ある特定の食品を食べることと主観的ウェルビーングとの関連は、まだ正しく理解されていません。他の研究では、ビタミンB12が最終的に人間のセロトニンの生成に影響を与える可能性がある、腸内フローラが脳化学を調節する役割がある、そして抗酸化物質の研究により血中のカロテノイドと人間の楽観主義の間に関連が示唆されているなど、興味深い可能性が議論されています。

生物学と健康的な食生活の実践的な予防医学政策とのさらなる関連性は、今後構築される必要があります。このような問題には注意が必要です。

図2-2. 果物や野菜の消費増加に対する生活満足度の反応

出典: Mujcic and Oswald (2016)
食事記録から得られた最近の研究によると、果物や野菜をより多く食べることは、幸福感の増加を予測する要因となることがわかりました。横軸は果物や野菜の摂取量の変化を示し、縦軸は自己報告された生活満足度の変化を示しています。1日あたり8食分の果物や野菜を食べることで、失業から就職するのと同等の心理的な満足をもたらします。改善は24ヶ月以内に起こったものであり、心血管疾患などの結果に対する食事の身体的利点を反映したものというには早すぎます。


遺伝子の力を証明した双生児研究は、環境の重要性も強調しています。2015年までに行われたすべての双子研究の最新のメタ分析によると、遺伝的要因で幸福度のおよそ3分の1が説明でき、残りの3分の2の幸福度と生活満足度は環境の影響によるものとされています。

国際的な研究では、主要なうつ病の発症率が全年齢層で増加し、報告数の増加は説明できないことが示されています。これは、遺伝子以外の何かによるものであり、「現代化の上昇コスト」である可能性があります。

さらに、幸福は他人と切り離して考えられるものではありません。最近の研究では、人の幸せは、その人がつながっている他の人の幸せに依存していることが示唆されています。この研究は、幸福を集合的な現象と見なすことを正当化する強力な根拠を提供します。

ジェームズ・ファウラーとニコラス・クリスタキスの社会ネットワークに関する研究では、幸せな人と不幸な人の集団が存在することが示されています。彼らの研究は、人々の幸福に関する関係が、3つの階層(たとえば、友人の友人の友人など)にまで及ぶこと、そして多くの幸せな人々に囲まれている人々は将来幸せになる可能性が高いことを示しています。

この研究は、幸福の集団が幸福の拡散によって生じ、単に同じような人と付き合うという傾向だけでなく、幸せの広がりによって生じることも示唆されています。このことは、幸福が遺伝子によって「固定化」されるものではないことを強調しています。

SIDEBER 4. 幸福ネットワーク

ジェームズ・ファウラーとニコラス・クリスタキスによる最近の研究では、幸福は伝染性があるとされています。この研究結果は、ある個人が幸福かどうかは、その個人の社会ネットワーク内の他の人々が幸福かどうかに部分的に依存することを示しています。

このように、幸福は人々のクラスターを形成する「ネットワーク現象」であり、この幸福は最大3階層(たとえば、友人の友人の友人まで)のネットワークに広がります。幸福な人々は、自分のローカルな社会ネットワークの中心に位置し、他の幸福な人々の大きなクラスターに集中しています。

つまり、幸福とは、単に個人の経験や選択によるものではなく、人々の集団の特性でもあるのです。実際、個人の幸福の変化が社会的ネットワークを通じて伝播し、幸せな人々や不幸な人々のクラスターを生み出すことがあります。これらの結果は、幸福が広がるには近い物理的接触が必要であり、その効果は時間経過とともに減衰することを考えると、さらに注目に値します。

幸せがどのように広がっていくのか、正確には誰も知りません。幸せな人は、自分の幸運を分かち合うかもしれません(たとえば、現実的に他の人を助けたり、寛大に金銭的援助をすることによって)。他人に対して異なる行動をとるかもしれません(たとえば、より親切にしたり、敵意をなくすことによって)。あるいは、単に純粋に伝染する感情を出すかもしれません(これまでの心理学研究が示すよりも長い時間枠であっても)。

もう一つの可能性は、幸せな人々に囲まれることで、心理的プロセスと神経系・免疫系との相互作用に良い影響を与える可能性があります。

この研究結果から、一人の幸福度を高める政策が他の人に「連鎖的」な効果をもたらすことが示唆されており、介入の有効性と費用対効果が向上する可能性があります。



たとえば、病気は患者やその周囲の人々にとって幸福の源となり得ます。病人のためにより良いケアを提供することが、彼ら自身の幸福を向上させるだけでなく、多くの他の人々の幸福も向上させることができます。これにより、医療や健康促進の効果がさらに裏付けられます。


デンマークの遺伝子

この背景を踏まえて、私たちは、個人だけでなく、国全体の幸福度に遺伝子構成が影響するかどうかを慎重に検討します。過去にこのような研究は行われておらず、国家レベルでの影響があるかどうかを問いかけます。基本的には、デンマーク人の高い幸福度が遺伝的要因によるものかを調べています。

これは元々、私たちが信じがたいと考えていた分野ですが、驚いたことに、遺伝子がデンマーク人の幸福度特性に役割を果たしているという考えを支持する証拠を発見しました。人類全体にとっても同様です。私たちは、繁栄、文化、宗教、地理的位置などの要素を考慮しても、遺伝的要因が強く関連していることがわかりました。この結果には驚かされました。ただし、慎重に解釈する必要があることを強調します。

箸問題

私たちの研究では、遺伝子学者が「箸問題」と呼ぶ潜在的な問題に対処するために、細心の注意を払っています。ランダムでない集団に対して行われた遺伝子研究は、誤った結論を導く可能性があります。エリック・ランダーとニコラス・ショークという2人の分子遺伝学者が、この問題の説明に印象的な例えを用いてから、「箸問題」と呼ばれます。

彼らの1994年の論文では、潜在的な問題を説明しています。サンフランシスコの住民に遺伝子調査を行うと、箸の使い方に関連する遺伝子が見つかるかもしれません。けれども、その遺伝子は、食器の習慣と何の関係もないかもしれません。なぜなら、研究対象者の大部分(人口の35.3% / 2020年統計)がアジア系であることによる影響があるかもしれません。

この問題を念頭に置き、遺伝子がデンマーク人の幸福度に影響を与えるかを調査するにあたり、3つの方法を用いました。

  • 遺伝的近接性。ウェルビーイング比較で一般的に高いランキングを維持する北欧諸国は遺伝的に似ています。ウェルビーイングの高いレベルを説明するのに遺伝子や他の類似性(地理的位置やスカンジナビア文化や政府など)が関係しているのでしょうか?
  • 遺伝的変異。特定の遺伝子変異が、個人のウェルビーイングに影響を与えると考えられていますが、国の幸福度ランキングにも影響を与える可能性があるでしょうか?私たちは、デンマーク人が遺伝的に「幸福な傾向」を持っている可能性があるかどうかを検討します。
  • 遺伝的祖先。遺伝子が人生の満足度に役割を果たす場合、その証拠は世代を超えて残るはずです。そのため、幸福感に対する素因が遺伝的であり、場所や時代を超えて存在する可能性があるかどうかを検証するために、アメリカ人の幸福度が、先祖の出身国の幸福度に応じて変化するかどうかを調べます。


デンマークからの遺伝的距離

「遺伝的距離」とは、私たち集団がどの程度類似しているか、またはどの程度異なっているかを調べることです。遺伝的変異が類似している集団は、遺伝的距離が小さいと言われています。一方、遺伝的変異が異なる集団は、遺伝的距離が大きいと言われています。

科学者たちは、これらの測定をさまざまな目的で使用しています。たとえば、生物多様性を理解するためや、集団の歴史を調べるために使われます。私たちは、40年以上にわたって使用されている標準的な測定方法を用いて、時間経過に伴う遺伝子の分散を評価します。

次に、143の国から無作為に選ばれた何十万人もの情報を提供する多くの有名な国際調査によって測定された、幸福度とデンマークからの遺伝的距離との関係を調べます。

以下の図は、131ヶ国の不幸を表す指標(心理的に「苦しんでいる」と判断される度合い)を、デンマークからの遺伝的距離に対してプロットしたものです。図は、統計的に有意な正の相関を示しています: つまり、ある国の「苦しんでいる」人の割合は、デンマークからの遺伝的距離が大きくなるにつれて増加します。

図2-3.131ヶ国の心理的「苦闘」とデンマークからの遺伝的距離

出典: Proto and Oswald(2014)

これは、幸福感に関する国際的なデータを遺伝的距離と対比して示したものです。ソースはギャラップ世界調査のデータです。縦軸には、国の(低い)心理的ウェルビーイングを表す変数があります。これは、私たちでなくギャラップによって定義されたもので、「苦闘」と呼ばれます。つまり、国内の個人のうち、現在の生活状況を10段階の測定で5から7と報告し、将来の生活の質を5から8と報告する割合を表すクロス国際変数です。横軸には、Neiの遺伝的距離測定値で、ここではデンマークからの距離と定義しています。

多くの国際的な表で、スカンジナビア諸国は幸福度において上位にランクされています。

世界幸福度ランキング2020-2022(トップ60 – ボトム5  / 2023発表)

  1. =国民一人当たりGDP
  2. =社会支援(困った時に助けてくれる or 信頼できる人がいるか)
  3. =健康寿命
  4. =人生選択の自由(選択の自由があるか)
  5. =寛容さ(過去1カ月にいくら慈善団体に寄付したか)
  6. =汚職や腐敗の認知(あなたの国の政府やビジネスに汚職・腐敗が蔓延しているか)
  7. =人生評価/主観満足度。世界最低の国の平均値と3年間の調査で出た各国の残余値を合計

去年と比べた生活の向上感の推移(出典: World Happiness Report2023を元に作成)

また、北欧諸国はデンマークとの遺伝的距離も近い傾向にあります。けれども、これは遺伝子と幸福度の関係を証明するものではありません。

スカンジナビア: デンマーク, ノルウェー, スウェーデン(共通の文化的背景、伝統、言語)
北欧: スカンジナビア, アイスランド, フィンランド(文化的、歴史的に関連)

スカンジナビア諸国と北欧諸国(Wikipediaを元に作成)

スカンジナビア諸国は、文化、繁栄、世界における地理的位置、手厚い福祉国家など、他の点でもデンマークと類似しています。つまり、遺伝的距離を超えて、あるいは遺伝的距離の代わりに働く多くの事実を考慮する必要があるのです。

そこで、スカンジナビア諸国の幸福度の類似性を説明する他の多くの力を考慮してみることにしました。考慮した要因の中には、次のようなものがあります。

  • 一人当たりGDP
  • 国の地理的位置
  • 教育
  • 文化
  • 宗教
  • 福祉国家の手厚さ
  • 市場力からの政府保護のレベル
  • 国の制度の質(汚職の度合いの認識)
  • 健康寿命
  • 選択の自由度
  • 社会的支援と寛容性(慈善寄付の文化の度合い)

どの要因を考慮しても、デンマークの遺伝的ストックからの「遺伝的距離」が大きいほど、その国の生活満足度は低くなります。このことは、他の要因が無関係であるということではありません。けれども、私たちは再び注意を払いながらも、強調します。─他のいかなる要因も、国ごとの幸福度の差に遺伝的な役割を排除するわけではありません。

SIDEBER 5: ブータンの国民総幸福度指数


ヒマラヤ山脈の東端に位置する、主に仏教徒の人々で構成される人口わずか75万人のブータン王国は、世界のトレンドセッターとしては考えにくいかもしれません。何世紀にもわたって孤立していた同国は、1970年代に外国人と接触を始めたばかりでした。けれども、その10年間にブータン第4代国王はのちに国際政策論争や多様な学術研究の主題となる本質を捉えました。

「国民総幸福度は国民総生産よりも重要である」と1979年ジグミ・シンゲ・ヤンチュク国王は宣言しました。この魅力的な声明により、ブータンは政府が社会経済的進歩をどのように測定すべきかを再考する世界的な動きの歴史において特別な位置を与えられます。

(GNH)国民総幸福量指標

ブータンは別の測定方法を作り出した世界初の国となりました。その国民総幸福量指標はGDP基準を避け、社会経済的進歩を人々の「身体的、精神的、感情的、霊的」幸福の向上と環境の持続可能性の強化という観点から再定義しています。

ブータンはその指標が意味ある公共政策ツールか、単なる誇大広告か、あるいは貧困(一人当たりGDPは183カ国中112位)、人権侵害の記録が悪いこと、国民に対する多くの基本的・民主的自由と権利の欠如といった他の多くの重要課題から目をそらす手段か、引き続き問われます。

このように、ブータンは国際的な運動の先駆者として認められています。ブータンは現在、「新しい開発のパラダイム」を創り出す国際キャンペーンを主導しています。2011年、国連総会は、ブータンが主導する「幸福:総合的な開発アプローチに向けて」という決議65/309を採択し、目標として幸福を設定することが国連の千年開発目標の精神を具現化すると強調しました。

この決議は、加盟国に対し、「幸福と福祉の追求の重要性をよりよく捉える追加措置を練り、公共政策の指針とすることを目的として」と述べ、提唱しました。同年、ブータンは、国連のウェルビーイングと幸福に関する高レベル会議を主催しました。


幸福の遺伝子

研究者たちは、個人の精神的健康と幸福における自然と育成の相互作用について、今もなお調査を続けています。うつ病をはじめとする精神疾患は、さまざまな遺伝子とさまざまな状況によって影響を受けている可能性があります。

うつ病をはじめとする精神疾患のさまざまな要因

この分野の主要で物議を醸す発見の1つは、2003年にキングス・カレッジ・ロンドンの社会・遺伝・発達精神医学センターのアブシャロム・カスピが率いる科学者が、ストレスの多いライフイベントに直面したときうつ病を経験しやすくなると思われる共通遺伝子のバージョンを特定し、議論をよびました。この発見は「環境による遺伝子」、つまりストレスに対する個人の応答が、その遺伝構成により緩和または悪化されると考えられることの強力な証拠となります。

問題の遺伝子は、5-HTT(セロトニントランスポーター)と呼ばれる化学物質輸送体の遺伝子です。この遺伝子が注目されたのは、脳内のセロトニン伝達を微調整しているからです。セロトニンは神経伝達物質であり、「体内のニューロンや他の細胞間で信号を伝達、強化、調節する化学メッセンジャー」です。


セロトニンは、気分に影響を与えることで幸福感に貢献すると考えられています。ただし、抗うつ薬のプロザックや他の同類の薬によって影響を受けます。5-HTTに関する科学者たちの研究には、2つの一般的な遺伝子変異、すなわち対立遺伝子(”allele” 発音:アレール)が関わっています。

5-HTTの対立遺伝子には、長鎖(l)と短鎖(s)の2種類です。私たちは皆、父親から受け継いだものと母親から受け継いだものの2つの対立遺伝子を持っています。

研究者たちは、失恋、死別、仕事の危機などの人生における逆境の悪影響が、「s」対立遺伝子が1つの人でより強く、「s」対立遺伝子が2つの人ではさらに強いことを見出しました。

4つ以上のストレスフルな出来事を経験した2つの「s」対立遺伝子を持つ人は、同様の経験に直面した2つの「l」対立遺伝子を持つ人よりも、うつ病にかかる確率が2倍以上でした。科学雑誌『サイエンス』は、この発見を「対立遺伝子の短い方を受け取る」というタイトルで見事に言い表しています。

この研究は論争を引き起こしました。大規模な研究では、この発見を複製できず、他の遺伝子的要因も心理的健康問題の可能性のある原因として浮上しています。たとえば、最近の研究では、従来は別個と考えられていた障害(自閉症、ADHD、躁うつ病、重度のうつ病、統合失調症)を持つ人々は、細胞内にカルシウムを流入させる2つの遺伝子の特定のバリエーションを共有している可能性が高いと結論づけられました。

30ヶ国の情報を用いて、この対立遺伝子の「ショート」バージョンを持つ人口の割合を調べました。その結果、各国の幸福度の低さと、5-HTT遺伝子のショートアレルバージョンを持つ国民の割合の間に関連性があることがわかりました。

人生への満足度が最も高いデンマークは、ショートアレルを持つ国民の割合も最も低い国でもあります。一方、イタリアは30ヶ国中最も人生に対する満足度が低く(記録された中で)、ショートアレルを持つ国民の割合が最も高いという記録もあります。この関係は、最初の「遺伝的距離」の測定よりも強力なようです。

うつ病や精神障害は、もちろん個人の生活に影響を与えますが、他の人々の生活や幸福にも影響を与えます。家族や友人のネットワークに影響が及び、その結果、個人の幸福に影響を与える遺伝子は個人レベルよりもコミュニティレベルでより大きな影響を持つかもしれません。

幸福の遺伝

ここでは、基本的にデンマークの幸福について考え、幸福の違いが遺伝的に影響されるかどうかを問いただしましょう。つまり、私たちが受け継いだ遺伝子は、祖先の出身国によって私たちの生活満足度に影響を与えるでしょうか?

遺伝子の影響は、原則として歴史的な測定を使っても原理的に見える可能性があるため、とても特異な利点があります。理由は、遺伝子因子は必然的にゆっくりとしか変化しないためです。遺伝子パターンは以前の時代から生じるものであるため、基本的には過去の状況が反映されると考えられます。

私たちの研究は、米国生まれの個人の幸福度を、家族の出身国の文脈に焦点を当てています。米国一般社会調査のデータを用いて、29ヶ国からの移民二世であるアメリカ人の幸福度を分析しました。

ある国から移民してきた祖先を持つアメリカ人の幸福度が、その祖先の母国の幸福度と相関するかどうかを調べます。たとえば、イタリアに祖先を持つアメリカ人の幸福度を調べるために、現在のイタリア系アメリカ人の幸福度から指標を作成しました。

私たちの目的は、国際的な幸福度のパターンが移民の子孫の幸福度のパターンに残っているかどうかを確認することです。この発見は遺伝的影響の証拠となるでしょう。

ここでも、年齢、性別、収入、教育、宗教など、結果に影響を与える可能性のある他の問題を考慮しています。それにもかかわらず、移民元の29ヶ国における人々の幸福度と、その国の移民の二世であるアメリカ人の幸福度の間に相関関係があることがわかりました。より幸福な国の子孫はより幸福である。─この結果は、遺伝的な説明を支持するものです。

重要な結果

今回の結果は仮説的であり、人間の幸福の生物学的根拠に関するさらなる研究や進化する理解に配慮する必要があります。もっと多くの研究が必要です。

けれども、遺伝距離、変異、遺伝の3つの指標は、幸福に遺伝子が役割を果たしていることを示す証拠となります。私たちの研究成果は、統計的にも実用的にも有意義です。つまり、遺伝子は重要であり、私たちがケアするに十分な重要性があります。

遺伝的距離に関するデータは、遺伝的変異が果たす役割の上限または最大値を示します。最大値は約3分の1であり、真の値はもっと低いかもしれません。幸福における残りのすべての変動は、遺伝的ではない状況によって説明されなければならず、そのためある程度は社会や政策の影響下にあります。

当たり前ですが、私たちの遺伝子は固定されています。中には、人生のストレスとなる出来事に対処することがより困難な生物学的脆弱性を持っている人もいるかもしれません。私たちの幸福は、遺伝子と生活環境との複雑な相互作用の結果であることは間違いありません。この2つの関係には未知のままで、今後さらに解明が必要なテーマです。

私たちの研究が仮説的に示唆するように、個人または国全体の幸福度のうち最大約1/3が遺伝的影響に起因するとしても、私たちの幸福度の大部分は他の要因からもたらされるものです。つまり、人間の幸福に影響を与える無数の他の問題に対処するための政策の余地が十分にあるということになります。人々や国々の生物学は、運命ではありません。

第3章では、幸福の歴史について学びます。「言葉の影響」は幸福のキーワードです。しっかり理解しておきましょう。

第3章 幸福の歴史*

「幸福とは人生の意味であり、目的であり、人間存在の全てである」。- by アリストテレス

「幸せになるには二つ方法があります。欲望を減らすか、手段を増やすかです。結果は同じになりますが、それぞれの人が自分で決め、楽な方を選ぶことになります。- by ベンジャミン・フランクリン」

「疑いなく、幸福なしで生きることはできる。それは、人類の19-20%が無意識に行っていることである。- by ジョン・スチュアート・ミル

舞台設定

1950年代のイギリスの様子を想像してみてください: 5世帯に1世帯が洗濯機を、10世帯に1世帯が電話を、20世帯に1世帯が冷蔵庫を持っていました。中央暖房を持っている家庭は少なく、テレビを持っていない家庭は半数以上でした 。

雇用されていた人々のうち、3分の2は男性で、通常週48時間働いていました。寿命は男性で66歳、女性で71歳。一人当たりの国内総生産(GDP)は、2012年のポンドで計測すると1957年は8,448ポンドでした。

同じ年に、ベッドフォードタウンのサッカーグラウンドで集まった少数グループにスピーチをしていた当時の首相ハロルド・マクミランは、時代を代表するフレーズを口にしました。

「…率直に言って、私たちの大半は今までで一番幸せです。国を回り、工業都市に行き、農場に行けば、私たちは過去にないほどの繁栄を見ることができます。私の生涯でも、この国の歴史でも、これほどの繁栄を経験したことがありません」


SIDEBER 1. 人生に意味を与えるもの

「物質的な貧困をなくすことに対して、私たちにはもう一つ大きな課題があります。それは、私たち全員が抱える満足の貧困、つまり目的や尊厳の貧困に直面することです。あまりにも長い間、単に物質的なものの蓄積のために、個人の卓越性や共同体の価値を放棄してしまったように思われます。今日、アメリカの国内総生産は、年間8000億ドルを超えています。

けれども、そのGDPをもとに国を評価するなら、そのGDPには大気汚染やたばこ広告、高速道路の事故死のための救急車も含まれます。ドアの特別な鍵や、それを破った人たちのための刑務所も含まれます。レッドウッド(西海岸、カリフォルニア北太平洋岸の大地にのみ自生する巨樹)の破壊も、無秩序に広がる宅地拡大による自然の喪失も含まれます。ナパーム弾や核兵器、警察が市内暴動に対処するための装甲車も含まれます。ホイットマンのライフルやスペックのナイフ、そして子どもたちにおもちゃを売るために暴力を褒め称えるテレビ番組も含まれます。

それでも、国内総生産には、私たちの子どもたちの健康や教育の質、遊びの喜びが含まれていません。私たちの詩の美しさや結婚生活の強さ、公開討論の知性や公務員の誠実さも含まれません。私たちの機知や勇気、知恵や学び、思いやりや国への献身を測れません。

要するに、人生に価値を与えるもの以外はすべて測定するけれども、なぜ私たちがアメリカ人であることを誇りに思うのかを測定しません。もし、これが家庭内の真実であるなら、世界中のどこでも同じことが真実です」- by ロバート・F・ケネディ、カンザス大学での演説、1968年3月18日
画像: Wikipedia


21世紀のイギリスを想像してみてください: ほとんどの家庭が洗濯機、テレビ、中央暖房を持っています。冷蔵庫など、普及している現代の便利な家電製品についての調査は、60年前には存在しなかった現代生活の象徴であるパーソナルコンピュータ、携帯電話、インターネットサービスの普及状況を追跡するために中止されています。

女性はイギリスの労働力のほぼ半数を占めています。人々は通常、週に37時間働き、有給休暇はほぼ倍増しています。平均寿命は男性で79歳、女性で83歳近くと、かつてないほど長く健康です。2015年、イギリスの一人当たりGDPは27,505ポンドと過去最高を記録し、1957年の水準の3.5倍以上となりました。

1950年代は、比較にならないほど貧弱な生活水準と、はるかに寛容でない社会観に特徴づけられた10年間でしたが、英国人の人生において、記録に残る最も幸福な時代の1つでした。けれども、イギリス国民は二度とこの時代のような幸せな社会には戻れないのです。これらの新しい見解は、私たちの研究から浮かび上がっているもので、一つの問いを引き起こします。「なぜ?」

成長と幸福の関係

大英帝国の首都ロンドン。1837年から始まるヴィクトリア女王の治世にイギリスは絶頂期を迎え、首都ロンドンの装いも新たにされた。画像はテムズ川の畔に建つウェストミンスター宮殿(国会議事堂)と大時計塔(ビッグ・ベン)。出典: Wikipedia

なぜ、数十年にわたる経済成長が英国をより幸福な社会に変えることができなかったのか、という問いは、研究者たちが40年以上も解決しようとしてきた謎を強調しています。何度も何度も研究が行われ、結果的に、現代社会の人々は、以前に比べてお金や自由な時間、物や便利さが少ない時代よりも、自分たちの生活に満足していない場合があると分かりました。

この現象はイギリスに限定されたものではありません。これと同じパターンが、開発途上国、発展途上国、市場経済への移行途上国を含む30ヶ国以上の国々で文書化されています。国民の所得が上がっても、国民の幸福にはあまり影響しないようです。

これは、経済的な力が人々の生活に何の役割も果たさない、または所得が完全に無関係であるというわけではありません。明らかに、基本的なニーズを満たせない人々や国家は、極度の不幸を経験するでしょう。

重要なのは、世界の多くの地域で、前例のない経済的繁栄がそれに見合った幸福向上につながらなかったことであり、逆に経済成長がある期間には幸福度が低下することがあります。これらの観察結果は、経済成長が本当に国家と政策立案者を導く主な目標であるべきか、という問題を提起します。

SIDEBER 2. 幸福について宝くじ当選者が明らかにしたこと

経済学において最も基本的な考え方の一つは、「お金が人を幸せにする」ということです。けれども、収入と幸福の関係は複雑で宝くじ当選者に関する研究が示すように単純ではありません。

一般的に、宝くじに当たると最初は幸せになるけれども個人が新しい生活水準に適応するにつれて、その効果はすぐに薄れるというものです。1978年の研究でも同様のことが示され、宝くじに当選した人たちは当選しなかった人たちと同じくらい幸福ではなく、日常的な仕事からも大して喜びを感じなかったと報告されています。

けれども、より大きなグループを調査したCAGEの追加調査では、それとは異なる結果を示しています。ジョナサン・ガードナーとアンドリュー・オズワルドは、宝くじに当選したり遺産を受け取ったりして金銭的余裕を得たイギリス人の代表的なサンプルを調査した結果、これらの人々は翌年の精神的ウェルビーイングが高かったことを発見しました。

もう1つのCAGE研究はドイツで行われ、ランダムに選ばれた人々が宝くじに当選する前と数年後を追跡調査したものです。アンドリュー・オズワルドとライナー・ウィンケルマンは、当選者がそのお金を楽しむまでに約3年かかったことを見い出しました。

彼らは、最初は自分たちにその大金を受け取る資格があると感じてはいないため、時間がかかると考えられています。自分自身の「価値がある」と納得するまで時間がかかり、その後、金銭的成功を楽しむようになります。もしそうであれば、研究者らは「1ドルは1ドルである」という格言が崩れることを指摘しています。

イギリスの宝くじ当選者を調査した他の研究でも、メンタルヘルスに良い影響がある一方で喫煙や飲酒などの危険を伴う行動が増加することが示されました。

また、ドイツの最新研究では、宝くじに当選した直後、自己申告された精神的健康状態は、低い教育水準と財務リテラシーの低い人々に限り低下したことがわかりました。一方、高い教育水準と金融リテラシーを持つ人々にとっては、宝くじに当選しても幸福感に影響を与えないようです。


歴史的な洞察を得るために過去を振り返る

私たちがここで取るアプローチは、幸福と経済成長の関係に対する私たちの理解に欠けていた歴史的視点を取り入れることです。

経済成長と社会の幸福のパラドックスは、現代の情報に基づく現代人の理解の産物です。そのため、経済成長と人間の幸福が一致しないのは、何かの間違いではないか、誤解ではないか、歴史上の異変ではないか、現代の特異性であるのか、と研究者は考えてきました。けれども、経済成長と人間の幸福が連動していないのは何かの間違いではないでしょうか。

もう一つ、国際比較をめぐって疑問が生じます。パラドックスに関する研究は、しばしば横断的に表現されます。つまり、同じ時点で任意の2つの国を比較しても、より幸福な国民は、より貧しい国にも、より豊かな国にも存在する可能性が高いことが研究で判明するかもしれないのです。

けれども、そのような比較を行うには多くの重要な国民性を考慮する必要があります。

  • 制度
  • 民主主義
  • 教育
  • 文化
  • 言語
  • 人口統計

統計的なコントロールは、これらの問題を解決するためにある程度の役割を果たしますが何かを見落としてしまう可能性があることには懸念が残ります。

同じ国を時間をかけて調べることで初めて、言語から文化的価値まで、すべてを簡単に比較できる自信を得ます。イギリスの文化は1800年から1900年にかけて劇的に変化しました。

1837年から始まるヴィクトリア女王の治世にイギリスは絶頂期を迎えた。ヴィクトリア女王のモラル重視とお上品ぶりは新興市民層の趣味に合致し、芸術面では保守的なアカデミズムが美の規範となった。画像は風俗画で一世を風靡したウィリアム・フリス「ロイヤル・アカデミーの招待日1881年」。出典: Wikipedia

ロンドンのスラム街。産業革命により都市人口が急速に増えたロンドンでは、貧困層の住民の劣悪な生活環境が大きな問題となった。画像はホワイトチャペルのウェントワース通りを描いたギュスターヴ・ドレの挿絵。出典: Wikipedia

けれども、時間経過に沿って徐々に進めることで時系列研究は横断的データよりも優位性があります。

たとえば、1999年から2000年にかけて、イギリスの文化はほとんど変わっていない可能性が高いです。少なくとも短期の比較においては、国家の比較可能性を心配する必要はありません。

同時に時代の変化を見ることで、様々な国の以前の社会がどのように幸せであったか、または不幸であったかについて洞察を得ることができ、現代の状況を理解するのに役立ちます。もし、国民所得と国民幸福の間の断絶が異常であるか、比較的最近の現象であるように見えるなら、研究はそのつながりを断った要因を探求することになるかもしれません。

けれども、もしこの逆説的な関係が何世紀にもわたって存在するなら、現代社会でも通用すると考えるのが自然でしょう。この情報は、逆説の存在に関する現在の議論の決着に大いに役立つでしょう。また、経済的・社会的進歩を追求・評価するための方法について、別の考え方を追求する理由も増えるでしょう。

現在のウェルビーイングデータは未成熟のため、歴史的な出来事に対するウェルビーイングの反応を理解する私たちの能力は限られています。結果、公共政策、健康への取り組み、および財務上の意思決定におけるウェルビーイングの利用は制限されています。

人々は将来どのように感じるか理解するのが難しく、過去の幸福に影響を与えた過去の出来事や決定をどのように理解したかの能力も限られます。過去のウェルビーイングに関する情報の歴史的な記録は、政府やその他の機関が「感情の会計」を行い、利用方法を理解する上で重要になるでしょう。

そこで、私たちはGDPと幸福度という2つの側面から、しかも何百年もさかのぼって問題を検証する方法を探りました。

GDPに関しては、研究者たちは過去の経済成長を文書化する方法を見つけています。国内総生産は比較的近代的な概念で、1930年代の大恐慌を克服するために考案されましたが、経済史家の研究によって現在では全世界のGDPを1820年までさかのぼって推定しています。

このような経済学的な掘り起こしを行う際、研究者が直面する主要な課題はかなり多いです。1800年代の主要な商品サービスは、この200年間で根本から変化し、あらゆる点で革命的に進化しました。たとえば、照明や暖房のためのろうそくや薪の購入から、世界中の工場で生産される既製服を購入すること、そして近所で生産された食品を食べることから、世界中から輸入された食品をスーパーマーケットで買うに至るまで多岐にわたります。

その結果、購買力(何を買うために使うか、という意味で合理的に定義する)を比較することは難しくなりました。この作業は、歴史的な記録、主要な必需品群、そして変化する商品バスケットを慎重に検討する必要があります。研究者たちは、こうした作業を経て、歴史的なGDPの推定値を日常的に利用できるようになったのです。

世界幸福度報告 出典: Wikipedia

次に、幸福の問題です。幸福の歴史的タイムラインを作る際の問題点は、賃金に関するデータと異なり、歴史的幸福度について類似したものを構築する難しさは疑わしいということです。幸福とウェルビーイングに関する研究者は、現代のツールであるアンケートを幸福度の主なデータとして利用しています。

最もよく知られているのは、「米国一般社会調査」です。これは、トレンドや態度を監視および説明するために、アメリカ社会の傾向や考え方に関するデータを収集するものです。この調査では1972年以来、代表的なアメリカ人グループに「今日1日を振り返って、今どうですか?非常に幸せ、かなり幸せ、あまり幸せではないと思いますか?」と尋ねます。

同様の質問は世界中の人々に行われています(ただし、基本的な質問にはバリエーションや回答のための選択に幅があります)。けれども、私たちが調査したかった人々 – たとえば、イギリスのヴィクトリア朝時代、ムッソリーニのもとで暮らすイタリア人、第二次世界大戦後のドイツの住民、または初期の13植民地のアメリカの革命家たち – にこの質問を投げかけた人はいなかったのです。どんなに精密な歴史調査を行っても、それは変わりません。

それでも、私たちは祖先を「調査」する方法を見つける必要がありました。

新しい技術の可能性

幸い研究は進歩し、遠い昔の先祖にインタビューすることはできないまでも、彼らの同時代の人々がこのテーマについて何を語っていたかを知るための別の方法を見つけることができました。コンピュータの進歩により膨大な量と複雑さを持つ情報、いわゆる「ビッグデータ」が利用できるようになったのです。

計算言語学は、言語や話し言葉を分析するためにコンピュータサイエンスの技術を使用する研究分野であり、言葉自体が新たな強力な研究ツールです。

さらに、我々やインターネットを使う誰もが気づかないうちに、あらゆる時代の本のデジタル版がオンラインで広く提供されており、たとえば、ラテン語詩の最古の断片までさかのぼることができます。

Google Books のコーパス(言語学や自然言語処理の分野で、言語表現を収集し、記録した大量のテキストデータの集合)には、デジタル化された 800万冊以上の書籍で使用された数千億語の単語頻度データという膨大な情報が蓄積されています。それでも、この膨大なデータベースは、すべての書籍の約6%に過ぎないと言われています。

これらの技術を組み合わせることで、これまでよりもはるかに歴史をさかのぼり、社会の幸福度を探ることができるのです。私たちは、出版された書物の言葉を、国民の感情と幸福度を図る「測定値」として用いようと考えました。

これにより、まず、当時の文章が実際に国民の気分を正確に反映しているかどうかを確認できます。そして、経済成長に応じて幸福度が上下するのか、他の出来事に合わせて上下するのかを調べることができます。

つまり、私たちは1970年代初頭から記録されているアンケート調査に基づく幸福度と、私たちの「出版物の言葉」に基づく幸福度の結果を比較できます。そうすれば、主要な出来事を背景に人生満足度がどのように成長、または低下したかを確認できます。

これらの出来事には、戦争などの紛争、GDP増減、不況、大恐慌などの経済、民主化の進展、幼児死亡率や寿命の変化などが含まれます。

私たちは、生活満足度を見る新しい方法の作成を想定しました: 経済、医療、社会、政治の大きな変化や激変の時代を超えて、人々が自分たちの人生についてどのように感じていたかを知るタイムラインを作ることができると考えたのです。

言葉のムードを解読する

幸福の経済学の研究は、しばしば科学と他の科学の境界を曖昧にしますが、私たちの歴史的研究はそのような一例です。私たちが出版された文章に基づいて国民の気分を解釈し、幸福度を測定するための手法は心理学で古くから使われている概念に基づいています。

ここでいう「Valence(バレンス)」とは、心理学者がポジティブ・ネガティブな感情や感覚を捉えるために用いる概念です。魅力的なものには正の価値があり、好ましくないものには負の価値があります。

SIDEBER 3. 言葉の感情

私たちは、単語(フレーズではなく)に含まれる感情を示すために、”価値”という言葉を使用しています。価値の評価は1から9までのスケールで行われます。肯定的な価値を持つ単語は、肯定的な主観的ウェルビーイングの指標として機能します。否定的な価値を持つ単語は、否定的なウェルビーイングの指標として機能します。以下はその例です。

高バレンスの言葉の例:

ハピネス     8.53
楽しみ      8.37
休暇       8.53
喜び       8.21
リラックス    8.19
平和な      8.00
愛の営み     7.95
祝う       7.84

低バレンスの言葉の例:

殺人       1.48
虐待       1.53
死ぬ       1.67
病気       1.68
飢餓       1.72
ストレス     1.79
不幸な      1.84
憎む       1.90

中バレンスの言葉の例:

中立       5.50
会話       5.37
8        5.37
世紀       5.36
機械       4.65
小隊       4.65


公開された言葉の極性(価値)を調べることで、公衆のムード(気分)を知ることは、私たちが初めて考えたことではないでしょう。テキストを使って気分を推し量ることは、予測分野や政治や文化的なトレンドを理解するための一般的な手法となっています。

この手法は、政治候補者に対する国民の意見を評価するために使われたり、株価の動向を予測したり、季節ごとの気分を把握するために使われたり、地震、経済救済、有名人の死など大規模な出来事の社会的影響を理解するために使われます。

1つの研究では、約1,700万のブログから、単語の評価を単純に計算し、70%の精度で気分を予測しました。バーモント大学複雑系センターのコンピュータストーリーラボは、人々のオンライン表現に基づく「幸福度計」を作成し、Twitterにおけるツイート内の単語を通じ、人々の幸福度をリアルタイムで測定しています。

SIDEBER 4. ヘドノメーターの説明

1881年に出版されたエッセイで、アイルランドの経済学者フランシス・エッジワースは、「個人の生理的な快楽の度合いを継続的に測定する心理物理学的機械」という奇妙な装置を想像しました。彼はこの想像上の仕掛けを「ヘドニメーター(幸福度計)」と呼びました。

バーモント大学コンピューティング・センターの数学者ピーター・ドッズとコンピュータ科学者クリス・ダンフォースは、このアイデアの現代版を作成しました。

彼らの「ヘドニメーター」は、人々のオンライン表現を使用し、データ豊富なソーシャルメディアを活用して、人々が外部世界にどのように自己表現するかを測定します。


Mapped: Global Happiness Levels in 2022


このオンラインサイトは、大規模な集団の幸福度をリアルタイムで測定する装置であり、制作者たちはこれを「幸福のダウ・ジョーンズ指数」と呼んでいます。彼らはこれらのデータを使って、地理、人口統計、社会経済的要因などから、幸福度の変動を特徴づけています。たとえば、このチームは幸福度に基づいて都市が色分けされた米国地図を作成しました。

個々の言葉の感情を分析する彼らの研究では、ポピュラーソングの歌詞に含まれる言葉の幸福度を調べたところ、1961年から始まる一定期間に明らかな下降傾向が見られましたが、音楽ジャンル内では安定していることがわかっています。

彼らの研究では、2005年から2009年にかけて、ブログの幸福度が上昇していることが分かりました。年齢別、地域別に見ると、顕著な特徴が見られます。この結果は、人間の幸福度のUカーブが中年期に人生の満足度が最も低くなることと反対なことを示しています。

ブログでは、最も低い感情表現は10代の若者(13歳と14歳)と高齢者によってされており、14歳以降は感情が高まり、45歳から60歳まで安定し、その後人生の晩年に向かって下降し、75歳から84歳のブロガーは17歳のブロガーと同じレベルの感情を示していることが分かっています。

たとえば、14歳のブロガーたちは、「嫌い」「悲しい」「退屈」「孤独」といった言葉を特に多く使います。この研究によれば、幸福度には地理的な傾向もあり、赤道に近いまたは遠い地域に住むブロガーは幸福度が低く、温帯地域に住むブロガーは幸福度が高い結果が出ています。

たとえば、赤道に近い人々は「悲しい」「退屈」「孤独」といった言葉をより多く使い、より高緯度(絶対緯度52.5から69.5度の間)に住む人々は「罪悪感」「病気」「うつ病」といった言葉をより多く書きます。

著者たちは、「公共政策をよりよく構築し、より成功する組織を築き上げ、そして科学的観点から経済・社会現象をより完全に理解するためには、個人がどのように、いつ、なぜそのように感じるのかを知りたい」と書いています。


私たちは、幸福度調査や瞬間的ソーシャルメディアが登場する以前の数世紀における幸福を測定することに着手しました。それでもなお、私たちは21世紀のツール、技術、視点を採用できました。数千億の単語、800万冊の書籍、数千の感情価値、200年の歴史、そして6ヶ国(フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、イギリス、アメリカ)、6言語(フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、イギリス英語、アメリカ英語)における幸福に関する現代の調査情報に基づいています。

「生命、自由、幸福の追求」

Google Booksが収集した印刷物中の単語コーパスは約1500年から始まっていますが、私たちは1776年に始めることを選びました。これは、幸福を特別に言及する最も有名な歴史的文書の1つであるアメリカ独立宣言の発布年であり、以下のような言葉が残されています。

「我々は、これらの真理が自明であると信じる: すべての人間は平等につくられ、彼らの創造主によって特定の不可分の権利を授かっており、その中には生命、自由、そして幸福の追求が含まれる」。

▼近代化の始まり

アメリカ独立戦争 出典: Wikipedia

フランス革命 出典: Wikipedia

また、多くの歴史家は、アメリカ独立戦争(1775-1783)とフランス革命(1789)を、近代化の始まりを示す重要な出来事として挙げるでしょう。

この研究は、アメリカ独立宣言が幸福を明示的に言及した1776年を起点に、2009年までを対象としています。これにより、出版された著者の言葉を通して、2世紀にわたる大衆の気分を探ることができます。

この時代はあらゆる変革が生じ、社会経済的な変化の全てを包含するに十分な長さを持っています。軍事革命、産業革命、性革命、デジタル革命、20世紀最大の経済危機である世界恐慌などの革命、比類なき経済成長期、2つの世界大戦と内戦(国境内で行われた内戦と、アメリカのベトナム戦争のような他国による戦争)、そして勝利者と敗北者の戦後社会、感染症の流行に脅かされ人口が減少した時代、それらを征服するために医学が進歩する時代、広範な飢餓の時代と後に肥満が蔓延した時代などです。

このように国民の気分を把握するために、私たちは従来の経済分析方法を用いました。もちろん、この方法は過去の声をとらえる新しい方法であり、ライフイベントと人間の幸福の関係について考える新しい方法でもありますが、不完全な尺度であることは認識しています。

文学の進化、書籍の市場、言語自体、そしてリテラシー率の向上が課題となっています。過去200年の間に、典型的な出版物の読者層は、裕福なエリートから大衆へと変化しました。そのため、これらの書籍の内容も変化してきたと思われます。


19世紀前半の文学者 出典: Wikipediaを元に作成

19世紀前半には、文学におけるリアリズムや社会批評が盛んになり、文体も大きく変化しました。一方、現実を描く文学は価値の低い言葉の使用を増加させたかもしれません。

けれども、一方、書籍はより広く普及し娯楽として利用されるようになりました。このような問題に対して私たちは様々な工夫をしています。たとえば、このような懸念のある分野では複数の国を利用して国による差異をコントロールしやすくしています。

私たちは、最高値と最低値を持つ単語を調べることで、指標の堅牢性(けんろうせい)も確認しています。これらの単語の意味は、時代が変わってもほぼ変わっていません。さらに、私たちは、1970年代初頭以降の幸福調査の結果と私たちの調査結果を比較しています。

これらの問題のスペクトルは、ライフスタイルが見違えるほど変化した多世紀にわたる経済成長や所得水準を比較するとき、同種の問題に直面し、対処しなければならない研究者がいることと同じです。実際、これらは非常に長い時間を見ようとする社会経済的な探究が直面する同じジャンルの問題なのです。

幸福のタイムライン

こうして、私たちは、過去約250年間の作家が時を越えて私たちに語りかけ、出来事やトレンドが人間の幸福にどのような影響を与えたかについて、何らかの洞察を得られるようにしました。

また、これらの方法は、年月を経て変化する人間の幸福の道筋を可視化する新しい方法を提供します。私たちは、長期的なタイムラインを作成し、重要な歴史的出来事を背景に変化する幸福度をマッピングした指標を作成します。

イギリスのタイムラインは巻末に表示します。アメリカ合衆国と4つの大陸諸国のタイムラインはここに表示します。

図3-2. 出版された言葉の平均価値で測定した幸福度(1771年から2009年)

米国

フランス

ドイツ

イタリア

スペイン

出典: Hills, Proto, and Sgroi(2015)

横軸には日付を表示。縦軸には、出版された書籍の言葉の平均的な価値付けによって測定された幸福度を示しています。赤の縦線は次のようなイベントを示します。1776年:アメリカ独立宣言。1789年:フランス革命。1792年:ナポレオン戦争勃発(フランス、ドイツ、イギリス)。1803年:ナポレオン戦争再開(スペイン、イタリア)。1848年:革命の年(ヨーロッパ全域)。1861年:アメリカ南北戦争勃発;イタリア統一開始。1870年:普仏戦争勃発、続いてドイツ統一。1914年:第一次世界大戦勃発(ドイツ、フランス、イギリス)。1915年:イタリアが第一次世界大戦に参戦。1917年:アメリカが第一次世界大戦に参戦。1929年:ウォール街大暴落(アメリカ)。1933年:ヒトラーが権力を握る(ドイツ)。1936年:スペイン内戦勃発。1939年:第二次世界大戦勃発(ドイツ、フランス、イギリス)。1940年:イタリアが第二次世界大戦に参戦。1941年:アメリカが第二次世界大戦に参戦。1953年:朝鮮戦争終結(アメリカ)。1975年:ベトナム戦争終結(アメリカ)。1990年:ドイツ再統一、冷戦終結(全ての国)。


第一次世界大戦 出典: Wikipedia

第一次世界大戦と第二次世界大戦中の幸福の大崩壊は、20世紀で最も深刻な経済崩壊である大恐慌を除いて他のどの出来事よりも際立っています。これらの時期における幸福感の急速な低下は、当時の一般的な心情を表す持続性ある指標を与えるものです。ほとんどの国で、これらの恐ろしい出来事の後、幸福は著しく上昇しましたが、国によって特定の出来事に対して幸福度の高まりは異なります。

特に、巻末に掲載しているイギリスの年表には注目です。過去2世紀にわたる浮き沈みを見ると、幸福がいかに経験によって影響を受けるか、そして時に意外な形で影響を受けるかがわかります。

ディケンズ『二都物語』 出典: Wikipedia

たとえば、19世紀のイギリスはディケンズの小説に描かれるような状況(「最高の時代であり、最悪の時代であった…」)であったにもかかわらず、その世紀の幸福度は20世紀に比べて驚くほど高かったのです。

幸福度は、アメリカ独立戦争(1775-1783)とアメリカの植民地喪失、両世界大戦、1929年の株式市場暴落、それに続く大恐慌とともに低下しました。第二次世界大戦後、幸福度は1957年に注目すべき高点に達しました。

この年は、イギリスのハロルド・マクミランが「イギリスのほとんどの人が今までこれほど良い時代を過ごしたことがない」と演説した年です。その後、幸福度は急落し、イギリスは1960年代を通じて持続的な不幸期間を経験し、1978年から1979年にかけて、いわゆる「不満の冬」を経験しました。この冬の特徴は、物価高、賃金の上限に抗議する労働ストライキ、異常な寒さや吹雪でした。けれども、20世紀後半になると、この傾向は回復に向かいます。

鍵となる発見

過去200年間にわたる6ヶ国の歴史を見ると、経済成長と人間の幸福の状態には、長期的には関連性がないことが分かります。私たちの「単語ベース」の分析が幸福の反映として信頼できるかどうかを確認するために、1970年代初頭までの時間枠を与えて幸福に関する確立された調査結果と比較しました。

この重複した時間枠について、2つの顕著に異なる幸福度の測定結果を比較すると経済成長と幸福が同調しないことがわかりました。つまり、感情価値に基づく方法は、現代の調査結果と同じ結論に達しています。この発見は、公表された著者の言葉を用いて国民の気分を把握することのメリットを補強するものです。

GDP成長は国民の幸福に大きな影響を与えませんが、景気の不安定性や不況、そして大恐慌のような経済的崩壊は幸福度の低下につながります。

世界恐慌 出典: Wikipedia

過去2世紀にわたり、各国は巨大な経済成長を経験しましたが、この成長は幸福度の上昇にはつながりませんでした。一方、景気後退は人々の生活満足度に大きな打撃を与えました。けれども、これらの後退は比較的短期間でした。

戦争や内戦は人生の満足度を急落させます。明らかなことですが、戦争による苦しみや命の損失は人間の幸福を減らします。内戦や世界大戦中の幸福度の急激な低下は、他のどの出来事よりも(経済危機である大恐慌を除いて)深刻であることが明らかになりました。

平均寿命の伸びや子どもの死亡率の低下は、幸福度の向上と一致しています。私たちは、身体的健康が人間の幸福にどの程度影響を与えるかを示す指標と解釈しています。この2つの指標に大きく依存しているのは、寿命と子どもの死亡率に関するデータが何百年も前から収集されているためです。けれども、私たちは、この2つの尺度が「健康で長い人生を約束すること自体が人間の幸福に貢献する」という全体的な力を示唆していると考えています。

言葉は重要です。私たちの発見は、出版物の言葉の表現が大衆の気分を反映することを示唆しています。これは、文学がその時代の市場に参入し大衆の嗜好や態度に共感しようとするためである可能性が高いです。人生の満足度に対応する言葉は、バレンス(語彙の表情、意味の感情的な色彩)と相関し、ポジティブに相関する傾向があります。

─最高評価を持つ言葉─

たとえば、最高の価値評価を持つ言葉には、愛される(8.26)、誠実な(8.16)、笑い(8.05)が含まれます。逆に、人生への不満に対応する言葉は、最低の価値評価を持っています。最低の価値スコアを持つ言葉には、拷問(1.4)、人種差別(1.48)、虐待(1.53)が含まれます。

言論の自由、あるいは言論の自由の欠如は重要な役割を果たします。私たちの「出版された言葉」に基づいた結果は、第一次世界大戦がフランス、ドイツ、イタリアの人々にはるかに多くの悲惨さをもたらしたことを示唆しています。

これは意外な結果かもしれません。どちらの戦争も破滅的でしたが、第二次世界大戦はより長く続き、より多くの犠牲者を出したからです。私たちはこの結果を、第二次世界大戦の特徴である検閲の蔓延に照らして解釈しています。つまり、この結果は第二次世界大戦中のこれらの国々における報道機関の強力な統制を反映しているようです。

展望

2016年、オックスフォード辞書は、年間最優秀語句に『ポストトゥルース(post-truth)』を選びました。この形容詞は、「客観的な事実よりも、個人の感情や信念が世論を形成する上で強い影響を与える状況」と定義されます。この現代の語彙の新エントリーが示唆するように、21世紀は新しいメディアによって文章によるコミュニケーションを再定義されつつあります。

ブログ、Facebook投稿、Twitterのフィードなど新しいジャンルは、現代の感情を表現するライターをたくさん生み出しました。これらの言葉は、実際の出来事や彼ら自身の現実に基づく問題を反映します。

政策決定者は、従来の形式や新しい形式の言葉から派生した情報を用いることが期待されます。新しい瞬時の「出版物」は時代の気配をとらえ、社会全体やそのグループの幸福に影響を与える多くの力についての情報を提供するかもしれません。

これらの新しい文学プラットフォームは、過去2世紀にわたる出版物と同様、わずかな言葉の力を強調しています。彼らは大衆の意見をより即座にとらえる方法を提供することで、従来の出版形態を凌駕する可能性があります。このような瞬時の「出版物」のためのプラットフォームを提供するテクノロジーは、私たちの研究を可能にするだけでなく、いわゆるリアルタイムで情報を提供する新しい力を言葉に与えるかもしれません。

これまで書き言葉の分析に用いてきたアプローチは、こうした新しいメディアにおける書き言葉の分析にも適応することができます。たとえば、検閲や世論操作といった長年にわたる問題が、オンラインの「フェイクニュース」やオンラインの「ボット」などを通じて新たなチャンネルを見つけるようになったという複雑性を分析する必要があります。

私たちの分析では言葉の評価を利用しますが、新しいメディアの作業では、その評価がどれだけ早く変化するかを考慮する必要があります。たとえば、「#IceBucketChallenge」や「#BlackLivesMatter」のようなハッシュタグは、非常に速く出現して消えます。また、政治的キャンペーンは、支持者と反対者から数分のうちに大量のコメントを生み出すことができます。

第4章では、
⚫︎幸福の理解によって起こる問題
⚫︎世界がどんな方向に向かうべきか
を学びます。ぼくたち一人ひとりのチカラで、世界を変えることができるでしょうか。

第4章 公共政策の影響*

イントロダクション

本報告書は、社会全体での幸福感の理解によって、引き起こされる幅広い問題、社会全体の幸福感のばらつきに遺伝子がどのような役割を果たすか、そして幸福感が時間の経過とともにどのように変化してきたかを探求します。私たちの研究と他の研究に基づいて、以下3つの示唆を導き出すことができます。

  1. 社会の進歩を追跡するために、経済データを幸福指標で補完する方法。
  2. 幸福度を向上させるために、どのような公共政策を優先させるべきかを明らかにする方法。
  3. 政策イニシアチブを、より良くデザインする方法。

進歩の測定の改善

私たちの研究は、政府が社会経済的進歩を評価するために使用する指標(GDP)を進化すべきであることを示唆しています。ある一定の点を過ぎると、経済成長は必ずしも幸福度の向上につながりません。過去2世紀にわたって5言語で出版された800万冊の書籍を分析した私たちの研究は、1970年代以来、幸福度研究の重要な部分を占めてきたこの洞察を裏付けています。

この調査結果は、国の経済状況が重要でないとか関連がないと解釈するべきではありません。経済が活発であれば社会生活の他の要素も強化され、幸福につながることは明らかです。たとえば、失業は復職後もしばらく続く不幸の主な原因です。

1 つの点は、経済成長の追求は幸福感を高めるために重要な他の目的を犠牲にするべきではないということです。経済成長の成果は、所得増加だけを目的とするのではなく人々の生活満足度を向上させる方向に向けられるべきものです。

従来の経済学研究と幸福の経済学研究は、必ずしも同じ政策的結論を導くとは限りません。従来の経済学では、GDPが高くなれば社会はより幸福になると主張してきました。けれども、人間の感情や本当の幸福が基準となるならばその証拠はまちまちです。

幸福を高めるために、幸福を研究する経済学研究者たちが実際に必要と考えることは、たとえば失業率の低下や健康状態の改善です。これらは国民所得の上昇と同じでもなければ、保証されるものでもありません。幸福度を高めるためには、きれいな空気や通勤時間短縮など、従来の経済学が価値を認めにくいと考えていた事項も追求する必要があります – どちらの意味でも。

たとえば、Aさんがお金持ちになったらどうなるでしょうか?他の全ての人の収入が一定のままであれば、Aさんは幸せになるかもしれません。けれども、もしAさんが豊かになるだけでなく、他の人も豊かになった場合はどうでしょう?幸福度の研究は、この場合、Aさんが幸せを感じる可能性は低いと示しています。


これは、人は自分の相対的な立場を一番に気にするからだと考えています。ですので、すべての国民が豊かになれば、従来の経済学が示唆するように人々が自分の人生について何も感じなくなる可能性があるのです。データはこの破壊的な考えを裏付けています。

幸福度を測定するために使えるデータを既に収集している政府があります。イギリス国立統計局は2011年以来、国民の幸福度、生活満足度、不安度、人生の価値感についての調査を実施しており、これらは総合的な幸福度の測定の基礎となるものです。21ヶ国の先進工業国の政府も同様のデータを収集しています。

次のステップは、これらデータを改善することです。特に、幸福の異なる要素にどのような重みを与えられるべきかを識別することが重要です。広く一般的な人口を代表する大規模なサンプルから、幸福の要素ごとにどの程度の相対的な重みを与えるべきか尋ねることができ、するべきです。

このことは、現在と19世紀と比較して客観的に見れば生活が良かったわけではありませんが、当時の人々の期待はほぼ確実に低かったため、彼らはより満足していた可能性が高いことを示唆しています。私たちが幸福についての調査を行う以前に公表された作品を分析した結果から、この期待と現実の複雑な混合物が、従来考えられていたよりも生活満足度にとってより重要であることを示唆しています。

この文脈で、情報化時代が幸福に与える影響はまだ明確ではありません。私たちはお互いや社会の特徴(良いことも悪いことも)について、これまで以上に多くのことを知っています。幸福度の向上を図るには、人々が最も価値を置くものをより深く理解する必要があります。

また、幸福の進歩を測定する上で、もう一つ非常に重要な文脈があることも示唆されました。それは遺伝です。私たちはこの研究を始めた当初、幸福度の国際的な違いを説明するのに遺伝はありえない手段だと考えていました。

けれども、研究は、遺伝子が経済および社会的な力で説明できない役割を果たしていることを示唆しています。これは、遺伝距離の測定、精神的な幸福に関連する特定の遺伝子変異の有病率、歴史的評価という完全に異なる3つの方法から慎重に示唆されました。

結果として、デンマークなど世界で最も幸福な国の1つとしてよく挙げられる国々は、幸福に関して遺伝的な優位性を持っている可能性がある一方、他の国々は遺伝的に不利な状況にある可能性があることを意味します。だからといって、ある社会の幸福度を向上させるために何もできないわけではありません。

政策立案者には、人々の幸福を向上させるための手段がありますが、国々の幸福度をランク付けしたり、ある社会の幸福度の進歩を他の社会と比較したりすることには注意が必要です。進歩を測定するよりも、ある社会の長期的な進歩が、より強固で意義深い測定となる可能性があるとされます。

どのような公共政策が社会の幸福に貢献できるかを明らかにする

政府が公共サービスの満足度を維持・向上させ、それらに費やす費用を減らすことを目指す中で、幸福度の測定は、限られた資源を最も効果的な公共政策介入に向けるために役立つ可能性があります。

現実の政治がイデオロギーや権力、選挙区の影響を受けていることを私たちは痛感しますが、社会のメンバーの幸福感を増やすそうとする行動指針を真剣に考慮する政策決定は、新しい方向に資源を移す可能性が高くなるでしょう。

遺伝子が幸福にどのように、またどの程度影響するのかを理解することには大きな限界がありますが、私たちの研究は、人生の波乱に対処するための政策が遺伝子に関係なく、特にうつ病になりやすいDNAを持つ人々の幸福を改善する可能性があることを示唆しています。

メンタルヘルスサービスが費用対効果が高く、広く利用でき、簡単にアクセスでき、差別的なステレオタイプが少なくなるような道筋を作ることが人々が人生のストレスに対処するのを助け、幸福感を向上させる上で重要です。

特に、ストレスに直面した際にうつ病などの精神的健康問題に対して、遺伝子的に脆弱な人々の回復力を高める可能性があります。たとえば、デンマーク人は精神保健サービスを広範囲に利用しており、人口の約3分の1が生涯のうちにそのようなサービスを受けています。

一方で、イギリスではサービス自体やサービスに関する情報が少なく、メンタルヘルスサービスを利用する人々は家族や友人からも差別を経験することがある、ということです。

私たちの研究は、政策行動の優先順位をつける上でもより従来的な意味合いを持っています。当然のことながら、経済の安定を維持することが幸福にとって重要です。現代の幸福度調査よりもさらに過去にさかのぼり出版された書籍を用いて分析したところ、大恐慌は過去2世紀における他のどの経済事象よりも深刻かつネガティブな影響を幸福感に及ぼしたことが明らかになりました。

それに比べ、不況の影響はマイナスですが短期間であり、私たちが調査した他の問題に比べればその大きさは小さかったです。したがって、私たちの研究は幸福の源泉として経済の安定を促進する金融・財政政策の重要性を強調しています。

安定した雇用水準を確保し、インフレーションの暴走を防ぐ政策は、技術的な経済理由だけでなく幸福のためにも重要です。

同様に、幸福の観点から長寿化と子どもの死亡率の低下の重要性が長期的な視点で示されており、自分自身と子孫の長く健康的な人生を見据えることが幸福にとって比類ないほど重要であることを示唆しています。

私たちの分析によると、過去約250年間で幸福度の上昇と最も密接に関連していた傾向は、長寿化と子どもの死亡率低下の2つでした。これらは、私たちの全体的な幸福において健康と身体的な幸福が果たす重要な役割を代理し、それを思い起こさせるものです。

つまり、生活満足度を高めるためには、より良い健康を育む道に資源を集中させる政策が必要です。過去200年の時間軸で見ると、多くの世代に死と苦しみをもたらした伝染病や感染症は、衛生環境の改善、ワクチン接種、抗生物質によって、ほぼ解決されました。現代では、心臓病、癌、糖尿病などの非伝染性疾患(これらの多くは世界的な肥満の流行に関連している)が主な健康問題になっています。

また、認知症など長寿に関連する病気も増えてきており、長生きする人ほど懸念される疾患です。そのため、新たな懸念事項を抱える公衆衛生の改善に研究への投資を行い、研究結果を活用することが、政策行動の優先事項となるべきです。

政策イニシアチブの改善

最後に、私たちの研究は政策行動の設計に影響を与えます。その第一は、幸福における遺伝子の役割に関する分析から生まれます。個人レベルでも国家レベルでも、幸福は遺伝子コード以上のものに依存しています。幸福に影響を与える遺伝子は単独で作用するものではなく、生物学的な運命だけではないことを念頭に置く必要があります。

自然 vs 育成という古い論争は、もはや過去のものとなりました。この問題で興味深いのは、人の遺伝的構成(自然)と環境(育成)がどのように相互作用するかという点です。私たちの研究によると、人生のストレスに対する脆弱な遺伝子を持つ人々にとって、政策が特に重要である可能性があります。これは、政策行動のターゲティングのための示唆です。

「幸福は伝染する」という研究結果があるように、ある個人や集団の幸福度を高める政策は、友人や家族のネットワークを通じて社会に広く行き渡る可能性があります。各国の国民の幸福度の違いは、ある集団の遺伝的類似性によって説明されますが、社会的ネットワークによる乗数効果も同様に作用していると考えられます。

つまり、幸福は循環しているのです。その結果、強力でポジティブな社会ネットワークを促進・育成する施策は、幸福を広めるチャンネルとなります。社会的孤立が精神的、身体的健康上の懸念となり、喫煙と同程度のリスクがあり、運動不足によるリスクを上回っている現在、このことが政策構想に与える影響は特に大きいです。

政策決定において幸福をより重視することで、政策決定の手順をその構想段階から形成することもできます。経済的な費用対効果分析が政策介入の優先順位付けに使われるのと同じように、競合する優先事項の選択が行われるとき、幸福の増大に焦点を当てることが想像できます。

もしこのアプローチが論理的に進められた場合、英国のような国の次の公共支出ラウンドは、さまざまな政府部門がコストと幸福の利益を提示し、幸福を高めることを目的とした選択がなされるということです。これは、政策の設計や制定方法のデザイン、または技術において大きな変革となるでしょう。

私たちの研究が示唆するように、幸福により大きな焦点が置かれ、ますます堅牢になり、より理解されるようになったことから、このような変化が起こると私たちは信じています。

CAGE政策報告書

これは、3つ目のCAGE政策報告書です。
Copyright © The Social Market Foundation, 2017
日本語訳&図説: ウェルビーイング応援サイト

図3-1. イギリス市民の幸福度の水準(1771年から2009年)

Hills, Proto, and Sgroi (2014).

このタイムラインは、過去約250年間にわたってイギリスの幸福度がどのように変化したかを示しています。横軸には日付が表示され、縦軸には出版された本の言葉の平均値による幸福度が示されます。私たちは、単語の値を幸福度の代理として使用して、社会全体の幸福度を測定しました。この方法は、第3章で説明されているように、心理学者がポジティブな感情とネガティブな感情を捉えるために使用する概念「バレンス」を使用します。バレンスは、言葉に含まれる感情を示す方法です。バレンスの評価は、1から9までのスケールで行われ、よりポジティブな感情に関連する単語にはより高い評価が、よりネガティブな感情に関連する単語にはより低い評価が付けられます(例えば、「幸福」のバレンスは8.53で、「不幸」のバレンスは1.90です)。縦の赤い線は、以下の出来事を示しています。

このタイムラインは、世界と国内の出来事の背景に対する幸福度の変化を視覚的に表現する新しい方法を提供しています。何らかの驚きが浮かび上がります。例えば、19世紀のイギリスはディケンズ的な状況と関連付けられていますが、その世紀の幸福度は20世紀に比べ驚くほど高かったです。アメリカ独立戦争(1775-83)やアメリカ植民地の喪失、2つの世界大戦、1929年の株式市場の暴落とその後の大恐慌に伴い、幸福度は低下しました。第二次世界大戦後、幸福度は1957年に大きく向上しました。この年は、ハロルド・マクミラン首相の「率直に言って、われわれのほとんどの人々がこれほど幸福な状態にあったことはない。国をあちこち回ってみてはどうか。工業都市や農村に行ってみてはどうか。これまで自分が生きてきた人生の中でも、実際、この国の歴史の中でも、ここまで豊かで繁栄していた時代はなかっただろう」。その後、幸福度は急落し、1960年代から続く不幸な時期を迎え、1978年から1979年の「不満の冬」と呼ばれる時期は、賃金の上限に抗議する労働ストライキや、異常に寒い天候と吹雪の影響で高いインフレーションが特徴的でした。けれども、20世紀後半になって、この傾向は回復し始めました。

私たちの調査結果は以下の通りです:GDPの成長は国の幸福に重要な役割を果たさない。景気の不安定性や不況、大恐慌のような経済崩壊は、幸福感を低下させました。戦争や内戦は、生活満足度を急激に低下させました。20世紀で最も深刻な経済的災害である大恐慌は、戦争と同程度の幸福感の低下を引き起こした唯一の経済的出来事でした。寿命の延伸や幼児死亡率の減少は、身体的健康のプロキシとして解釈でき、幸福感の増加と一致しています。

つまり、過去200年間において国々は莫大な経済成長を経験しましたが、この成長が幸福感の増加に繋がりませんんでした。私たちの報告書における研究は、この理由を探求し、公共政策でより大きな幸福を目標として取り入れることを示唆しています。

私たちは、同じ時間軸でイギリスと他の5つの国々(フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、アメリカ)の幸福の上下を調べました。他の国のタイムラインは、図3に示されています。
※項目「巻末資料」「巻末文献」「企業情報」略

日常生活における活用すごくワクワクします。より幸福な人の周りはより幸福に、助ける人は自分も他の多くの人も幸福にする。ワクワクしますね!

訳と図あとがき:
すごく面白いです!この論文がなかったら理解できなかっただろう、各人各様の状況に想いを馳せました。そこにいてくれる人に感謝し、自分も幸せをあげられる人になります。CAGE報告書に関わったすべての人、研究者の皆さまに心から感謝申しあげます。

本論文が、あなたの未来につながる一助となれば幸いです。

本論文をシェアくださった@ishikun3さま、公益財団法⼈ Well-being for Planet Earthさま、KAGAYAスタジオさまにも心よりお礼申し上げます。また、励ましをくださった方々に心から感謝申しあげます。

2023.4.14 ウェルビーイング応援サイト

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