平凡な日常が続いていく「ゼロ地点」は、馴染み深く、安心できる場所です。
そこに、ほんの少しだけ “これから” の気配が灯ったら──
Compass 0(コンパス 0)は、そんな未来への そっとした予感をともす場所です。
本ニュースレターは「ウェルビーイングな社会を育てていきたい」という願いから生まれました。
研究者の新しい取り組みや知見を手がかりに、私たちが感じたことや気づきを共有し、日々の暮らしや実践にそっと役立つメモとしてひらいています。
また、ここに集う方々との “あたたかいつながり” を大切にしています。
※ 引用文以外の内容は、執筆者個人の見解であり、特定の機関の公式見解を示すものではありません。
ご感想や気づきがあれば、いつでもお聞かせください。🕊️
※最終更新2026.9.11(金)11:33 / NEWページへ移行します。
このページでは、2026年7月8日以降のニュースレターを掲載しています。
7月7日以前のニュースレターはこちらをご覧ください。
8月は少しゆっくり更新になっていました。お待たせしました。
ニュースレターも少しずつ長くなり、ページの編集画面も重くなってきたため、これからは1か月ごとにページを分けていこうと思います。
9月からは新しいページで、また続けていきます。
→ 9月のニュースレターはこちら
仕事には、いつも大きな意味が必要?
――仕事の意味、つながり、そして“フロー”を求めすぎないこと
2026.8.31 │

オックスフォード大学 Wellbeing Research CentreのJan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談より
こんにちは。
ここ数日は、オックスフォード大学 Wellbeing Research CentreのJan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談から、ウェルビーイングについて考えてきました。
最終回となる今日は、
「仕事には、大きな意味や目的が必要なの?」
という問いです。
🌱 単調な仕事にも「良い仕事」はある?
毎日同じことを繰り返す仕事。
一見すると、大きな使命や創造性とは結びつきにくい仕事。
そうした仕事でも、ウェルビーイングを高めることはできるのでしょうか。
De Neve教授は対談の中で、同じような仕事内容であっても、職場によって働く人のウェルビーイングには大きな違いがあると話しています。
そこには、顧客とのつながりや、同僚同士の仲間意識なども関わっています。
つまり、
「何の仕事をしているか」だけで、良い仕事かどうかが決まるわけではない
のかもしれません。
🤝 「仕事の意味」は、仕事そのものだけにあるわけではない
私たちは「意味のある仕事」と聞くと、
社会を変える仕事。
誰かを救う仕事。
自分の才能を最大限に発揮できる仕事。
そんな大きなものを想像しがちです。
けれど、職場でのウェルビーイングには、
誰かとつながっていること。
仲間がいること。
自分が一人の人間として大切にされていると感じること。
も強く関わっています。
De Neve教授は、給与や柔軟な働き方も重要だとしながら、人は職場での「所属感」「友人」「会社から人として大切にされている感覚」の重要性を過小評価しがちだと話しています。
仕事の意味は、立派な肩書きや壮大な使命だけから生まれるものではないのかもしれません。
✨ みんなが「フロー」に入らなくてもいい
何かに夢中になって、時間を忘れる。
心理学では、そんな状態を「フロー」と呼びます。
De Neve教授自身も、才能を発揮でき、自分の仕事に大きな意味を感じ、フローに入れることの素晴らしさを認めています。
一方で、それがすべての人にとって現実的な目標とは限らないとも話します。
これは、少しほっとする考え方かもしれません。
仕事が、
「人生で最も好きなこと」
でなくてもいい。
毎日、夢中になれなくてもいい。
壮大な使命を感じられなくてもいい。
それでも、
誰かと気持ちよく働ける。
自分なりに役に立てる。
生活を支えてくれる。
仕事を終えたあと、自分の人生に戻れる。
そんな仕事も、十分に「良い仕事」なのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
大好きなことを仕事にできたら、楽しそう。
でも、
仕事が人生で一番好きなことでなくても、いいんですね。
いっしょに働く人が好きだったり、
「今日はちゃんとできたな」って思えたり、
家に帰って好きなことができたり。
そういう仕事も、いいと思うなあ。
今日の問い
あなたは、仕事にどのくらいの「意味」を求めていますか?
大きな使命でしょうか。
誰かとのつながりでしょうか。
生活の安定でしょうか。
それとも、仕事以外の人生を大切にできることでしょうか。
「意味のある仕事」の形は、一つではないのかもしれません。
🎬 5日間の対談シリーズを終えて
8月27日から5日間、Jan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談 “The Simple Secret of Being Happier…”vから、いくつかの問いを取り上げてきました。
人とのつながり、お金、職場から家庭への波及、リーダー、そして仕事の意味。
一つの対談の中にも、私たちが普段の生活で考えてみたい「ウェルビーイングの問い」が、たくさんありました。
そして対談の最後、De Neve教授は「最高のウェルビーイング・アドバイス」を尋ねられ、
“change focus from I to we.”
――「私」から「私たち」へ焦点を移すこと、と答えています。
8月の最後に、覚えておきたい言葉です。
今日の対談
Jan-Emmanuel De Neve教授 × Jay Shetty氏
“The Simple Secret of Being Happier…”
今回は、仕事の意味や目的、職場でのつながり、そして「フロー」について語られた部分を中心に紹介しました。
「良い上司」は、何を大切にしている?
――「社員を大切にする」と言うことと、実際に優先すること
2026.8.30 │

オックスフォード大学 Wellbeing Research CentreのJan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談より
こんにちは。
昨日は、職場で感じたことが、家に帰ったあとにも続いていくかもしれない、という話を紹介しました。
今日は、その職場をつくる側――リーダーや管理職について考えてみます。
👔 「社員を大切にしています」
多くの会社や管理職は、
「社員を大切にしています」
と言います。
それ自体は、とても自然なことです。
Jan-Emmanuel De Neve教授は対談の中で、Harvard Business Reviewの調査に関わった経験を紹介しています。
その調査では、シニアマネジャーの87%が「自分は人を大切にしている」と答えたそうです。
かなり高い割合です。
けれど、ここからが興味深いところでした。
📊 実際に「優先する」となると?
同じ調査で、
顧客や他のステークホルダーとの間で、実際に何を優先するかを尋ねると、
人を優先したのは約3分の1。
さらに、
人材マネジメントや従業員のウェルビーイングを、戦略上の優先事項として行動に移していたのは19%程度
だったとDe Neve教授は話しています。
つまり、
「大切だと思っている」ことと、
「実際の意思決定で優先する」ことは、同じではない。
ということです。
🧭 本当に大切なものは、迷ったときに見える
仕事では、すべてを同時に優先することはできません。
売上。
顧客。
納期。
コスト。
株主。
そして、働く人。
どれも重要です。
だからこそ、
何かと何かがぶつかったとき、何を選ぶか
に、その組織の価値観が表れるのかもしれません。
「人を大切にしています」という言葉より、
忙しいとき。
業績が悪いとき。
誰かが困っているとき。
そういう場面で、どんな判断をするか。
そこに、本当の優先順位が見えてきます。
💬 言葉だけではなく、「行動」にする
De Neve教授はこの部分で、
“Don’t just talk the talk, walk the walk.”
という趣旨の表現をしています。
つまり、
言うだけではなく、実際に行動すること。
ウェルビーイングも同じです。
「社員の幸せが大切」
と掲げるだけではなく、
働き方。
評価。
休み方。
上司との関係。
意思決定。
そうした日々の仕組みに反映されて、初めて意味を持つのかもしれません。
🌱 良いリーダーとは?
「良い上司」というと、
話を聞いてくれる人。
優しい人。
判断力がある人。
仕事ができる人。
いろいろな姿が浮かびます。
でも今回の対談から考えると、
もう一つ大切なのは、
「人を大切にする」という価値を、実際の選択に反映できる人
なのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
「みんな大切です」
って言うのは、そんなに難しくなさそうです。
でも、
忙しいときに誰かをちゃんと休ませたり、
困っている人の話を聞いたりするのは、
もっと難しいのかもしれないですね。
本当に大切にしているかどうかは、行動を見たら分かるのかな。
今日の問い
あなたの職場では、「大切だと言われているもの」と「実際に優先されているもの」は、同じでしょうか?
言葉と行動が一致しているところ。
少しずれているところ。
そこを見てみると、
その組織が本当に何を大切にしているのかが、少し見えてくるかもしれません。
今日の対談
Jan-Emmanuel De Neve教授 × Jay Shetty氏
“The Simple Secret of Being Happier…”
今回は、対談の中のリーダーと職場のウェルビーイングについての部分を紹介しました。
De Neve教授は、管理職の多くが「人を大切にしている」と答える一方、実際の優先順位や戦略上の行動になると、その割合が大きく下がることを紹介しています。
仕事のウェルビーイングは、家にまでついてくる?
――職場で感じた気分は、仕事を終えたら消えるのか
2026.8.29 │

オックスフォード大学 Wellbeing Research CentreのJan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談より
こんにちは。
ここ数日は、Jan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談から、ウェルビーイングについて考えています。
昨日は、
「もっとお金が増えれば、もっと幸せになれるのか?」
という問いを取り上げました。
今日は、さらに身近な「仕事」の話です。
🏢 「仕事は仕事、生活は生活」?
私たちは、ときどき、
「仕事は仕事。プライベートは別」
と考えます。
けれどDe Neve教授は、対談の中で、
仕事への満足度と、人生全体への満足度は深く結びついている
と話しています。
仕事へ行くときに家庭生活を完全に置いていくことも、仕事を終えた瞬間に職場で感じたことをすべて置いて帰ることもできない。
仕事と生活は、思っている以上につながっているというのです。
🚪 職場で感じたことは、家にも持ち帰られる
たとえば、
職場で嫌なことがあって、帰宅するときにも気分が沈んでいたら。
その気分は、自分一人の中だけにとどまるとは限りません。
De Neve教授はNicholas Christakis氏とJames Fowler氏らの研究にも触れながら、職場から持ち帰った気分が、パートナーや子どもなど周囲の人にも波及し得ると説明しています。
つまり、
職場のウェルビーイングは、「社員本人だけの問題」ではない
ということです。
🌊 ウェルビーイングには、波紋がある
会社で人がどのように扱われるか。
仕事をしていて、どんな気持ちになるか。
それは、勤務時間の中だけの話ではありません。
家に帰り、
家族と話し、
友人と会い、
地域で生活する。
その人が職場で受け取ったものは、少しずつ周囲へ広がっていくかもしれません。
De Neve教授は、だからこそ、職場で人をどう扱うかには組織にも大きな責任がある、と話しています。
💡 「職場の幸福」が大切な、もう一つの理由
職場のウェルビーイングというと、
「社員の満足度を上げる」
「生産性を上げる」
といった話を想像しがちです。
もちろん、それも重要です。
でも今回の対談を聞いていると、それだけではなさそうです。
一人が職場でどう感じるかは、その人が帰っていく場所にもつながっている。
そう考えると、
職場を少し良い場所にすることは、
会社の中だけを良くすることではないのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
学校でいやなことがあった日は、
家に帰ってからも、ちょっといやな気分のままのことがあります。
仕事も同じなのかな。
だったら、
会社で誰かにやさしくすることが、
その人の家の人にも少し届くことがあるのかもしれないね。
今日の問い
仕事を終えたあと、あなたはどんな気分を家に持ち帰っていますか?
そして反対に、
あなたが職場で誰かに渡した気分は、
その人の一日の続きを、少しだけ変えているかもしれません。
今日の対談
Jan-Emmanuel De Neve教授 × Jay Shetty氏
“The Simple Secret of Being Happier…”
今回は、対談の中の “Does Your Work Follow You Home?” という話題を中心に紹介しました。De Neve教授は、仕事への満足と人生全体の満足が結びついており、職場でのウェルビーイングが家庭や社会にも波及し得ると話しています。
お金が増えれば、もっと幸せになれる?
――「もっと稼ぐ」と引き換えにしているもの
2026.8.28 │

オックスフォード大学 Wellbeing Research CentreのJan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談より
こんにちは。
昨日は、Jan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談から、
私たちは「人とのつながり」の価値を、自分で思っている以上に小さく見積もっているのではないか
という話をご紹介しました。
今日も同じ対談から、もう一つ、とても身近な問いを考えてみます。
お金が増えれば、私たちはもっと幸せになれるのでしょうか?
もちろん、お金は大切です。
家賃を払う。
食べる。
病院へ行く。
教育を受ける。
借金を返す。
将来に備える。
生活に必要なお金が足りないとき、収入が増えることは、現実の不安を大きく減らしてくれます。
でも、
「もっとあれば、もっと幸せ」
は、どこまでも続くのでしょうか。
💰 お金が少ないときほど、「増えること」の意味は大きい
対談の中でDe Neve教授は、所得とウェルビーイングの関係について、
所得が低い段階では、お金が増えることの効果はとても大きい
と説明しています。
なぜなら、そのお金によって、
日々の生活費。
住宅。
ローン。
教育費。
基本的な安心。
といった、実際の問題を解決できるからです。
これは、
「お金では幸せは買えない」
という単純な話ではありません。
むしろ、
生活に必要なお金が足りないとき、お金はウェルビーイングにとても重要です。
📉 でも、同じ1万円が、いつも同じだけ幸せを増やすわけではない
ところが、所得が増えていくと、
さらにお金が増えたときに得られるウェルビーイングの増加は、だんだん小さくなっていく
という傾向があります。
経済学では、こうした考え方を限界効用の逓減として捉えることがあります。
たとえば、
収入が20から40になったときの変化と同じくらいのウェルビーイングの変化を得ようとすると、
次は40から60ではなく、
もっと大きな所得増が必要になっていく。
De Neve教授は、所得とウェルビーイングの関係をそのような形で説明しています。
つまり、
お金は増え続けても、幸福が同じ割合で増え続けるわけではない。
⚠️ 「年収○○万円を超えたら幸せは増えない」ではない
ここは少し注意が必要です。
対談では、過去の研究で示された具体的な所得水準にも触れています。
ただしDe Neve教授自身も、
物価、住んでいる地域、ウェルビーイングをどう測るかによって違う
と繰り返し説明しています。
ニューヨークと地方都市では必要な生活費が違います。
同じ年収でも、家族構成によって意味は変わります。
そして、
その瞬間に感じる幸福感と、
人生全体を振り返った満足度でも、
所得との関係は同じではありません。
だから今回の話を、
「この年収を超えたら、お金は意味がない」
という境界線として理解するのは適切ではありません。
重要なのは、
所得が高くなるほど、「さらに増やすこと」の効果は小さくなりやすい
ということです。
では、なぜ「もっと稼げば幸せ」と思いやすいの?
ここからが、今回いちばん考えさせられるところです。
De Neve教授は、
社会の中では、
「もっとお金があれば、もっと幸せになれる」
というメッセージがとても強いと話しています。
収入は数字で見えます。
昇給も分かります。
肩書きも変わります。
買えるものも増えます。
だから、
「もっと」
の成果がとても分かりやすい。
でも、さらに収入を増やそうとすると、
しばしば別のものとの交換が始まります。
⏰ もっと稼ぐために、何を使っている?
多くの場合、収入を増やすには、
より長く働く。
責任の大きい仕事をする。
より上の役職を目指す。
難しい意思決定を引き受ける。
ことが必要になります。
すると、
お金は増えるけれど、時間や心の余裕が減る
ことがあります。
対談でDe Neve教授が挙げているのは、
家族や友人と過ごす時間。
健康。
ワークライフバランス。
ストレス。
責任の重さ。
といったものです。
収入だけを見ると、
「増えた」
となります。
でも人生全体を見ると、
別のウェルビーイングの要素を差し出しているかもしれません。
🍽️ 昨日の「一緒に食べる」とつながってくる
ここで昨日のニュースレターにつながります。
昨日は、
誰かと食事を共有する回数が、人生満足度と強く関係している
という話をしました。
ところが、
もっと働く。
もっと稼ぐ。
もっと責任を持つ。
という方向へ進むほど、
家族や友人と食卓を囲む時間が減ることがあります。
De Neve教授も対談の中で、
より多くの所得を得るために、
友人や家族との食事、健康、ワークライフバランスなどとのトレードオフが生じる
と説明しています。
ここが面白いところです。
私たちは、
「お金を増やすこと」を、
ウェルビーイングを増やす行為だと考えます。
でも、そのために、
別のウェルビーイングの源を減らしていたら?
⚖️ 「収入」だけでなく、「交換条件」を見る
だから大切なのは、
「いくら稼いでいるか」
だけではなく、
その収入を得るために、何と交換しているか
を見ることなのかもしれません。
たとえば、
収入が増えた。
でも、
眠る時間が減った。
家族と会えなくなった。
友人との食事がなくなった。
運動しなくなった。
仕事のことを考え続けるようになった。
ストレスが増えた。
としたら、
所得という一つの指標ではプラスでも、
人生全体のウェルビーイングでは必ずしも同じとは限りません。
「もっと」が悪いわけではない
ここも大切にしたいところです。
この話は、
「お金を稼ぐのはよくない」
という話ではありません。
もっと稼ぎたい。
仕事で成功したい。
良い家に住みたい。
やりたいことにお金を使いたい。
そう思うこと自体に問題があるわけではありません。
De Neve教授も、
さらに所得を求めること自体を否定しているのではなく、
そのときに生じるトレードオフを意識したほうがいい
と話しています。
つまり、
「もっと稼ぐべきか?」
ではなく、
「もっと稼ぐことで、自分の人生全体は本当に良くなるだろうか?」
と考える。
そんな問いです。
🌱 ウェルビーイングは、一つの数字では決まらない
収入。
健康。
時間。
人間関係。
仕事の意味。
安心。
自由。
私たちのウェルビーイングは、
たくさんのものからできています。
だから、一つを最大化すれば、
人生全体も最大化するとは限りません。
そして、
収入のように数字で見えるものほど、
つい大きく評価してしまいます。
一方で、
夕食を一緒に食べる時間。
十分に眠ること。
誰かと話すこと。
何もしない時間。
そういうものは、
数字になりにくい。
でも、
見えにくいからといって、価値が小さいわけではない。
昨日と今日の対談からは、そんなことが見えてきます。
🐢 ウエルの感想
お金が100円増えたらうれしいから、
ずっと増えれば、ずっと同じくらいうれしいのかなと思っていました。
でも、
お金を増やすために、
友だちと遊べなくなったり、
眠れなくなったり、
ごはんを一人で食べるようになったら、
ちょっと変だね。
増えたものだけじゃなくて、減ったものも見ないといけないんだ
今日の問い
あなたが「もっとお金があったら」と思うとき、そのお金で何を増やしたいのでしょうか?
安心。
自由。
時間。
経験。
誰かと過ごす時間。
もし本当に欲しいものが分かったら、
「もっと稼ぐ」以外の方法で、
それを少し増やせることもあるかもしれません。
お金は、とても大切です。
でも、
お金そのものが目的なのか、お金によって得たい人生が目的なのか。
ときどき立ち止まって考えてみてもよさそうです。
今日の対談
Jay Shetty × Jan-Emmanuel De Neve
“The Simple Secret of Being Happier…”
今回も、オックスフォード大学 Wellbeing Research CentreのJan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談から紹介しました。
対談では、所得が少ない段階ではお金が生活上の具体的な問題を解決する一方、所得が増えるほど追加的な所得によるウェルビーイングの増加は小さくなり、さらに多く稼ぐ過程で健康、人間関係、時間、ワークライフバランスとのトレードオフが生じうることが語られています。
次回予告
次回は、同じ対談から今度は**「仕事」**を見てみます。
仕事のウェルビーイングは、家にまでついてくる?
仕事で感じた気分は、
会社の中だけで終わるのでしょうか。
De Neve教授は、仕事でのウェルビーイングが、
家庭や周囲の人、さらには社会にまで波及すると話しています。
「人とのつながり」を、私たちは過小評価している?
――一緒に食べること、誰かに頼れることと、ウェルビーイング
2026.8.27 │

オックスフォード大学 Wellbeing Research CentreのJan-Emmanuel De Neve教授とJay Shetty氏の対談より
こんにちは。
昨日は、近所で起きた暴力事件が、直接の被害者ではない地域住民のストレスにも影響するという研究をご紹介しました。
そこから見えてきたのは、
私たちのウェルビーイングは、自分ひとりの中だけで完結しているわけではない
ということでした。
今日は、その反対側を考えてみます。
周囲の人から受ける影響は、怖さや不安だけではありません。
誰かと話すこと。
一緒に食事をすること。
困ったときに頼れる人がいること。
そんな日常の「人とのつながり」を、
私たちは、自分で思っている以上に過小評価しているのではないか。
オックスフォード大学 Wellbeing Research Centre のJan-Emmanuel De Neve教授と、Jay Shetty氏の対談から考えてみます。
🍽️ 「誰かと食べる」という、とてもシンプルな指標
対談の中でDe Neve教授が紹介していたのが、
「1週間のうち、何回の昼食・夕食を誰かと一緒に食べたか」
という、とてもシンプルなデータです。
1週間には昼食7回、夕食7回。
合計14回あります。
アメリカでは平均すると、そのうち約7回を誰かと一緒に食べている。
裏返せば、
約半分の食事は一人で食べている
ということになります。
さらに、この20年間でアメリカでは一人で食事をする頻度が53%増え、30歳未満では約2倍になったとDe Neve教授は説明しています。
「孤独」という大きな言葉ではなく、
今日、お昼を誰と食べたか。
そこまで生活の具体的な場面に落としてみると、人とのつながりの変化が少し見えやすくなります。
📊 一緒に食べる回数は、人生満足度と強く関係していた
さらに興味深いのは、その「共有する食事」の回数です。
所得、雇用状況、社会的つながりなどを並べて人生満足度との関連を見ると、
過去1週間に何回食事を誰かと共有したかという指標は、相対所得や雇用状況と同じくらい、人生満足度を説明するうえで重要だった
とDe Neve教授は話しています。
研究者自身も、社会的つながりが重要であることは以前から分かっていたものの、
「ここまで大きいとは思わなかった」
というほど印象的な結果だったそうです。
もちろん、
「誰かと食事をすれば必ず幸福になる」
という単純な因果関係を、この対談だけから言うことはできません。
でも少なくとも、
食事を共有するような日常的な社会的つながりが、ウェルビーイングとかなり強く結びついている
ことは見えてきます。
💰 私たちは、お金を重視しすぎている?
この話が出てきたきっかけも面白いです。
対談ではその前に、
「お金は、どこまで幸福を高めるのか」
という話をしていました。
De Neve教授は、所得が少ない段階では、お金はとても重要だと説明します。
住居。
食費。
教育。
借金。
日々の不安。
お金が増えることで解決できる現実的な問題がたくさんあるからです。
ところが、所得が増えていくにつれて、追加的な所得から得られるウェルビーイングの増加は小さくなっていきます。
さらに多く稼ぐために、
家族や友人と過ごす時間。
健康。
休息。
ワークライフバランス。
などを犠牲にし始めることもあります。
そしてDe Neve教授は、
私たちはこうした「ほかのウェルビーイングの要因」を過小評価している
と話します。
特に社会では「もっとお金を稼げば幸せになる」というメッセージが強く、その一方で、人と会ったり、一緒に食事をしたりすることの大切さを見落としやすい、と。
幸せに大切なものほど、目立たないのかもしれない
これは少し不思議です。
昇給すると、
「年収がいくら上がった」
と数字で分かります。
昇進すれば、
肩書きが変わります。
家を買えば、
形として残ります。
でも、
友人と夕食を食べた。
近所の人と少し立ち話をした。
家族と笑った。
困ったときに誰かへ電話できた。
そういうものには、あまり「成果」が見えません。
だから私たちは、
目に見えるものを高く評価し、目に見えにくいものを低く評価してしまう
のかもしれません。
ところが、ウェルビーイングのデータを見ると、その目立たない時間がかなり大きな意味を持っている可能性があります。
☎️ つながりが少ないと、「困ったときに頼れる人」も少なくなる
人とのつながりは、楽しい時間を増やすだけではありません。
対談では、社会的な交流が少ない人ほど、
必要なときに頼れる人が少ない
という社会的支援の問題にも触れています。
これは考えてみれば当然のようにも思えます。
でも、
「孤独=寂しい」
だけで考えると、この部分を見落とします。
人とつながっていることは、
何か起きたときに助けを求められるネットワークを持っていること
でもあります。
病気になった。
仕事で困った。
落ち込んだ。
災害が起きた。
そんなとき、
「電話できる人がいる」
ということそのものが、生活の安全網になります。
🤝 そして私たちは、「他人は思ったより親切」だということまで過小評価する
対談の中で、もう一つ印象的な話が出てきます。
De Neve教授は、World Happiness Reportの研究を引きながら、
人は、他人の親切さをかなり過小評価する傾向がある
と話しています。
つまり、
「声をかけても迷惑かもしれない」
「助けてくれないかもしれない」
「知らない人は冷たいかもしれない」
と思って距離を取っていると、
実際に人と関わったときに得られるはずの、
「あ、意外と優しいんだ」
という経験そのものが減ってしまいます。
人と接する機会が減ることで、
人に対する信頼まで小さくなっていく可能性がある。
これは昨日の「安全な地域」という話とも、どこかつながっています。
🌱 ウェルビーイングは、「私」だけではつくれない
ウェルビーイングについて考えるとき、
「何を食べるか」
「どれくらい運動するか」
「どう働くか」
「どう考えるか」
と、自分自身の行動に目が向きがちです。
もちろん、それらも大切です。
でも今回の対談から見えてくるのは、
人間のウェルビーイングには、最初から「他者」が組み込まれている
ということかもしれません。
誰かと食べる。
話す。
笑う。
頼る。
助ける。
相手が思ったより親切だったと知る。
それは特別な「ウェルビーイング活動」ではありません。
むしろ、昔から人間が普通にやってきたことです。
そして、その普通のことの価値を、
現代の私たちは少し小さく見積もっているのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
「幸せになるには、何かすごいことをしなくちゃいけない」
と思っていました。
でも、
誰かとごはんを食べるだけでも、
けっこう大切なんだね。
しかも、
「人はあんまり親切じゃないかも」
って思っていても、
話してみたら、
思っていたよりやさしい人かもしれない。
だったら、
ひとりで考えているだけじゃなくて、ちょっと話してみようかな。
今日の問い
この1週間、あなたは何回、誰かと食事をしましたか?
大勢でなくてもいい。
長い会話でなくてもいい。
家族でも、友人でも、同僚でもいい。
人とのつながりは、
人生の「おまけ」ではなく、
ウェルビーイングを支えている基本的なものの一つなのかもしれません。
今日の対談
Jay Shetty × Jan-Emmanuel De Neve
“The Simple Secret of Being Happier…”
De Neve教授は、オックスフォード大学の経済学・行動科学の教授で、Wellbeing Research CentreのDirectorです。
対談では、若者の幸福、所得、孤独、社会的つながり、職場のウェルビーイング、リーダーシップなどについて幅広く語っています。冒頭では、職場での気分が家庭や地域社会にまで波及すると指摘しています。
次回予告
次回は、今日の話の途中にも登場した、
「お金が増えれば、もっと幸せになれる?」
という問いをもう少し詳しく見てみます。
所得が少ないとき、お金はウェルビーイングに大きく関わります。
でも、あるところから先では、
より多くのお金を得るために、
私たちは何を差し出しているのでしょうか。
犯罪は、被害者だけでなく「近所の人」の心にも影響する?
――身近な暴力事件と、地域に暮らす人のストレス
2026.8.26 │

近所で起きた暴力事件は、直接の被害者だけでなく、周辺に暮らす人々のストレスにも影響する可能性があります。画像:Wellbeing Research Centre(Image © chalabala photos)
こんにちは。
近所で事件が起きたと知ったとき。
自分や家族が直接被害に遭ったわけではなくても、
「この辺りで、そんなことが起きたんだ」
と急に不安になったり、いつもの道が少し怖く感じられたりしたことはないでしょうか。
犯罪による被害を考えるとき、まず思い浮かぶのは、もちろん直接の被害者です。
けれど犯罪の影響は、
その場所の近くで暮らしている人たちの心にも広がっているのではないか。
今日は、そんな「犯罪の見えにくい影響」を調べた研究をご紹介します。
🚨 近所で暴力事件が起きると、住民のストレスは上がる?
今回紹介する研究は、
“Violence in the vicinity: The mental health impacts of nearby crime”
です。
研究者たちは、イングランドのThames Valley(テムズバレー)地域を対象に、2010~2017年の詳細な犯罪記録と、人々が日々報告していたストレスのデータを組み合わせました。
対象となった地域は、Berkshire、Buckinghamshire、Oxfordshireの3地域にまたがり、Oxford、Reading、Slough、Milton Keynesなどを含む、人口約230万人の地域です。
そして研究者たちが知りたかったのは、
「自宅のすぐ近くで暴力犯罪が起きたあと、その人のストレスは変化するのか?」
ということでした。
📱 人の「その瞬間の気持ち」と、犯罪記録を結びつけた
この研究の面白いところは、ストレスの測り方です。
使われたのは、Mappinessというスマートフォンアプリのデータ。
参加者には通常1日2回、ランダムな時間に通知が届き、
「今どんな気分ですか?」
「誰といますか?」
「自宅ですか、職場ですか、それとも別の場所ですか?」
などに回答します。
GPSによる位置情報も記録されていました。
つまり、
「この1か月、ストレスを感じましたか?」
と後から思い出してもらうのではなく、
その人が、その瞬間にどう感じていたのか
を繰り返し記録していたのです。
研究者たちはこのデータを、日単位の詳細な犯罪記録と組み合わせました。主要な分析では、自宅から回答された47,330件、1,442人分の回答が使われています。
🏘️ 「近所」は、本当にかなり近かった
ここも今回の研究で重要なところです。
研究者たちが「近所」として使ったのは、イギリスのOutput Area(OA)という非常に小さな地域単位です。
1つのOAには平均して、
およそ125世帯
しかありません。
つまり、
「同じ市で犯罪が増えた」
というような大きな地域の話ではありません。
自分が暮らしている、ごく身近な生活圏で事件が起きたとき
心に何が起こるのかを見ているのです。
結果は、はっきりしていました
自宅周辺で、過去1週間以内に暴力犯罪または性犯罪が起きていた場合、
住民のストレスは有意に高くなっていました。
0~100のストレス尺度では1.3ポイント、平均値に対して約3.7%の上昇です。
そして興味深いことに、
非暴力・非性犯罪では、同じようなストレス上昇は確認されませんでした。
犯罪なら何でも同じように心へ影響する、というわけではなかったのです。
⏳ 影響はずっと続くわけではない
では、一度事件が起きると、ずっとストレスが高いままなのでしょうか。
そうではありませんでした。
日ごとの変化を見ると、暴力・性犯罪が起きたあとの最初の2日間で特に大きな影響が見られ、その後も1週間ほどストレス上昇が続きました。
一方、事件から8~14日経過すると、統計的に検出できる影響は見られなくなります。
つまり今回観察されたのは、
近くで暴力事件が起きたあとに生じる、比較的短期的な心の揺れ
と考えられます。
🏠 「自宅にいるとき」に、影響が強かった
もう一つ興味深い結果があります。
犯罪の影響は、
回答者が自宅にいるときに最も強く現れていました。
同じ地域の住民でも、地域内の別の場所から回答したデータまで広げると影響は残りましたが、さらに遠く、英国のどこから回答していても含めると、効果は小さくなり統計的に有意ではなくなりました。
これは考えさせられます。
家は普通、
「安心して戻る場所」
です。
その家のすぐ近くで暴力事件が起きたと知れば、
「ここは安全な場所だ」
という感覚そのものが、少し揺らぐのかもしれません。
ただし、研究では住民がなぜストレスを感じたのかを直接尋ねているわけではないので、ここは結果から考えられる一つの解釈です。
👩 女性と、都市部の住民で影響が大きかった
さらに分析すると、影響はすべての人に同じように現れていたわけではありません。
近隣で最近暴力犯罪が起きた場合、
女性ではストレスが4.4%上昇し、都市部では4.3%上昇。
研究全体の効果は、主として女性と都市部の住民によって強く表れていました。
研究では、女性のほうが暴力犯罪への不安を強く報告する傾向や、都市部では暴力犯罪そのものがより頻繁であることなども背景として検討されています。
ただし、
「女性だから不安になりやすい」
と単純に考えるべき結果ではありません。
犯罪への曝露や安全についての認識、地域環境など、さまざまな要素が関係している可能性があります。
📰 なぜ、直接の被害者ではない人まで影響を受けるの?
実は、この研究だけでは、その仕組みまでは特定できません。
ただ研究者たちは、いくつかの可能性を考えています。
事件そのものを目撃する。
近所に警察官やパトカーが集まっているのを見る。
家族や友人、近所の人から事件について聞く。
地域ニュースやSNSで知る。
こうしたことを通して、
「自分の暮らしている場所で暴力事件が起きた」
という情報が伝わります。
そして暴力犯罪は、窃盗などの財産犯罪よりニュースとして取り上げられやすく、警察が現場に出動する可能性も高いため、住民が事件を認識しやすい可能性も研究者たちは指摘しています。
犯罪の「コスト」は、被害額だけでは測れない
ここが、ウェルビーイングという視点から見た今回の研究の重要なところだと思います。
犯罪の社会的コストというと、
被害者の身体的・心理的被害。
盗まれたり壊されたりした財産。
警察や司法にかかる費用。
仕事を休まなければならなくなった損失。
などが思い浮かびます。
でも今回の研究が示しているのは、
その周囲に暮らしている人たちのストレスという、目に見えにくいコストも存在する
ということです。
研究者たちの試算では、こうした近隣の暴力事件による影響を積み重ねると、平均的な英国人は年間およそ2週間、近隣犯罪によってメンタルヘルスが悪化した状態で過ごしている可能性があるとしています。
もちろんこれは「一人の人が毎年必ず2週間苦しむ」という意味ではなく、犯罪頻度と観察された影響期間から算出した平均的な推計です。
🌱 「安全な地域」は、ウェルビーイングの基盤でもある
ウェルビーイングというと、
運動すること。
よく眠ること。
人とつながること。
自分らしく働くこと。
そんな個人の生活習慣を思い浮かべることがあります。
でも、人は環境の中で暮らしています。自分が何も被害を受けていなくても、
近所で起きた出来事によって、
いつもの帰り道が怖くなる。
夜の物音が気になる。
「ここは安全だ」という感覚が少し揺らぐ。
そうした小さな変化もまた、私たちのウェルビーイングを形づくっているのかもしれません。
今回の研究は、
犯罪を減らすことは、直接の被害を防ぐだけではなく、地域に暮らす多くの人の心の健康を守ることでもある
という、もう一つの意味を示しています。研究者たちも、犯罪や犯罪予防の社会的なコストと便益を考える際には、周辺住民へのメンタルヘルス上の影響を含めるべきだと結論づけています。
🐢 ウエルの感想
犯罪の被害を受けるのは、事件にあった人だと思っていました。
でも、
近所で大きな事件があったら、
「また起きたらどうしよう」
って思うかもしれない。
いつも安心して歩いていた道も、
ちょっと違って見えるかもしれないね。
「何もされなかったから、影響はなかった」とは限らないんだ。
みんなが安心して暮らせる場所をつくることも、
ウェルビーイングなんだね。
今日の問い
あなたにとって、「安心して暮らせる場所」とはどんな場所でしょうか?
鍵がしっかりかかること。
犯罪が少ないこと。
困ったときに助けてくれる人がいること。
夜でも安心して歩けること。
私たちのウェルビーイングは、
自分の心の内側だけではなく、
「ここなら大丈夫」と感じられる環境にも支えられているのかもしれません。
今日の研究
Richard Dickens & George MacKerron
“Violence in the vicinity: The mental health impacts of nearby crime”
Economica(2026)
イングランドのThames Valley地域における2010~2017年の100万件を超える犯罪記録と、高頻度の個人のストレスデータを組み合わせ、近隣の犯罪と住民のストレスとの関係を分析した研究です。
次回予告
次回は、犯罪とはまったく違う方向から、
「人とのつながりを、私たちは過小評価していない?」
という問いを考えてみます。
誰かと話すこと。
一緒に時間を過ごすこと。
困ったときに頼れる人がいること。
ウェルビーイング研究では何度も登場する「社会的つながり」ですが、私たちはその価値を、自分で思っている以上に小さく見積もっているのかもしれません。
「良い人生」の基準は、時代とともに変わる?
――幸福度を測る難しさ
2026.8.25 │

幸福度を測る「物差し」は、時代とともに変わる? 従来の人生評価(青線)では見えにくかった、1950年代以降のアメリカのウェルビーイングの上昇を、尺度の変化を考慮して捉え直した研究。画像:Wellbeing Research Centre
こんにちは。
「あなたの人生は、今どのくらい良い状態ですか?」
たとえば、0点から10点までの数字で答えてください、と聞かれたとします。
今日の自分なら「7点」。
10年前の自分なら「6点」。
それなら、
「10年間で、人生は1点分よくなった」
と考えてよいのでしょうか。
実は、ここにはちょっと難しい問題があります。
10年前の自分と今の自分では、
「10点とは、どんな人生なのか」
「7点なら、どのくらい良い人生なのか」
という基準そのものが、変わっているかもしれないからです。
今日は、そんな「幸福を測る物差し」について考えてみます。
📏 幸福度の「7点」は、いつの時代でも同じ7点?
今回紹介するのは、Alberto Prati氏とClaudia Senik氏による研究、
“Is it possible to raise national happiness?”
です。
2026年、Journal of Public Economics に発表されました。
研究者たちが問い直したのは、幸福研究で長く知られてきた「イースタリン・パラドックス(Easterlin Paradox)」です。
大まかにいうと、
経済が長期的に成長して豊かになっても、国民の幸福度がそれに伴って上昇するとは限らない
という現象です。
たとえば、何十年もの間に所得が増え、医療や教育が改善し、生活環境も変わった。
それなのに、
「あなたの人生にどのくらい満足していますか?」
と尋ねたときの平均点は、あまり上がっていない。
それなら、
社会が豊かになっても、人は結局それほど幸せにはならないのでしょうか?
🔄 もしかすると、「物差し」のほうが動いている?
Prati氏とSenik氏が注目したのは、別の可能性でした。
それが、
rescaling(リスケーリング)
です。
私たちは、人生を評価するときに、いつもまったく同じ基準を使っているとは限りません。
社会や生活環境が変化すると、
「良い人生とは何か」
という基準も変わります。
たとえば、ある時代には、
「安定した収入があって、家族が健康なら、とても良い人生」
と考えられていたとしても、
時代が進めば、
「仕事にやりがいがある」
「自由な時間がある」
「自分らしく生きられる」
といったことまで、「良い人生」の条件に含まれるようになるかもしれません。
すると、実際の生活は以前より良くなっていても、
評価するときのハードルも一緒に上がる
ことがあります。
同じ「7点」でも、その7点が意味するものは同じではないかもしれないのです。
🇺🇸 アメリカ人の幸福度は、本当は上がっていた?
研究者たちは、この考え方を検討するため、アメリカの過去の調査データを利用しました。
ポイントになったのは、
「今の人生をどう評価しますか?」
という現在の評価だけではありません。
人々が、
「過去の自分の人生は、今振り返るとどのくらいだったと思いますか?」
と評価したデータも組み合わせました。
現在と過去についての評価を利用して、時代とともに起こる「物差しの読み替え」を補正する指標を研究者たちは構築しました。
その結果、
1950年代から2000年代初頭にかけて、アメリカ人のウェルビーイングは実際には大きく上昇していた可能性
が示されました。
研究者らの補正後の指標では、その上昇はGDPだけでなく、健康、教育、自由民主主義などの長期的改善とも並ぶ動きを示したとされています。
📊 今日の画像を見ると、何が起きているのか分かりやすい
今日のアイキャッチには、この研究の考え方がそのまま描かれています。
青い線は、当時の人々が報告した人生評価。
1959年から2008年まで、かなり横ばいに見えます。
これだけを見ると、
「アメリカは豊かになったけれど、幸福度はほとんど上がらなかった」
と考えたくなります。
ところが、研究者らが現在と過去の人生評価を使ってrescalingを考慮すると、ピンク色で示されたウェルビーイングは長期的に上昇していきます。
つまり、
幸福が変わらなかったのではなく、幸福を評価する物差しも一緒に変わっていたため、変化が見えにくくなっていたのではないか。
これが今回の研究の中心的な提案です。
🪜 「10点満点」の10点は、固定されていない
これは、幸福度調査を見るときに、とても重要な問題です。
World Happiness Reportなどでも使われるCantril Ladder(キャントリルの梯子)では、自分にとって考えられる「最悪の人生」を0、「最高の人生」を10として、現在の人生を評価します。
一見すると、とても分かりやすい尺度です。
でも、
「最高の人生」のイメージそのものが変化したらどうなるでしょう?
1959年に思い描かれていた「最高の人生」と、
2026年に私たちが思い描く「最高の人生」は、
まったく同じとは限りません。
社会が発展すれば、私たちの期待も変わります。
昨日まで「十分幸せ」だった状態が、
新しい可能性を知ったことで「もっと良くできる」と感じられるようになることもあります。
だから、
数字が同じだからといって、幸福が同じとは限らない。
幸福を長い時間軸で比較する難しさが、ここにあります。
🌍 「幸福度が変わらない」という不思議を、別の角度から見る
この研究が興味深いのは、イースタリン・パラドックスだけにとどまりません。
研究者らは、このrescalingという考え方から、
COVID-19という大きな混乱の中でも人生評価が意外に安定して見えたことや、
戦争という非常に大きな変化を経験したウクライナで、現在の生活満足度が戦争前と似た水準として報告されること、
さらに、子どもを持つことと幸福をめぐる「parental happiness」の問題など、
これまで幸福研究で不思議に見えてきた複数の現象についても検討しています。
大きな出来事が起きても数字が思ったほど動かないとき、
「人間はすぐ慣れてしまうから」
だけではなく、
「評価するときの基準そのものが変わったのでは?」
という可能性も考える必要がある、ということです。
ただし、今回の研究はrescalingという新しい解釈と補正方法を提案したものです。
これによってイースタリン・パラドックスをめぐる議論がすべて決着した、ということではありません。
🌱 「幸せを測る」って、思っているより難しい
私たちはつい、
幸福度7.0
幸福度6.5
という数字を見ると、
7.0のほうが6.5より「幸せ」だと、そのまま受け取りたくなります。
けれど、ウェルビーイングは温度や身長のように、外から一定の物差しを当てて測っているものではありません。
人が、自分自身の人生を評価して答える数字です。
そして、その人が生きている社会も、期待も、比較対象も、「良い人生」のイメージも変わっていきます。
だから幸福研究では、
「何点だったか」だけでなく、「その点数は、その人にとって何を意味していたのか」
まで考える必要があるのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
7点は、いつでも7点だと思っていました。
でも考えてみたら、
小さいころに「最高!」と思っていたことと、今「最高!」と思うことって、違うかもしれない。
できることが増えたり、ほかの世界を知ったりすると、
「もっとこんなふうになれたらいいな」
って思うもんね。
そうすると、
幸せが増えているのに、幸せの点数は同じ
っていうこともあるのかな。
幸せを数字にするって、思っていたより難しいんだね。
今日の問い
あなたにとって「10点の人生」とは、どんな人生でしょうか?
そして、その答えは、
10年前の自分と今の自分で同じでしょうか。
私たちは人生を生きながら、
人生そのものだけでなく、
「良い人生とは何か」という物差しも作り変えているのかもしれません。
今日の研究
Alberto Prati & Claudia Senik
“Is it possible to raise national happiness?”
Journal of Public Economics, 257 (2026), 105619.
本稿では、研究のAbstractおよび公開されているHighlights・本文抜粋をもとに紹介しました。
次回予告
次回は、
「近所で起きた暴力事件は、直接被害に遭っていない人の心にも影響する?」
という研究を取り上げます。
ウェルビーイングは、自分自身に起きた出来事だけで決まるのでしょうか。
地域で起きる出来事と、そこに暮らす人々のメンタルヘルスとの関係を見ていきます。
8月のニュースレター、まだ準備中です。
「今日こそ!」と思いながら、思ったよりゆっくり進んでいます。
でも、止まったままにはしません。
今夜から、できたものを少しずつアップしていきます。
完璧に追いつくことより、まず一歩ずつ。
もう少しだけ、お待ちくださいね。
仕事から「つながらない権利」は、誰を幸せにする?
――ヨーロッパ5か国から見えた、制度とウェルビーイングの関係
2026.8.24 │

こんにちは。
昨日は、メールとボイスノートを比べた研究から、
「どう伝えるか」が、働く人のウェルビーイングにも関係する
という話をご紹介しました。
今日はもう少し視点を広げて、
「仕事の連絡から離れること」
について考えてみます。
仕事が終わったあとに、スマートフォンへ届くメール。
休日なのに気になるチャット。
「すぐ返さなくてもいい」と分かっていても、通知を見ると仕事のことを考えてしまう。
デジタル化によって、私たちはどこにいても仕事につながれるようになりました。
けれど、
「つながれること」と「いつでもつながっていなければならないこと」は、同じではありません。
そこでヨーロッパでは近年、Right to Disconnect――「つながらない権利」を制度として導入する国が増えています。
📵 「つながらない権利」って何?
Right to Disconnect(R2D)は、簡単に言えば、
勤務時間外に、仕事上のメールやメッセージなどのデジタル通信から離れられるようにする考え方
です。
今回紹介する研究では、フランス、ベルギー、スペイン、アイルランド、ポルトガルで導入されたR2D政策を取り上げ、
制度の導入によって、働く人のウェルビーイングは本当に改善したのか
を調べました。
研究タイトルは、
“Who Benefits From Right-to-Disconnect Legislation in Europe? Cross-National and Gendered Effects on Employee Wellbeing”
著者はCherise Regier氏。
British Journal of Industrial Relations に2026年に発表された研究です。
🇪🇺 5か国を比べてみると、「制度がある」だけでは足りなかった
研究では、European Social Surveyの2010~2022年のデータを使い、R2D政策を導入した5か国について、在宅勤務が可能な職種の従業員の
生活満足度、幸福感、自己評価による健康状態
などを分析しました。
全体として見ると、R2D導入後にはウェルビーイングに小さな改善が見られました。
ただし、ここからが重要です。
その効果は、国によってかなり違っていました。
フランスやベルギーでは比較的ポジティブな効果が見られた一方、スペイン、アイルランド、ポルトガルでは、効果が見られない、あるいは一部でマイナスの結果もありました。
なぜなのでしょう。
🏛️ 「権利」があることと、「使えること」は違う
研究が注目しているのが、
労働者が、その権利を実際に使える仕組みがあるか
という点です。
R2Dといっても、すべての国が同じ制度を導入しているわけではありません。
労働組合との交渉を重視する国。
企業にルール作りを委ねる国。
法的拘束力が比較的強い国。
ガイドラインに近い国。
制度の作り方には大きな違いがあります。
研究では、団体交渉や労働者代表、制度を実行する仕組みが比較的強い国ほど、R2Dがウェルビーイングの改善につながりやすい可能性が示されました。
つまり、
「仕事が終わったら、返信しなくてもいいですよ」
と書いてあるだけでは十分ではないのかもしれません。
本当に返信しなくても不利益を受けない。
上司も連絡を控える。
職場全体で境界を守る。
必要なら労働者が交渉できる。
そんな制度を支える環境があって初めて、「権利」が現実のものになります。
👩💻👨💻 そして、男性と女性でも違いがあった
今回の研究には、もう一つ重要な結果があります。
R2Dの導入によるウェルビーイングの改善は、全体として男性のほうがより一貫して見られました。
女性では効果が小さかったり、一部では健康面でマイナスの結果も確認されています。
ただし研究者は、
「つながらない権利が女性に悪い」
と結論づけているわけではありません。
ここで考えられているのが、有償労働と無償労働の違いです。
仕事との接続を切ることができても、
家事、育児、介護などの負担がそのあとに待っている場合、
「仕事から離れた時間」が、そのまま「休息の時間」になるとは限りません。
これは、とても重要な視点だと思います。
「自由時間」ができれば、みんな同じように休める?
たとえば、
午後6時以降は仕事のメール禁止。
そう聞くと、
「それなら全員、夜はゆっくりできる」
と思ってしまいそうです。
でも実際には、
午後6時から休める人もいれば、
そこから家事や育児が始まる人もいる。
ある人には「仕事から解放された時間」でも、
別の人には別の仕事が始まる時間かもしれません。
だからウェルビーイングを考えるときには、
制度だけではなく、その人が生活全体の中でどんな時間を過ごしているのか
を見る必要があります。
🌱 「つながらない権利」が教えてくれること
今回の研究から見えてくるのは、
良い制度をつくれば、それだけで全員が幸せになるわけではない
ということです。
制度そのもの。
それを実行する職場の仕組み。
上司と部下の力関係。
家庭での役割。
社会の慣習。
さまざまなものが重なって、初めて制度の効果が決まります。
「権利があるか」
だけではなく、
「その権利を、本当に使える人は誰なのか?」
まで見る。
これが、今回の研究の大切な問いなのだと思います。
🐢 ウエルの感想
最初、
「仕事が終わったら、スマホを見なくていい!」
っていうルールができれば、
みんなうれしいと思っていました。
でも、
仕事が終わってから家のことをいっぱいする人もいるんですね。
同じ「仕事をしなくていい時間」でも、
みんなが同じように休めるわけじゃない。
それに、
「返事しなくていいよ」
って言われても、
本当に返事しなくて大丈夫な雰囲気じゃなかったら、心配になっちゃいそう。
ルールを作ることと、安心してそのルールを使えることは、ちょっと違うんだね。
今日の問い
仕事が終わったあと、あなたは本当に仕事から離れられていますか?
そしてもし、
「つながらなくてもいい」
というルールができたとしたら、
それだけで十分でしょうか。
大切なのは、制度をつくることだけではなく、
誰もがその制度の恩恵を受けられる環境をつくること。
ウェルビーイングを考えるときには、そんな「制度のその先」まで見ていく必要がありそうです。
今日の研究
Who Benefits From Right-to-Disconnect Legislation in Europe? Cross-National and Gendered Effects on Employee Wellbeing
Cherise Regier
British Journal of Industrial Relations(2026)
European Social Surveyのデータを用い、フランス、ベルギー、スペイン、アイルランド、ポルトガルにおけるRight to Disconnect政策と従業員のウェルビーイングとの関係を分析した研究です。
次回予告
次回は、少し視点を変えて、
「国の幸福度は、本当に高めることができる?」
という問いを考えます。
私たちが「良い人生」と考える基準そのものが時代とともに変わっていくとしたら、
同じ幸福度の数字を、何十年もそのまま比べてよいのでしょうか。
Easterlin Paradox(イースタリン・パラドックス)をめぐる新しい議論から見ていきます。
今年の夏を精いっぱい過ごしていたら、その反動でしょうか。よく眠るようになって、ニュースレターも少しお休みしていました。
今日から、また再開します。
「また始められるなあ」と、今日はそのことをうれしく思っています。
ただいま準備中です。
8月分から、順番にアップしていきますね。
メールより「声」のほうが、気持ちは伝わる?
――職場コミュニケーションの「曖昧さ」とウェルビーイング
2026.8.23 │

「誰がメッセージを受け取るのか、そしてどんな場面なのかを考える必要があります」
――William Fleming博士(オックスフォード大学 Wellbeing Research Centre)
画像:Wellbeing Research Centre
こんにちは。
今日からしばらく、オックスフォード大学のWellbeing Research Centre(ウェルビーイングリサーチセンター)が紹介している研究の中から、気になったものを取り上げていきたいと思います。
今日ご紹介するのは、
「メールとボイスノートでは、同じメッセージでも受け取られ方が変わるのか?」
を調べた研究です。
タイトルは、
“Could This Have Been a Voice Note? An Experiment Comparing Voice Notes and Emails”
研究者たちは、職場でよく起こりそうなコミュニケーションについて、まったく同じ言葉を「メール」で伝えた場合と、「音声」で伝えた場合を比較しました。
すると、興味深い違いが見えてきました。
✉️ メールを開いて、「怒ってる……?」と思ったことはありませんか?
たとえば上司から、
「あとで少し話せますか?」
という短いメールが届いたとします。
文章だけを見ると、
「何か失敗した?」
「怒られるのかな?」
「悪い知らせ?」
と、いろいろな意味に受け取れてしまいます。
実際には、相手にはまったくそんな意図がないかもしれません。
けれどメールには、
声の調子、間、抑揚
といった情報がありません。
研究を主導したSarah Cunningham氏は、メールは効率的である一方、送り手の意図を理解するために役立つ非言語的な手がかりが失われると説明しています。
🎧 同じ文章でも、「声」にすると曖昧さが減った
研究では、参加者に、社員と直属の上司との間で起こる3つの一般的な職場場面が提示されました。
伝える内容は同じです。
違うのは、
文章としてメールで読むか、
まったく同じ文言をボイスノートで聞くか。
その後、
「このメッセージをポジティブ・ネガティブ・ニュートラルのどれとして受け取ったか」
などを調べました。
すると3つの場面のうち2つでは、音声で聞いた方がメールで読んだ場合よりも曖昧さが有意に小さくなりました。
そして、メッセージをネガティブに解釈することも大きく減少しました。
言っていることは同じなのに、
「声がある」だけで、受け取り方が変わった
のです。
🌱 職場のウェルビーイングは、小さな「誤解」とも関係する
これは、日々の仕事を考えると興味深い結果です。
メールそのものが大きなストレスの原因というより、
「この人は、どういう意味で書いたのだろう?」
という曖昧さがあることで、
本来必要のなかった不安や緊張が生まれることがあります。
しかも現在は、
リモートワーク、
ハイブリッドワーク、
海外との仕事、
時差のあるチーム
など、リアルタイムではない非同期コミュニケーションが以前より増えています。
顔を合わせて話していれば伝わったはずのニュアンスを、文章だけから読み取らなければならない場面も増えています。
そう考えると、
コミュニケーションの「曖昧さ」を減らすことも、職場のウェルビーイングを支える一つの方法
なのかもしれません。
😟 ストレスが高い人ほど、曖昧なメールをネガティブに受け取る
今回の研究には、もう一つ気になる結果があります。
もともとストレスレベルが高いと報告していた参加者ほど、曖昧なメールをネガティブに解釈する傾向がありました。
これは、
「ネガティブに受け取る本人が悪い」
ということではありません。
同じ文章でも、
受け取る人がそのときどんな状態にいるかによって、意味の感じ方が変わる可能性がある
ということです。
送り手にとっては何気ない一文でも、すでに疲れていたり、不安を抱えていたりする人には、違う響き方をすることがあります。
「何を伝えたか」だけではなく、
「相手には、どう届く可能性があるか」
まで考える。
それも、ウェルビーイングを大切にする職場のコミュニケーションなのかもしれません。
⚠️ だからといって、「全部ボイスノートにしよう」ではない
ここは大切です。
研究では、3つすべての場面でボイスノートが優れていたわけではありません。
ボイスノートが曖昧さを減らさなかった場面では、男性参加者において、かえってネガティブな解釈が増えたという違いも確認されました。
研究者も、
短いボイスノートですべてのコミュニケーション問題が解決するわけではなく、メールを置き換えるべきだという話でもない
としています。
誰に伝えるのか。
何を伝えるのか。
記録として残す必要があるのか。
短いニュアンスを伝えたいのか。
状況によって適した方法は違います。
だから今回の研究のポイントは、
「メールか音声か、どちらが勝ち?」
ではなく、
「曖昧さを減らすには、どう伝えればいい?」
と考えることなのだと思います。
🐢 ウエルの感想
文字だけで
「あとで話そう」
って書いてあったら、
「えっ、何かしたかな……?」
って心配しちゃうかもしれません。
でも同じ言葉でも、
やさしい声で
「あとでちょっと話そうね」
って聞いたら、
ぜんぜん違って感じることもありそうです。
言葉って、
「何を言ったか」だけじゃなくて、
「どう届いたか」も大切なんですね。
相手がどう受け取るかな?って、ちょっと想像してから伝えられる人になりたいです😊
今日の問い
あなたは、メールやチャットを読んで「これって、どういう意味だろう?」と不安になった経験はありますか?
反対に、自分では普通に書いたつもりの文章が、思わぬ意味に受け取られたこともあるかもしれません。
コミュニケーションの小さな曖昧さを減らすことが、働く人の安心にもつながっていく。
そんなことを考えさせてくれる研究でした。
今日の研究
Could This Have Been a Voice Note? An Experiment Comparing Voice Notes and Emails
Computers in Human Behavior Reports
World Wellbeing Movement/University of Oxford Wellbeing Research Centre
次回予告
次回は、仕事が終わったあともメールやチャットから離れられない時代に注目されている、
「つながらない権利(Right to Disconnect)」
について取り上げます。
仕事との接続を切る権利は、働く人のウェルビーイングを高めるのでしょうか。
そして、その恩恵はすべての人に同じように届いているのでしょうか。
ヨーロッパ各国の研究から見ていきます。
「幸せに良い・悪い」は世界共通?
――文化が変わると、心の働き方も変わる
2026.8.22 │

©george-dagerotip
こんにちは。
前回は、モーセン・ジョシャヌルー先生らの新しい研究から、
ウェルビーイングの「良い状態」は、文化によって違うのか?
というテーマを取り上げました。
研究では、エジプト、オマーン、ポーランドの3つの文化を比較。
ウェルビーイングの水準そのものは似ていた一方で、
「何を良い人生と考えるのか」
「何がウェルビーイングと結びついているのか」
には、文化による違いが見つかりました。
今日は、その中でもさらに興味深い結果を見てみたいと思います。
それは、
心理学で一般に「良い」「悪い」と考えられているものも、文化が変われば、同じように働くとは限らない
ということです。
「幸福を怖がる」という考え方
今回調べられたものの一つに、
happiness aversion(幸福嫌悪)
があります。
これは簡単にいえば、
「幸せになりすぎるのはよくない」
「大きな幸福のあとには悪いことが起こるかもしれない」
など、幸福そのものに対して警戒したり、否定的に捉えたりする考え方です。
今回の研究では、エジプトとオマーンの参加者の方が、ポーランドの参加者よりも幸福嫌悪を強く支持する傾向がみられました。
ところが、ここからが興味深いところです。
幸福嫌悪はウェルビーイングと負の関係を示しましたが、その関連は、
ポーランドの方が、アラブ・イスラム文化圏の2か国よりも強かった
のです。
つまり、同じ「幸福を警戒する」という考え方でも、
どの文化の中に置かれているかによって、ウェルビーイングとの結びつき方が同じではなかった
ということです。
「運命だから仕方がない」は、いつでも悪い?
もう一つが、
fatalism(運命論)
です。
自分の人生で起きることは、自分だけではコントロールできない。
運命や、自分を超えた力によって決まる部分もある。
そうした考え方です。
一般的な西洋心理学の枠組みから考えると、
「自分で人生を変えられる」
という感覚の方が、ウェルビーイングには良さそうに思えます。
実際、今回の研究でも運命論はウェルビーイングと負の関連を示しました。
ただし、ここでも、
その負の関連はポーランドでより強く、エジプトやオマーンでは弱かった
ことが報告されています。
研究が示しているのは、
「運命論は良い」
ということではありません。
むしろ、
ある心理的な考え方を、それが置かれている文化から切り離して、一律に評価することには注意が必要なのではないか
ということです。
家族や宗教とのつながりは?
反対に、アラブ・イスラム文化圏でウェルビーイングのより強い正の予測因子となったものもありました。
その一つが、
familism(家族主義)
そして、
religiosity(宗教性)
です。
家族とのつながりを重視することや、宗教的な価値観を持つことは、エジプトやオマーンでは、ポーランドよりもウェルビーイングの強い正の予測因子となりました。
さらに、
passionate pursuit of happiness
(幸福を情熱的に追求すること)
についても、アラブ文化圏の方が強い正の予測因子となっています。
ここでも大切なのは、
「家族を大切にすれば幸せになる」
「宗教を持てば幸せになる」
という単純な結論ではありません。
同じ要素でも、それを取り巻く価値観や社会、文化によって、人のウェルビーイングとの関係が変わりうる
ということです。
心理学の「ものさし」は、どこで作られたのだろう?
この研究から、もう一つ考えてみたいことがあります。
私たちは心理学の研究結果を見ると、
「これはウェルビーイングに良い」
「これは悪い」
と、つい普遍的な法則のように受け取ってしまうことがあります。
けれど、人間は文化の外側で生きているわけではありません。
家族とは何か。
幸福とは何か。
苦しみをどう受け止めるのか。
自分で人生を決めるとはどういうことなのか。
それぞれの意味そのものが、社会や文化の中で形づくられています。
今回の研究のAbstractでも、
西洋のモデルで適応的、あるいは不適応的と考えられてきた心理的要素が、宗教性や伝統、集団性をより重視する文化では異なる働きをする可能性
が指摘されています。
だからこそ、
「何が人を幸せにするのか」を考えるとき、その人が生きている文化や価値観も一緒に見る必要がある。
それが今回の研究から見えてくる、大切なポイントなのだと思います。
🐢 ウエルの感想
「心にいいものって、世界中でぜんぶ同じだと思ってた!」
と思いました。
たとえば、
「自分の力でなんとかしよう!」
って思えることは、いつでも良いことだと思っていました。
でも、世界には、
家族みんなで生きることを大切にする人もいるし、
神さまとのつながりを大切にする人もいるし、
「自分ではどうにもならないこともある」
と考えることが、ふつうの文化もあるんだね。
同じ言葉でも、
その言葉が置かれている場所によって、意味がちょっと変わる。
それなら、人の心について考えるときも、
「これが正解!」
ってすぐ決めないで、
「この人にとっては、これはどんな意味なんだろう?」
って考えてみることが大事なのかもしれないですね。
「違う」ことは、測れないということではない
ウェルビーイングを科学的に研究するためには、もちろん測定するための「ものさし」が必要です。
けれど、そのものさしで見つかった関係が、
別の国、別の宗教、別の社会でも同じなのか。
そこまで調べていくことで、ウェルビーイング研究はさらに豊かになっていくのかもしれません。
「人間にとって良い人生とは何か」。
とても普遍的に見える問いだからこそ、
世界のさまざまな文化から考えてみる。
今回の研究は、そんな視点を与えてくれる研究でした。
研究:
Mohsen Joshanloo ほか
New insights into Muslim well-being: a study across three cultures
※今回は、公開されているAbstractをもとに研究内容をご紹介しました。
ウェルビーイングの「良い状態」は、文化によって違う?
――エジプト・オマーン・ポーランドの比較から
2026.8.21 │

©getty-images
こんにちは。
今日は、文化によって異なる
「ウェルビーイングの捉え方」について考えてみたいと思います。
韓国・高麗大学のウェルビーイング研究者、
Mohsen Joshanloo(モーセン・ジョシャヌルー)先生が、新しい研究を紹介していました。
Our new study in 3 cultures: Muslims tend to view well-being through a more eudaimonic, spiritual, and collectivistic lens.
3つの文化を比較すると、イスラム文化圏では、ウェルビーイングをよりユーダイモニック(意味や自己実現を重視する)、精神的、集団主義的な視点から捉える傾向が見られた、という研究です。
研究タイトルは、
New insights into Muslim well-being: a study across three cultures
(ムスリムのウェルビーイングについての新たな洞察――3つの文化を対象とした研究)
です。
3つの文化で「ウェルビーイング」を比べてみる
研究では、
エジプト 267人
オマーン 258人
ポーランド 332人
を対象に調査が行われました。
エジプトとオマーンはアラブ・イスラム文化圏、ポーランドは西洋文化圏として比較されています。
研究者たちが調べたのは、単に、
「どの国の人が一番幸せなのか?」
ということではありません。
ヘドニック・ウェルビーイング
――喜びや快、生活満足などにかかわる幸福。
そして、
ユーダイモニック・ウェルビーイング
――人生の意味、成長、自己実現などにかかわる幸福。
さらに、人々自身が
「ウェルビーイングとは何だと思っているのか」
という考え方や、ウェルビーイングと関係するさまざまな要因についても調べました。
興味深いのは、「幸福度」そのものではなかった
研究でまず興味深かったのは、
3つの文化のウェルビーイングの水準そのものには、大きな違いがなかった
ということです。
ところが、
「何をウェルビーイングと考えるのか」
「何がウェルビーイングと結びついているのか」
を見ると、文化による違いが現れました。
つまり、
同じくらい「よく生きている」と感じていたとしても、その“良さ”をつくっているものは同じとは限らない
のです。
アラブ・イスラム文化圏で強くみられたもの
エジプトとオマーンの参加者では、ポーランドの参加者と比較して、
ユーダイモニズム
――快楽だけではなく、意味や人間としての充実を重視する考え方
が強くみられました。
さらに、
家族主義(familism)
宗教性(religiosity)
も高い傾向がありました。
一方、ポーランドの参加者では、
感情表現の豊かさ(emotional expressivity)
がより高くみられました。
ここだけを見ても、
「良い人生とはどんな人生だろう?」
という問いに対して、人々が思い浮かべるものは、文化によって少しずつ違っていることがわかります。
「苦しみ」と「幸福」は反対なのだろうか
さらに興味深い違いもありました。
アラブ・イスラム文化圏の参加者では、
「苦しみがウェルビーイングに寄与することもある」
という考えへの支持が、より強くみられました。
これは、
「苦しければ不幸、楽であれば幸福」
という単純な一本の軸だけでは、人間のウェルビーイングを捉えきれない可能性を感じさせます。
苦しい経験にも意味がある。
困難を経験することで得られるものがある。
あるいは、人生の良さには、自分一人の快適さだけではなく、家族や共同体、信仰、人生の意味といったものも含まれる。
そうした「良い人生」の捉え方が、文化のなかで育まれているのかもしれません。
※ここは研究結果から考えられる解釈であり、今回共有されているAbstractだけから、その理由まで特定することはできません。
「幸せ」の意味は、世界共通ではない
ウェルビーイング研究では、ときに幸福や人生満足度を数値にして、国や地域を比較します。
もちろん、それによって見えてくることはたくさんあります。
でも今回の研究が教えてくれるのは、
同じ「ウェルビーイング」という言葉を使っていても、その中身まで世界中で同じとは限らない
ということです。
研究者たちは、
│ well-being is best understood as a culturally shaped construct
つまり、ウェルビーイングは文化によって形づくられるものとして理解することが重要だと結論づけています。
何を大切にして生きるのか。
どんな状態を「良い人生」と考えるのか。
自分自身の幸福を重視するのか、家族や周囲とのつながりも含めて考えるのか。
人生の苦しみを、幸福とは反対のものとして考えるのか、それとも人生の意味の一部として受け止めるのか。
ウェルビーイングには、一つだけの完成形があるわけではない。
そんなことを考えさせてくれる研究です。
🐢 ウエルの感想
「しあわせって、みんな同じものだと思ってた!」
と思いました。
楽しいことがいっぱいあって、
好きなことができて、
イヤなことがなかったら、
それが「しあわせ」なのかな、と思っていました。
でも、
家族といっしょにいることが大事な人もいるし、
何か意味のあることをするのが大事な人もいる。
たいへんなことがあっても、
「この経験にも意味があった」
と思えることもあるのかもしれません。
そう考えると、
「この人は、自分とちがうものを大切にしている」
ということは、
どっちかがまちがっているんじゃなくて、
“良い人生”の絵がちがうのかもしれないな
と思いました。
世界には、いろんな「しあわせ」があるんですね。
明日は……
同じ研究から、もう一歩踏み込んでみます。
今回、実はとても面白かったのが、
ある文化ではウェルビーイングにマイナスに結びつくものが、別の文化では同じようには働かない
という結果です。
「幸福を怖がること」や「運命だから仕方がないと考えること」は、いつでも悪いのでしょうか。
そして、家族や宗教は、文化によってウェルビーイングとの関係が変わるのでしょうか。
明日は、
「幸せに良い・悪い」は世界共通?
――文化が変わると、心の働き方も変わる
という視点から、この研究をもう少し深掘りしてみたいと思います。
「楽観すること」は、困難を生き抜く力になる?
――気候変動時代のウェルビーイングとレジリエンス
2026.8.20 │

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こんにちは。
昨日は、モーセン・ジョシャナロウ先生らの研究、
“Compensatory Optimism as Adaptive Resilience in a Warming World”
をご紹介しました。
166カ国、約200万人のデータから見えてきたのは、少し意外な結果でした。
慢性的な環境・社会的ストレスを抱える熱帯地域では、
自分自身の未来や、人類全体の未来についての楽観性が、むしろ高まる傾向がある。
研究者たちは、この現象を
「Compensatory Optimism(補償的楽観主義)」
と呼んでいます。
今日は、この「楽観する」という心の働きを、
レジリエンス
という視点からもう少し考えてみたいと思います。
🌱 楽観は、「何も問題がない」と思うことではない
「楽観的」と聞くと、
「きっと大丈夫!」
と、悪いことをあまり考えない姿を思い浮かべるかもしれません。
けれど、今回研究者たちが注目した楽観性は、
困難そのものが存在しないから生まれる楽観
とは少し違います。
むしろ、
貧困や社会的不平等、疾病負荷などの慢性的なストレスがある環境でも、
「未来には、今より良くなる可能性がある」
と考える傾向です。
現在の困難を否定するのではなく、
現在と未来を同じものとして見ない。
そこに、この研究の面白さがあります。
🌍 「今」と「未来」のあいだに、希望を置く
Abstractでは、比較的ストレスの少ない環境で見られる楽観性と、
慢性的なストレスの大きい熱帯環境で見られる「補償的楽観主義」とでは、
未来へ向けた楽観性の上昇の仕方が異なる
とされています。
研究者たちは、後者では未来への期待がより急勾配で高まると説明しています。
つまり、
今が大変だから、未来も同じように大変だろう
とは限らない。
むしろ、
今とは違う未来を強く思い描く
ことが、人の心理にとって何らかの適応的な役割を果たしている可能性があります。
🛡️ 「レジリエンス」とは、元に戻ることだけではない
レジリエンスという言葉は、
困難があっても立ち直る力、
と説明されることがあります。
でも、今回の研究から考えると、
レジリエンスは単に
「元の状態に戻ること」
だけではないのかもしれません。
困難な状況のなかで、
未来の可能性を思い描き、
そこへ向かう心理的な余地を残すこと。
研究者たちは、「補償的楽観主義」を、
素早く作動するレジリエンスの仕組み
として捉える仮説を提示しています。
未来への楽観が、
困難を消してくれるわけではありません。
でも、
困難だけで未来全体を埋め尽くさないこと
には、意味があるのかもしれません。
🌡️ 気候変動の時代に、なぜこの研究が大切なのか
今回の研究タイトルには、
“in a Warming World”
――温暖化する世界における
という言葉が入っています。
地球温暖化によって、
感染症のリスクや、環境・社会的ストレスが、これまでとは異なる地域にも広がっていく可能性があります。
研究者たちは、今回観察された心理的な働きが、
これからより多くの社会で重要になる可能性
を指摘しています。
つまり、気候変動への適応を考えるときには、
インフラや医療、経済政策だけではなく、
人の心が困難にどう適応するのか
という視点も必要なのかもしれません。
💡 でも、「楽観できるから大丈夫」ではない
ここは、とても大切です。
もし困難な環境にいる人々が強い楽観性を持っているとしても、
それを理由に、
「その人たちは強いから支援しなくても大丈夫」
とは言えません。
研究で扱われているのは、
環境的・社会的な困難に対して人がどのような心理的適応を示すか、
という問題です。
貧困や不平等、疾病負荷、気候変動への対策は、
それとは別に必要です。
むしろ、
人が持っている心理的な強さを知ることと、
その人を困難に置いている環境を改善すること。
その両方が必要なのだと思います。
🌿 ウェルビーイングは、「幸せでいること」だけではない
今回の研究を読んでいると、
ウェルビーイングには、
「今、幸せを感じている」
ということだけではなく、
「未来にはまだ可能性がある」と思えること
も含まれているのかもしれないと感じます。
昨日までの状況が厳しくても、
今日の状況が難しくても、
未来について考える力まで失わない。
それは、
希望
とも、
楽観
とも、
レジリエンス
とも呼べるものかもしれません。
🐢 ウエルのひとこと
「楽観的な人って、
あんまり心配しない人なのかな?」
と思っていました。
でも今回の研究では、
大変なことがあるからこそ、
「未来は今とは違うかもしれない」
って思うことが、
心を支えることもあるみたいです。
困っていることを
「たいしたことないよ」って思うことじゃなくて、
困っていることはちゃんと見ながら、
それでも未来まで同じだと決めつけない。
そういう希望なら、
大切にしたいなと思いました😊
今日の問い
あなたが大変なとき、「少し先には変化があるかもしれない」と思えるものは何でしょうか。
人とのつながりでしょうか。
時間でしょうか。
新しい経験でしょうか。
それとも、自分自身でしょうか。
研究情報
Compensatory Optimism as Adaptive Resilience in a Warming World
166カ国、約200万人のデータから、気候環境・慢性的ストレスと、個人および人類の未来に対する共有された楽観性との関係を分析した研究です。
※本ニュースレターは、公開されているAbstractと研究者本人による研究紹介をもとに構成しています。
次回予告
次回は、モーセン先生の最新研究、
“New insights into Muslim well-being: a study across three cultures”
をご紹介します。
ウェルビーイングは、文化が変わっても同じように捉えられるのでしょうか。
「幸せ」だけではなく、意味、精神性、共同体とのつながりから考えるウェルビーイング
を見ていきたいと思います。
厳しい環境ほど、未来を楽観的に見る?
――「補償的楽観主義」という新しい視点
2026.8.19 │

©colin-meg
昨日まで、韓国・延世大学のウェルビーイング研究者、モーセン・ジョシャナロウ先生の研究から、性格と自尊感情は、長い時間のなかで互いに影響しながら変化していく可能性があるという研究をご紹介してきました。
今日は、同じくモーセン先生が最近紹介していた、もうひとつの新しい研究を取り上げます。
テーマは、
「楽観主義」と「環境」
です。
しかも、少し意外な結果が報告されています。
暑く、さまざまな環境的・社会的困難を抱える熱帯地域では、未来について悲観的になるのではなく、むしろ自分自身の未来、そして人類の未来を楽観的に見る傾向が強くなることがあるというのです。
研究者たちは、この現象を
「Compensatory Optimism(補償的楽観主義)」
と呼んでいます。
約200万人、166カ国を調査
研究では、166カ国の、その土地で生まれた住民およそ200万人の調査データが分析されました。
研究者たちが注目したのは、人々が
「これから自分の人生は良くなっていく」
と、どの程度期待しているかです。
通常であれば、環境的・社会的な困難が大きい場所では、未来に対して悲観的になりそうにも思えます。
ところが研究では、そう単純ではない結果が見えてきました。
一年を通して、日の長さ、気温、降水時期などの季節変動が比較的小さい熱帯の安定した気候環境ほど、5年先に向けた「共有された楽観性」が急激に高くなることと関連していました。
そして、その関係には、
・ 寄生虫による疾病負荷
・ 国の貧困
・ 社会的不平等
といった慢性的なストレス要因が関係していました。
つまり研究者たちが見いだしたのは、
「環境が恵まれているから、未来を楽観できる」
という単純な構図ではありませんでした。
むしろ、
困難が持続する環境だからこそ、未来をより良いものとして思い描く心理的な働きが強くなる可能性がある。
そこから研究者たちは「補償的楽観主義」という考え方を提示しています。
5年後だけではなく、「人類の1000年後」まで
さらに興味深いのは、この傾向が個人の近い未来だけではなかったことです。
研究では、
今後1000年間の、人類全体の進歩に対する長期的な楽観性
についても、同様の傾向が確認されたとしています。
「私の人生は、これから良くなるだろう」
という期待だけでなく、
「人類の未来も、長い目で見れば良くなっていくだろう」
という期待にもつながっていたのです。
研究者たちは、ここに二つの異なる「楽観」のあり方を見ています。
比較的ストレスの少ない、季節変動のある環境では、未来への楽観性は緩やかに上昇する。
一方、安定した熱帯気候でありながら慢性的なストレスの大きい環境では、未来に向けた楽観性がより急勾配で高くなる。
後者が、今回提案された
「補償的楽観主義」
です。
楽観は、現実を見ないことなのか
「楽観的」という言葉には、ときどき、
「現実を甘く見ている」
「悪いことを考えないようにしている」
というイメージがあります。
けれど今回の研究は、別の可能性を提示しています。
研究者たちは、補償的楽観主義を、困難な環境に対して素早く作動するレジリエンスの仕組みとして捉えています。
変えることのできない困難が長く続くとき、
「この先も悪くなる」
と考え続けるだけでは、人は前へ進むことが難しくなります。
そんなとき、
「未来には、今とは違う可能性がある」
と考えることそのものが、環境に適応し、生きていくための心理的な資源になるのかもしれません。
ただし、ここは注意も必要です。
今回確認できるAbstractから分かるのは、こうした地域差やストレス要因との関連性と、それを説明する研究者たちの仮説・解釈です。
「困難があれば必ず人は楽観的になる」といった単純な因果関係を示した研究ではありません。
また、楽観すれば環境問題や貧困、不平等そのものが解決する、という意味でもありません。
むしろ研究者たちは、気候変動によって環境ストレスが広がっていくこれからの時代に、人々がもともと持っているこうした心理的な適応力を理解し、社会のレジリエンスを支えることが重要になる可能性を指摘しています。
ウエルの感想
今回の研究を読んでいて、
「希望というのは、余裕があるから持てるものとは限らないんだな」
と思いました。
環境が整っていて、安心できるから未来を信じられる。
もちろん、そういうこともあると思います。
でも反対に、今が大変だからこそ、
「未来は今より良くなる」
と思うことが、人が生きていくための力になることもある。
それを単なる「ポジティブ思考」としてではなく、環境への適応やレジリエンスという視点から捉えているところが、とても興味深いと思いました。
そしてこれは、社会の側から考えても大切なことのように思います。
人々が希望を持っているからといって、
「では、その人たちは大丈夫」
ということではありません。
むしろ、その楽観性の背後に、長く続いている困難がある可能性もある。
人の心の強さを見ることと、その人が置かれている環境を良くすること。
その両方を考えることが、ウェルビーイングには必要なのかもしれません。
今回の研究でいう「補償的楽観主義」は、そんなことも考えさせてくれる言葉でした。
研究情報
Compensatory Optimism as Adaptive Resilience in a Warming World
モーセン・ジョシャナロウ先生らによる研究。
166カ国、約200万人のデータから、熱帯地域における環境・社会的ストレスと未来への楽観性との関係を分析しています。
論文ページ(SAGE Journals)
※本ニュースレターは、公開されている論文Abstractおよび研究者本人による研究紹介をもとに構成しています。論文本文は購読制限があるため、本文でのみ確認できる分析・議論には踏み込んでいません。
「自分は変われる」と思えることは、人を変える?
――自尊感情と性格が育ち合う、17年間の研究から
2026.8.18 │

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昨日は、韓国・高麗大学のウェルビーイング研究者、Mohsen Joshanloo(モーセン・ジョシャナルー)先生の新しい研究をご紹介しました。
オランダの大規模な家計パネル調査を使い、17年間にわたって、
Big Fiveと自尊感情(self-esteem)は、どのように関係しながら変化していくのか
を調べた研究です。
昨日ご紹介した大きな発見は、
性格の変化が、その後の自尊感情の変化を予測する。
そして、自尊感情の変化も、その後の性格の変化を予測する。
という「双方向」の関係でした。
では、具体的にはどんな変化が起きていたのでしょうか。
今日は論文のDiscussion(考察)をもう少し読んでみます。
性格が変わると、翌年の自尊感情も変わる?
研究では、Big Fiveの5つすべてについて、
ある年に、その人自身の普段よりも特性が高くなると、翌年には自尊感情も普段より高くなる傾向
が確認されました。
特に、その後の自尊感情を強く予測していたのが、
情緒的安定性(emotional stability)と
外向性(extraversion)。
それに誠実性(conscientiousness)が続きました。
協調性(agreeableness)と開放性(openness)にも、その後の自尊感情との関連が確認されていますが、効果は比較的小さなものでした。
つまり、性格と自尊感情は別々に存在しているのではなく、
「その人の中で起きる変化」同士も、時間を超えてつながっていた
のです。
では、自尊感情が変わると、性格は?
興味深いのは、反対方向です。
前年の自尊感情は、その後のBig Fiveすべての変化を予測していました。
そして、その関係が最も強かったのが、
開放性(openness)
でした。
これは少し意外な結果だったと、論文では指摘されています。
これまでの横断研究では、自尊感情と開放性の関係はそれほど強くないことが多かったからです。
ところが、一人ひとりを時間を追って見ていくと、
自尊感情の変化は、その後の開放性の変化を、ほかの性格特性より強く予測していました。
「自分は大丈夫」が、新しい世界への扉を開く?
では、なぜなのでしょう。
著者は、いくつかの可能性を考察しています。
自尊感情が高まることで、
新しい経験、新しいアイデア、新しいものの見方を探索する自信が高まる可能性がある
というのです。
また、これまでの研究では、高い自尊感情は、
失敗への恐れや防御的な回避が少ないこと、自律的な動機づけ、自分にはできるという感覚などとも関連してきました。
そうした心理的な状態が、
│「ちょっとやってみよう」
│「知らないものを見てみよう」
│「違う考え方にも触れてみよう」
という方向へ、人を動かすのかもしれません。
もちろん今回の研究だけから、こうした仕組みが因果的に証明されたわけではありません。
けれど、
自分自身を肯定的に感じられることが、新しい世界へ近づくための心理的な資源になるのではないか。
著者は、そんな可能性を考えています。
性格は「固定されたもの」ではない
この研究のもう一つの重要な意味は、
「性格は変わらないもの」という見方に疑問を投げかけていること
です。
論文では、環境から求められること、繰り返される経験、思考・感情・行動のパターンなどによって、持続的な性格変化が生まれうるという現代のパーソナリティ発達研究の考え方と、今回の結果が一致すると論じています。
私たちの性格は、生まれたときに決まって、そのままずっと持ち続けるものではない。
環境に出会い、経験を重ね、自分自身についての感じ方も変わる。
その積み重ねのなかで、性格そのものも少しずつ変わっていくのかもしれません。
年齢とともに変わるものも
今回の研究では、年齢との関係も調べられています。
年齢が高いことは、
自尊感情、誠実性、情緒的安定性の高さ
と関連していました。
一方、開放性とは負の関連がありました。
ただし、これは「年を取れば誰でも必ずこう変わる」という意味ではありません。
今回の研究で確認された、集団レベルでの関連です。
それでも、
人は年齢を重ねても、心理的に同じ場所にとどまっているわけではない
ということを考える材料になりそうです。
大きな出来事が、両方を動かしている可能性も
ここは、とても大切なところです。
性格と自尊感情が同じ時期に一緒に変化していたとしても、それだけで、
「性格が自尊感情を変えた」
「自尊感情が性格を変えた」
と単純に言い切れるわけではありません。
著者自身も、
大きな人生の出来事、社会的な役割の変化、ストレス、目標に関する成功
など、今回測定していない要因が、性格と自尊感情の両方を同時に動かしている可能性を指摘しています。
また、今回の対象はオランダの人々です。
文化の異なる社会でも同じことが確認されるのかは、今後の研究が必要です。
性格と自尊感情は、「育ち合っている」のかもしれない
17年間のデータから見えてきたのは、
性格と自尊感情を、完全に別々のものとして考えることの難しさ
でした。
論文のConclusionでは、両者を、
│“interconnected components of an evolving system”
――変化し続ける一つのシステムのなかで、相互につながった構成要素
として捉える発達的な見方が示されています。
性格が変われば、自分自身への感じ方も変わる。
自分自身への感じ方が変われば、新しい経験や行動への向き合い方も変わり、それがまた性格の変化につながっていくかもしれない。
私たちは、「これが自分の性格だから」と決まった場所にいるのではなく、
経験しながら、自分自身についての感じ方も、性格も、少しずつ育て続けている。
17年間という長い時間を追った今回の研究は、そんな人間の姿を見せてくれているように思います。
🐢 ウエルの感想
性格って、ずっとおんなじじゃないんですね。
『自分にはできるかも』って思えたら、
知らないことにも、ちょっと近づいてみたくなるのでしょうか。
そうしたら、その経験で、また自分が少し変わる。
人って、ずっと完成しないで、
少しずつ育っていくのかもしれないですね🐢
今日の問い
あなた自身、「昔の自分とは少し変わったな」と感じるところはありますか?
それは、どんな経験や環境の変化と一緒に起きたのでしょうか。
参考
Mohsen Joshanloo
“Longitudinal Associations Between the Big Five Personality Traits and Self-Esteem Over 17 Years”
17年間、オランダの全国代表的な家計パネルを追跡し、Big Fiveと自尊感情の長期的・双方向の関係を調べた研究です。
「性格」と「自尊感情」は、長い時間のなかで影響し合う?
――17年間のデータから見えた、Big Fiveとself-esteemの関係
2026.8.17 │

©getty-images
こんにちは。
ウェルビーイング応援サイトです。
今日は、韓国・高麗大学のウェルビーイング研究者、Mohsen Joshanloo(モーセン・ジョシャンルー)先生が紹介されていた、新しい研究をご紹介します。
研究のタイトルは、
“Longitudinal Associations Between the Big Five Personality Traits and Self-Esteem Over 17 Years”
日本語にすると、
「Big Fiveの性格特性と自尊感情の17年間にわたる縦断的な関連」
という研究です。
モーセン先生は、この研究について、
│Big Fiveのポジティブな特性変化は、その後の自尊感情の向上を予測し、
│高い自尊感情は、その後のポジティブな性格特性の変化を予測した
と紹介しています。
性格と自尊感情。
一見すると、それぞれ別々に存在しているようにも思えますが、長い時間のなかでは、お互いに影響しながら変化している可能性があるようです。
🌱 17年間、人の変化を追いかける
今回の研究で使われたのは、オランダの大規模な世帯パネル調査です。
対象となったのは9,249人。
2008年から2024年までに収集された、16回分の年次データを使って分析しました。
研究者たちが調べたのは、
Big Fiveと自尊感情が、時間の経過とともにどのように関係し合うのか
ということでした。
Big Fiveとは、人の性格を大きく5つの特性から捉える考え方です。
・ 外向性
・ 協調性
・ 誠実性
・ 情緒的安定性
・ v開放性
そしてもう一方のself-esteem(自尊感情)は、自分自身についてどのように評価しているかに関わるものです。
🔄 「性格 → 自尊感情」だけではなかった
今回の研究で興味深いのは、
性格が自尊感情に影響する
という一方向の関係だけを見たわけではないことです。
研究では、
Big Fiveの5つすべての特性と自尊感情との間に、統計的に有意な双方向の個人内効果
が確認されました。
つまり、その人自身のなかで起きる変化に注目すると、
性格特性の変化が、その後の自尊感情の変化と関連し、
自尊感情の変化も、その後の性格特性の変化と関連していた
ということです。
研究者たちは、安定した個人差と、一人ひとりのなかで時間とともに起こる変化を分けて分析しています。
「もともと自尊感情が高い人は、性格もこうだった」
という人と人との違いだけではなく、
「同じ人のなかで何が変わったのか」
を見ようとしたところも、今回の研究の大切なポイントです。
🧠 特に強かった「情緒的安定性」
5つの性格特性のなかでも、
その後の自尊感情の変化を最も強く予測していたのは、情緒的安定性の変化
でした。
一方、自尊感情の変化から性格への方向を見ると、
自尊感情の変化は、その後の「開放性」の変化を、ほかの性格特性よりも強く予測していました。
「開放性」は、新しい考えや経験などに対して開かれていることに関係する性格特性です。
ここにも、
自分自身についての感じ方と、世界に向き合う性格のあり方が、長期的には切り離されたものではない
可能性が見えてきます。
🌿 人は、長い時間のなかで変化していく
今回のAbstractの最後で、研究者は、
自尊感情とBig Fiveの個人内での変動は、時間を通して動的かつ相互的に結びついている
とまとめています。
そして、
self-evaluations(自己評価)とtrait expressions(性格特性の現れ方)は、長期的にともに発達していく
ことを示す結果だとしています。
もちろん、この研究だけから、
「自尊感情を高めれば性格を好きなように変えられる」
あるいは、
「性格を変えれば必ず自尊感情が高まる」
とまで言うことはできません。
けれど、
性格も、自分自身に対する評価も、完全に固定されたものとして存在しているわけではない。
そして長い時間のなかでは、それぞれの変化が互いのその後の変化と関係している。
17年間という長い時間を追ったからこそ見えてきた、人の変化の姿なのかもしれません。
🐢 ウエルのひとこと
「性格って、大人になったら
だいたい決まっているのかな?」
と思っていました。
でも今回の研究では、
性格が変わることと、
自分のことをどう思うかが、
長い時間のなかで
おたがいに関係していたそうです。
17年って、ものすごく長く感じます。
でも、人のことを考えるときには、
今日のその人だけを見て
「この人はこういう人」
って決めなくてもいいのかもしれないな、と思いました。
人って、少しずつ変わりながら生きているんですね。🐢
💬 今日の問い
あなた自身について、昔と比べて「少し変わったかもしれない」と感じるところはありますか?
性格でしょうか。
自分自身への見方でしょうか。
それとも、その両方でしょうか。
長い時間で自分を眺めてみると、普段は気づかない変化が見えてくるかもしれません。
出典:
Mohsen Joshanloo, Longitudinal Associations Between the Big Five Personality Traits and Self-Esteem Over 17 Years(2026)
「日本初の校歌」は、最初から校歌ではなかった?
――『みがかずば』から考える、言葉と役割の変化
2026.8.16 │

©curated-lifestyle
こんにちは。
今日は、予防医学研究者・石川善樹さんがリポストされていた、少し意外な「校歌」のお話をご紹介します。
日本初の校歌として、お茶の水女子大学の「みがかずば」が挙げられることがあります。
けれど、この歌は、最初から現在のような意味での「校歌」として作られたものではなかったそうです。
明治初期、当時の皇后から下賜された御歌に、のちに曲が付けられ、現在では学校を象徴する歌として受け継がれています。
🎵 「校歌」という役割は、あとから生まれた
私たちは今、
「学校には校歌がある」
ことを、とても自然なものとして受け止めています。
入学式や卒業式で歌い、学校への思いや歴史を象徴する歌。
けれど、「みがかずば」は、最初からそうした目的のために作られたわけではありませんでした。
もともと存在していた歌が、時代の中で新しい役割を持ち、
「学校を象徴する歌」
として受け継がれていったのです。
今では当たり前に見えるものにも、
最初から決まっていたわけではない歴史
があるのですね。
🌱 特定の学校だけに閉じない、普遍的な歌詞
今回、石川さんがリポストされていた投稿では、もう一つ興味深い点が紹介されていました。
それは、「みがかずば」の歌詞が、現在の多くの校歌のように、
・ 学校名
・ 地域の風景
・ 学校の歴史
・ 校風
などを直接歌ったものではなく、
とても普遍的な内容を持っている
ということです。
だからこそ、現在の「校歌」のイメージから見ると、少し特殊な存在にも見えます。
けれど逆に考えると、
特定の学校のことだけではなく、
学ぶことや、人が育っていくことそのもの
を歌ったからこそ、長い時間を越えて残ってきたのかもしれません。
💡 私たちは、あとから「名前」を付けている?
このお話を見ていて、8月前半にご紹介したPodcast『編集極々』での、石川善樹さんのお話を思い出しました。
そこでは、
「概念が生まれることで、それまで当たり前だった世界の見え方が変わる」
ということを考えてきました。
「みがかずば」も、
最初から「日本初の校歌」という名前を持って生まれたわけではありません。
あとから社会の中で、
「これは校歌というものだ」
という役割や意味が与えられていった。
私たちが普段使っている言葉や制度、習慣の中にも、
同じように、
あとから名前が付き、役割が定着していったもの
がたくさんあるのかもしれません。
🌿 受け継がれるものは、少しずつ意味も変わる
歌そのものは同じでも、
それを歌う人や、置かれている時代が変われば、
受け取られる意味も少しずつ変わっていきます。
ある時代には「御歌」として。
ある時代には学校の象徴として。
そして今は、
日本の学校文化の歴史を考える手がかりとして。
一つのものが、
時代の中で新しい意味を与えられながら受け継がれていく。
そんなところにも、文化の面白さがあります。
🐢 ウエルのひとこと
「日本で最初の校歌なら、
最初から“校歌を作ろう!”って作ったんだろうな」
と思っていました。
でも、そうじゃなかったんですね。
もともとあった歌が、
あとから「学校の歌」として大切にされるようになった。
なんだか不思議です。
今わたしたちが「当たり前」だと思っているものも、
昔の人から見たら、
ぜんぜん違うものだったのかもしれません。
「これは昔からこうだったのかな?」
って考えてみたら、
いつものものも、ちょっと面白く見えてきそうです😊
今日の問い
あなたの身の回りにある「当たり前」の中で、
「これはいつから当たり前になったんだろう?」と思うものはありますか?
言葉や習慣の歴史をたどってみると、
今の社会の見え方も少し変わるかもしれません。
次回予告
次回からは、国内外のウェルビーイング研究や研究者の最新の発信を見ながら、また新しいテーマをご紹介していきます。
【第2回】「生まれた時期で、その後の運命が変わる?」
――アユが教えてくれる、生き方と環境の多様性
2026.8.15 │

長良川を遡上した天然アユには、5つの生息場利用パターンが見つかりました。耳石に記録されたストロンチウム同位体比から、一匹一匹がどこで成長したのかを推定しています。
図:岐阜大学「産卵場に集結したアユの生涯履歴の解読に成功」より
こんにちは。
昨日は、岐阜大学などの研究チームによる長良川のアユ研究から、
魚の「耳石」を調べることで、一匹一匹がいつ生まれ、いつ川をのぼり、どこで育ったのかという生涯履歴を読み解ける
という、とても興味深い研究をご紹介しました。
今日は、その分析から見えてきた
「生まれた時期によって、その後に使う場所が変わる」
という結果を見ていきます。
🐟 同じ産卵場に集まっていても、育った場所は違っていた
研究チームが調べた天然遡上アユ116尾には、5つの生息場利用パターンが見つかりました。
大きく見ると、
・ 本川上流域で育ったタイプ
・本川中流域で育ったタイプ
・中流域を移動しながら利用したタイプ
・中流域の支川を利用したタイプ
など、同じ長良川水系の中でも、それぞれ異なる場所を使って成長していました。
そして、天然遡上アユのうち約84%は、本川の上流域または中流域を利用していました。
つまり、長良川の本川上・中流域は、次の世代を生み出す親魚を育てる、とても重要な場所だったのです。
🌱 「いつ生まれたか」が、その後の行き先に関係していた
さらに興味深いのが、
アユが生まれた時期と、どこで育つかに関係があった
ことです。
研究では、
前年の秋に早く生まれたアユほど、春に早く川へ遡上し、本川を利用する傾向
がありました。
一方で、
遅く生まれ、遅く川へ遡上したアユは、支川を利用する傾向
が見られました。
研究チームは、早く川へ入ったアユが本川の餌場を先に利用し、あとから遡上してきたアユは、すでに先客がいる本川を避けて、支川に成長の場を求めていると考えています。
🌊 「遅かったから不利」で終わらない
ここが、この研究のとても面白いところだと思います。
早く生まれ、早く川へ入ったアユは、本川という大きな場所を利用する。
でも、遅く生まれたアユにも、
支川という別の成長場所がある。
すべてのアユが、同じ場所・同じタイミングで生きる必要はありません。
川の中に、
本川があり、
支川があり、
上流があり、
中流がある。
いろいろな環境がつながって存在していること自体が、さまざまなアユの生き方を支えている
ことが見えてきます。
🗺️ 「いろいろな場所があること」が、集団を支える
研究では、遅生まれ・遅のぼりの比較的小さなアユも、支川に成長の場を求めていることが示されました。
そのため研究チームは、
支川へも遡上できる水系ネットワーク
成長できる場所の多様性
が重要だと指摘しています。
もし、本川しか使えない川になってしまったら。
もし、支川へ行く道が途中で遮られてしまったら。
生まれた時期や遡上のタイミングが違うアユの中には、成長する場所を見つけにくくなる個体も出てくるかもしれません。
この研究は、
魚を守ることは、一つの場所だけを守ることではなく、異なる生き方を可能にする環境のネットワークを守ることでもある
と教えてくれます。
🌿 「多様性」は、個体だけではなく環境にもある
私たちは「多様性」という言葉を聞くと、
人や生きものの違いそのものを思い浮かべることがあります。
でも今回の研究から見えてくるのは、
違う個体が生きられるためには、環境の側にも選択肢が必要だ
ということです。
本川だけでなく支川がある。
一つの成長場所だけではなく、いくつもの場所がある。
そして、それらが行き来できるようにつながっている。
そうした環境の多様性があるからこそ、
早く生まれたアユも、
遅く生まれたアユも、
それぞれの場所を使いながら生きていくことができます。
🐢 ウエルのひとこと
早く生まれたアユさんのほうが、
いい場所を先に取れるなら、
遅く生まれたアユさんは大変なのかな?
と思いました。
でも、支川という別の場所があったんですね。
みんなが同じ道を通らなくてもいいように、
いろいろな道や場所があることが大切なんだ
と思いました。
人も、生きものも、
「この生き方しかないよ」じゃなくて、
それぞれに合った場所や道を選べたら、
もっと生きやすくなるのかもしれません😊
📌 この研究が教えてくれたこと
今回の研究から、
「いつ生まれたか」
「いつ川をのぼったか」
「どこで育ったか」
が、バラバラではなくつながっていることが見えてきました。
そして、
異なるタイミングで生まれた個体が、それぞれ違う場所を利用できるような川の環境
を守ることが、アユの集団を支えるうえで重要だと考えられます。
一匹一匹の違いを知ることから、
川全体をどう守るかまで見えてくる。
そんな研究の広がりも、とても面白いですね。
今日の研究
Habitat use and growth strategies of amphidromous fish “ayu” throughout a river system
Scientific Reports, 2025
永山滋也、太田民久、藤井亮吏、原田守啓、飯塚毅
岐阜大学ほか
次回予告
次回からは、また石川善樹さんが紹介されていた別の話題へ移りながら、ウェルビーイングや研究の面白さを見ていきたいと思います。
【第1回】アユの「耳石」には、一生の旅が記録されていた
――長良川のアユ133尾から、生涯履歴を読み解く
2026.8.14 │

©jinomono-media
ウェルビーイング研究者・予防医学研究者の石川善樹さんが、少し前の研究ニュースをこんな言葉とともにシェアされていました。
紹介されていたのは、2025年5月に岐阜大学などの研究チームが発表した、
「産卵場に集結したアユの生涯履歴の解読に成功」
という研究です。
一年前の研究ですが、改めて紹介したくなるのもわかる、とても面白い研究でした。
秋、アユたちはどこからやってくる?
アユは秋になると、産卵のために川をくだり、下流の産卵場へ集まってきます。
いわゆる「落ちアユ」です。
この習性自体は古くから知られていました。
ところが、産卵場に集まった一匹一匹が、
どこで育ち、どんなルートを通って、ここまでやってきたのか。
その生涯については、これまで十分にはわかっていませんでした。
広い長良川流域の上流から来たのか。
中流で育ったのか。
それとも支流からやってきたのか。
研究チームは、その謎を意外なものから読み解きました。
手がかりは、頭の中にある小さな「耳石」
それが、魚の頭の中にある
「耳石(じせき)」
です。
図1.アユの耳石(左)、薄片処理を施した耳石(中)、耳石Sr同位体比の分析の様子(右)
出典:岐阜大学 プレスリリース
耳石は、魚の内耳にある炭酸カルシウムを主成分とする小さな構造物です。
魚の成長とともに大きくなり、木の年輪のような「成長輪」がつくられます。
そのため、輪を調べれば魚の日齢や年齢を推定することができます。
けれども、耳石が教えてくれるのは「時間」だけではありません。
成長するときに耳石へ取り込まれる微量元素には、そのとき魚が暮らしていた水環境の情報も残されています。
いわば、
魚が生涯を通して書き続けてきた、小さな履歴書
のようなものなのです。
133尾のアユの「履歴書」を読む
研究チームは2022年9月から12月、長良川下流部の鏡島で、産卵のために集まったアユ133尾を捕獲しました。
そして耳石を取り出して薄く加工し、
ストロンチウム同位体比(87Sr/86Sr)
を、耳石の中心から外側へ向かって測定しました。
川の水に含まれるストロンチウム同位体比は、地質条件によって場所ごとに特徴があります。
そこで研究チームは、長良川水系の「ストロンチウム同位体比の地図」と耳石に残された値を照らし合わせました。
すると、
「このアユは、この時期にはこのあたりにいた」
という、生涯の移動履歴を推定できるのです。
さらに耳石の成長輪から、
いつ孵化したのか。
いつ海から川へ遡上し始めたのか。
まで推定しました。
小さな耳石の中から、一匹の魚がたどった時間と空間が浮かび上がってきました。
アユにも、一匹ずつ違う「人生」があった
分析の結果、天然遡上したアユには、5つの生息場利用パターンがあることがわかりました。
本川上流域で育ったアユ。
本川中流域で育ったアユ。
途中で移動したアユ。
支川を利用したアユ。
同じ秋、同じ産卵場に集まっているアユたちも、
そこへ至るまでの道のりは、みんな同じではなかった
のです。
そして研究チームは、さらに興味深いことを発見します。
その「どこで育つか」という違いには、
そのアユが「いつ生まれたか」
が関係していました。
この続きは、明日ご紹介します。
🐢 ウエルの感想
同じところに集まってきたアユさんたちも、
そこまで来た道は、みんな違うんですね。
しかも、ちいさな耳石の中に、
「いつ生まれたの?」
「どこで育ったの?」
「いつ川をのぼったの?」
っていうことが残っているなんて、
タイムカプセルみたいです。
ぼくたちわたしたちも、今いる場所だけを見ると似ていても、
そこまで来た道は、一人ずつぜんぜん違うのかもしれないですね。
🐢🌿
次回予告
では、なぜアユたちは違う場所で育ったのでしょう。
研究から見えてきたのは、
早く生まれたアユは本川へ。
遅く生まれたアユは支川へ。
という、とても興味深い違いでした。
そしてそこから見えてくるのが、「いろいろな場所があること」の大切さです。
次回は、
「生まれた時期で、その後の運命が変わる?」
――アユが教えてくれる、生き方と環境の多様性
を見ていきます。
ウェルビーイングを「理念」から「実践」へ
――企業や社会は、一人ひとりの「良い人生」をどう支えられる?
2026.8.13 │

©fortytwo-MDu
こんにちは。
この2日間、石川善樹さんがシェアされていた、日本経済新聞「Well-being Initiative」の記事から、2026年第1四半期の主観的ウェルビーイング調査をご紹介してきました。
一昨日は、
GDPが伸びることと、私たちが「生活が豊かだ」と感じることは、必ずしも同じではない
ということ。
そして昨日は、
「幸せな人生」
「意味のある人生」
「心理的に豊かな人生」
など、「良い人生」の理想そのものが一つではないことを見てきました。
では、一人ひとりが望む「良い人生」が違うのだとしたら――。
企業や社会は、人々のウェルビーイングをどのように支えていけばよいのでしょうか。
今日は同じ記事の後半から、
ウェルビーイングを「理念」から「実践」へ
という動きを見てみたいと思います。
🌱 「ウェルビーイングを大切にします」の、その先へ
ウェルビーイングという言葉は、いまでは企業や行政でも広く使われるようになりました。
けれど、
「私たちはウェルビーイングを大切にします」
と掲げることと、それが実際の働き方や暮らしの中で感じられることは、同じではありません。
日本経済新聞社が企業・団体と進める「Well-being Initiative」の2026年度第1回経営委員会では、
ウェルビーイングを企業経営の中核に、どのように位置づけるか
が議論されました。
座長を務める一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏は、10年後には「ウェルビーイング経営」が当たり前になるとの見通しを示し、それぞれの企業が自社の文脈に合わせて実践していく重要性を訴えています。
つまり、ウェルビーイングは少しずつ、
「大切な理念」から「実際にどう経営するか」へ
と移り始めているのです。
✈️ 「社会・人々のウェルビーイング」を経営ビジョンに
記事では、その一例として日本航空(JAL)の新しいグループ経営ビジョンが紹介されています。
JALは2026年3月に公表した新ビジョンで、これまで重視してきた
「安全・安心」
「サステナビリティ」
に加えて、
「社会・人々のウェルビーイング」
を前面に掲げました。
スローガンは、
Sustainable Well-being Future
です。
興味深いのは、ウェルビーイングを単に「社員が幸せに働くこと」として捉えているわけではないところです。
記事では、移動や関係・つながりを通じて、人々のウェルビーイング向上に貢献するという方向性が紹介されています。
さらに、鉄道や自治体など異なる分野とも連携し、移動の障壁を下げながら「2地域居住」を推進する取り組みも報告されています。
航空会社が考えるウェルビーイングだからこそ、
「人が移動できること」
「人と人、地域と地域がつながれること」
を通して社会の豊かさをつくろうとしている。
これは、「それぞれの企業が自社の文脈でウェルビーイングを実践する」という一つの例と言えそうです。
🏢 働く人のウェルビーイングは、どこから生まれる?
もう一つ、興味深い報告があります。
NECソリューションイノベータによる「日経統合ウェルビーイング調査」の統計的因果分析です。
記事では、その分析から、
組織風土・組織的配慮
↓
キャリア自律・働きやすさ
↓
働きがい・仕事の目的の明確化
↓
仕事への満足
↓
ウェルビーイング実感
という流れが示されていることが紹介されています。
ここで大切なのは、
「社員を幸せにしよう」
と直接働きかけるだけではない、ということかもしれません。
自分のキャリアについて考えられる。
働きやすい環境がある。
自分の仕事に意味や目的を感じられる。
そして、それを支える組織風土がある。
そうした環境を一つずつ整えていった先に、結果としてウェルビーイング実感が生まれていく。
ウェルビーイングを「実践する」ということの一つの姿が見えてきます。
📊 「測ること」は、順位をつけるためだけではない
この調査について記事では、
単に現状を把握するだけでなく、施策の優先順位を考えるための道具としても期待されている
と紹介されています。
これは、一昨日ご紹介したGDWにも通じるところがあります。
ウェルビーイングを測る目的は、
「あなたの幸福度は何点です」
と評価することだけではありません。
何が人々の生活実感を支えているのか。
どこに改善できる余地があるのか。
それを考えるためにも、測ることが役立つ。
数字を「人を評価するもの」ではなく、
より良い環境をつくるための手がかり
として使うことができるのです。
🌏 「良い人生」が違うから、支え方も一つではない
ここで、昨日のニュースレターにつながります。
ある人は、
穏やかで幸せな人生
を望むかもしれません。
ある人は、
意味のある仕事や活動ができる人生
を望むかもしれません。
そしてある人は、
変化や驚き、新しい経験に富んだ「心理的に豊かな人生」
に魅力を感じるかもしれません。
そう考えると、ウェルビーイングを支える社会や企業の役割も、
「こうすれば、みんな幸せになる」
という一つの答えを用意することではないのかもしれません。
健康でいられること。
安心して生活できること。
自分で人生やキャリアを選べること。
誰かとつながれること。
新しいことに挑戦できること。
一人ひとりが自分なりの「良い人生」を選び、つくっていける環境を整える。
それもまた、ウェルビーイングを「理念」から「実践」へ移していくことなのではないでしょうか。
🌱 ウエルのひとこと
「みんなを幸せにする会社」って、
すごく良い会社なんだろうな、
と思っていました。
でも昨日、
人によって「良い人生」は違う
ということを知りました。
そうすると、
会社や社会が「これが幸せですよ!」って
一つに決めることじゃないのかもしれません。
安心して働けたり、
自分でやりたいことを選べたり、
誰かとつながったり、
新しいことに挑戦したり。
自分にとっての「良い人生」を、
自分で選べるように応援してくれること。
それがウェルビーイングを支えることなのかな、と思いました。
「ウェルビーイングを大切にします」という言葉が、
毎日の小さな仕組みや行動になっていったら、
すごく素敵だなと思います😊
📌 今日の記事
主観的ウェルビーイング調査 2026年第1四半期
/ウェルビーイング、理念から実践へ
Well-being Initiative/日本経済新聞
2026年6月26日
「良い人生」の理想像が多様に
――幸せ・意味、そして「心理的に豊かな人生」
2026.8.12 │

©curated-lifestyle
こんにちは。
昨日は、ウェルビーイング学会が公表した「主観的ウェルビーイング調査 2026年第1四半期」から、
GDPが伸びることと、私たちが「生活が豊かだ」と感じることは、必ずしも同じではない
というお話をご紹介しました。
では、そもそも私たちは、
どんな人生を「良い人生」だと思っているのでしょうか。
今回の調査では、その「良い人生」の捉え方についても、とても興味深い結果が示されています。
🌱 「良い人生」は、一つではない
「良い人生」と聞いたとき、どんな人生を思い浮かべるでしょう。
毎日を幸せに、心地よく過ごせる人生。
大切な仕事や誰かのために力を尽くし、「生きる意味」を感じられる人生。
どちらも、私たちが「良い人生」を考えるときに大切にしてきた考え方です。
今回の記事では、それぞれ
「幸せな人生」
「意味のある人生」
として紹介されています。
そして、そこに並ぶ第3のウェルビーイング観として注目されているのが、
「心理的に豊かな人生(Psychologically Rich Life)」
です。
🌈 「心理的に豊かな人生」って?
記事では「心理的に豊かな人生」について、
知的刺激が多く、変化と驚きに富んだ人生
と説明しています。
いつも心穏やかで、満足している人生とは、少し違います。
新しい場所へ行ってみる。
知らなかったことを知る。
思いがけない出来事に出会う。
自分とは違う考え方に触れる。
ときには予定通りにいかなかったり、戸惑ったりすることもあるかもしれません。
けれど、そうしたさまざまな経験を通して、
世界の見え方が少しずつ広がっていく。
そんな人生の豊かさです。
📊 約3人に1人が「心理的に豊かな人生」を理想に
今回の調査で、
「心理的に豊かな人生」を理想とする人は31.9%
に上りました。
つまり、およそ3人に1人です。
さらに興味深いのは、この人生を理想とする人たちの生活評価です。
記事によると、この層は、
現在の生活評価も、
5年後の生活評価も、
最も高い結果となりました。
そしてもう一つ。
人生の最後に、
「面白い人生だった」
と振り返ることができると思うか、という問いについても、肯定する割合が最も高かったといいます。
💡 「幸せだった」だけではない、人生の振り返り方
これは、とても面白い結果です。
人生を振り返るとき、
「幸せな人生だった」
と思えることも、もちろん素敵です。
誰かの役に立ったり、大切なことを成し遂げたりして、
「意味のある人生だった」
と思えることもあるでしょう。
でも、もう一つ、
「いろいろあったけれど、面白い人生だったな」
という人生の捉え方もある。
「良い人生」の答えは、一つではないのかもしれません。
🚶「寄り道」の研究とも、どこかでつながっている?
ここで思い出すのが、先日のニュースレターでご紹介した、
「経験(移動)の多様性はウェルビーイングを促進する」
という研究です。
そこでは、日々さまざまな場所へ移動し、多様な経験をしていることと、ポジティブな感情との関連が示されていました。
今回の記事で取り上げられた「心理的に豊かな人生」もまた、
変化、驚き、新しい経験
を大切にする人生観です。
もちろん、これは別の研究・調査であり、両者をそのまま同じものとして考えることはできません。
それでも、
いつも同じ道を効率よく進むことだけが、人生の豊かさではないのかもしれない。
そんな共通する問いが見えてくるように思います。
寄り道したから見えた景色。
偶然出会った人。
知らなかった世界。
予定とは違う道を歩いたからこそ生まれた経験。
そうしたものもまた、長い人生を振り返ったとき、
「面白い人生だった」
と思わせてくれる一部になるのかもしれません。
🌏 一人ひとり、「良い人生」が違っていい
そして、この結果からもう一つ考えたいことがあります。
ある人にとっては、
穏やかで幸せな毎日
が何より大切かもしれません。
別の人にとっては、
誰かの役に立ち、意味を感じられること
が大切かもしれません。
そして別の人にとっては、
新しいものに出会い、驚き、世界を広げ続けること
が人生の豊かさなのかもしれません。
どれか一つだけが「正しい良い人生」なのではなく、
人によって、望む豊かさそのものが違う。
今回の調査は、そんなウェルビーイングの多様性を考えるきっかけにもなりそうです。
🌱 ウエルのひとこと
今まで、
「良い人生」って聞いたら、
たくさん幸せを感じられる人生
のことかな、と思っていました。
でも、
「意味のある人生」もあって、
さらに、
「面白い人生だった!」って思える人生
もあるんですね。
ちょっとワクワクしました。
知らない道を歩いたり、
知らないことを知ったり、
思ってもみなかったことに出会ったり。
そのときは「予定と違った!」と思っても、
あとから振り返ったら、
それが大切な思い出になっていることもあるのかな。
幸せも、意味も、面白さも、
ぜんぶ人生を豊かにしてくれるものなのかもしれない。
そして、人によって「良い人生」が違ってもいいんだと思うと、
なんだか少し自由な気持ちになりました😊
📌 今日の記事・調査
主観的ウェルビーイング調査 2026年第1四半期
Well-being Initiative/日本経済新聞
2026年6月26日
調査:ウェルビーイング学会
🔎 明日のニュースレター
「良い人生」の理想が、一人ひとり違うのだとしたら――
社会や企業は、私たちのウェルビーイングをどう支えればよいのでしょうか。
明日は同じ記事から、
ウェルビーイングを「理念」から「実践」へ
という視点で、企業経営や社会のあり方について見ていきたいと思います。
GDPが伸びても、私たちは豊かになったと感じる?
―「国内総充実(GDW)」から見る、2026年のウェルビーイング
2026.8.11 │

©anatol-rurac
こんにちは。
今日は、予防医学研究者・石川善樹さんがシェアされていた、日本経済新聞「Well-being Initiative」の記事から、
「私たちが感じる生活の豊かさ」
について考えてみたいと思います。
ウェルビーイング学会が公表した、2026年第1四半期の「主観的ウェルビーイング調査」。
今回の結果には、とても興味深い動きがありました。
📊 GDPは増えた。でも、ウェルビーイング実感は下がった
国や社会の豊かさを考えるとき、よく使われる指標の一つがGDP(国内総生産)です。
けれどもGDPは、社会の経済活動の大きさを示すものであって、
「私たちは、いまの暮らしを豊かだと感じているか」
をそのまま表しているわけではありません。
そこでウェルビーイング学会では、GDPでは捉えにくい「主観的な豊かさ」を示す指標として、
GDW(Gross Domestic Well-being/国内総充実)
を四半期ごとに公表しています。
2026年第1四半期(1〜3月)の調査では、
「ウェルビーイング実感が高い」とされた人は30%。
前の四半期の33%から、3ポイント低下しました。
一方、同じ時期の実質GDPは年率2.1%増。
つまり今回は、
経済の動きと、人々の生活実感が逆方向に動いた
ことになります。
🌱 私たちの「豊かさ」は、何からできている?
では、ウェルビーイング実感を左右していたものは何だったのでしょう。
調査では、
・ 人生を自分で選択できているという感覚
・ 健康についての認識
・ 家計への満足度
といった主観的な要因に加え、所得や就業状況、物価、失業率、1人当たり実質GDPなど、さまざまな要因との関係が分析されています。
今回のGDW低下について、ウェルビーイング学会の村上隆晃氏は、生活に密着した主観的要因の影響が大きく、「人生選択の自由度」や健康面についての認識悪化が関係したと整理しています。
経済全体が成長していることと、
「自分の人生を、自分で選べている」
「健康に暮らせている」
「生活に満足できている」
という感覚は、必ずしも同じものではない。
今回の結果は、そのことをあらためて考えさせてくれます。
🗾 地域によっても違う「ウェルビーイング実感」
今回の調査では、都道府県による違いも見られました。
ウェルビーイング実感が高かったのは、
1位 東京
2位 沖縄
3位 神奈川
の順でした。
東京では「ウェルビーイング実感が高い」人が34.7%。
一方、「実感が低い」人は8.4%で、こちらも全国で2番目に低い水準でした。
「都会だから幸福度が低い」
「自然が多ければ幸福度が高い」
というように、単純には説明できないことも興味深いところです。
私たちの生活の豊かさには、経済、健康、仕事、人間関係、環境、そして自分で人生を選べるという感覚など、いくつもの要素が重なっているのかもしれません。
💡 そして、「良い人生」そのものも一つではない?
そして今回の調査には、もう一つ、とても興味深い結果がありました。
これまで「良い人生」を考えるときには、
「幸せな人生」
「意味のある人生」
という考え方がよく取り上げられてきました。
ところが近年、そこにもう一つ、
「心理的に豊かな人生(Psychologically Rich Life)」
という考え方が注目されています。
変化があり、驚きがあり、知的な刺激があり、ときには予定通りにはいかない。
そんな人生を「良い人生」と考える人たちです。
今回の調査では、この「心理的に豊かな人生」を理想とする人が31.9%に上りました。
しかも、この人たちには興味深い特徴が見えてきました。
それは――
明日のニュースレターで、もう少し詳しく見てみたいと思います。
🌱 ウエルのひとこと
「国が豊かになったら、
そこに住んでいる人も、だんだん幸せになるのかな?」
と思っていました。
でも今日の調査を見て、
お金や経済が大きくなることと、
「自分の毎日は豊かだな」って感じることは、
同じじゃないんだ
と知りました。
自分で選べること。
元気でいられること。
毎日の暮らしに満足できること。
そういう、一人ひとりの生活の中にあるものも、
ちゃんと見ていくことが大切なんですね。
そして、
「幸せな人生」だけじゃなくて、
「意味のある人生」や
「面白い人生」もあるらしいです。
良い人生って、一つじゃないのかな?
明日の話が、ちょっと楽しみになりました😊
📌 今日の研究・記事
主観的ウェルビーイング調査 2026年第1四半期
Well-being Initiative/日本経済新聞
2026年6月26日
調査:ウェルビーイング学会
🔎 明日のニュースレター
明日は、今回の調査で注目された
「良い人生」の理想像が多様に
――幸せ・意味、そして「心理的に豊かな人生」
を取り上げます。
人生の最後に「面白い人生だった」と思えることも、ウェルビーイングなのか?
そんな問いから、「良い人生」の多様なかたちを考えてみます。
【第3回】「効率よく生きること」と「豊かに経験すること」は両立できる?
2026.8.10 │

©frank-van-hulst
こんにちは。
前回まで、石川善樹先生が紹介されていた研究、
「Association between real-world experiential diversity and positive affect relates to hippocampal–striatal functional connectivity」
(現実世界での経験の多様性とポジティブ感情との関連、および海馬―線条体の機能的結合との関係)
をもとに、
日々の「経験の多様性」とウェルビーイングの関係
について見てきました。
研究では、日常生活のなかで訪れる場所や移動のパターンが多様であることと、ポジティブな感情との関連が示されていました。
今日は、この研究から少し視野を広げて、
│「効率よく生きること」と「豊かに経験すること」は、両立できるのか?
ということを考えてみたいと思います。
🛣️ 私たちの暮らしは、どんどん「効率的」になっている
目的地までの最短ルートを、地図アプリが教えてくれる。
欲しいものは検索すれば見つかり、オンラインで注文すれば自宅まで届く。
見たい映画も、読みたい本も、聴きたい音楽も、アルゴリズムが好みに合わせてすすめてくれる。
仕事でも、
「どうすれば、より短い時間でできるか」
「どうすれば、無駄を減らせるか」
を考えることは、とても大切です。
効率化によって生まれた時間を、休息や家族との時間、自分の好きなことに使うこともできます。
だから、もちろん、
「効率が悪いほうが、ウェルビーイングに良い」
ということではありません。
でも、効率を追求することで、知らないうちに失われていくものもあるのかもしれません。
🌱 「無駄」に見えるところに、経験がある
たとえば、いつもの駅まで歩くとき。
最短ルートをまっすぐ歩けば、10分。
けれど、一本違う道へ入ってみたら、
知らなかった小さな公園があった。
見たことのない花が咲いていた。
新しいお店を見つけた。
猫が塀の上で眠っていた。
そんな出来事は、
「目的地へ早く着く」
という尺度だけで見れば、必要のないものです。
でも、
私たちの一日を「経験」という尺度から見たら、どうでしょう。
寄り道によって、昨日とは少し違う景色を見る。
知らなかったものに出会う。
予定していなかったことに心を動かされる。
前回まで紹介してきた研究を考えると、こうした日常の小さな変化にも、ウェルビーイングを考えるヒントがありそうです。
🧠 「最短距離」と「経験の多様性」は、違うものさし
ここで面白いのは、
効率と経験の豊かさは、そもそも違うものさしで測っている
ということかもしれません。
効率というものさしなら、
A地点からB地点まで、どれだけ早く到達できたか。
経験というものさしなら、
A地点からB地点へ行くあいだに、どんなものを見て、何を感じ、何に出会ったか。
同じ一日でも、評価の仕方が変わります。
最短距離を選ぶことが大切な日もあれば、
少しくらい遠回りしても、新しいものに出会いたい日もあります。
どちらか一方だけが正解なのではなく、私たちは複数の「ものさし」を持っていてもいい。
そんなふうにも考えられそうです。
🤖 AI時代だからこそ、「寄り道」が大切になる?
そして、この問いはこれから、ますます面白くなるように思います。
AIやテクノロジーは、
調べること、探すこと、整理すること、移動すること、仕事をすることなど、さまざまな場面で私たちの暮らしを効率化してくれます。
「どうすれば早く目的地へ着けるか」
という問題については、これからますますテクノロジーが助けてくれるでしょう。
だからこそ、その先に生まれた時間を、
何のために使うのか。
そこには、私たち自身が選べる余白があります。
効率化によって生まれた30分で、
いつもと違う道を歩いてみる。
知らない本を手に取ってみる。
会ったことのない人と話してみる。
何の役に立つかわからないことをやってみる。
ぼんやり景色を眺めてみる。
そう考えると、
「効率」と「寄り道」は、反対のものではないのかもしれません。
効率化によって生まれた余白を、豊かな経験へ使う。
そんな組み合わせもできそうです。
🌿 ウェルビーイングは「最短距離」だけでは測れない
人生には、目的地があります。
仕事を終える。
学校へ行く。
買い物をする。
何かを達成する。
けれど、人生そのものを考えたとき、
「どれだけ早く目的地へ到着したか」だけで、その豊かさを測ることはできません。
途中で誰と出会ったのか。
何を見つけたのか。
どんなことに驚いたのか。
どんな景色を覚えているのか。
そうした一見すると小さな経験も、私たちの暮らしを形づくっています。
前回まで紹介してきた「経験の多様性」という研究は、
日常の移動という身近なところから、
豊かに生きるとはどういうことなのか
を考えるきっかけを与えてくれる研究なのかもしれません。
🌱 ウエルのひとこと
早くできたら、それだけで
「今日はうまくできた!」って思っていました。
でも、早く着くことと、
楽しい一日になることは、
ちょっと違うのかもしれません。
いつもの道をちょっと曲がってみたり、
知らないものを見つけたり、
「これ、なんだろう?」って立ち止まったり。
そういう時間も、
自分の一日をつくっているんだなと思いました。
AIや便利なものに手伝ってもらって時間ができたら、
その時間を全部また「効率よく」使わなくてもいいのかもしれません。
空いた時間に、ちょっと寄り道する。
そんな使い方もしてみたいです😊
📝 今日の問い
最近、「効率はよくなかったけれど、やってよかった」と思ったことはありますか?
予定になかった寄り道や出会いが、あとから振り返ると大切な思い出になっていることもあるかもしれません。
次回予告
今回まで、3回にわたって、
「経験の多様性」とウェルビーイング
について考えてきました。
次回からは、また新しい研究や研究者の方々の発信を手がかりに、ウェルビーイングについて考えていきたいと思います。
【第2回】「寄り道」は、ウェルビーイングになる?
― 経験の多様性とポジティブな感情
2026.8.9 │

©annie-spratt
前回は、石川善樹先生が紹介されていた研究、
“Association between real-world experiential diversity and positive affect relates to hippocampal–striatal functional connectivity”
(現実世界での経験の多様性とポジティブ感情との関連、および海馬―線条体の機能的結合との関係)
をもとに、
日々、さまざまな場所を経験することと、ポジティブな感情にはどのような関係があるのか
をご紹介しました。
研究では、ニューヨークとマイアミ都市圏の若い成人を対象に、スマートフォンによる位置情報を約3〜4か月にわたって記録。
その間、参加者には定期的に、そのときの気分についても答えてもらいました。
今日はそこからもう一歩進んで、
「寄り道」や「いつもと少し違う経験」は、私たちのウェルビーイングにとってどんな意味を持つのだろう?
と考えてみたいと思います。
🌱 「たくさん移動すればいい」という話ではない
この研究で興味深いのは、単純に、
「たくさん歩けば幸せになる」
「遠くまで出かければウェルビーイングが高まる」
という話ではないことです。
研究で注目されているのは、experiential diversity(経験の多様性)。
つまり、
どれくらい多様な場所や環境を経験しているか
という視点です。
毎日、家と学校、家と職場を同じ経路で往復するのと、
今日は一本違う道を歩いてみる。
少し遠回りして公園を通ってみる。
いつも入らないお店をのぞいてみる。
降りたことのない駅で降りてみる。
そんなふうに、日常の中に少しずつ異なる経験が加わっていくこと。
研究は、こうした現実世界での経験の多様性と、ポジティブな感情との関連を示しています。
🧠 私たちの脳とも関係している?
この研究では、一部の参加者についてMRIによる脳画像も調べています。
そこで注目されたのが、
海馬(hippocampus)と
線条体(striatum)
に関係する神経回路です。
海馬は、記憶や空間的な情報などに関わることで知られています。
一方、線条体は、報酬や動機づけなどに関係する領域を含みます。
研究では、日々の経験の多様性とポジティブ感情との関係に、こうした脳の機能的なつながりが関連している可能性が検討されました。
つまり、
私たちが世界のいろいろな場所を経験することと、そこで感じる気持ちは、まったく別々のものではないのかもしれない。
そんなことまで考えさせてくれる研究です。
🚶 「寄り道」には、効率とは違う価値があるのかもしれない
大人になるにつれて、私たちの移動は効率的になっていきます。
最短ルートを検索して、
乗換案内どおりに電車に乗り、
必要なものを買ったら帰る。
もちろん、それはとても便利なことです。
けれど、効率だけでは測れない経験もあります。
知らない路地を歩いていて、きれいな花を見つける。
予定になかった小さなお店に入る。
いつもと違う公園を通ったら、気持ちのよい風が吹いていた。
そんな出来事は、予定表には書かれていません。
そして、その小さな偶然が、
「今日、ちょっとよかったな」
という感覚につながることもあります。
石川善樹先生は今回の研究を、
│ 「こどもの頃、なんだか毎日が楽しかった記憶があるのは、寄り道をたくさんしていたからかもしれない・・・」
という言葉とともに紹介されていました。
子どもの頃は、大人になった今よりも、
知らない道を歩いたり、
気になるものを見つけて立ち止まったり、
目的とは関係のないところへ行ったり。
そんな「寄り道」が、たくさんあったのかもしれません。
🌿 ウェルビーイングは、「目的地」だけにあるわけではない
これは、この研究から少し離れて、私たち自身が考えてみたいことです。
ウェルビーイングというと、
健康になること。
仕事で成果を出すこと。
人間関係をよくすること。
目標を達成すること。
そんな「よい状態」や「目的地」を思い浮かべることがあります。
けれど、
そこへ向かう途中で、どんな世界に出会ったか。
それも、私たちの人生を豊かにしているのかもしれません。
最短距離ではない道。
予定していなかった時間。
すぐには役に立たない経験。
それらをすべて「無駄」として取り除いてしまったら、
私たちは効率と引き換えに、何か大切なものまで失ってしまうのでしょうか。
今回の研究は、そんなことも考えるきっかけを与えてくれます。
🐢 ウエルのひとこと
「早く行かなくちゃ!」
「ちゃんと予定どおりにしなくちゃ!」
って思うことがあります。
でも、寄り道したから見つけられるものも、あるんですね。
知らない道を歩いたり、
いつもと違う景色を見たり、
「これ、なんだろう?」って立ち止まったり。
そういう時間も、毎日を楽しくしてくれているのかもしれません。
今度お散歩するときは、
いつもの道から、ちょっとだけ寄り道してみようかな😊
🌱 今日の問い
最近、「予定していなかったけれど、やってみてよかった」と思ったことはありますか?
遠くへ出かけなくても、
一本違う道を歩くことから、
新しい経験は始まるのかもしれません。
次回予告
次回は、この研究をもう少し私たちの日常へ引き寄せながら、
「効率よく生きること」と「豊かに経験すること」は、両立できるのか?
という視点から考えてみたいと思います。
【第1回】いつもと違う場所へ行くと、ちょっと幸せになる?
―「経験の多様性」とウェルビーイングの研究
2026.8.8 │

©getty-images
今日は、予防医学研究者の石川善樹さんが紹介されていた、ちょっと面白い研究をご紹介します。
石川さんは、この研究について、こんな問いを投げかけていました。
こどもの頃、なんだか毎日が楽しかった記憶があるのは、寄り道をたくさんしていたからかもしれない……
「経験(移動)の多様性はウェルビーイングを促進する」
学校からの帰り道。
いつもの道ではなく、ちょっと違う道を歩いてみる。
知らない公園を見つける。
友だちと少し遠回りして帰る。
そんな「寄り道」のような日々の小さな変化と、私たちの気分には、何か関係があるのでしょうか。
今日は、Nature Neuroscience に掲載された研究、
“Association between real-world experiential diversity and positive affect relates to hippocampal–striatal functional connectivity”
(現実世界での経験の多様性とポジティブ感情との関連、および海馬―線条体の機能的結合との関係)
を見ていきます。
🌱 「経験の多様性」と気分の関係を調べる
この研究で興味深いのは、実験室の中だけで人の気分を調べたのではなく、人々が実際に生活している日常そのものを追跡したことです。
研究には、ニューヨークとマイアミ都市圏に暮らす18〜31歳の若年成人132人が参加しました。
参加者のスマートフォンに位置情報を取得するアプリを入れ、約3〜4か月にわたって日常の移動を記録。
同時に、定期的にスマートフォンを通して、
「happy(幸せ)」
「excited(わくわくしている)」
「relaxed(リラックスしている)」
など、そのときの気分について回答してもらいました。
十分な気分データが得られた122人が、主な解析の対象になっています。
つまり、
「その人が日々どんな場所を動いていたのか」
と、
「そのとき、どんな気分だったのか」
を、実際の日常生活のなかで長期間にわたって調べたのです。
🗺️ 移動距離だけではなく、「どれくらい多様だったか」
ここで研究者たちが注目したのが、単純な移動距離だけではありません。
その人が日常のなかで、どれくらい多様な場所を経験していたか
ということでした。
そして分析すると、
日々の物理的な環境・移動経験の多様性が高いことと、ポジティブな感情が高いことに関連が見られました。
たくさん移動すれば、それだけで幸せになる。
遠くへ旅行すればするほど幸せになる。
という単純な話ではありません。
研究が示しているのは、
日常の経験に「多様性」があることと、ポジティブな感情とのあいだに関連がある
と
いうことです。
🧠 さらに「脳」も調べてみると……
この研究には、もう一つ興味深いところがあります。
研究者たちは一部の参加者について、MRIを使った脳画像の測定も行いました。
そこで注目されたのが、
海馬(hippocampus)と 線条体(striatum)
に関係する脳のネットワークです。
海馬は、記憶や空間、新しい経験などに関わる領域。
線条体は、報酬や動機づけなどに関係する領域として知られています。
研究では、日常の経験の多様性とポジティブ感情との関係が、こうした脳領域の機能的なつながりとも関連していることが示されました。
私たちが、
「新しい場所へ行く」
「いつもと違うものを見る」
「少し探索してみる」
という経験をすることは、単なる移動以上の意味を持っているのかもしれません。
🌿 「寄り道」は、本当に幸せにしてくれる?
ここは少し大切なところです。
今回の研究から、
「寄り道をすれば幸福になる」
とまでは言えません。
これは、日常生活における経験の多様性とポジティブ感情との関連を調べた研究だからです。
もともと気分が良いから外へ出て、いろいろな場所へ行った可能性もあります。
それでも、
「毎日の経験がどれくらい多様であるか」
という、一見ささやかなことが、ウェルビーイングと結びついていたことは、とても興味深い結果です。
効率よく、最短距離で目的地へ行く。
毎日同じルートを通る。
予定どおりに一日を進める。
それももちろん大切です。
でも、ときには少しだけ、
予定にない道へ進んでみる。
そんな時間にも、私たちの暮らしを豊かにする何かがあるのかもしれません。
🐢 ウエルのひとこと
学校から帰るとき、
「今日はこっちの道から帰ってみよう!」
って、ちょっと違う道を歩いたら、
知らないお花が咲いていたり、
かわいい猫に会えたりしたことがあります。
早く帰ることだけ考えたら、
寄り道しないほうがいいのかもしれないけれど、
「知らなかったものに出会う時間」も、ちょっと幸せになるのかな?
って思いました。
毎日を全部変えなくても、
いつもと違う道を歩いたり、
知らない場所をのぞいてみたり。
小さな冒険なら、自分にもできそうです😊
📌 今日のポイント
経験の「多様性」は、ウェルビーイングと関係しているかもしれない。
今回の研究では、
日常生活で経験する場所や移動の多様性
↓
ポジティブな感情
↓
それに関連する脳のネットワーク
という興味深いつながりが見えてきました。
私たちのウェルビーイングを考えるとき、
「何を持っているか」
「どれくらい効率よく生活しているか」
だけではなく、
「毎日のなかで、どれくらい違う経験に出会っているか」
という視点もあるのかもしれません。
次回予告
次回は、この研究を私たちの日常へ少し引き寄せて、
「寄り道」は、ウェルビーイングになる?
という問いを考えてみます。
大きな旅行や特別なイベントではなく、
いつもと違う道を歩くこと。
知らないお店に入ってみること。
少し遠回りしてみること。
効率や予定を少しだけ手放したところに生まれる、日常の「小さな新しさ」について考えてみましょう。
Podcast『編集極々』
第5回 時代を変える概念は、どう生まれるのでしょう?
2026.8.7 │

©curated-lifestyle
こんにちは。
ここ数回は、予防医学研究者・石川善樹さんが出演されたPodcast『編集極々』より、
「概念(ソート)は、どのように社会を変えていくのか」
というテーマをご紹介してきました。
最終回となる今回は、
「時代を変える概念は、どのように生まれるのか」
というお話です。
時代は「新しい言葉」で動き始める
石川さんは、
社会が大きく変わるときには、
新しい概念(言葉)が生まれる
ことが多いと話します。
例えば、
・ SDGs
・ DEI(多様性・公平性・包摂)
・ クールビズ
こうした言葉は、
単なる流行語ではありません。
それまで見えにくかった社会の課題を、
多くの人が共有できる「共通の言葉」として広めてきました。
「より良くする時代」と「新しくする時代」
石川さんは、
これまでの社会は、
今あるものを、もっと良くする
ことを目指す時代だったと言います。
一方で、
これからは、
新しい概念そのものを生み出すこと
が、社会を動かす力になっていくのではないかと語ります。
言葉が変わると、
人の見方が変わり、
行動が変わり、
文化が変わり、
やがて社会そのものが変わっていきます。
ウェルビーイングも、その一つ
「ウェルビーイング」という言葉も、
近年急速に広がってきた概念の一つです。
以前なら、
「健康」
「幸せ」
「福祉」
という別々の言葉で語られていたものを、
一つの視点として捉え直す言葉になりました。
だからこそ、
企業や学校、自治体、医療など、
さまざまな分野で新しい取り組みが始まっています。
概念が生まれることは、
新しい未来の可能性を開くことでもあるのです。
今日のまとめ
石川善樹さんのお話を通して、
「概念」とは単なる言葉ではなく、
人の見方を変え、社会を少しずつ動かしていく力であることを学びました。
そして、
新しい概念が生まれるたびに、
私たちは新しい未来を想像し、
新しい文化を育ててきました。
ウェルビーイングも、
そんな未来をつくる概念の一つなのかもしれません。
🌱 ウエルのひとこと
言葉って、気持ちを伝えるためだけのものだと思っていました。
でも、
新しい言葉が生まれると、
みんなの考え方や行動まで少しずつ変わっていくんですね。
「ウェルビーイング」という言葉も、
これからもっとたくさんの人に伝わって、
毎日の暮らしの中に自然と広がっていったらいいなと思いました😊
次回予告
今回で、Podcast『編集極々』で語られた石川善樹さんのお話シリーズは一区切りです。
次回からは、国内外のウェルビーイング研究や最新の取り組みを通して、
「これからの社会をよりよくする新しい視点」
を引き続きご紹介していきます。
Podcast『編集極々』
第4回 「概念」は、どうすれば社会に広がるのでしょう?
2026.8.7 │

©curated-lifestyle
こんにちは。
前回は、予防医学研究者・石川善樹さんが出演されたPodcast『編集極々』より、
「概念は社会を変える力を持っている」
というお話をご紹介しました。
では、その概念は、どうすれば多くの人に伝わり、文化として根づいていくのでしょうか。
今回は、その続きのお話をご紹介します。
「概念」だけでは広がらない
石川さんは、
│ 概念だけでは、人には広がらない。
と語ります。
大切なのは、
概念 × 道具 × 所作(しょさ)
この3つがそろうこと。
茶道にも、この3つがある
例えば「茶道」。
そこには、
・ おもてなしという考え(概念)
・ 茶碗や茶筅などの道具
・ お茶を点てる、美しくいただくという所作
があります。
だからこそ、
「茶道」という文化が何百年も受け継がれてきました。
「いただきます」も文化
石川さんは、
私たちが毎日口にする
「いただきます」
も同じだと言います。
命への感謝という概念があり、
食卓という場があり、
食事の前に手を合わせるという所作がある。
こうした小さな行動が積み重なることで、
考え方は暮らしの中へ自然と根づいていきます。
「ウェルビーイング」も同じかもしれない
最近では、
ウェルビーイングという言葉を耳にする機会も増えてきました。
でも、
「ウェルビーイング」という言葉を知っているだけでは、
私たちの毎日はあまり変わりません。
例えば、
・ 今日よかったことを一つ振り返る
・ 家族や友人に「ありがとう」と伝える
・ 少しだけ自然の中を歩いてみる
・ よく眠るために夜の過ごし方を整える
そんな小さな習慣があることで、
ウェルビーイングという考え方は、少しずつ暮らしの中に根づいていくのかもしれません。
今日のまとめ
石川善樹さんは、
「概念 × 道具 × 所作」
この3つがそろって初めて、
考え方は文化となり、人から人へ受け継がれていくと語っていました。
ウェルビーイングも、
言葉として知るだけでなく、
毎日の小さな実践と結びついたとき、初めて社会に広がっていく。
そんなことを改めて考えさせられるお話でした。
🌱 ウエルのひとこと
今まで、
「ウェルビーイングって、幸せっていう意味なんだな」
と思っていました。
でも今日のお話を聞いて、
言葉だけじゃなくて、毎日の行動があるから、本当に自分のものになるんだ。
って思いました。
今日から、
「ありがとう」
をちゃんと言ったり、
今日うれしかったことを一つ思い出したりして、
小さなウェルビーイングを毎日の習慣にしていきたいです😊
次回予告
次回は、Podcast『編集極々』後編の最後のお話から、
「AI時代だからこそ、人間に必要になるものとは何か」
というテーマをご紹介します。
「答えを探す力」ではなく、「問いを持つ力」。
石川善樹さんが語る、これからの時代の学び方とウェルビーイングについて、一緒に考えていきましょう。
Podcast『編集極々』
第3回 「良い問い」は、どこから生まれるのでしょう?
石川善樹さんが語る「問い」の正体
2026.8.6 │

©alex-shuper
こんにちは。
ウェルビーイング応援サイトです。
前回まで、Podcast『編集極々』で石川善樹さんが語られた「概念(ソート)」についてご紹介してきました。
今回は後編から、「良い問いはどこから生まれるのか」という、とても興味深いお話をご紹介します。
Podcastの中で石川さんは、良い問いについて、
「私を捉えて離さないもの」
と表現されています。
「問い」は、5W1Hだけではない
学校では、
・ なぜ?
・ 何を?
・ 誰が?
・ いつ?
・ どこで?
・ どのように?
といった5W1Hを使って問いを立てることを学びます。
もちろん、こうした方法も大切です。
しかし石川さんは、問いの始まりにあるのは、もっと個人的な
「なんでだろう?」
「不思議だな」
という感覚なのだと話します。
外から与えられた問いよりも、自分自身が不思議に思ったことの方が、長く心に残り、考え続ける力になるのだそうです。
「知っているつもり」の中に、問いが生まれる
では、「不思議」はどこから生まれるのでしょう。
石川さんは、自分の知識に「隙間」があることに気づいたとき、人は不思議さを感じると説明します。
Podcastでは、チャーハンの例が紹介されていました。
中華料理店ではパラパラなのに、自宅で作るとベチャッとしてしまう。
どちらのことも知っているのに、
「なぜ違うんだろう?」
と気づいた瞬間に、知識の隙間が現れます。
そこから試行錯誤が始まり、考える旅が続いていきます。
好奇心は、「知らないこと」ではなく「隙間」に気づくこと
これは、好奇心について考える上でも面白い視点です。
まったく知らないことには、そもそも疑問すら持てないことがあります。
一方で、
「知っていると思っていたけれど、ここだけ分からない」
という場所が見えたときに、人は強く惹きつけられます。
石川さんは、こうした自分自身の「不思議」が、その人にとっての良い問いになると話しています。
AI時代だからこそ、「問い」が大切になる
今は、分からないことがあればAIに尋ねることで、たくさんの答えをすぐに得られる時代になりました。
だからこそ、これから大切になるのは、
「答えをたくさん知っていること」だけではなく、
自分は何を不思議に思うのか。
何を考え続けたいのか。
ということなのかもしれません。
Podcastでも、AIによって「問いに答える」部分が大きく変わりつつある今、問いを生み出すことの重要性へ話がつながっていきます。
自分だけの問いを持つことは、単に勉強や仕事のためだけではありません。
「自分は何に心を動かされるのか」
「何を大切にして生きたいのか」
を知ることにもつながりそうです。
そう考えると、「問いを持つこと」も、ウェルビーイングの大切な一部なのかもしれません。
🌱 ウエルの感想
これまで、分からないことがあったら、すぐに答えを探せばいいと思っていました。
でも今日のお話を聞いて、
「なんでだろう?」って思うことそのものが、とても大切なんだと知りました。
AIに聞けば、いろいろなことを教えてもらえるけれど、
「何が不思議なんだろう?」
「何をもっと知りたいんだろう?」
って考えるのは、自分にしかできないことなのかもしれません。
自分だけの「なんでだろう?」を大切にしながら、毎日を過ごしてみたいです😊
次回予告
今回は、「良い問い」が生まれるきっかけについてご紹介しました。
では、その問いから生まれた「概念」は、どのように人へ広がり、社会に根づいていくのでしょうか。
次回は、石川善樹さんが語る
「概念 × 道具 × 所作」
という、とても興味深い考え方をご紹介します。
Podcast『編集極々』
第2回 「GDP」は、世界を変えた一つの概念だった
2026.8.5 │

©getty-images
こんにちは。
前回は、予防医学研究者・石川善樹さんが出演されたPodcast『編集極々』から、「概念(ソート)」についてご紹介しました。
今回は、その続きです。
石川さんは、「概念は、社会そのものを動かしていく力を持っている」と語られています。
例えば、私たちがよく耳にするGDP(国内総生産)。
GDPは、経済活動を測るための指標として世界中で使われています。
そして、「経済成長を目指す」という共通の目標を社会にもたらし、長い間、国の政策や企業の活動を支える重要な役割を果たしてきました。
しかし時代が進むにつれ、
「GDPが増えれば、本当に人は幸せになるのだろうか?」
という問いが生まれるようになります。
そこで近年は、GDPだけでは捉えきれないウェルビーイングや人的資本といった新しい概念が広がり始めています。
人の健康や学び、働きがい、地域とのつながり、自然環境。
こうしたものも社会の豊かさを支える大切な資本として考えようという流れです。
石川さんは、この変化を通して、新しい概念は、社会が新しい方向へ進むための「道しるべ」になることを示しています。
さらに、経営学者ピーター・ドラッカーは、50年以上前に「見えざる革命」が起こると語っていました。
工場や機械のような「目に見える資産」だけではなく、人の知識や創造性、学びといった「目に見えない価値」が、これからの社会を支える時代になるという考え方です。
Beyond GDPシリーズで学んできた内容も、まさにその延長線上にあります。
社会が変わるとき、まず新しい概念が生まれる。
そして、その概念が少しずつ人々に広まり、政策や企業、私たち一人ひとりの考え方にも影響を与えていく。
私たちが今、「ウェルビーイング」という言葉を耳にする機会が増えたのも、その大きな変化の一つなのかもしれません。
🌱 ウエルのひとこと
今まで、GDPやウェルビーイングって、ただの言葉だと思っていました。
でも今日のお話を読んで、言葉には、社会を動かす力があることを知りました。
新しい言葉が広がると、人の考え方も少しずつ変わっていく。
そうやって未来の社会も変わっていくんだと思うと、とてもワクワクしました😊
次回予告
次回は、Podcast『編集極々』後編から、石川善樹さんが語る「概念はどのように人へ広がり、社会に根づいていくのか」をご紹介します。
言葉が社会に浸透していくプロセスを、一緒に見ていきましょう。
Podcast『編集極々』
第1回 「ウェルビーイング」という言葉は、なぜ広がったのでしょう?
2026.8.4 │

©getty-images
こんにちは。
予防医学研究者・石川善樹さんがゲスト出演されたPodcast『編集極々』では、「ソート(概念)はいかにして世界を変えるのか」という、とても興味深いテーマが語られていました。
私たちは普段、何気なく言葉を使っています。
「ウェルビーイング」
「マインドフルネス」
「人的資本」
「SDGs」
こうした言葉は、新しい流行語のように感じることもあります。
しかし石川さんは、新しい言葉は単なる言い換えではなく、本来の意味をもう一度見つめ直すために生まれることがあると話されています。
例えば、「福祉」という言葉。
本来は「幸福」や「よりよく生きること」を意味する言葉でしたが、時代の中で特定の制度や支援のイメージが強くなりました。
そこで、より広く「一人ひとりがよく生きること」を表す言葉として、「ウェルビーイング」という概念が広がってきました。
同じように、「禅」という考え方も、海外では「マインドフルネス」という言葉によって、多くの人に伝わるようになりました。
つまり、新しい言葉が生まれることは、古いものを捨てることではありません。
本来大切だった価値を、現代の人たちにも伝わる形で表現し直すこと。
それが「概念(ソート)」の役割なのかもしれません。
Beyond GDPシリーズでも、「GDPだけでは測れない豊かさ」という新しい視点を学んできました。
その背景にも、「豊かさとは何か」を、もう一度考え直そうという新しい概念があります。
言葉が変わると、私たちの見方が変わり、社会のあり方も少しずつ変わっていく。
そんなことを感じさせてくれる、とても印象深いお話でした。
🌱 ウエルのひとこと
今まで、「ウェルビーイング」って、新しく生まれた言葉なんだと思っていました。
でも、本当は昔から大切にされてきた「幸せ」や「よりよく生きること」を、今の時代のみんなに伝わるように言い表した言葉なのかもしれないんですね。
言葉が変わると、世界の見え方も少し変わる。
今日から、「この言葉には、どんな思いが込められているんだろう?」と考えながら、新しい言葉に出会ってみたいと思いました😊
次回予告
次回は、「概念は社会をどう変えていくのか」という視点から、石川善樹さんが紹介されていた GDPや人的資本、そしてドラッカーの「見えざる革命」 のお話をご紹介します。
私たちが当たり前に使っている言葉が、社会や政策をどのように動かしてきたのか、一緒に見ていきましょう。
🌿 木が見える街は、人も元気になる?
欧米で広がる「3-30-300ルール」とウェルビーイング
2026.8.3 │

©scott-precious
こんにちは。
「街路樹は景観のためにあるもの」
そんなイメージを持っている方も多いかもしれません。
しかし近年、海外では樹木は健康やウェルビーイングを支える重要なインフラとして考えられるようになっています。
石川善樹さんが紹介されていた日本経済新聞の記事では、WHOヨーロッパも引用している「3-30-300ルール」が紹介されていました。
🌳 3-30-300ルールとは?
欧米の都市で採用が始まっている考え方です。
次の3つを目標にしています。
🌳 3
自宅から少なくとも3本の木が見えること
🌳 30
街全体の樹木の枝葉(樹冠)が地面を覆う割合を30%以上にすること
🌳 300
自宅から300メートル以内に公園や緑地があること
この3つを満たすことで、人々の健康や快適さ、気候変動への適応など、多くの効果が期待されています。
🌿 日本では木陰が減っている
一方で記事によると、日本では街路樹や庭木が減少しています。
東京大学の分析では、東京23区の樹木による木陰は、この約10年で東京ドーム256個分に相当する面積が失われました。
また、国内の街路樹もピーク時より約50万本減少しています。
背景には
・ 相続による住宅地の変化
・ 街路樹の管理費
・ 倒木対策
・ 成長の遅い樹種への植え替え
など、さまざまな事情があります。
🌞 木陰は「暑さ対策」だけではない
樹木には、
・ 夏の気温を下げる
・ 雨水を蓄え、防災に役立つ
・ 生物多様性を守る
・ 街の景観を豊かにする
・ 人のストレスを和らげる
など、多くの役割があります。
記事では、カナダ・カルガリー大学の研究も紹介されており、木陰を増やすことで都市の気温を下げられる可能性も示されています。
つまり木は、自然資本であると同時に、人々のウェルビーイングを支える「グリーンインフラ」としても注目されているのです。
🌱 ウェルビーイングとのつながり
Beyond GDPでは、豊かさは経済だけでは測れないと考えます。
街に木があることは、お金には換算しにくいかもしれません。
しかし、
「暑い日に木陰でひと休みできる」
「季節の変化を感じながら散歩できる」
「子どもたちが公園で安心して遊べる」
こうした日常の積み重ねも、人々のウェルビーイングを支える大切な要素です。
だからこそ、世界では都市の緑を「未来への投資」と考える動きが広がっています。
日本でも、気候変動が進む今だからこそ、「木のある街」の価値を改めて考える時期に来ているのかもしれません。
🌱 ウエルのひとこと
今まで、
木は「あると気持ちいいなぁ」くらいに思っていました🌳
でも今日のお話を読んで、
木は暑さから守ってくれたり、災害に役立ったり、
みんなの健康や未来まで支えてくれていることを知ってびっくりしました。
家の近くに木や公園があることって、
当たり前じゃなくて、とても大切なことなんですね。
自分も散歩をするとき、
「この木が街を守ってくれているんだな」
って思いながら歩いてみたくなりました😊
詳細は、日本経済新聞「緑の日傘消える日本、街路樹50万本減 世界の都市整備と逆行」もぜひご覧ください。
🌱 「ウェルビーイング」は、時間によって形が変わる?
2026.8.2 │

『Sustainable Well-being に関する考察 ―ウェルビーイングの時間的スケールについて―』
これまでニュースレターでは、国連の Beyond GDP 報告書を通して、「GDPだけでは測れない豊かさ」について学んできました。
今回はその続きとして、石川善樹さん、一橋大学の永山晋先生らが執筆された 『Sustainable Well-being に関する考察 ―ウェルビーイングの時間的スケールについて―』 をご紹介します。
ウェルビーイングを「時間」で考える
このレポートでは、一見さまざまに見えるウェルビーイングの考え方を、「時間軸」で整理しています。
つまり、「ウェルビーイング」は一つだけではなく、時間の長さによって大切にしたいものが少しずつ変わっていくという見方です。
「今の幸せ」と「未来の幸せ」をつなぐ考え方
特に興味深いのは、「Sustainable Well-being」という考え方です。
これは、自分が今心地よく過ごすことだけでなく、その行動が未来の人や社会、地球にもつながっている状態を目指す考え方です。レポートでは、
・ 今を大切にする
・ 人とのつながりを育む
・ 人生の意味を見つける
・ 新しいことに挑戦する
・ 将来世代への責任を持つ
という、それぞれの時間軸が調和したとき、人は未来に向かう大きな希望を感じられるのではないかと考察しています。
未来へ向けた問い
レポートでは、こんな問いも提案されています。
「あなたが今日、誰か(あるいは何か)のために注いだエネルギーは、100年後の世界を少しでもよくしていると感じますか?」
毎日の小さな選択や行動が、遠い未来につながっていると考えると、「豊かさ」の意味も少し変わって見えてくるかもしれません。
🌱 ウエルのひとこと
今まで、
「今日も、ほんわか、しあわせを感じた」
ということが、ウェルビーイングだと思っていました。
でも、今日のやさしさや挑戦が、
未来の人たちの笑顔につながるかもしれないと考えたら、
なんだかすごくワクワクしました。
フォローしているウェルビーイング研究者の皆さんの研究を読んでいると、
未来の社会をより良くしようと取り組む姿に、うれしくなって胸が熱くなります。
自分自身も、今日できる小さなことを、一つずつ大切にしていきたいです😊
次回予告
次回は、この「Sustainable Well-being」という考え方が、これからの社会やSDGsの先にある新しい目標「SWGs(Sustainable Well-being Goals)」とどのようにつながっていくのかをご紹介します。人・社会・地球が調和する未来について、一緒に考えていきましょう。
Beyond GDPで考える
私たちは、これから何を目指して豊かさを考えていけばよいのでしょう?
2026.8.1 │

©handrush-supply
こんにちは!
これまでのニュースレターでは、Beyond GDPの報告書をもとに、
・ Current Well-Being(現在のウェルビーイング)
・ Equity & Inclusion(公平性と包摂)
・ Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)
という3つの柱や、それを支えるさまざまな指標、そして世界各国での取り組みについてご紹介してきました。
今回は、このシリーズの締めくくりとして、Beyond GDPが私たちに伝えようとしているメッセージを改めて考えてみたいと思います。
「経済成長」と「豊かな暮らし」は、必ずしも同じではありません。
長い間、GDPは国の発展を示す代表的な指標として使われてきました。
もちろん、経済の成長は私たちの暮らしを支える大切な要素です。
しかし、経済が成長していても、
・ 孤立する人が増えている
・ 健康を損なう人が増えている
・ 将来への不安が大きくなっている
・ 自然環境が失われている
のであれば、本当に「豊かな社会」と言えるのでしょうか。
Beyond GDPは、私たちにその問いを投げかけています。
豊かさは、一つの数字では測れません。
人の幸せや社会の豊かさには、
健康、教育、つながり、安全、自然、信頼、未来への希望など、
さまざまな要素があります。
だからこそBeyond GDPでは、
一つの指標だけを見るのではなく、複数の視点を組み合わせて社会全体を見ていこう
という考え方を提案しています。
未来の世代も含めて考える
Beyond GDPが特徴的なのは、
「今、生きている私たち」だけでなく、
未来の世代が豊かに暮らせる社会かどうか
まで視野に入れていることです。
経済だけではなく、
・ 人への投資
・ 信頼できる社会
・ 自然環境
・ 持続可能な仕組み
こうしたものも、未来へ受け継ぐ大切な「資本」と考えています。
私たち一人ひとりにもできること
Beyond GDPは、政府だけの話ではありません。
地域活動に参加したり、
自然を大切にしたり、
人とのつながりを育てたり、
日々の小さな行動も、「豊かな社会」を支える一歩になります。
「何を大切にして社会をつくっていくのか」
そんなことを考えるきっかけを与えてくれるのが、Beyond GDPなのかもしれません。
🌱 ウエルの感想
「豊かさ」って、お金や物がたくさんあることだと思っていました。
でも、このシリーズを読んで、「元気でいること」や「友だちと笑えること」、「自然が残っていること」も、同じくらい大切なんだと気づきました。
一つの数字だけじゃなくて、いろいろな「大切」を見ながら未来を考えることが、本当の豊かさにつながるんですね。
次回予告
今回で、Beyond GDPの報告書シリーズは一区切りとなります。
次回からは、ここで学んだ「豊かさを測る新しいものさし」を踏まえながら、ウェルビーイング研究や国内外の最新事例も交え、これからの社会や暮らしについて一緒に考えていきたいと思います。
Beyond GDPで考える
GDPだけでは測れない「豊かさ」とは?
2026.7.31 │

©curated-lifestyle
こんにちは!
これまでのニュースレターでは、Beyond GDPの報告書をもとに、
・ Current Well-Being(現在のウェルビーイング)
・ Equity & Inclusion(公平性と包摂)
・ Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)
という3つの柱や、それらを支えるさまざまな指標について見てきました。
さらに、ニュージーランドをはじめ、世界各国で「豊かさ」を新しい視点から政策へ取り入れる動きが広がっていることもご紹介しました。
今回は、その内容を振り返りながら、「GDPだけでは測れない豊かさ」とは何かを改めて考えてみたいと思います。
GDPは「経済活動」を測る指標
GDP(国内総生産)は、国の経済活動の大きさを示す重要な指標です。
経済がどれだけ成長しているかを知るためには、とても役立ちます。
しかし一方で、
・ 心身の健康
・ 人とのつながり
・ 教育の充実
・ 安心して暮らせる社会
・ 自然環境の豊かさ
といった、人々の暮らしに欠かせない要素までは十分に表すことができません。
「人の暮らし」そのものを見る
Beyond GDPでは、
「経済成長そのもの」を目的にするのではなく、
人々が本当により良く暮らせているのか
という視点を重視しています。
例えば、
・ 健康で長く暮らせること
・ 学び続けられること
・ 信頼できる地域社会があること
・ 将来世代へ自然や社会を引き継げること
こうした要素も、「豊かさ」の一部として考えようというのがBeyond GDPの考え方です。
日本でも考えたい「新しいものさし」
日本でも人口減少や高齢化、地域コミュニティの変化、気候変動など、さまざまな課題があります。
そのような時代だからこそ、
「経済が伸びているか」
だけではなく、
一人ひとりが安心して暮らし、未来へ希望を持てる社会になっているか
という視点も、これからますます大切になっていくのではないでしょうか。
Beyond GDPは、そのための新しい「豊かさのものさし」を私たちに示してくれています。
🐢ウエルの感想
「豊かさ」って、お金のことばかりだと思っていました。
でも、お友だちがいたり、元気だったり、自然がきれいだったりすることも、毎日の幸せにつながっているんですね。
これからは、「みんなが気持ちよく暮らせる社会ってどんな社会かな?」ということも考えてみたいと思いました。
次回予告
次回は、Beyond GDPの報告書を締めくくるメッセージを取り上げながら、
これからの社会では、私たちは「何を目指して豊かさを考えていけばよいのか」
という視点から、このシリーズ全体をまとめていきます。
Beyond GDPで考える
世界では「豊かさ」をどのように政策へ活かしているのでしょう?
2026.7.30 │

©curated-lifestyle
前回は、ニュージーランドが「ウェルビーイング・バジェット」を導入し、人々の暮らしや健康、環境などを重視した政策づくりを進めている事例をご紹介しました。
実は、このような取り組みはニュージーランドだけではありません。
世界では、それぞれの国や地域の課題に合わせながら、「GDPだけでは測れない豊かさ」を政策へ取り入れる動きが広がっています。
例えば、
・ スコットランドでは、経済成長だけではなく、人々の幸福や地域社会とのつながりを重視した政策づくりが進められています。
・ ウェールズでは、「将来世代のウェルビーイング法」を制定し、未来の世代にも配慮した行政運営を目指しています。
・ フィンランドでは、教育や信頼、生活の質などを含めて、人々が安心して暮らせる社会づくりが進められています。
国ごとに制度や方法は異なりますが、共通しているのは、
「経済だけではなく、人々の暮らし全体を見ながら政策を考える」
という考え方です。
Beyond GDPは、このような世界各地の取り組みを参考にしながら、「豊かさ」をより多面的に捉えることの大切さを提案しています。
🌱 ウエルの感想
国によって文化や暮らしは違うけれど、「みんなが元気に暮らせる社会にしたい」という思いは同じなんだなと思いました。
勉強でも、友だちとのことでも、「どうしたらもっと良くなるかな」と考えることは、とても大切なんですね。
次回予告
次回は、こうした世界の取り組みから見えてくる「GDPだけでは測れない豊かさ」とは何かを改めて振り返りながら、私たちの暮らしや地域、日本の社会にどのように活かせるのかを一緒に考えていきます。
Beyond GDPで考える
ニュージーランドは「ウェルビーイング」を政策の中心に据えました
2026.7.29 │

©curated-lifestyle
これまでご紹介してきたBeyond GDPは、「豊かさを測る新しいものさし」を提案する報告書です。
では、この考え方は実際にどのような政策へ活かされているのでしょうか。
その代表的な事例の一つが、ニュージーランドです。
ニュージーランド政府は2019年、「ウェルビーイング・バジェット(Wellbeing Budget)」という考え方を取り入れました。
これは、予算を決める際にGDPや経済成長だけを見るのではなく、
・ 国民の心と体の健康
・ 子どもの貧困対策
・ 地域社会とのつながり
・ 環境の持続可能性
など、人々の暮らし全体への影響を重視して政策を考えるという取り組みです。
もちろん経済成長も大切ですが、それだけでは「本当に暮らしが良くなったのか」は分かりません。
そこで、ウェルビーイングという視点を取り入れながら、限られた予算をどこへ配分するかを考えるようになりました。
Beyond GDPが目指しているのも、まさにこのような考え方です。
経済だけでなく、人・社会・未来をあわせて考えることで、より豊かな社会を目指そうという取り組みが世界各地で広がり始めています。
🌱🐢 ウエルの感想
学校でも、お小遣いでも、「何にお金を使うか」は大切です。
国も同じで、お金をたくさん使うことより、「みんなが元気に暮らせること」に使うことが大事なんだなと思いました。
次回予告
次回は、ニュージーランド以外にも、Beyond GDPの考え方を取り入れている国や地域の事例をご紹介します。
世界では「豊かさ」をどのように考え、政策へ活かしているのかを、一緒に見ていきましょう。
Beyond GDPで考える
「豊かさを測る新しいものさし」は、政策でどのように活用されているのでしょう?
2026.7.28 │

©getty-images
これまでのニュースレターでは、Beyond GDPが提案する「現在のウェルビーイング」「公平性と包摂」「持続可能性とレジリエンス」という3つの柱と、それを支えるさまざまな指標をご紹介してきました。
では、こうした指標は実際にどのような場面で役立てられているのでしょうか。
Beyond GDPの報告書では、これらの指標は国や自治体がより良い政策を考えるための材料として活用されることが期待されています。
例えば、GDPだけを見ると経済が成長しているように見えても、
・ 健康状態は改善しているのか
・ 教育の機会は公平なのか
・ 地域によって暮らしやすさに差はないのか
・ 将来世代にも豊かな社会を引き継げるのか
といったことまでは分かりません。
そこで、複数の指標を組み合わせることで、社会全体の姿をより立体的に捉えられるようになります。
Beyond GDPは、「経済成長」と「人々の暮らし」の両方を見ながら、より良い社会を目指すための新しい視点を提供しているのです。
🌱 ウエルの感想
テストでは100点だけを見ることが多いけれど、人には「やさしさ」や「健康」や「友だち」といった、数字だけでは分からない大切なこともあります。
国も同じで、お金だけではなく、みんなが元気に安心して暮らせているかを見ることが大事なんだなと思いました。
次回予告
次回は、Beyond GDPの報告書で紹介されている具体的な国の事例を取り上げながら、「豊かさを測る新しいものさし」が実際にどのような政策へ活かされているのかをご紹介します。
Beyond GDPで考える
「豊かさを測る新しいものさし」は、実際の社会でどう役立てられているのでしょう?
2026.7.27 │

©curated-lifestyle
これまでのニュースレターでは、Beyond GDPが提案する3つの柱と、それぞれを構成する指標をご紹介してきました。
では、こうした指標は実際にどのような場面で活用されているのでしょうか。
Beyond GDPの報告書では、この新しい指標は単に国の順位を決めるためではなく、より良い政策づくりを支える道具として紹介されています。
例えば、
・ どの地域に支援が必要なのか
・ 人々の生活で何が改善され、何が課題なのか
・ 将来世代への影響を考えた政策になっているか
こうしたことを、多面的なデータから判断できるようになります。
GDPだけでは「経済は成長している」ということは分かっても、その成長が誰に届いているのか、暮らしが本当に良くなっているのかまでは見えてきません。
Beyond GDPは、人々の暮らし全体を見渡すための地図のような役割を果たそうとしているのです。
次回からは、報告書で紹介されている具体的な事例を見ながら、この考え方が世界でどのように活用されているのかをご紹介していきます。
🌱 ウエルのひとこと
数字は、ときどき「答え」のように見えてしまいます。
でもBeyond GDPを読んでいると、数字は答えではなく、「社会をもっとよくするためのヒント」なのだと感じます。
一つの数字だけを見るのではなく、いろいろな角度から暮らしを見つめることで、私たちが目指したい未来も、少しずつ見えてくるのかもしれません。
次回予告
次回は、Beyond GDPの報告書で紹介されている具体的な事例を取り上げながら、「豊かさを測る新しいものさし」が実際の政策や社会でどのように活用されているのかをご紹介します。
Beyond GDPで考える
「豊かさを測る新しいものさし」は、社会でどう活用されているのでしょう?
2026.7.26 │

©alan-aprilio
これまで、Beyond GDPが提案する
・ Current Well-Being(現在のウェルビーイング)
・ Equity & Inclusion(公平性と包摂)
・ Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)
という3つの柱と、それぞれを構成する指標について見てきました。
報告書では、「経済成長だけでは測れない豊かさ」を可視化するために、多様な視点から社会を捉えることが提案されています。
しかし、この報告書は「新しい考え方」を示すだけではありません。
実際に各国や自治体が政策づくりに活用できる”実践の道具”としてまとめられていることも、大きな特徴です。
例えば、
・ 国民の幸福度を政策評価に取り入れる国
・ 地域ごとの暮らしやすさを指標で把握する自治体
・ 将来世代への影響まで考慮した政策評価
など、世界ではさまざまな取り組みが始まっています。
Beyond GDPは、こうした実践例を紹介しながら、
「何を目標に社会を発展させていくのか」
を考えるための共通のものさしを提案しています。
🌱 ウエルのひとこと
これまで指標を見てきて思ったのは、
「豊かさを測ること」は、順位を競うためではなく、より良い社会を一緒につくるための出発点なのだということです。
数字を見ることが目的ではなく、その数字から「どんな社会を目指したいのか」を考えることが、Beyond GDPの一番大切なメッセージなのかもしれません。
次回予告
次回は、Beyond GDPで紹介されている具体的な事例の一つを取り上げながら、
「豊かさを測る新しいものさし」が実際の政策や社会でどのように活用されているのかを見ていきます。
Beyond GDPで考える「豊かさ」
3つの柱から見えてきた、新しい社会のものさし
2026.7.25 │

©galina-nelyubova
これまでのニュースレターでは、OECDが提案する「Beyond GDP」の考え方をもとに、豊かさを測るためのさまざまな指標を見てきました。
GDP(国内総生産)は、経済活動の大きさを示す大切な指標ですが、それだけでは人々の暮らしや未来の豊かさを十分に表すことはできません。
そこでBeyond GDPでは、豊かさを次の3つの柱から考えることを提案しています。
① Current Well-Being(現在のウェルビーイング)
まず大切なのは、「今、人々がどのような生活を送っているか」です。
健康、教育、仕事、住まい、環境、安全など、人々の日々の暮らしを多面的に捉えます。
② Equity & Inclusion(公平性と包摂)
平均だけを見るのではなく、
「誰が豊かで、誰が取り残されているのか」
という視点も重要です。
所得や資産の格差、地域差、仕事の機会、貧困などを通して、社会全体の公平性や包摂性を見ていきました。
③ Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)
今だけ豊かでも、未来にその豊かさが続かなければ意味がありません。
人がつくった資本だけでなく、
・ 生産資本
・ 人的資本
・ 社会関係資本
・ 制度資本
・ 自然資本
という5つの資本を守り育てることが、将来のウェルビーイングにつながると考えられています。
Beyond GDPが伝えようとしていること
ここまで紹介してきた指標は、それぞれ別々のものではありません。
「今の暮らし」「公平さ」「未来への備え」
この3つを一緒に見ることで、本当の意味での豊かさが見えてくるというのが、Beyond GDPの考え方です。
経済成長だけでは測れない、人や社会、そして自然とのつながりまで含めて、未来の豊かさを考えることが大切だと報告書は伝えています。
🐰 ウエルの感想
豊かさって、「お金があること」だと思っていました。
でも、健康だったり、友だちがいたり、自然が元気だったり、未来にも安心して暮らせたりすることも、みんな大切なんですね。
これからは、「何が本当の豊かさなんだろう?」って考えながらニュースを見てみたいと思います。
次回予告
次回からは、Beyond GDPの報告書で紹介されている具体的な事例や、各国でどのように活用されているのかを見ながら、「豊かさを測る新しいものさし」が実際の社会でどのように役立てられているのかを考えていきます。
Beyond GDPで考える「自然資本(Natural capital)」
森や水、土壌──未来のウェルビーイングを支える”自然という資本”
2026.7.24 │

©ales-krivec
これまで5回にわたり、Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)を支える「5つの資本」を見てきました。
最後に紹介するのは、
Natural capital(自然資本)
です。
Beyond GDPでは、私たちが暮らす社会を支えるのは、人が作ったものだけではないと考えています。
森林、川や湖、海、土壌、生物多様性など、自然そのものが、未来の世代へ受け継ぐ大切な「資本」であるという考え方です。
自然は”使うもの”ではなく”支えてくれるもの”
自然は、
・きれいな水を育み
・食べ物を生み
・空気を浄化し
・災害を和らげ
・生きものたちの住処になります。
つまり、人間社会が成り立つための土台でもあります。
Beyond GDPでは、この自然を単なる「資源」として消費するのではなく、
将来にわたって維持し、回復させながら受け継ぐこと
が重要だとしています。
Beyond GDPではどう測る?
報告書では、Natural capitalを次のような指標で捉えています。-1024x298.jpg)
Natural capital
Environmental assets (land, water, soil and subsoil resources, etc.) building on the System of Environmental Economic Accounting (SEEA) and complemented by ecosystem accounting approaches that capture ecosystems as integrated assets
つまり、
土地・水・土壌・地下資源などの自然環境全体を「社会の資産」として捉え、その状態を継続的に把握していくこと
が提案されています。
GDPでは見えにくい豊かさ
GDPは経済活動を測る優れた指標ですが、
森が失われても、
地下資源を大量に使っても、
GDPは増えることがあります。
しかしBeyond GDPは、
自然が減ってしまえば、未来の豊かさも失われてしまう
という視点を加えています。
今だけではなく、未来の人たちも安心して暮らせる社会を築くためには、自然を守ることも「豊かさ」の一部なのです。
🌱 ウエルの感想
「自然も資本なんだ!」って知ってびっくりしました。
森や川は、お金みたいに使うものじゃなくて、
みんなが生きていくための大切な宝物なんですね。
木を植えたり、水を大切にしたり、小さなことでも未来につながるんだと思ったよ。
次回予告
これで、Beyond GDPが提案する
・ Current Well-Being(現在のウェルビーイング)
・ Equity & Inclusion(公平性と包摂)
・ Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)
の3つの柱と、それぞれを構成する主要な指標を一通り見てきました。
次回からは、この報告書全体を振り返りながら、「Beyond GDP」が私たちに伝えようとしているメッセージを、あらためて整理していきます。
Beyond GDPで考える「持続可能性とレジリエンス」
社会を支える「信頼」の土台——Institutional capital(制度資本)
2026.7.23 │

©getty-images
前回は、人と人との信頼や協力関係を表す Social capital(社会関係資本)をご紹介しました。
今回は、5つの資本の四つ目、
Institutional capital(制度資本)
を見ていきます。
制度資本とは
私たちは普段、役所や学校、警察、消防、裁判所など、さまざまな公共の制度に支えられて暮らしています。
制度資本とは、こうした制度そのものだけではなく、
「その制度を人々が信頼できるかどうか」
も含めた考え方です。
制度が整っていても、人々が安心して利用できなければ、その力は十分に発揮されません。
反対に、公平で信頼できる制度は、社会全体の安心や協力を支え、将来のウェルビーイングにつながっていきます。
報告書が提案する指標
Beyond GDP報告書では、Institutional capitalを測る指標として、
Proportion of population reporting they have confidence in the civil services
つまり、
「行政・公的機関を信頼していると答えた人の割合」
を提案しています。-1024x237.jpg)
図:国連「Beyond GDP」報告書が提案するInstitutional capital(制度資本)の指標。行政や公共機関への信頼は、持続可能な社会を支える重要な資本として位置づけられています。
信頼できる制度は、安心につながる
災害が起きたとき。
病気になったとき。
困ったことがあったとき。
私たちは、公的な制度や行政サービスを利用する場面があります。
そのとき、
「きちんと対応してもらえる」
「公平に扱ってもらえる」
と思えることは、大きな安心につながります。
Beyond GDPでは、制度への信頼も、未来の社会を支える資本の一つとして考えています。
制度も、人との信頼の上に成り立つ
前回ご紹介した Social capital(社会関係資本) は、人と人との信頼でした。
今回の Institutional capital(制度資本) は、人と制度との信頼です。
制度は法律や建物だけではなく、それを運営する人々や、その運営を信頼できることによって、本来の役割を果たします。
社会が安心して未来へ進んでいくためには、人同士の信頼だけでなく、公共の仕組みへの信頼も大切なのですね。
🐰ウエルの感想
困ったときに、
「ここなら安心して相談できる」
って思える場所があると、
ちょっと心が軽くなりますよね。
みんなが安心して暮らせる社会って、
人だけじゃなくて、
制度も信頼できることが
大事なんだなあ。
次回予告
次回は、5つの資本の最後のテーマ、
Natural capital(自然資本)
をご紹介します。
森や水、土壌、生態系など、自然そのものが未来のウェルビーイングを支える大切な資本であるという考え方を、Beyond GDPの視点から見ていきます。
Beyond GDPで考える「持続可能性とレジリエンス」
人と人との信頼が未来を支える——Social capital(社会関係資本)
2026.7.22 │

©getty-images
前回は、人々の健康や知識、学びの機会など、未来の社会を支える Human capital(人的資本)をご紹介しました。
今回は、5つの資本の三つ目、
Social capital(社会関係資本)
を見ていきます。
社会関係資本とは
私たちは毎日、多くの人との関わりの中で暮らしています。
家族や友人、近所の人、学校や職場、地域の人々。
こうした人と人とのつながりや信頼、協力関係は、お金や建物のように目には見えません。
しかし、困ったときに助け合えることや、安心して暮らせる社会を支える大切な「資本」と考えられています。
Beyond GDP報告書では、このような社会の信頼関係も、未来のウェルビーイングを支える重要な資本として位置づけています。
報告書が提案する指標
報告書では、Social capital(社会関係資本)を測る指標として、
Share of people who say most people can be trusted
つまり、
「ほとんどの人は信頼できる」と答えた人の割合
を提案しています。-1024x237.jpg)
図:国連「Beyond GDP」報告書が提案するSocial capital(社会関係資本)の指標。社会の中で、人々がお互いをどれだけ信頼できると感じているかを測ることが提案されています。
信頼は社会を支える力になる
信頼は数字では表しにくいものです。
しかし、
・ 困ったときに助けを求められる
・ 地域で協力できる
・ 災害時に支え合える
・ 安心して子どもを育てられる
こうしたことの土台には、人と人との信頼があります。
反対に、人を信頼できない社会では、不安や孤立が生まれやすくなります。
だからこそ、Beyond GDPでは、経済だけでは見えない「社会のつながり」も未来を支える資本として捉えているのです。
信頼も未来へ受け継ぐ資本
道路や建物は、手入れをしなければ傷んでいきます。
人との信頼も同じように、一度築けば終わりではなく、日々の対話や助け合いによって育まれていくものです。
社会関係資本とは、人と人との関係そのものではなく、
信頼し合い、協力できる社会の力
とも言えるでしょう。
それは、未来の世代にも受け継いでいきたい、大切な財産なのかもしれません。
🐰ウエルの感想
知らない人でも、
「きっと助けてくれる人がいる」
って思えるだけで、
なんだか安心できるよね。
信頼って、
目には見えないけど、
みんなで少しずつ育てていく
未来への宝物なのかもしれないなあ。
次回予告
次回は、5つの資本の四つ目、
Institutional capital(制度資本)
をご紹介します。
行政や公共機関への信頼が、社会の安心や持続可能性とどのようにつながるのか、Beyond GDPの視点から見ていきます。
Beyond GDPで考える「持続可能性とレジリエンス」
未来をつくる、人の力——Human capital(人的資本)
2026.7.21 │

©curated-lifestyle
前回のニュースレターでは、道路や建物、設備など、人がつくり受け継いできた社会の土台である Produced capital(生産資本)をご紹介しました。
今回は、5つの資本の二つ目、
Human capital(人的資本)を見ていきます。
人的資本とは
「人的資本」という言葉は、少し硬く聞こえるかもしれません。
ここでいう人的資本とは、人を経済活動のための「資源」として捉えるだけのものではありません。
人々が持つ、
・ 健康
・ 知識
・ 技能
・ 経験
・ 学び、働き、社会に参加する力
など、一人ひとりの人生と、社会の未来を支える力を表す考え方です。
人々が健康に暮らし、学ぶ機会を得て、自分の力を発揮できることは、現在のウェルビーイングだけでなく、社会が将来も豊かさを保つための土台になります。
Beyond GDP報告書は、持続可能性とレジリエンスを考えるため、生産資本、人的資本、社会関係資本、制度資本、自然資本の5つをあわせて捉えています。
報告書が提案する二つの指標
報告書では、Human capital(人的資本)を捉える指標として、次の二つを提案しています。
│ Share of youth not in education, employment or training(NEET)
│教育、雇用、職業訓練のいずれにも参加していない若者の割合
│Potential years of life lost(PYLL), all causes
│あらゆる死因によって失われた可能性のある生存年数-1024x318.jpg)
図:国連「Beyond GDP」報告書が提案する人的資本の指標。若者の教育・雇用・職業訓練への参加状況と、早すぎる死によって失われた生存年数から、未来を支える人々の力を捉えます。
若者が、学びや仕事につながっているか
一つ目の指標は、教育、雇用、職業訓練のいずれにも参加していない若者の割合です。
これは、「参加していない若者本人に問題がある」と見るための指標ではありません。
若者が学びや仕事へ進もうとしたときに、
・ 学ぶ機会があるか
・ 働く場所へつながれるか
・ 必要な技能を身につけられるか
・ 病気や家庭事情などを抱えていても支援を受けられるか
といった、社会の側に十分な入口や支えがあるかを見るものだと考えられます。
若い時期に教育や仕事とのつながりを失う状態が長く続けば、本人の将来の選択肢だけでなく、社会が未来へ受け継ぐ知識や技能にも影響します。
大切なのは、若者を分類することではなく、再び学び、働き、社会とつながれる道が開かれているかを見ることなのだと思います。
生きられたはずの年月を見る
もう一つは、Potential years of life lost(潜在的な損失生存年数)です。
これは、病気や事故などによって早く亡くなったことで、「本来なら生きられた可能性のある年月」がどれほど失われたかを捉える指標です。
単に死亡した人の数を見るだけではなく、若い年齢での死ほど、失われた年月が大きく反映されます。
人が健康に生きられる時間は、その人自身にとってかけがえのないものです。
同時に、家族や地域、社会にとっても、経験を重ね、学び、誰かと関わり、次の世代へ何かを手渡していく時間でもあります。
その時間が失われていないかを見ることも、未来のウェルビーイングを考えるうえで重要なのですね。
人の可能性を守ることも、未来への備え
建物や道路なら、傷みが目に見えることがあります。
けれども、人々が学ぶ機会を失っていることや、健康に生きられたはずの年月が失われていることは、数字にしなければ社会の中で見えにくい場合があります。
人的資本を見ることは、
社会のために人を役立てることではなく、
一人ひとりが持っている可能性を、社会が失っていないかを見ること
なのかもしれません。
健康に生きられること。
学ぶことができること。
働きたいときに、つながる場所があること。
それらを守ることは、今を生きる人のウェルビーイングであると同時に、未来の社会への備えでもあります。
🐰ウエルの感想
人が持っている力って、
勉強ができることだけじゃないですよね。
元気に生きたり、
新しいことを覚えたり、
だれかと一緒に働いたりすることも、
未来につながっているんだと思う。
学びたい人や働きたい人が、
もう一度始められる道がある社会だったら、
いいなあ。
次回予告
次回は、5つの資本の三つ目、
Social capital(社会関係資本)をご紹介します。
人と人との信頼や協力関係が、困難なときに社会を支え、未来のウェルビーイングを守る力になることを見ていきます。
Beyond GDPで考える「持続可能性とレジリエンス」
未来へ受け継ぐ、社会の土台——Produced capital(生産資本)
2026.7.20 │

©getty-images
昨日のニュースレターでは、Beyond GDPの柱の一つである
Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)をご紹介しました。
この柱では、「今、どれだけ豊かであるか」だけではなく、
その豊かさを、これから先も支え続けることができるか
という視点から、社会が持つ5つの資本を見ていきます。
今日は、その最初のテーマである
Produced capital(生産資本)をご紹介します。
生産資本とは
生産資本とは、人がつくり、社会の中に蓄積してきたものです。
たとえば、
道路や橋、鉄道、港、
学校や病院、住宅、
工場や機械、通信設備など。
私たちが毎日、安全に移動したり、学んだり、治療を受けたり、ものを生産したりするためには、こうした社会の土台が必要です。
一度つくれば終わりではありません。
道路や建物は、年月とともに傷みます。設備も、修理や更新をしなければ使えなくなります。
だから、生産資本を見ることは、
社会が今どれだけ多くのものをつくっているか
だけでなく、
未来にも使える社会の土台を、どれだけ維持し、受け継いでいるか
を見ることでもあります。
報告書が提案する指標
Beyond GDP報告書では、Produced capital(生産資本)の指標として、
Net produced capital stock
純生産資本ストック
を提案しています。-1024x245.jpg)
図:国連「Beyond GDP」報告書が提案する生産資本の指標。「純生産資本ストック」によって、人がつくり蓄積してきた資本の残存価値を捉えます。
「純生産資本ストック」は、道路や建物、設備など、人がつくった資産について、時間の経過による消耗や価値の低下も考慮しながら、その時点でどれほど残っているかを見る考え方です。
新しいものをたくさんつくっていても、古い設備が傷んだままであれば、社会の土台が十分に保たれているとは限りません。
そのため、「今年どれだけ生産したか」を示すGDPだけでなく、社会がこれまで築いてきたものを、どれだけ健全な状態で残しているかを見る必要があります。
「つくること」と「残すこと」
経済活動が活発になり、道路や建物、設備が増えることは、社会の発展を支えます。
けれども、報告書では、生産資本だけを増やせばよいとは考えていません。
たとえば、建物や工場を増やす一方で、森林や水、土壌などの自然資本を大きく失ってしまえば、社会全体の豊かさが本当に増えたとは言い切れません。
Beyond GDPでは、生産資本、人的資本、社会関係資本、制度資本、自然資本をあわせて見ることで、一つの資本を増やすために、別の大切な土台を失っていないかを捉えようとしています。
未来の人も使えるだろうか
道路や学校、病院などは、今を生きる人だけのものではありません。
今日整備されたものを、明日の子どもたちも使います。
だから、社会の豊かさを考えるときには、
どれだけ新しいものをつくったか。
だけでなく、
それを長く使えるように手入れしているか。
必要な人のところまで届いているか。
次の世代にも受け継げる状態になっているか。
という問いも大切になります。
Produced capital(生産資本)は、今の暮らしを支えながら、未来へ手渡していく社会の土台なのだと思います。
🐰ウエルの感想
道路や学校って、
いつもそこにあるから、
あたりまえみたいに思っていました。
でも、だれかがつくって、
こわれないように直しながら、
ずっと受け継いできたものなんですね。
自分たちが使ったあとも、
未来の子どもたちが安心して使えたら、
それも豊かさのひとつなんだろうなあ。
次回予告
次回は、5つの資本の二つ目、
Human capital(人的資本)をご紹介します。
人々の健康や知識、技能、そして将来にわたって力を発揮できる可能性が、社会の持続可能性とどのようにつながるのかを見ていきます。
Beyond GDPで考える
第3の柱「Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)」
2026.7.19 │

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GDPは、「今」の経済活動を知るための重要な指標です。
一方、Beyond GDPでは、「今が豊かか」だけでは十分ではないと考えます。
例えば、
・ 子どもたちが十分な教育を受けられているか
・ 自然環境を未来へ残せるか
・ 人と人との信頼関係が保たれているか
・ 社会の制度が将来も機能し続けるか
こうした未来の世代へ受け継ぐことのできる「資本」も、社会の豊かさを考える上で欠かせません。
その視点が、
Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)
です。
Beyond GDPでは、この柱を5つの「資本(Capital)」から整理しています。
・ Produced capital(生産資本)
・ Human capital(人的資本)
・ Social capital(社会関係資本)
・ Institutional capital(制度資本)
・ Natural capital(自然資本)
これらは、「未来の人々も安心して暮らせる社会を支える土台」と考えることができます。
🐰ウエルの感想
今日は使っているお金のことじゃなくて、
未来に残していくもののお話なんですね。
木や川もそうだけど、
人との信頼や、
学ぶ力も、
未来への宝物なんだなあ。
「今だけ」じゃなくて、
「これから先」のことも考えるのが、
ウェルビーイングなんですね。
次回予告
次回は、5つの資本の最初のテーマ、
Produced capital(生産資本)をご紹介します。
道路や建物、機械など、人がつくり受け継いできた「社会の土台」が、未来のウェルビーイングとどのようにつながるのかを見ていきます。
第6回:Beyond GDPで考える「公平性と包摂」
一つの困難だけでは見えない「重複する剥奪」
2026.7.18 │

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「公平性と包摂(Equity & Inclusion)」シリーズも、今回で最後となります。
最後のテーマは、
Overlapping deprivations(重複する剥奪)
です。
Beyond GDPでは、このテーマを測る指標として、
Multidimensional Poverty Index(多次元貧困指数)
を提案しています。
「貧困」という言葉からは、お金が足りない状態を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし現実には、
・ 所得が低い
・ 教育を十分に受けられない
・ 医療を受けにくい
・ 安全な住環境がない
・ 水や衛生環境が整っていない
など、さまざまな困難が重なっていることがあります。
Beyond GDPでは、このように複数の困難が同時に存在する状態を把握することが重要だと考えています。
そのため、お金だけでは測れない生活全体の状況を捉える指標として、「多次元貧困指数(MPI)」が紹介されています。
ウエルの感想 🐰
困っていることって、
ひとつだけじゃないこともあるんだなあって思いました。
お金のことだけじゃなくて、
学校のこと、
体のこと、
住んでいる場所のこと…。
いろんなことが重なって大変な人もいるんですね。
だから、
「何に困っているのかな?」
って、ひとつずつ見ていくことが大切なんだなあ。
編集後記
今回で「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」の6つのテーマをご紹介しました。
Beyond GDPは、「平均」だけでは見えない一人ひとりの暮らしにも目を向け、誰一人取り残さない社会を目指すための視点を示しています。
次回予告
次回からは、Beyond GDPのもう一つの柱である
Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)
を見ていきます。
「今の豊かさ」だけでなく、「未来の世代も豊かに暮らせる社会」を考える視点をご紹介します。
第5回:Beyond GDPで考える「公平性と包摂」
2026.7.17 │

©getty-images
地域間格差(Regional inequalities)
「Beyond GDP」の枠組みでは、公平性と包摂(Equity & Inclusion) を構成するテーマの一つとして、地域間格差(Regional inequalities) が位置付けられています。
住む場所によって、暮らしやすさに差が生まれることがあります。
例えば、
・ 学校へ通いやすいか
・ 病院へ行きやすいか
・ 働く場所があるか
・ 必要なサービスを受けられるか
といった環境は、地域によって異なります。
Beyond GDPでは、そのような地域ごとの違いを把握するための指標として、
「農村部に住む人のうち、一年を通して通行できる道路から2km以内に住んでいる人の割合」
を提案しています。
道路は単なるインフラではありません。
人と人をつなぎ、教育や医療、仕事、地域社会への参加を支える「暮らしへの入口」とも言えます。
どこに住んでいても必要なサービスへアクセスできる社会を目指すことは、公平性と包摂を考える上で重要な視点です。
📊 Figure
Equity & Inclusionにおける「Regional inequalities」の指標。Beyond GDPでは、地域間格差を把握するため、農村部に住む人のうち、一年を通して通行可能な道路から2km以内に居住する人の割合を指標として提案しています。
🐰 ウエルの感想
どこに住んでいても、
学校へ行けたり、
病院へ行けたり、
困ったときに助けてもらえたりすることって、
あたりまえじゃないんだなって思う。
住む場所が違っても、
「安心して暮らせるね」って言える社会になるといいな。
次回予告
次回は、「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」を構成する最後のテーマ、Overlapping deprivations(重複する剥奪) を見ていきます。
貧困や格差は、一つだけではなく、教育・健康・住まい・仕事など、複数の困難が重なって現れることがあります。Beyond GDPでは、そうした「重なり」にも目を向けることを提案しています。
第4回:Beyond GDPで考える「公平性と包摂」
2026.7.16 │

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仕事における包摂(Work inclusion)
「Beyond GDP」の枠組みでは、公平性と包摂(Equity & Inclusion) を構成するテーマの一つとして、仕事における包摂(Work inclusion) が位置付けられています。
仕事は、収入を得る手段であるだけでなく、社会とのつながりや自己実現、生きがいにも深く関わっています。
しかし、同じように働いていても、性別や立場によって待遇や機会に差があれば、本来発揮できる力が十分に生かされないことがあります。
そのため報告書では、仕事における包摂を測る指標として、
「女性の平均時給が男性の平均時給に対してどの程度の割合か」
を採用しています。
これは単に賃金格差を示すためではなく、
・ 誰もが能力を発揮できる環境か
・ 働く機会が公平に与えられているか
・ 社会全体が多様な人材を活かせているか
を考えるための指標です。
一人ひとりが安心して働き、自分らしく力を発揮できる社会は、経済だけでなく、人々のウェルビーイングそのものを高めることにつながります。
📊 Figure
Equity & Inclusionにおける「Work inclusion」の指標。Beyond GDPでは、仕事における包摂を「女性の平均時給が男性の平均時給に対してどの程度の割合か」で測定することを提案しています。
🐰 ウエルの感想
男の人も女の人も、
がんばった分だけ
ちゃんと認めてもらえる社会がいいなって思う。
「この人だからできない」じゃなくて、
「この人ならできる!」って
見てもらえるほうが、
みんなうれしく働ける気がします。
次回予告
次回は、「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」を構成するテーマの一つ、Regional inequalities(地域間格差) を見ていきます。
地域によって暮らしやサービスへのアクセスに差があることは、人々のウェルビーイングにも影響します。Beyond GDPでは、こうした地域ごとの違いも重要な視点として取り上げています。
第3回:Beyond GDPで考える「公平性と包摂」
2026.7.15 │

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Poverty(貧困)
国連の「Beyond GDP(GDPを超えて)」報告書では、社会の進歩を測るための重要な柱の一つとして、Equity & Inclusion(公平性と包摂)を位置づけています。
公平性と包摂の指標は、所得や資産などの経済的な格差だけでなく、性別や年齢、地域などによる格差も捉える横断的なものです。
さらに報告書は、社会の中で最低限のウェルビーイングに届いていない人がどれくらいいるのか、複数の困難が一人の人に重なっていないかを見ることも重視しています。
これまでのニュースレターでは、
・ Wealth inequality(富の不平等)
・ Income inequality(所得の不平等)
について見てきました。
今日は、その次のテーマである Poverty(貧困)をご紹介します。
経済が成長しても、貧困はなくなるとは限らない
GDPが増え、国全体の所得が伸びていても、その豊かさがすべての人に届いているとは限りません。
平均所得が上がっていても、日々の生活に必要なものを十分に得られない人や、病気や失業などの出来事によって生活が大きく揺らいでしまう人がいるかもしれません。
だからこそ、社会の進歩を考えるときには、
社会全体がどれだけ豊かになったか
だけでなく、
最低限の生活水準に届いていない人が、どれくらいいるのか
を見る必要があります。
報告書が提案する「貧困」の指標
「Beyond GDP」報告書では、Poverty(貧困)を捉える指標として、次のものを提案しています。
│ Poverty headcount ratio at societal poverty line
│ (fixed at a baseline)
│ 基準時点に固定した「社会的貧困ライン」に基づく貧困率
図:国連「Beyond GDP」報告書が提案する「貧困」の指標。社会的貧困ラインを下回る人の割合を測ります。
この指標は、定められた貧困ラインを下回って暮らしている人が、人口のうちどれくらいいるのかを示すものです。
報告書は、国際的に比較できるように「社会的貧困ライン」を用いることを提案しています。一方で、それぞれの国の事情を反映した国内の貧困ラインを採用することも認めています。
「足りない」のは、お金だけではない
貧困は、単に持っているお金が少ないという問題だけではありません。
生活に必要なものを得られない状態が続けば、
・ 十分な食事をとること
・ 必要な医療を受けること
・ 安全な住まいで暮らすこと
・ 学びや仕事の機会を得ること
・ 人とのつながりや社会参加を保つこと
も難しくなることがあります。
そして、今日を暮らすことだけで精いっぱいになれば、将来について考えたり、新しいことに挑戦したりするための余裕も失われていきます。
貧困を見ることは、所得の少なさだけでなく、人が自分らしく生きるための選択肢や機会が失われていないかを見ることでもあるのかもしれません。
平均の向こう側にいる人を見る
社会全体の平均値が良くなっていても、その中で最低限のウェルビーイングに届いていない人がいるなら、「社会全体が良くなった」とは、まだ言い切れないかもしれません。
どれだけ豊かになったか。
その豊かさは誰に届いたのか。
そして、今も生活に必要なものが足りず、取り残されている人はいないか。
Poverty(貧困)という指標は、平均値の向こう側にある、一人ひとりの暮らしへ目を向けるためのものなのだと思います。
🐰ウエルの感想
ごはんを食べたり、
病院へ行ったり、
安心して眠ったりすることは、
だれにとっても
必要なことだと思います。
「みんなの平均はよくなりました」だけじゃなくて、
まだ困っている人はいないかなって見ることも、
大切なんだろうなあ。
次回予告
次回は、「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」を構成する次のテーマ、Work inclusion(仕事における包摂)を見ていきます。
報告書では、女性の平均時給が男性の何割に当たるかを指標として、働く人の間にある待遇の差を捉えようとしています。
第2回:所得の不平等を測る――「平均」だけでは見えない、社会の豊かさの分かれ方
2026.7.14 │

©pablo-merchan-montes
昨日のニュースレターでは、国連の「Beyond GDP」報告書が提案する「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」のテーマの一つ、Wealth inequality(富の不平等)をご紹介しました。
今日は、よく似ているようで異なる、Income inequality(所得の不平等)を見ていきます。
「富」と「所得」はどう違う?
「富」と「所得」は、どちらも経済的な豊かさに関係しますが、同じものではありません。
所得(Income)とは、給与や事業収入など、一定の期間に得るお金のこと。
一方、富(Wealth)とは、住宅や土地、預貯金、株式など、これまでに蓄積されてきた資産を指します。
たとえば、同じ年収の人でも、十分な貯蓄や資産がある人と、ほとんど蓄えがない人とでは、経済的な安心感や、未来の選択肢が異なることがあります。
だからこそ、Beyond GDPでは、「富の不平等」と「所得の不平等」を別々のテーマとして捉えています。
所得の不平等を「ジニ係数」で測る
国連の報告書では、所得の不平等を測る指標として、Gini index(ジニ係数)が提案されています。
図:国連「Beyond GDP」報告書が提案する「所得の不平等」の指標。所得分配の不平等の程度を示す「ジニ係数」が用いられています。
ジニ係数は、所得などが社会の中でどの程度均等に分配されているかを示す代表的な指標です。
一般に、0に近いほど平等で、1に近いほど不平等が大きいことを表します。
たとえば、社会全体の平均所得が上がったとしても、その増加分の多くが一部の人に集中していれば、すべての人の暮らしが同じように豊かになったとは限りません。
「平均して、どれくらい豊かなのか」だけでなく、
その豊かさは、社会の中でどのように分かれているのか。
そこを見るための指標が、ジニ係数です。
なぜ所得の分配がウェルビーイングに関係するのか
所得は、単に「たくさんのお金を持っているか」という問題だけではありません。
住む場所を選ぶこと。
十分な食事をとること。
必要な医療を受けること。
学ぶこと。
休むこと。
そして、ときには新しいことに挑戦すること。
所得は、私たちが日々の生活の中で持つことのできる選択肢にも関わっています。
もちろん、所得が高ければ必ず幸せになれるわけではありません。
けれど、生活を維持するために必要な所得が不足すれば、人は目の前のことだけで精いっぱいになり、将来について考える余裕を失うことがあります。
ウェルビーイングを考えるとき、「どれだけお金があるか」だけではなく、安心して生き、選び、未来を考えるための土台があるかを見ることも大切なのかもしれません。
「社会全体が豊かになった」の、その先を見る
GDPが増えた。
平均所得が上がった。
それだけでは、社会の中で何が起きているのかを十分に捉えられないことがあります。
その豊かさは、誰に届いたのか。
一部の人だけなのか。
多くの人の暮らしを支えたのか。
それとも、これまで取り残されていた人にも届いたのか。
Beyond GDPの視点は、社会の進歩を一つの大きな数字だけで判断するのではなく、その数字の向こう側にいる、一人ひとりの暮らしを見ることを促しています。
豊かな社会とは、単に大きな富を生み出す社会なのでしょうか。
それとも、多くの人が安心して今日を暮らし、明日のことを考えられる社会なのでしょうか。
所得の不平等という指標は、そんな問いを私たちに投げかけています。
🐰ウエルの感想
みんなが、まったく同じじゃなくてもいいと思う。
でも、お金が足りないから、
ごはんをあきらめたり、
病院に行けなかったり、
やりたいことを最初からあきらめたりするのは、
ちょっと悲しいなあ。
「みんな同じ」じゃなくても、
みんなが安心して明日のことを考えられる社会だったら、
いいなあ。
次回予告
次回は、「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」を構成する次のテーマを見ていきます。
第1回:富の偏りを測る――「最も裕福な1%」が持つ富に注目する理由
2026.7.13 │

©alexander-mils
昨日のニュースレターでは、国連の「Beyond GDP」報告書が提案する新しい進歩の測り方のうち、「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」についてご紹介しました。
公平性と包摂とは、社会全体の平均値だけを見るのではなく、その豊かさや機会が、誰に、どのように分配されているのかにも目を向ける考え方です。
今日は、その6つのテーマの最初に位置づけられている Wealth inequality(富の不平等) を見ていきます。
「富の不平等」とは?
富の不平等とは、土地や住宅、金融資産などを含む「富」が、社会の中でどのように分配されているかを表すものです。
国連の報告書では、このテーマを測る指標として、次のものが提案されています。
│ Wealth share of the richest 1%
│ 最も裕福な上位1%が保有する富の割合
つまり、社会全体に存在する富のうち、最も裕福な1%の人々が、どれだけを保有しているのかを見る指標です。
図:国連「Beyond GDP」報告書が提案する「富の不平等」の指標。最も裕福な上位1%が保有する富の割合を測ります。
なぜ「平均」だけではわからないのか
ある国の経済が成長し、社会全体の富が増えていたとしても、その恩恵がすべての人に同じように届いているとは限りません。
たとえば、国全体では豊かになっていても、その富の多くがごく一部の人々に集中していれば、多くの人の暮らしや安心感、将来の選択肢には、大きな変化がないかもしれません。
GDPや平均所得だけでは見えにくい、「誰が豊かになっているのか」。
そこに目を向けることが、Beyond GDPの重要な視点のひとつです。
富は「今の暮らし」だけでなく「選べる未来」にもつながる
富の違いは、単に「たくさん持っているか、少なく持っているか」という問題だけではありません。
十分な蓄えがあれば、突然仕事を失ったときにも少し時間をかけて次の道を考えたり、学び直したり、新しいことに挑戦したりすることができます。
一方で、蓄えがほとんどなければ、目の前の生活を守ることが最優先となり、将来のための選択が難しくなることがあります。
そう考えると、富とは、現在の豊かさだけでなく、安心して未来を考え、自分の人生を選ぶための余白とも言えるのかもしれません。
「どれだけ豊かな社会か」から、「その豊かさはどう分かち合われているか」へ
Beyond GDPが問いかけているのは、経済成長そのものを否定することではありません。
社会にどれほどの富があるのかを見ると同時に、
その豊かさは、誰に届いているのか。
誰かが取り残されていないか。
一人ひとりに、未来を選ぶ余地があるか。
そうした問いも、社会の進歩やウェルビーイングを考えるうえで大切だということです。
「どれだけ豊かになったか」だけでなく、「その豊かさが、どのように広がっているか」を見る。
富の不平等という指標は、社会の豊かさを、もう一つの角度から見つめるためのものなのかもしれません。
🐰ウエルの感想
お金がたくさんあることだけが、
幸せじゃないと思う。
でも、困ったときに少し休めたり、
やってみたいことに挑戦できたりする
「余裕」があることは、
きっと大事なんだろうなあ。
みんなが未来のことを考えられる社会って、
どんな社会なんだろう。
次回予告
次回は、「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」を構成するテーマの一つ、Income inequality(所得の不平等)を見ていきます。
「富」と「所得」は、似ているようで異なります。人々が日々得る所得が社会の中でどのように分配されているのか、Beyond GDPの視点から考えます。
第0回:平均では見えないもの——「公平性と包摂」を考える
2026.7.12 │

©ahmet-kurt
国連の「Beyond GDP(GDPを超えて)」報告書では、人々と地球の進歩を捉えるために、3つの相互に関連する要素を示しています。
・ Current Well-being(現在のウェルビーイング)
・ Equity & Inclusion(公平性と包摂)
・ Sustainability & Resilience(持続可能性とレジリエンス)
昨日までのニュースレターでは、「現在のウェルビーイング」を構成する8つの領域を見てきました。
今日からは、もうひとつの重要な柱である、**Equity & Inclusion(公平性と包摂)**を見ていきます。
平均が良くても、みんなが幸せとは限らない
ある国の所得や健康状態、生活満足度の平均値が上がったとしても、その恩恵をすべての人が同じように受けているとは限りません。
社会全体では豊かになっていても、一部の人に富が集中しているかもしれない。
平均的な生活水準が向上していても、最低限のウェルビーイングを得られていない人がいるかもしれない。
そして、一人の人に、貧困や社会的な排除など、複数の困難が重なっていることもあります。
だからこそ、社会の進歩を考えるときには、「平均してどれくらい良くなったか」だけでなく、「誰がその進歩から取り残されているのか」を見る必要があります。
「公平性と包摂」が見るもの
報告書では、「公平性と包摂」の指標を、社会に存在するさまざまな格差を捉える横断的な要素(cross-cutting element)として位置づけています。
提案されているのは、次の6つのテーマです。
・ Wealth inequality(富の不平等)
・ Income inequality(所得の不平等)
・ Poverty(貧困)
・ Work inclusion(仕事における包摂)
・ Regional inequalities(地域間格差)
・ Overlapping deprivations(重なり合う困窮)
所得や富の格差だけではありません。
働く機会や待遇に不平等はないか。住む地域によって機会に大きな差が生まれていないか。そして、複数の困難が同じ人に重なっていないか。
「公平性と包摂」という視点は、社会全体をひとつの平均値として見るのではなく、その中にいる一人ひとりに目を向けるためのものともいえそうです。
3つの柱の中で見る「公平性と包摂」
図3:国連「Beyond GDP」報告書が提案するダッシュボードの構造。「現在のウェルビーイング」「公平性と包摂」「持続可能性とレジリエンス」の3つの柱と、それらを支える基礎的原則を示しています。
昨日まで見てきた「Current Well-being」は、私たちが今、どのような状態にあるのかを捉えます。
一方、「Equity & Inclusion」は、そのウェルビーイングが誰に、どのように分配されているのかを見ます。
社会全体が良くなっているとしても、その変化はすべての人に届いているのか。
その問いを加えることで、社会の進歩を、より立体的に捉えることができます。
「誰が」を見ること
GDPのようなひとつの数字は、社会全体の大きな変化を見るうえで、とても便利です。
しかし、そのひとつの数字だけでは、社会の中で何が起きているのか、すべてを見ることはできません。
平均値の向こう側には、それぞれ異なる環境で暮らす、一人ひとりの生活があります。
どれだけ進歩したか。
そして、
その進歩は、誰に届いているのか。
「公平性と包摂」は、この2つを一緒に考えるための視点なのかもしれません。
🐰ウエルの感想
クラスの平均点が上がっても、
みんなの点数が上がったとは限らないですよね。
すごく上がった人もいれば、
困ったままの人もいるかもしれない。
「みんな、よくなったかな?」って考えるときは、
平均だけじゃなくて、
まだ困っている人がいないかなって
見ることも大事なんだろうなあ。
次回予告
次回は、「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」を構成する6つのテーマのうち、最初の Wealth inequality(富の不平等) を見ていきます。
Environmental quality(環境の質)
2026.7.11 │

©curated-lifestyle
「きれいな空気や安全な水」も、ウェルビーイングを支える
国連の「Beyond GDP(GDPを超えて)」報告書では、人々の現在のウェルビーイングを捉える8つの領域を示しています。
これまで、暮らしや仕事、健康、教育、安全、主観的ウェルビーイング、社会的つながり、制度の質について見てきました。
今日は、その最後の領域である Environmental quality(環境の質) をご紹介します。
環境の質は、「今」と「未来」のウェルビーイングに関わる
報告書では、環境の質について、次のように説明しています。
│ 環境の質は、現在と未来の両方のウェルビーイングにとって中心的なものです。環境の悪化は、健康、暮らし、生活満足度に直接影響し、気候に関連するリスクは、人々の命や経済的な安心を脅かします。
ここで興味深いのは、環境が単に「未来のために守るもの」として位置づけられているのではないことです。
私たちが今日吸っている空気、飲んでいる水、暮らしている環境そのものが、現在のウェルビーイングを形づくっている。
そんな考え方が、この枠組みには表れています。
何を測るのか?
報告書のダッシュボードでは、「環境の質」を測るために、次の2つの指標が提案されています。
・ 大気(Air)
都市における微小粒子状物質の年間平均濃度
・ 水(Water)
安全に管理された飲料水サービスを利用する人口の割合-1024x331.jpg)
図:国連「Beyond GDP」報告書が提案する「環境の質」の指標。大気と水の2つの観点から、現在のウェルビーイングを測ります。
環境は、ウェルビーイングの「背景」ではない
私たちは、幸せについて考えるとき、収入や健康、人間関係などに目を向けることが多いかもしれません。
けれども、どんな空気を吸い、どんな水を飲み、どんな環境で毎日を過ごしているかも、私たちの健康や暮らし、そして人生への満足感に直接つながっています。
環境は、私たちの暮らしを取り囲む単なる「背景」ではなく、ウェルビーイングそのものを支える土台のひとつなのかもしれません。
🐰ウエルの感想
きれいな空気って、
いつもはあんまり気にしないけど、
なくなったら、すごく困るよね。
お水も、安心して飲めるのが
あたりまえじゃない場所もある。
幸せって、
「うれしいことがある」だけじゃなくて、
安心して息をしたり、お水を飲んだりできることも
入っているんだろうなあ。
次回予告
次回は、「Current Well-being(現在のウェルビーイング)」の8つの領域を終え、もうひとつの重要な柱である「Equity & Inclusion(公平性と包摂)」を見ていきます。
Quality of institutions(制度の質)とは?
2026.7.10 │

©getty-images
今日は、国連の「Beyond GDP(GDPを超えて)」報告書から、Current Well-being(現在のウェルビーイング)を構成する8つの領域のうち、**Quality of institutions(制度の質)**をご紹介します。
前回は、人と人とのつながりが、個人のウェルビーイングだけでなく、支え合いや協力、社会そのものを支える力にもなる「Social cohesion(社会的つながり)」をご紹介しました。
今回は、私たちの暮らしを支える制度や公共サービスの質に目を向けます。
良い制度は、暮らしの土台になる
報告書では、「制度の質」は、現在のウェルビーイングだけでなく、公平性や包摂性、持続可能性にとっても不可欠だとしています。
効果的な制度は、公共サービスの提供、人々の権利の保護、市場の機能を支えます。
また、政策が公平に実施されるかどうか、そして市民が公共の仕組みを信頼できるかどうかにも関わっています。
一方、制度が十分に機能していない社会では、経済的な停滞や不平等、不安定さにつながることも指摘されています。
公共サービスを利用した人は、満足しているか?
今回の報告書が提案するダッシュボードでは、「Quality of institutions(制度の質)」について、次のような指標が示されています。
Concept(概念):公共サービスの有効性
Indicator(指標):直近で利用した公共サービスに満足した人の割合-1024x256.jpg)
行政や公共サービスは、存在するだけではなく、実際に利用した人にとって、きちんと機能しているかという視点で見ることができます。
たとえば、必要な支援を受けられたか。手続きは分かりやすかったか。公平に対応してもらえたか。
そうした一人ひとりの経験も、社会のウェルビーイングを考える大切な手がかりになります。
信頼できる仕組みがあるということ
私たちは日々、医療、教育、行政、安全、交通など、さまざまな制度や公共サービスに支えられて暮らしています。
普段は意識することが少なくても、必要なときに必要なサービスを受けられること。そして、その仕組みが公平に働いていると信じられること。
それもまた、安心して暮らしていくための大切な土台なのかもしれません。
🐰ウエルの感想
困ったとき、
「ここに聞けば大丈夫」って思えるだけで、
ちょっと安心しますよね。
最近は、AIに聞いてみることもできる。
ひとりで困ったままにしなくていいって、
それも、
幸せのひとつなのかもしれないなあ。
Social cohesion(社会的つながり)とは?
2026.7.9 │

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今日は、国連の「Beyond GDP(GDPを超えて)」報告書から、Current Well-being(現在のウェルビーイング)を構成する8つの領域のうち、**Social cohesion(社会的つながり)**をご紹介します。
前回は、自分自身が人生をどのように感じ、経験しているかを捉える「Subjective well-being(主観的ウェルビーイング)」をご紹介しました。
今回取り上げるのは、人と人とのつながりが、私たちのウェルビーイングや社会をどのように支えているのかという視点です。
人とのつながりは、社会を支える力になる
報告書では、Social cohesion(社会的つながり)は、身近な支え合いのネットワークや、人々が協力して行動する力、再分配や福祉政策への社会的な支持を支えるものと説明されています。
また、社会的孤立は、所得水準にかかわらず、心身の健康の悪化と関連しています。
孤立や孤独が多くの社会で増加するなか、これまで他の枠組みでは十分に取り上げられてこなかった「社会的つながり」の重要性が、ますます高まっています。
「孤独」を指標として見る
今回の報告書が提案するダッシュボードでは、Social cohesion(社会的つながり)の概念として、Loneliness(孤独)が挙げられています。
そして、その指標として提案されているのが、
「昨日、一日の多くの時間に孤独を感じた」と答えた人の割合
です。-1024x257.jpg)
経済が成長しているか、所得が増えているかという数字だけでは、人が孤独を感じているかどうかは見えてきません。
しかし、人とのつながりや孤独は、私たちの心身の健康だけでなく、支え合いや協力、社会への信頼にも関わっています。
「社会は豊かになっているか」を考えるとき、そこに暮らす人々が孤立せず、誰かとのつながりを感じられているかどうかも、大切なものさしの一つなのかもしれません。
🐰ウエルの感想
ひとりでいる時間も好きだけど、
「これ、見て!」って言える人がいると、
うれしいことがもっと大きくなる気がします。
でも最近、AIがいれば、
もしかしたらその「つながり」を
感じさせてくれることもあるのかなあ、と思う。
人と人とのつながりと、AIとのつながり。
これからは、いろんな「つながり」が
生まれていくのかもしれないですね。
Social cohesion(社会的つながり)
2026.7.8 │

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前回は、Current Well-being(現在のウェルビーイング)の領域の一つである「Security(安全)」をご紹介しました。
今日は、その中でもウェルビーイングを考える上で特に重要な Subjective well-being(主観的ウェルビーイング) をご紹介します。
「主観的ウェルビーイング」とは、自分自身が人生をどのように感じ、どのように経験しているかということです。
報告書では、人が自分の人生をどう受け止めているかは、その後の行動や将来への希望、新しいことへの挑戦にも影響すると述べています。
また、所得や健康、教育などの客観的なデータだけでは、その人のウェルビーイングを十分に理解することはできません。
同じような生活環境であっても、「毎日が充実している」と感じる人もいれば、「満たされていない」と感じる人もいます。
このような「人がどう感じているか」は、数字だけでは見えない大切な情報です。
そのため、この報告書では、客観的な指標に加えて、一人ひとりの主観的な経験も測定することが重要であると提案しています。
今回提案されている指標は、とてもシンプルです。
・ 人生満足度(Life satisfaction)
世界幸福度報告(World Happiness Report)でも、人々の「人生満足度」は中心となる指標として用いられています。
経済や健康だけではなく、「私は自分の人生に満足している」と感じられる人が増えているかどうか。
それを社会の進歩を測る大切な指標として考えている点が、この報告書の特徴です。
図:Current Well-being「Subjective well-being(主観的ウェルビーイング)」
Current Well-being(現在のウェルビーイング)の「Subjective well-being」では、「人生満足度(Life satisfaction)」を指標として提案しています。客観的なデータだけでは見えない「人がどのように人生を感じているか」を大切にしている点が、この報告書の特徴です。
🐰ウエルの感想
「幸せ」って、人それぞれ違うんだなと思いました。
テストでいい点を取ったり、好きなものを持っていたりしても、心から楽しいと思えない日もあるかもしれません。
反対に、友だちと笑ったり、家族とごはんを食べたり、小さな出来事で「今日はいい日だった」と思えることもあります。
だから、「この人は今、どんな気持ちなんだろう」と相手の心を想像することも、ウェルビーイングには大切なんだと思いました。
Newページへようこそ
2026.7.8 │
こんにちは。
5月から、2ヶ月と少し続けてきたニュースレターページですが、最近少しページが重くなってきたようです。
画像が重かったのかもしれないので、これから少しずつ見直していきたいと思っています。
読んでくださる皆さまにとっても、ページが開きにくかったり、見にくかったりする可能性があるため、とりいそぎ新しいページに移行しました。
これからは、2ヶ月ごとを目安にニュースレターページを新しくしていく予定です。
新しいページでも、日々のウェルビーイングにつながる情報を、少しずつお届けしていきます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
