平凡な日常が続いていく「ゼロ地点」は、馴染み深く、安心できる場所です。
そこに、ほんの少しだけ “これから” の気配が灯ったら──
Compass 0(コンパス 0)は、そんな未来への そっとした予感をともす場所です。
本ニュースレターは「ウェルビーイングな社会を育てていきたい」という願いから生まれました。
研究者の新しい取り組みや知見を手がかりに、私たちが感じたことや気づきを共有し、日々の暮らしや実践にそっと役立つメモとしてひらいています。
また、ここに集う方々との “あたたかいつながり” を大切にしています。
3※ 引用文以外の内容は、執筆者個人の見解であり、特定の機関の公式見解を示すものではありません。
ご感想や気づきがあれば、いつでもお聞かせください。🕊️
※最終更新2026.4.6(日)22:12/ 次回更新:4/6
💰 幸福は「いくら持っているか」だけでは決まらないのかもしれない
109か国の研究が示した、所得順位とウェルビーイングの関係
2026.4.6|

幸福と所得の関係は、額そのものより「社会の中での順位」と強く結びついているのかもしれません。
▶︎109か国における社会的地位と、所得順位とウェルビーイングの関係
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた新しい研究
“Social status and the relationship between income rank and well-being in 109 nations”
をご紹介します。
この研究が問いかけているのは、
人は「収入が高いほど幸せ」なのか、それとも「まわりと比べてどの位置にいるか」がより大事なのか
ということです。
109か国、9万人を超えるデータを使った今回の研究では、
多くの国で、ウェルビーイングとより強く結びついていたのは、
絶対的な所得額そのものより、
その国の中で自分の所得がどのくらい上位かという“所得順位”
でした。
つまり、
幸福感に強く関わっているのは、
「何円持っているか」だけではなく、
その社会の中で、自分がどんな位置にいると感じるか
なのかもしれません。
この研究では、
「所得が低い人の幸福度が低いのは、単に生活が苦しいからなのか」
それとも
「社会的な地位の低さが関わっているのか」
という点も丁寧に見ています。
その結果、研究者たちは、
ウェルビーイングとの結びつきは、
相対的な剥奪感よりも、“所得に結びついた社会的地位”のほうが強く説明できる
と述べています。
さらに興味深いのは、
この「所得順位」と幸福感の結びつきが、
物質主義の強い国ほど大きく、社会関係資本の高い国ほど小さい
ことでした。
たとえば、市民参加や助け合いが多い国では、
所得順位と幸福の結びつきがかなり弱まっていたそうです。
これは、とても示唆的です。
もし幸福が、
ただ収入だけで決まるのではなく、
その社会の中での比較や地位感覚に左右されるのだとしたら、
私たちが考えるべきなのは、
「どうやってもっとお金を増やすか」だけではないのかもしれません。
人とのつながりがあること。
自分の属する共同体に居場所を感じられること。
社会への信頼があること。
そうしたものがある社会では、
所得順位の重みそのものが小さくなる
可能性があるからです。
この研究は、
お金が大事ではない、と言っているわけではありません。
でも、
幸福を考えるときに見ているのは、所得の額だけではなく、社会の中での位置や関係性でもある
ということを、あらためて教えてくれます。
ウェルビーイング・リサーチ・センターの最近の発信を追ってきて感じるのは、
幸福の研究は、
「気分がいいかどうか」だけを見るものではなく、
人がどんな社会の中で、どんな比較の中で、自分の人生を感じているのかを見ようとしているのだ、ということです。
今日は、そのことを静かに思い出させてくれる研究でした。
ウエルの感想🐢
しあわせって、
「いくら持っているか」で決まるのかなと思っていたけれど、
それだけじゃないんですね。
たしかに、
おなじくらい持っていても、
まわりとくらべてしまうと、
自分は足りないって感じることがあるのかもしれません。
でも、
人とのつながりがあったり、
助け合える感じがあったりすると、
そういうくらべ方が少し弱くなるのかもしれないんですね。
お金のことを考えるときも、
社会の中でどう生きているかをいっしょに考えるのが大事なんだなと思いました。
📱 SNSは、やめたいのにやめにくい?
World Happiness Report 2026 が示した “collective action problem”
2026.4.5|

▶︎ソーシャルメディアと幸福――人とのつながりをどう守るか。
▶︎ 📘 https://worldhappiness.report
この数日、World Happiness Report 2026 を通して、
ソーシャルメディアと幸福の関係を見てきました。
今日はその締めくくりとして、
とても印象に残った視点をひとつ取り上げたいと思います。
それは、
ソーシャルメディアは “collective action problem(集合行為の問題)” をつくっている
という考え方です。
これはどういうことかというと、
SNSが存在している社会では、
自分だけ参加しないと、人間関係や情報の面で取り残されやすい。
だから、多くの人は本当は疲れたり疑問を感じたりしながらも、
完全には離れにくい。
でもその一方で、
「もし最初から存在しなかったなら、そのほうが楽だったかもしれない」
と感じる人も少なくない。
そういう構造です。
この視点は、とても今っぽいなと思いました。
SNSをめぐる議論では、
よく
「使う人の自己管理の問題」
のように語られることがあります。
でも実際には、
個人の意思だけで割り切れない部分があります。
友だちがみんなそこでつながっている。
仕事や学校の情報がそこで流れる。
イベントや近況もそこに集まる。
そうなると、
たとえ疲れていても、
“自分だけ抜ける”ことには別の不利益が生まれる
のです。
だから、これは単に
「強い意志でやめればいい」
という話ではないのかもしれません。
World Happiness Report 2026 は、
ソーシャルメディアの影響を単純に断罪しているわけではありませんでした。
使い方やプラットフォームによって違いがあり、
人とのつながりを支えるポジティブな面もある。
でもその一方で、
重い利用はウェルビーイングの低下と結びつきやすく、
しかも多くの人が“やめにくい構造”の中にいる
という現実も見えてきます。
ここまで見てくると、
問題は
「SNSは善か悪か」
ではなく、
どうすれば、人を不必要に縛らず、比較や不安を増やしすぎず、
それでも人とのつながりを保てるか
なのだと思います。
この数日の発信の中で、Jan-Emmanuel De Neve 先生が
“put the ‘social’ back into social media”
と言っていたことも、
やはり大事なヒントに見えてきます。
つながりのための道具なのに、
つながっている感じより、
疲れや比較や義務感のほうが強くなるなら、
どこかで設計や使い方を見直す必要がある。
そんなことを、今年の World Happiness Report は静かに問いかけているように思いました。
ここ数日、SNSと幸福の関係を見てきましたが、
日曜日の今日は、
「個人の使い方」だけでなく、「やめにくい社会の仕組み」そのものを見る視点も大事
なのだと、あらためて感じています。
ウエルの感想🐢
SNSって、
やめたくなったらやめればいい、
っていう話なのかなと思っていたけれど、
みんながそこでつながっていると、
自分だけやめるのはむずかしいんですね。
ほんとうはつかれていても、
見ないとわからないことがあったり、
ひとりだけ外れた感じがしたりする。
そう思うと、
SNSのことは、その人のがんばりだけで考えられないんだなと思いました。
だから、
人をつなぐためのものなら、
もっと安心して使えて、
つかれすぎない形になっていくといいなと思いました。
📱 SNSと幸福――この数日の話を、いったん整理してみる
World Happiness Report 2026 が示した、単純ではない現実
2026.4.4|

SNSと幸福――単純ではない全体像を、いったん見直す。
▶︎World Happiness Report 2026:ソーシャルメディアと幸福をめぐる複雑な世界像
この数日、ウェルビーイング・リサーチ・センターや World Happiness Report の発信を通して、
ソーシャルメディアと幸福の関係について見てきました。
今年の World Happiness Report 2026 が伝えているのは、
このテーマには強い関心が集まっている一方で、
答えはとても単純ではないということです。
たしかに、英語圏や西ヨーロッパでは、
若い人たちの幸福度がこの15年ほどで大きく下がっており、
その時期にソーシャルメディアの利用が大きく広がったことも確かです。
特に、利用時間が長いほどウェルビーイングが低くなる傾向や、
とくに女子で影響が大きく見えることも報告されていました。
でも同時に、
このレポートが何度も強調しているのは、
「SNSは悪い」と一言で終わる話ではないということです。
どのプラットフォームを使っているのか。
どのくらい使っているのか。
受け身で見続けているのか、
それとも人とやりとりするために使っているのか。
そして、その人がどんな状況にいるのか。
そうした条件によって、結果はかなり変わってきます。
たとえば今回の報告では、
1日1時間未満の利用の人たちが、もっとも高いウェルビーイングを示していた
という点も紹介されていました。
また、アルゴリズム主導で流れてくるコンテンツを受け身で見るタイプの使い方は、
幸福との関係でよりネガティブに出やすい一方、
人とのつながりを支えるような使い方には、はっきりポジティブな面もある
とされています。
つまり、問題は
「SNSを使うか、使わないか」
だけではなく、
SNSがどれくらい“social”でいられているか
なのかもしれません。
この数日の発信の中で、Jan-Emmanuel De Neve 先生が
“put the ‘social’ back into social media”
と言っていたのも、とても印象的でした。
便利さ、拡散、滞在時間、刺激の強さ。
そうしたものが前に出すぎると、
本来あったはずの
人と人とのつながり
が弱くなってしまう。
でも、そこを少し取り戻せれば、
SNSはただ幸福を削るものではなく、
つながりを支える道具にもなりうる。
そんなことを、今年のレポートは示しているように思います。
土曜日の今日は、
この数日の話をいったんまとめて、
SNSを善か悪かで決めるより、
どう使い、どう設計し、どう人間らしいつながりを守るか
を考えることの大切さを、あらためて感じました。
ウエルの感想🐢
SNSって、
いいものか、わるいものか、
すぐ決められるものだと思っていたけれど、
ほんとうはもっとふくざつなんですね。
たくさん見すぎるとつらくなることもあるけれど、
だれかとつながったり、
ひとりじゃないと思えたりするよさもある。
だから、
「やるかやめるか」だけじゃなくて、
どう使うと人らしいつながりがのこるか
を考えるのが大事なんだなと思いました。
🗣️ Could this have been a voice note?
“伝え方”を少し変えるだけで、職場の不安は減るかもしれない
2026.4.3|

ボイスノートは、職場コミュニケーションの曖昧さを減らせるかもしれません。
▶︎はっきり伝わる声――ボイスノートは職場のコミュニケーションを改善できる可能性がある、という研究
昨日に続いて、ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介していた
職場のコミュニケーションとボイスノート に関する研究を、もう少し軽く振り返ってみます。
この研究が示していたのは、
ボイスノートに切り替えることで、職場のやりとりの「あいまいさ」が減る場面がある
ということでした。
メールは便利です。
記録も残しやすいし、相手の都合をじゃましない。
でもその一方で、
短い文面ほど、
「これ、どういう気持ちで書いたんだろう?」
と受け取る側に解釈がゆだねられてしまうことがあります。
とくに、少し曖昧な言い回しや短いやりとりでは、
こちらの気分やストレスの状態によって、
実際よりきつく、冷たく、否定的に感じてしまうこともあります。
今回の研究では、
同じ内容でも、メールよりボイスノートのほうが
ネガティブな受け取りを減らせる場面があった
ことが示されていました。
声には、
文面にはない情報があります。
強さ、やわらかさ、間の取り方、ためらい、気づかい。
そうしたものが少し伝わるだけで、
言葉の意味そのものまで変わって感じられることがあります。
もちろん、何でも音声にすればよいわけではありません。
研究でも、すべての場面でうまくいくわけではないことが示されていました。
でも少なくとも、
「どう書くか」だけでなく、「どう伝わるか」まで考えること
は、職場のウェルビーイングにとってかなり大切なのだと思います。
昨日の研究紹介を読んでいて印象に残ったのは、
コミュニケーションの問題は、
内容の正しさだけではなく、
不要な不安や誤解をどれだけ増やさないか
にも関わっている、ということです。
仕事のやりとりは、毎日のことだからこそ、
少しの曖昧さが積み重なると、
思った以上に疲れや緊張につながるのかもしれません。
「これ、メールじゃなくてボイスノートでもよかったかも?」
そんな問いは、
単なる道具の選び方ではなく、
相手の安心感まで含めて伝え方を考えること
につながっているように思いました。
ウエルの感想🐢
ことばって、
おなじ内容でも、
どう届くかで、ぜんぜんちがうんですね。
メールだと、
書いてあることはふつうでも、
気持ちが見えなくて、ちょっとこわく感じることもあるのかもしれません。
声だと、
やさしさとか、あせってない感じとか、
そういうものが少し伝わることもあるんですね。
「ちゃんと伝える」って、
まちがえないことだけじゃなくて、
相手をあまり不安にさせないことでもあるんだなと思いました。
🎙️ “これ、メールじゃなくてボイスノートでもよかったかも?”
職場のあいまいさを減らすことが、ウェルビーイングにつながるという研究
2026.4.2|

あいまいさを減らすことは、よりよい職場コミュニケーションの中心課題かもしれません。
▶︎はっきり伝わる声――ボイスノートは職場のコミュニケーションを改善できる可能性がある、という研究
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた新しい研究をご紹介します。
テーマは、
職場での非同期コミュニケーション――つまり、リアルタイムではないやりとり――において、ボイスノートはメールよりも誤解を減らせるのか
というものです。
リモートワークやハイブリッドワーク、
そして国やタイムゾーンをまたぐ仕事が増えた今、
メールやチャット、音声メッセージのような
「その場で返事をしないコミュニケーション」は、ますます身近になっています。
今回の研究では、
上司と部下のあいだで起こりそうな3つの場面を使い、
同じ内容をメールで読む場合とボイスノートで聞く場合で、
受け取る人の感じ方がどう変わるかを調べています。
その結果、3つのうち2つの場面では、
ボイスノートで送られたメッセージのほうが、メールよりも「あいまいさ」が少なく感じられ、
ネガティブに受け取られる割合もかなり減っていた
そうです。
これは、多くの人にとってかなり実感のある話かもしれません。
短いメールを開いたとき、
内容自体はきつくないはずなのに、
なぜか
「怒っているのかな」
「冷たいのかな」
「何か悪いことをしたかな」
と、おなかが少し落ちるような感じになることがあります。
研究を率いた Sarah Cunningham さんも、
まさにその
「上司や同僚からのメールを開いて、胃がきゅっとなる感じ」
にふれながら、
メールは便利だけれど、
送り手の意図を読み取るための非言語的な手がかりを奪ってしまうと述べています。
たしかに、声には、
文面には出ないやわらかさや、ためらい、気づかいがのります。
同じ言葉でも、
声で聞くと、
思っていたよりずっとやさしく聞こえることがあります。
ただ、この研究は
「これからは何でもボイスノートにすればよい」
と言っているわけではありません。
場面によっては、
ボイスノートがあいまいさを減らさなかったケースもあり、
その場合には、特に男性でネガティブな受け取りが増える傾向も見られたそうです。
また、もともとストレスが高い人ほど、
あいまいなメールをよりネガティブに受け取りやすいことも示されていました。
つまり大切なのは、
メールか音声かという手段を単純に優劣づけることではなく、
どんな場面で、誰に、どんなふうに伝えるかを考えること
なのだと思います。
それでも今回の研究が教えてくれるのは、
職場のコミュニケーションでは、
内容そのものだけでなく、
あいまいさをどれだけ減らせるか
が、働く人の感じ方や安心感に大きく関わる、ということです。
効率のよい連絡方法を考えることも大切ですが、
同じくらい、
不要な誤解や不安を増やさない伝え方
を考えることも、
職場のウェルビーイングには欠かせないのかもしれません。
ウエルの感想🐢
メールって、
ことばだけが書いてあるから、
ほんとうはふつうのことでも、
ちょっとこわく見えたり、
つめたく感じたりすることがあるんですね。
声だと、
おなじことばでも、
やさしさとか、あわててない感じとか、
そういうものが少し伝わるのかもしれないなと思いました。
でも、何でも声にすればいいわけじゃなくて、
だれにどう伝わるかを考えることが大事なんですね。
「ちゃんと伝える」って、
正しいことを書くことだけじゃなくて、
へんな不安をふやさないことでもあるのかなと思いました。
🌱 思春期のウェルビーイングは、年齢とともに少しずつ形を変える?
24か国・6,400人超の若者を対象にした新研究より
2026.4.1|

思春期のウェルビーイングが、年齢とともにどう組み替わっていくかを示したネットワーク図。
▶︎思春期のウェルビーイングを読み解く――24か国における早期思春期から中期思春期への発達的ネットワークの違い
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介していた新しい研究
“Mapping Adolescent Wellbeing: Developmental Network Differences between Early To Middle Adolescence in 24 Countries”
をご紹介します。
思春期は、体も心も、そして人との関係も大きく変化する時期です。
今回の研究では、24か国・6,445人の11〜18歳を対象に、
49のウェルビーイング指標がどうつながり合っているのか、
そしてそのつながり方が年齢とともにどう変わるのかが調べられました。
この研究でまず印象的だったのは、
どの年齢でも一貫して、
「全体的な人生満足度」と
「学校生活への満足」
が、ウェルビーイングの中心にあったことです。
つまり、若い人たちのウェルビーイングを考えるとき、
漠然とした気分だけではなく、
自分の毎日をどう感じているか、そして学校での生活をどう感じているか
が、とても大きな意味を持っているようです。
一方で、年齢による違いも見えてきました。
研究によると、11〜14歳ごろの早い思春期では、
「いまの自分の生活はどうか」
という現在の評価が、より中心的でした。
それに対して、15〜18歳ごろの中期思春期になると、
将来への楽観や、
落ち着いていられること、感情を整えられること
の重要性が少しずつ高まっていました。
これは、思春期のウェルビーイングが、
成長とともに
“いまをどう感じるか”中心の形から、
“これから先をどう見通せるか”“自分の気持ちをどう整えるか”も含む形へ
組み替わっていくことを示しているのかもしれません。
また、この研究では、
悲しさが、他のウェルビーイング要素のあいだをつなぐ
ひとつの“橋”のような役割を持っている可能性も示されていました。
単に気分の一部というだけでなく、
より広いウェルビーイング全体に影響しうる感情として見えてきたのは興味深い点です。
研究者たちは、こうした結果から、
若者のウェルビーイングを支えるには、
年齢に応じて重点を少し変える必要があるかもしれないと示唆しています。
たとえば、より若い時期には
学校生活や日々の満足感を支えること。
もう少し年齢が上がると、
将来への希望や、感情を整える力を育てること。
そうした支え方が大切になるのかもしれません。
そしてもうひとつ大事なのは、
今回の研究でも、
たったひとつのシンプルな「人生満足度」の問いが、若者の広いウェルビーイングをよく映していた
ということです。
たくさんの尺度や質問票も大事ですが、
「いまの人生にどのくらい満足していますか?」
というシンプルな問いが、
思春期のウェルビーイングを見るうえで、
やはりとても大切な入口なのだと感じさせられる研究でした。
ウエルの感想🐢
大人になる途中の時期って、
ただ気分がゆれるだけじゃなくて、
しあわせの形そのものも少しずつ変わっていくんですね。
小さいころは、
「いま楽しいか」「学校がどうか」
がすごく大事で、
大きくなると、
「これから先に希望があるか」とか
「気持ちを落ち着かせられるか」
も大事になってくるのかもしれないなと思いました。
それでも、
「自分の人生をどう感じているか」
っていうシンプルな気持ちは、
ずっと大事なんですね。
📱 “social” を、social media に取り戻す
2026.4.1|

“social” を social media に取り戻す。
今朝は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた、
Jan-Emmanuel De Neve 先生の短いメッセージをご紹介します。
“Beyond the complexity, it is clear that we should look as much as possible to put the ‘social’ back into social media.”
複雑な議論はいろいろあるけれど、
できるだけ
social media に “social” を取り戻していくこと
が大切なのではないか。
そんな提案です。
SNSについては、
使いすぎ、比較、分断、不安、依存……
いろいろな問題が語られます。
でも、その一方で、
もともとは人と人とをつなぐための道具でもあったはずです。
便利さや拡散力が大きくなるほど、
いつのまにか
「つながること」より
「見せること」
「反応を集めること」
「流れつづける情報を見ること」
のほうが前に出てしまうことがあります。
だからこそ今、
SNSをやめるか続けるか、だけではなく、
そこに、ほんとうの意味での “social” があるか
を問い直すことが大事なのかもしれません。
だれかと安心して話せること。
近況を知って、気づかうこと。
ひとりではないと感じられること。
そんな、人と人のあいだのあたたかさを支える方向に、
少しでも使い方を戻していけたらいいですね。
ウエルの感想🐢
SNSって、
人とつながるためのものなのに、
見ているだけでつかれたり、
くらべてしんどくなったりすることもあるんですね。
でもほんとうは、
だれかとお話ししたり、
「元気?」って言えたり、
やさしくつながるためのものだったのかもしれません。
“social” を取り戻す、って、
むずかしいことばだけど、
人らしいつながりを取り戻す
ってことなのかなと思いました。
🌸 3月のウェルビーイングをふりかえる
— 新しい季節に向けて、静かに整える —
2026.3.30|

©annie-spratt
3月も、あと少し。
今月のウェルビーイング応援サイトでは、
さまざまな研究やトピックを紹介してきました。
World Happiness Report 2026では、
ソーシャルメディアと幸福
若者のウェルビーイング
社会や文化による違い
について、ゆっくりと見てきました。
また、ウェルビーイングリサーチセンターの研究からは、
教育や職場におけるウェルビーイング
社会とのつながり
気候や未来世代への視点
など、
👉 ウェルビーイングが「個人」だけでなく
社会の中で広がっていくものであることも感じられました。
こうして振り返ると、
今月を通して見えてきたのは、
👉 ウェルビーイングは
「何かを増やすこと」だけではなく
👉 どう関わるか、どう過ごすか
という“日々の選び方”の中にある
ということかもしれません。
🌱 新しい季節に向けて
もうすぐ4月。
新しい環境や、少しの変化が
始まる方も多いかもしれません。
そんなとき、
何か大きく変えようとしなくても、
・少し丁寧に過ごしてみる
・人とのやりとりをひとつ大切にしてみる
・自分のペースを守ってみる
そんな小さなことでも、
日々の感じ方は少しずつ変わっていきます。
🐢 ウエルのひとこと
「大きく変わらなくても、
少し整えるだけで、
新しい季節って、ちゃんと始まるんだね」
3月も、ありがとうございました🌿
また4月からも、
ゆっくりと、ウェルビーイングについて
一緒に考えていけたらうれしいです。
📚 “職場のウェルビーイング”は、きれいごとではないのかもしれない
Jan-Emmanuel De Neve 先生らの本が Greater Good の favorite books of 2025 に
2026.3.29|

Greater Good Magazine が選ぶ “Our Favorite Books of 2025” に選ばれた Why Workplace Wellbeing Matters。
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた、うれしい話題をご紹介します。
Greater Good Magazine が選ぶ “Our Favorite Books of 2025” の中に、
Jan-Emmanuel De Neve 先生と George Ward 先生の著書
Why Workplace Wellbeing Matters: The Science Behind Employee Happiness and Organizational Performance
が選ばれていました。
この本が扱っているのは、
職場のウェルビーイングは、働く人にとって大事なだけでなく、組織の成果にも深く関わっている
というテーマです。
仕事というと、
「大変なのは当たり前」
「つらいのが普通」
という考え方が、まだどこかに残っている気がします。
でも、この本の紹介によると、
職場のウェルビーイングを支えることは、
単なるやさしさや福利厚生の話ではなく、
採用、定着、エンゲージメント、創造性、健康、さらには業績
にもつながるのだといいます。
しかも著者たちは、
ただ理想を語っているのではなく、
企業と実際に協力しながら、
一部の従業員にウェルビーイング向上の取り組みを行い、
そうでない場合と比べて、どんな違いが出るのかを見てきたそうです。
その結果として繰り返し見えてきたのが、
ウェルビーイングが高まると、成果もよくなる
ということでした。
これは、とても大事な視点だなと思いました。
なぜなら、
「人を大事にすること」と「組織の成果を上げること」が、
しばしば対立するもののように語られるからです。
でも実際には、
安心して働けること、
関係性がよいこと、
健康が守られること、
自分の仕事に意味を感じられること。
そうした条件があるからこそ、
人は力を発揮しやすくなり、
組織も長い目で見て強くなっていくのかもしれません。
Greater Good Magazine がこの本を「favorite books」に選んだのも、
そうしたメッセージが、
今の社会にとってとても実践的で、考える価値のあるものだからなのだと思います。
「職場のウェルビーイング」は、
働く人を甘やかすことでも、
表面的に“やさしい会社”を演出することでもなく、
人がよりよく働ける条件を整えること。
そしてそれは、
働く人にも、組織にも、
どちらにも意味があることなのだと、
あらためて感じさせてくれる話題でした。
ウエルの感想🐢
しごとは、
つかれてたいへんなもの、
がまんするもの、
みたいに思われることもあるけれど、
ほんとうは、気持ちよく働けることも大事なんですね。
元気に働けると、
その人にとっていいだけじゃなくて、
まわりの人や会社にとっても
よいことがあるのかもしれないなと思いました。
人を大事にすることと、
ちゃんと成果が出ることは、
べつべつじゃないのかもしれません。
🌍 気候変動モデルは、なぜウェルビーイングを見落としやすいのか?
気候対策は、環境のためだけでなく、人の命と暮らしを守るためでもある
2026.3.28|

気候変動は、人がどう生き、働き、食べ、感じるかに深く関わっています。
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた
Climate × wellbeing に関する記事をご紹介します。
この記事が問いかけているのは、
「気候変動は人のウェルビーイングを大きく傷つけているのに、なぜ気候政策モデルではそれが十分に扱われないのか?」
ということです。
気候変動というと、
つい気温や排出量、エネルギー政策の話として受け取りがちです。
でも実際には、気候変動はすでに
心身の健康、感染症、仕事、食料、安全、住まい、移動、そして人生の感じ方
にまで影響しています。
たとえば、Lancet Countdown 2025 では、
熱による死亡が年間約54万6千人に達し、
1990年代と比べて23%増加したと報告されています。
また、2024年には暑さのために安全に働けない時間が増え、
約6390億時間分の労働損失、
約1.09兆ドル相当の所得損失が生じたとされています。
記事では、こうした人間への影響が数多く研究されている一方で、
政府や国際機関が使う主要な気候政策モデルでは、
熱による死亡、労働時間の損失、食料不安の拡大といった重要な影響が、体系的には十分組み込まれていない
と指摘しています。
その結果、気候対策によって守られる命や暮らしの価値が、政策判断の中で過小評価されやすいというのです。
実際、Lancet Countdown は、
2023年の熱波と干ばつによって、
中程度または深刻な食料不安に直面する人が
基準期より約1億2400万人多かったとも報告しています。
気候変動の影響は、未来の話ではなく、
すでに食べること、働くこと、生き延びることに関わる問題になっています。
さらに大事なのは、
こうした影響が誰にでも同じように起きるわけではないことです。
WHO は、子ども、若者、高齢者、妊婦などが気候変動による健康被害を受けやすいと警告しています。
つまり、気候変動を考えるときには、
平均的な被害だけでなく、
どの人たちがより大きな負担を背負わされているのか
という不平等の視点も欠かせません。
この記事を読んで改めて感じたのは、
気候対策は「環境のために我慢すること」ではなく、
健康、安全、働くこと、食べること、尊厳ある暮らしを守るための投資
でもあるということです。
もしモデルがウェルビーイングを十分に扱えないままなら、
私たちは、行動しないことの本当の代償を
小さく見積もってしまうかもしれません。
気候変動を、
気温や排出量だけではなく、
人がどう生き、どう苦しみ、どう守られるのか
という視点から見ていくこと。
それが、これからますます大切になっていくのだと思いました。
ウエルの感想🐢
気候変動って、
氷がとけるとか、気温が上がるとか、
そういう話だけかと思っていたけれど、
ほんとうは
ごはん、しごと、からだ、くらし
にもつながっているんですね。
もし暑すぎて働けなくなったり、
食べものが足りなくなったりしたら、
それはもう「環境の話」だけじゃなくて、
人の毎日の話なんだなと思いました。
地球を守ることと、
人のいのちや生活を守ることは、
べつべつじゃないのかもしれません。
🌍 持続可能なウェルビーイングとは、誰の幸福を考えること?
いまを生きる私たちと、まだ会っていない未来の世代のために
2026.3.27|

持続可能なウェルビーイングをめぐる特別ワークショップより
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた
sustainable wellbeing(持続可能なウェルビーイング)
に関する話題をご紹介します。
投稿では、
持続可能なウェルビーイングとは、今を生きる人たちだけでなく、未来の世代のウェルビーイングも含めて考えること
だと述べられていました。
たしかに、ウェルビーイングというと、
つい
「いま自分が幸せかどうか」
「いま社会がうまく回っているかどうか」
に意識が向きやすい気がします。
でも、もし今の快適さや豊かさが、
未来の人たちの暮らしや環境を削って成り立っているのだとしたら、
それは本当に「よい状態」と言えるのだろうか。
持続可能なウェルビーイングという考え方は、
そんな問いを私たちに返してくるように思います。
今回の投稿では、
このテーマをめぐる特別ワークショップの研究発表が、
YouTubeで公開されたことも案内されていました。
「持続可能なウェルビーイング」という言葉には、
環境のこと、社会のこと、経済のこと、
そして世代をこえた公平さのことまで、
さまざまな視点が含まれています。
つまりそれは、
“いまの満足”だけを見るのではなく、
この先も人がよりよく生きられる条件が守られているか
を考えることでもあるのだと思います。
ウェルビーイング研究は、
個人の幸福感を測るだけのものではなく、
どうすれば社会全体が、長い時間の中で、無理なく、偏りなく、
生きやすい方向へ進んでいけるのかを考える営みでもあります。
未来の世代のことを考える、というと、
少し大きすぎるテーマにも聞こえます。
でも、日々の選択や社会のしくみの中で、
この心地よさは、この先にも続いていけるものだろうか
と問い直してみることは、
持続可能なウェルビーイングの小さな入口なのかもしれません。
今日は、詳しい研究内容の紹介というより、
そんな視点にひらかれるきっかけとして、
このワークショップをそっとのぞいてみるのもよさそうです。
ウエルの感想🐢
しあわせって、
「いま自分がうれしいか」
だけを見ればいいのかなと思っていたけれど、
未来の人のことまで考えるのも、
だいじなんですね。
いま気持ちよくても、
そのせいでこの先のだれかがこまってしまうなら、
それはちょっとかなしいことかもしれません。
これからもずっと、
いろんな人が生きやすいままでいられるようにするには、
どうしたらいいんだろう。
持続可能なウェルビーイングって、
そういうことを考える入り口なのかなと思いました。
🧭 幸福は、何と比べるかで変わってしまう?
Michael Plant 博士の対談から考える「比較」と「支援」
2026.3.26|

今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターの Research Fellow、Dr Michael Plant が Sam Harris と対談したポッドキャスト
“How to Do the Most Good”
から、前回とは少し違う角度で印象に残った話をご紹介します。
今回とくに興味深かったのは、
人の幸福感は、かなり「比較」に左右される
という話でした。
Michael Plant 博士は、
いまアメリカで中央値くらいの収入を得ている人は、
世界全体や人類の長い歴史の中で見れば、かなり恵まれた側にいるはずだと話します。
けれど実際には、人はそうした大きな比較ではなく、
身近な人や、いまの暮らしの不便さを基準にして、
「足りない」「苦しい」と感じやすい。
このズレが、とても印象的でした。
たしかに私たちは、
世界全体や歴史全体を思い浮かべながら日々を生きているわけではありません。
ふつうは、近くの人、周囲の暮らし、自分の置かれた環境の中で、
自分の幸福や不幸を感じています。
だからこそ、
客観的に恵まれていることと、
主観的に苦しいことは、
必ずしも同じではないのだと思います。
この話は、そのまま寄付や支援の話にもつながっていきます。
「どこに、より大きな苦しみがあるのか」
「限られたお金や資源を、どこに向けると最も多くの苦しみを減らせるのか」
を考えるとき、
私たちはどうしても、目に入りやすいものや、身近なものに引っぱられます。
でも、Michael Plant 博士たちがやろうとしているのは、
そうした直感だけでなく、
幸福研究やデータを手がかりにしながら、
本当に大きな支えになる場所を考えようとすること
なのだと思います。
今回の対談を通して感じたのは、
幸福はとても個人的で、比較の中で揺れるものだけれど、
その一方で、支援を考えるときには
もっと広い視野で苦しみを見ることも必要
だということです。
身近な生活の苦しさも本物。
でも、世界にはまた別の深い苦しみもある。
その両方を忘れずに、
どう支えるのがよいかを考える。
それが「effective giving(よりよい支援のしかた)」の入口なのかもしれません。
ウエルのひとこと🐢
しあわせって、
「どれだけ持っているか」だけじゃなくて、
「何とくらべているか」でも変わるんだなと思いました。
たしかに、
ほんとうは恵まれていることがあっても、
近くの人や、いま足りないものばかり見ていると、
こころは苦しくなりやすいのかもしれません。
でもその一方で、
世界の中には、もっと深く困っている人もいる。
そのことを知って、
どこに手をのばすとよいかを考えるのも、
やさしさのひとつなんだなと思いました。
🧭 レジリエンスは、「強さ」だけでは測れないのかもしれない
Personal Resilience Index という新しい視点
2026.3.25|

#WEF2026
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた
Personal Resilience Index に関する話題をご紹介します。
投稿によると、
ウェルビーイング・リサーチ・センターは Zurich Insurance と協力しながら、
Personal Resilience Index という新しい指標づくりに取り組んでいるそうです。
このツールは、研究知見をもとに、
レジリエンスを支えるいくつかの重要な側面を見ていきながら、
どこにさらなる支援が必要かを見つけること
を目指しているようです。
レジリエンスという言葉は、
よく「折れない心」や「困難に負けない強さ」のように語られます。
でも実際には、
ただ気合いで乗り切ることだけを意味しているわけではないのだと思います。
むしろ、
しんどいときにどれくらい回復できるか、
助けを求められるか、
支えてくれる環境があるか、
日々の暮らしの中で無理をためこみすぎていないか。
そうしたいくつもの要素が重なって、
レジリエンスは形づくられているのかもしれません。
今回の投稿で印象的なのは、
この指標が
「誰が強いか」を決めるためではなく、
どこに支えが必要かを見つけるためのもの
として語られていることです。
それはとても大事な視点だと思いました。
レジリエンスを測る、というと、
つい「この人は高い」「この人は低い」と
個人を評価する話のようにも聞こえます。
でもほんとうに大切なのは、
足りないところを責めることではなく、
どんな支援があれば、もう少し楽に立ち直れるのかを考えること
なのではないでしょうか。
ウェルビーイングもレジリエンスも、
個人の内側だけで完結するものではありません。
安心できる人間関係、
働き方や生活の安定、
必要な支援に手が届くこと。
そうした外側の条件もまた、
その人が持ちこたえたり、回復したりする力に深く関わっているはずです。
Personal Resilience Index が、
「もっと強くなろう」というメッセージではなく、
“どこを支えれば、もっと持続可能に生きられるか”
を考えるための道具として育っていくなら、
とても意味のある取り組みになりそうです。
ウエルの感想🐢
レジリエンスって、
「つよい人がえらい」みたいな話なのかなと思っていたけれど、
そうじゃないのかもしれないなと思いました。
つかれたときに休めることとか、
こまったときに助けてもらえることとか、
また少しずつ元気になれることも、
だいじな力なんですね。
もし「どこが足りないか」を見るためじゃなくて、
「どこを助けたらいいか」を見るためのものなら、
それはやさしい指標だなと思いました。
🌿 自然は、精神科医療の“外側”ではなく、ケアの一部になれる?
安全が最優先の病棟で考える、Hybrid Green Spaces の可能性
2026.3.24|

安全管理の厳しい精神科ケアに、緑の空間を統合する試み。
▶︎「安全管理の厳しい精神科ケアにおける Hybrid Green Spaces の役割」
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介していた新しい研究
“The role of Hybrid Green Spaces in secure psychiatric care”
をご紹介します。
テーマは、安全管理の厳しい精神科病棟の中で、自然をどうケアに組み込めるかというものです。
研究の舞台になったのは、イギリスの思春期の重症精神科ケア病棟(CAMHS PICU)。
こうした病棟では、安全やリスク管理が最優先されるため、
屋外空間はどうしても管理しやすく、自然の少ない、無機質な場所になりがちです。
けれど研究者たちは、
そうした環境が逆に、患者さんだけでなくスタッフのストレスも高めているのではないか、
という問題意識から出発しました。
そこで行われたのが、
病棟スタッフ、元サービス利用者、施設管理、園芸の専門家などが協力して、
安全に配慮しながら、植物や土、生きものとのつながりを感じられる庭を共につくる
という取り組みでした。
この研究で印象的なのは、
自然をただ「きれいな背景」として置くのではなく、
人と場所と環境が一緒に関わりながら育てていくものとして考えている点です。
論文ではこうした場を、
Hybrid Green Spaces
と呼んでいます。
それは、
建物と自然、
制度とケア、
スタッフと患者、
そうしたふつうは分かれてしまいがちなもののあいだに、
新しい関係をつくる空間です。
たとえば研究では、
庭に出ることが難しい患者さんでも、
窓の外に育っていく花や植物を見ることで、
閉ざされた感覚の中に少し別の焦点が生まれていたことが語られています。
またスタッフにとっても、
庭での活動は、
病棟の“圧力鍋”のような緊張感から一時的に離れ、
より協力的で前向きな関わりを生む時間になっていたようです。
論文の中では、
こうした自然との関わりが、
スタッフのウェルビーイングを支え、共有された stewardship(ともに手入れし、見守る感覚)を育てた
と述べられています。
もちろん、こうした場所は理想的できれいなだけではありません。
植物が抜かれたり、ゴミが捨てられたりすることもあったと書かれています。
でもそれもまた、
こうした空間が固定された“完成品”ではなく、
その場の文脈に合わせて、手入れし続け、関係を育て続ける必要のある場所だということを示しています。
この研究が大事なのは、
自然を医療の外にあるぜいたくな付加価値としてではなく、
ケアそのものを支えるインフラとして捉え直しているところだと思います。
そしてさらに興味深いのは、
著者たちがこれを、
人間の健康だけでなく、植物や土、虫たちを含む環境との相互作用としてとらえ、
Ecological Collective Flourishing
という考え方につなげていることです。
人が自然を手入れし、
自然がまた人を支える。
その相互作用の中で、
人間のウェルビーイングと環境のウェルビーイングがいっしょに育っていく。
そんな見方が、ここにはあります。
精神科医療のように、
安全や管理がとくに重視される現場でも、
自然をあきらめなくてよい。
むしろ、そういう場所だからこそ、
自然とのつながりが持つ意味があるのかもしれない。
そんなことを、静かに、でも力強く示してくれる研究でした。
ウエルの感想🐢
びょういんの中でも、
あんぜんのためにきびしい場所では、
お花や土や虫みたいなものは、
あまり入れられないのかなと思っていました。
でも、そういう場所でも、
ちゃんと考えて工夫すれば、
自然がだれかの気持ちを少し楽にしてくれることがあるんですね。
外に出られなくても、
窓の外にお花が見えるだけで、
気持ちが少し変わることもあるのかもしれないなと思いました。
人を元気にすることと、
自然を大事にすることが、
べつべつじゃなくて、つながっているのがすてきだなと思いました。
🍀 先生が元気だと、子どもも育ちやすい?
Teacher Wellbeing Framework から考える、学校のウェルビーイング
2026.3.23|

Teacher Wellbeing Framework――先生のウェルビーイングを支える要素の整理図
(先生のウェルビーイングを支えるものは、個人の力だけではありません。)
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた
Teacher wellbeing に関する話題をご紹介します。
投稿では、
「先生がいきいきと働けるとき、生徒も学び、育ちやすくなる」
というメッセージとともに、
学校における先生のウェルビーイングを整理したインフォグラフィックが紹介されていました。
図の中心にあるのは、
Teacher Job Satisfaction(教師の仕事満足度)。
そしてその周りには、先生のウェルビーイングを支える要素として、
・ Physical Health(身体の健康)
・ Emotional Intelligence(感情を理解する力)
・ Emotional Regulation(感情の調整)
・ Self-efficacy(自己効力感)
・ Resilience(回復力)
・ Problem-solving(問題解決力)
といった、先生自身の内側にある力が並んでいます。
けれど、この図がおもしろいのは、
先生のウェルビーイングが
本人の性格や努力だけでは決まらない
ことも、はっきり示しているところです。
外側の輪には、
・ supportive relationships between staff and leadership, colleagues, students and parents
(管理職・同僚・生徒・保護者との支え合う関係)
・ salary satisfaction(給与への満足)
・ job security(雇用の安定)
・ work-life balance(仕事と生活のバランス)
・ continuous learning and development opportunities
(学び続け、成長できる機会)
・ class size(学級規模)
・ workplace recognition(職場で認められること)
・ school climate(学校全体の雰囲気)
など、学校や制度の側にある条件が並んでいます。
つまりこのフレームワークは、
先生が元気に働けるかどうかは、
「もっと強くなろう」「もっと頑張ろう」という個人の話だけではなく、
学校の環境や人間関係、働き方や制度のあり方とも深くつながっている
と教えてくれているように思います。
先生の仕事満足度が高まると、
先生自身が少し楽になるだけではなく、
その先にいる子どもたちの学びや安心感にも、
きっと静かに影響していくはずです。
学校のウェルビーイングというと、
つい子どもたちのことを最初に考えがちですが、
その土台には、
日々教える人たちのウェルビーイング
があるのかもしれません。
「先生が thrive すると、生徒も learn and flourish する」
という今日の投稿の言葉は、
教育の現場をとてもやさしく、でも本質的に表しているように感じました。
ウエルの感想🐢
学校のことを考えるとき、
つい「子どもが元気かどうか」がいちばん大事だと思っていたけれど、
先生が元気でいられることも、
すごく大事なんですね。
先生が安心して働けたり、
ちゃんと休めたり、
まわりの人と支え合えたりすると、
教室の空気も少しやさしくなるのかもしれないなと思いました。
子どものウェルビーイングと、
先生のウェルビーイングは、
べつべつじゃなくて、つながっているんですね。
📱 SNSとどう付き合うか
— World Happiness Report 2026から見えてくるヒント —
2026.3.23|

“不安”ではなく“選択”
▶︎ 📘 https://worldhappiness.report
ここ数日、
World Happiness Report 2026 をもとに、
「ソーシャルメディアと幸福」の関係を見てきました。
・SNSは若者の幸福に影響しているのか
・同じSNSでも使い方で意味が変わること
・そして、その影響は社会によって異なること
ここまで見てくると、
ひとつの問いが残ります。
👉 では、私たちはどう使えばいいのか?
🌿 SNSは「やめるもの」ではなく「選ぶもの」
今回のレポートから感じるのは、
👉 SNSは単純に
「良い」「悪い」と分けられるものではない
ということです。
同じSNSでも、
・誰かとつながるために使うのか
・ただ眺めて比較するために使うのか
で、体験は大きく変わります。
つまり、
👉 SNSは“使われるもの”ではなく、“使い方を選ぶもの”
🧠 3つの小さなヒント
では、日々の中でできることは何でしょうか。
① つながる使い方を増やす
・コメントする
・メッセージを送る
・誰かの言葉に反応する
「見るだけ」から
「関わる」へ。
それだけでも、
体験の質は変わっていきます。
② 比較から少し距離をとる
SNSは、どうしても
👉 他人の“ハイライト”が集まる場所
少し距離を置いたり、
見るものを選んだりすることで、
👉 自分のペースを取り戻すことができます。
③ 時間より「質」を意識する
長く使ったかどうかよりも、
👉 どんな時間だったか
短くても、
心が動く時間もあれば、
長くても、
どこか疲れてしまう時間もあります。
🌱 「関係の質」をつくる道具として
SNSは、
時間を奪うものというよりも、
👉 人との関係のあり方を変える道具
どんな関係の中で使うのか。
どんな気持ちで使うのか。
それによって、
その意味は変わっていきます。
🐢 ウエルのひとこと
「やめるより、
どう使うかを考える方が、
ちょっとやさしいね」
World Happiness Report 2026 のテーマ
「ソーシャルメディアと幸福」は、
👉 私たちの“使い方”に
静かに問いを投げかけています。
ここまでで、
今回のテーマはひと区切り。
また明日からは、
少し違う視点から
ウェルビーイングの話を続けていきます🌿
📊 世界で違う「SNSと幸福」の関係
— World Happiness Report 2026 が示す“社会と文脈”
2026.3.21|

SNSの影響は文脈で変わる
▶︎ 📘 https://worldhappiness.report
ここ数日、
World Happiness Report 2026 をもとに、
「ソーシャルメディアと幸福」の関係を見てきました。
昨日は、
同じSNSでも「使い方」によって意味が変わる、
という点に注目しました。
では、もう一歩進んでみます。
🌍 同じSNSなのに、なぜ影響は違うのか?
World Happiness Report 2026 が示しているのは、
とても重要なことです。
それは、
👉 SNSの影響は、世界で同じ形では現れない
ということです。
例えば、
・北米や西欧では
若者の幸福度の低下とSNS利用の増加が
重なるように見える
一方で、
・他の地域では
同じような関係が明確ではない
つまり、
👉 SNSそのものが原因、とは言い切れない
ということです。
🧠 影響を分ける3つのポイント
では、何が違いを生んでいるのでしょうか。
大きく、3つの視点が見えてきます。
① 社会のあり方(信頼やつながり)
もともと
・人とのつながりが強い社会
・信頼関係がある社会
では、
SNSは補助的な役割になります。
一方で、
・孤立や分断が強い社会
では、
👉 SNSがその状態を“増幅”してしまうことがあります。
② 使い方(アクティブか、受動か)
これは昨日の続きでもあります。
・誰かとつながる使い方
・ただ眺める・比較する使い方
同じSNSでも、
体験の質は大きく変わります。
③ 年齢・ジェンダー
今回のレポートでは、
・若年層
・特に女性
において、影響が大きく見られる可能性が指摘されています。
🌱 SNSの問題ではなく、「関係」の問題
ここまで見てくると、
問いは少し変わってきます。
👉 SNSが良いか悪いか、ではなく
👉 私たちがどんな関係の中で、それを使っているのか
同じ道具でも、
・どんな社会で
・どんなつながりの中で
・どんな気持ちで
使うかによって、
その意味は大きく変わります。
🐢 ウエルのひとこと
同じものでも、
どこで、どんな気持ちで使うかで、
ぜんぜん違うものになるんですね。
World Happiness Report 2026 は、
単なる「SNSの良し悪し」ではなく、
👉 人と社会の関係そのもの
を見つめ直すヒントを
静かに差し出しているように感じます。
明日は、
ここからもう一歩進んで、
👉 「では、どう使えばいいのか?」
という視点から、
このテーマを見ていきたいと思います。
📱 若者の幸福とSNS――「使う量」だけでは語れないこと
World Happiness Report 2026 をもう少し深く読む
2026.3.20|

World Happiness Report 2026 は、SNSと若者の幸福の関係をより深く検討しています。
昨日は、World Happiness Report 2026 が公開され、
今年の大きなテーマが 「ソーシャルメディアと幸福」 であることをご紹介しました。
今日はその続きとして、
SNSは若者の幸福にどう関わっているのか
を、もう少し詳しく見てみたいと思います。
今回のレポートや関連動画で繰り返し語られていたのは、
この問題はとても複雑だということです。
たしかに、北米や西ヨーロッパでは、
この15年ほどのあいだに若者の幸福度が大きく下がる一方で、
ソーシャルメディアの利用は大きく増えてきました。
そのため、
「SNSが若者の幸福低下の原因ではないか」
という見方はとても強くなっています。
そして今回の報告でも、
ソーシャルメディアをたくさん使う人ほど、あまり使わない人より幸福度が低い傾向
があること、
とくに思春期の女子ではその差が大きいことが紹介されていました。
ただし、ここで話は終わりません。
今年のレポートが大事にしているのは、
“どれだけ使うか”だけでなく、“どう使うか”が重要だ
という視点です。
動画では、
アルゴリズムで流れてくる投稿を受け身で次々に見続ける使い方は、
友だちとやりとりするような、より能動的な使い方よりも、
ウェルビーイングへの悪い影響が大きいと説明されていました。
つまり、
同じ「SNS利用」でも、
それがつながりを深める使い方なのか、
それとも比較や受け身の消費が中心の使い方なのかで、
意味がかなり変わってくるのです。
さらに興味深いのは、
この関係が世界中で同じ形ではないことです。
レポートの関連動画では、
英語圏や西ヨーロッパの外では、
SNSとウェルビーイングの関係がむしろより肯定的に見える地域もある
と紹介されていました。
たとえばラテンアメリカでは、
SNSやインターネットの利用がかなり多くても、
若者の幸福度は比較的高いそうです。
このことは、
SNSそのものを一律に「悪い」と決めるのではなく、
文化、社会関係、使い方、利用時間、プラットフォームの違いまで見なければならないことを示しているように思います。
だからこそ、今回の World Happiness Report 2026 は、
単純に
「SNSをやめれば解決する」
とも、
「SNSはただの道具だ」
とも言っていないように見えます。
むしろ見えてきたのは、
人とのつながりを助けるはずの道具が、使い方によっては幸福を削ってしまうこともある
という、現代らしい難しさです。
便利さや楽しさの一方で、
比較、孤立、時間の奪い合い、感情の揺さぶりも起きる。
だからこれから大事なのは、
SNSを善悪で決めつけることよりも、
若い人たちが、より健康的で、より人間らしいかたちで使える環境をどうつくるか
を考えることなのかもしれません。
昨日は導入として、
「今年のテーマはソーシャルメディアと幸福」とご紹介しました。
今日はその中身を少し見て、
問題は単純ではないけれど、だからこそ“使い方”と“環境”に目を向ける必要がある
と感じました。
ウエルの感想🐢
SNSって、
たくさん使うとよくない、っていう話なのかなと思っていたけれど、
それだけじゃないんですね。
だれかと話したり、つながったりするために使うのと、
ずっと流れてくるものを見つづけるのとでは、
こころへのえいきょうも違うのかもしれないなと思いました。
どうぐって、
あるだけでは良いとも悪いとも言えなくて、
どう使うか が大事なんですね。
だから、
「やめるか、続けるか」だけじゃなくて、
もっと気持ちよく、安心して使えるやり方を
みんなで考えていくのが大事なのかなと思いました。
📘 World Happiness Report 2026 公開
今年のテーマは「ソーシャルメディアと幸福」
2026.3.19|

今年の World Happiness Report は、ソーシャルメディアと幸福に注目しています。
今日は、World Happiness Report 2026 が公開されました。
▶︎ 📘 https://worldhappiness.report
今年の大きなテーマは、ソーシャルメディアとウェルビーイングの関係です。公式ページでも、北米と西ヨーロッパでは若者の幸福度が15年前よりかなり低くなっている一方、その間にソーシャルメディア利用は大きく増えたことが、この年次報告の出発点として示されています。
とくに印象的なのは、
「SNSが若者の幸福低下の原因なのか?」
という、よく語られる問いに対して、今年のレポートがかなり本格的に向き合っていることです。
World Happiness Report 2026 の関連動画では、著者たちが今年は過去最大規模の研究チームを組み、この関係を世界規模で検討したと述べています。
ただし、結論は単純ではありません。
動画の中でも、“truth be told, it’s a complicated matter” と語られているように、
「SNSは悪い」と一言で片づけられる話ではないようです。
英語圏や西ヨーロッパでは、利用量が多い若者ほど幸福度が低い傾向や、とくに思春期の女子で差が大きいことが示唆される一方で、英語圏・西欧以外では、SNSとウェルビーイングの関係がむしろより肯定的に見える地域もあると紹介されています。ラテンアメリカでは、SNSやインターネット利用が多くても若者の幸福度は比較的高いという点も、動画で触れられていました。
さらに重要なのは、
「どれくらい使うか」だけでなく、「どう使うか」
という視点です。
動画では、受け身でアルゴリズムの流す投稿を次々見る使い方は、友人と積極的にやりとりする使い方よりウェルビーイングへの悪影響が大きいこと、また低〜中程度の利用はより高い生活満足度と結びつく一方、高頻度利用は低い生活満足度と関連することが紹介されています。
つまり今年のレポートは、
SNSを全面的に否定するのでも、無条件に肯定するのでもなく、
「誰が、どのように、どのくらい使っているのか」で影響がかなり変わる
という、より現実に近い姿を描こうとしているように見えます。
公式の分析ページでも、今年は社会的つながり、信頼、感情的な絆との関係を含めて、ソーシャルメディアと幸福を検討していると説明されています。
今日はまず、WHR 2026 公開の導入回としてここまでにして、
明日はもう少し踏み込んで、
若者の幸福低下とSNSの関係を見ていきたいと思います。
ウエルの感想🐢
SNSって、
いいものか、わるいものか、
すぐに決められるものだと思っていたけれど、
ほんとうはもっとふくざつなんですね。
たくさん使えばいいわけでもないし、
ぜんぶやめればいい、という話でもなくて、
どう使うか がだいじなのかもしれないなと思いました。
人とつながるためのものが、
つかい方によっては苦しくなることもある。
だからこそ、
べんりさだけじゃなくて、
こころがどう感じているかを、
ちゃんと見ていくことが大事なんですね。
📊 英国のウェルビーイングはいま、どうなっている?
UK Wellbeing Report 2025 が示す「幸福の貧困線」と「フラリッシング・ライン」
2026.3.18|

▶︎英国における Flourishing Line 超えの地域差(UK Wellbeing Report 2025 より)
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた
UK Wellbeing Report 2025 に関する話題をご紹介します。
今回のポストでは、
イギリスの人々の約3分の1が、自分の人生を10点満点中9点または10点と評価している
ことが紹介されていました。
これは、World Wellbeing Movement がいう Flourishing Line を上回る水準にあたるそうです。
添付の地図を見ると、Flourishing Line を上回る人の割合には地域差もあることがわかります。
一方で、このレポートが同時に伝えているのは、
もっと厳しい現実です。
レポートによると、
Happiness Poverty Line(幸福の貧困線) の下で暮らしていると推計される英国の成人は、
およそ700万人。
16歳以上人口の約13%にあたります。
ここでいう Happiness Poverty Line とは、
英国の Office for National Statistics(ONS)がたずねている
「生活満足度を0〜10で表すとどのくらいですか」
という問いに対して、
5以下と答えた人たちを指します。
さらに今回のレポートでは、
前回よりも65万人多くの英国成人が、この幸福の貧困線の下に入ったと推計されています。
ポストではこれを、
「ウェンブリー・スタジアムを7回以上埋める人数」
と表現していました。
この話から感じるのは、
ウェルビーイングを見るときには、
「平均でどうか」
「上位にどれくらいいるか」
だけでは足りない、ということです。
人生をとても高く評価している人が一定数いる一方で、
日々の生活をかなり苦しいものとして感じている人も、
少なくない。
しかも、その数が増えているかもしれない。
そう考えると、
ウェルビーイングの議論は
「幸福な人がどれくらいいるか」
だけでなく、
深くしんどいところにいる人を、社会がどれだけ減らせているか
にも目を向ける必要があるのだと思います。
「幸福の貧困線」という言葉は少し強く聞こえますが、
それは逆に、
生活満足度の低さを
“なんとなく元気がない”
という曖昧な話で終わらせず、
社会として向き合うべき状態として捉えよう
としているのかもしれません。
もうすぐ World Happiness Report 2026 も発表されます。
国全体の平均や、高い生活満足度に目が向きやすい時期だからこそ、
その内側にある分布や、
「どのくらいの人が本当に苦しい地点にいるのか」
にも目を向けたいなと思いました。
ウエルの感想🐢
しあわせの話って、
「何点くらいですか」
って聞くだけだと、
高い人が多いのか、低い人が多いのかを見るのかなと思っていました。
でも、
すごくつらいところにいる人が
どのくらいいるのかを見ることも、
とても大事なんですね。
元気な人がたくさんいることもすてきだけれど、
しんどい人がへっていくことも、
同じくらい大切なんだなと思いました。
⭐ ウェルビーイング指標は、社会の“North Star”になれる?
シンプルな問いが、人の進歩の道しるべになるという考え方
2026.3.17|

ウェルビーイング指標を「North Star」にたとえた Jan-Emmanuel De Neve 先生のメッセージ
昨日は「ウェルビーイングをどう測るか」という視点からご紹介しましたが、今日はそのシンプルな指標が、なぜ“道しるべ”になりうるのかを考えてみます。
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた
“Why single-item measures of wellbeing are best”
に関連して、もうひとつ印象に残った表現をご紹介します。
それは、
「単一のウェルビーイング指標は、人間の進歩にとっての “North Star(北極星)” になる」
という考え方です。
この議論では、
ウェルビーイングを、健康、収入、人間関係、宗教性など、いくつもの項目を合計した“複合指標”で測るべきだ、という考え方に対して、
著者たちは少し違う立場をとっています。
著者たちの考えでは、
健康やお金、人とのつながりはとても大切ですが、
それらはウェルビーイングそのものというより、
なぜ人がそのように感じているのかを説明する要因です。
そのうえで、本当に見たいのは、
その人が自分の人生全体をどう感じているか
ということ。
だからこそ、まずはひとつのシンプルな問いで、
生活の質を直接たずねることに意味がある、という立場です。
今回のポストでは、その単一指標が
“North Star”
と表現されていました。
北極星は、細かな道順を全部教えてくれるわけではありません。
けれど、どちらへ向かうべきかを見失わないための目印にはなります。
それと同じように、
ウェルビーイングのシンプルな指標も、
健康や経済、教育、地域、職場など、社会のさまざまな分野をまたいで、
私たちは結局、どこへ向かいたいのか
を示してくれるのかもしれません。
画像の中では、Jan-Emmanuel De Neve 先生が、
このウェルビーイング指標を
「ビジネスや政策決定の中心に置くことで、社会の分断をまたぎ、組織の縦割りをこわしていく North Star になる」
と表現していました。
たしかに、分野ごとに別々の数字を追いかけていると、
経済は経済、健康は健康、教育は教育、というふうに、
目標がばらばらになりやすいのかもしれません。
でも、
人が実際にどう生きていて、どう感じているのか
という問いを中心に置くと、
政策や組織の目的も、少し違って見えてきます。
もちろん、ひとつの問いだけで世界のすべてがわかるわけではありません。
それでも、複雑な社会の中で
「私たちは何のために進むのか」
を見失わないための目印として、
ウェルビーイング指標を考える。
そんな視点は、とても大事なのかもしれないなと思いました。
ウエルの感想🐢
北極星って、
くわしい地図ではないけれど、
どっちのほうへ進むかを教えてくれる星なんですね。
しあわせの研究でも、
いろんな数字をたくさん見ることは大事だけれど、
さいごに
「この社会は、人がほんとうによりよく生きられるほうへ向かっているかな」
ってたしかめるための星があると、
道にまよいにくくなるのかもしれません。
べんりさや大きさだけじゃなくて、
人がどう感じているかを大事にすることが、
ほんとうの進歩につながるのかなと思いました。
🔦 ウェルビーイングは、ひとつの問いで測れる?
“single-item measure” をめぐる新しい議論
2026.3.16|

今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた新しい論文
“Why single-item measures of wellbeing are best” をご紹介します。
この論文は Nature Human Behaviour に2026年2月2日付で掲載され、World Happiness Report 2025 の編集者たちが、ウェルビーイングをどう測るべきかについて議論したものです。
今回の中心にあるのは、
ウェルビーイングは、たくさんの項目を合計した「複合指標」で見るべきなのか、それとも、自分の人生全体をどう感じているかをたずねる「単一項目」で見るのがよいのか
という問いです。
著者たちは、
健康、経済状況、人間関係、宗教性などはとても大切だけれど、
それらはウェルビーイングそのものというより、
なぜその人がそう感じているのかを説明する要因だと考えています。
そのうえで、ウェルビーイング自体は、
「自分の人生の質を全体としてどう感じているか」という、より直接的な問いでとらえるほうがよい
と主張しています。
ウェルビーイング・リサーチ・センターの紹介では、この単一項目の測定を
“a beacon”
――灯台のように、まっすぐで、効率的で、国をまたいで比べやすい指標――
として表現していました。
つまり、理由はいろいろあっても、
いま自分の人生をどう感じているかをまず直接たずねることに意味がある、
という考え方です。
これは、World Happiness Report の考え方ともつながっています。
実際、同レポートの幸福ランキングは、Gallup World Poll で140か国以上にたずねている単一の life evaluation 指標を土台にしています。
もちろん、健康も、お金も、人とのつながりも大切です。
でも今回の議論は、
それら全部を混ぜて「幸福そのもの」と呼ぶのではなく、
まずは“どう感じているか”をまっすぐ見る
という立場を、あらためて示しているように見えます。
ウェルビーイング研究では、
原因を調べることと、結果としての生活の感じ方を測ることは、
似ているようで少し違うのかもしれません。
もうすぐ World Happiness Report 2026 も発表されます。
ランキングを見る前に、
そもそも幸福をどう測っているのか
という問いに立ち止まってみるのも、おもしろい時間になりそうです。
ウエルの感想🐢
しあわせって、
けんこうとか、お金とか、友だちとか、
いろんなものでできているんだと思っていました。
でも、
それをひとつずつ数えることと、
「いまの人生をどう感じているか」を聞くことは、
少しちがうんですね。
たしかに、
いろいろ理由はあっても、
さいごにその人が
「じぶんの毎日はどうかな」
って感じていることは、
とても大事なことなのかもしれないなと思いました。
🤝 ウェルビーイング科学を支えるパートナーたち
World Happiness Report の舞台裏にある協力のかたち
2026.3.15|

▶︎ World Happiness Report を支えるパートナーたち
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしていた
World Happiness Report のポストをご紹介します。
World Happiness Report は、
オックスフォード大学 Wellbeing Research Centre を中心に、
Gallup、Sustainable Development Solutions Network(SDSN)、そして独立した編集委員会とのパートナーシップによって発表されています。
毎年、私たちはランキングや注目トピックに目を向けがちですが、
その背景には、研究を支え、データを集め、知見を社会に届く形へまとめる、
たくさんの人と組織の協力があります。
今回のポストは、
そうしたパートナーへの感謝を伝えるものでした。
ウェルビーイング研究は、
単に「幸せそうかどうか」を語るものではなく、
人々の暮らし、健康、信頼、社会のあり方を見つめる学問でもあります。
そしてそれを、専門家だけのものにせず、
社会の中で共有できる知識として届けていくには、
研究機関だけではなく、調査機関、国際ネットワーク、大学、財団、民間の支援など、
さまざまなつながりが必要なのだと思います。
今回の画像には、
World Happiness Report を支える多くのパートナーの名前が並んでいました。
こうした連携を見ると、
ウェルビーイング科学が一部の研究者だけの営みではなく、
国や分野をまたぎながら育てられている共同の知のプロジェクトなのだと感じます。
もうすぐ World Happiness Report 2026 も発表されます。
新しい結果や分析に注目が集まる時期だからこそ、
そのレポートがどんな協力の上に成り立っているのかを思い出すのも、
よいタイミングかもしれません。
「幸福を測る」「よりよく生きる社会を考える」という営みは、
ひとつの組織だけでできることではありません。
誰かが問いを立て、
誰かが調べ、
誰かが支え、
誰かが社会へひらいていく。
そんな積み重ねの中で、
ウェルビーイング科学も少しずつ育ってきたのだと思います。
ウエルの感想🐢
しあわせの研究って、
すごい先生がひとりで作っているのかな、と思っていたけれど、
ほんとうはたくさんの人や団体が力を合わせて
支えているんだなと思いました。
だれかが調べて、
だれかがまとめて、
だれかが応援してくれるから、
わたしたちは
「しあわせって何だろう」
を、いっしょに考えることができるんですね。
大きなレポートの後ろにも、
たくさんの協力や感謝があるんだなと思うと、
なんだかあたたかい気持ちになります。
🌸 ホワイトデーと「小さなお返し」のウェルビーイング
2026.3.14|

小さなお返しが生む、やさしい循環。
画像:©laura-adai
今日はホワイトデーですね。
バレンタインのお返しをする日ですが、こうした「お返し」の文化には、実はウェルビーイングに関係する大切な要素があります。
人が幸せを感じるときには、たいてい「誰かとのつながり」があります。
心理学では、これを 互恵性(Reciprocity) と呼びます。
誰かが何かをしてくれた。
だから自分も返したい。
この小さな循環が、信頼や安心感を生み、人と人との関係を少しずつ温かくしていきます。
大きなことでなくても、
・「ありがとう」と伝えること
・ちょっとした贈り物
・小さなお返し
そんな行動が、人と人のあいだのウェルビーイングを静かに育てているのかもしれません。
ホワイトデーの今日は、そんな「小さなお返し」について少し考えてみるのも良い日かもしれませんね。
💬 心のケアのデジタル化に必要なのは、技術より“人の経験”かもしれない
「人間中心設計」で考えるメンタルヘルス支援のこれから
2026.3.13|

▶︎Human-Centered Design and Digital Transformation of Mental Health Services
昨日は「デジタル化だけでは足りない」という入口からご紹介しましたが、今日はその論文の中身にもう少し踏み込んでみます。
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介していた論文
“Human-Centered Design and Digital Transformation of Mental Health Services”
をもとに、メンタルヘルス支援のデジタル化について考えてみます。
イギリスでは、メンタルヘルスの評価・診断・治療への需要が高まる一方で、
資金不足や人手不足、長い待機時間など、支援体制のひっ迫が続いています。
こうした課題に対して、デジタル化はしばしば有力な解決策として語られてきました。
けれど、この論文が繰り返し伝えているのは、
「デジタル化そのものが答えとは限らない」
ということです。
著者たちは、メンタルヘルス支援における human-centered design(人間中心設計) を、
利用する人や支える人の必要、希望、経験に、対話と共感を通して向き合いながら、仕組みやサービスを少しずつ設計し、改善していく実践的なアプローチ
として位置づけています。
ここで大事なのは、
新しいアプリやシステムを導入すること自体ではなく、
その仕組みが、ほんとうに人の役に立つかどうかを、使う人の視点から考え続けること
です。
論文では、デジタルメンタルヘルスの可能性として、
アプリ、チャットボット、オンライン支援、電子記録、デジタル教育、復職支援など、さまざまな例が紹介されています。
ただ同時に、現実には
継続利用の難しさ、規制の不足、既存サービスとの連携不足、個別化の弱さ、効果検証の不十分さ
といった課題も多いと述べられています。
特に印象的だったのは、
“The solution may or may not be digital”
(解決策はデジタルかもしれないし、そうでないかもしれない)
という視点です。
これはとても大切な考え方だと思いました。
なぜなら、困りごとを前にすると、
つい「新しい技術を入れればよい」と考えたくなりますが、
実際には必要なのが、アプリではなく、
人員、時間、関係性、情報共有、あるいは安心して話せる場かもしれないからです。
論文では、イギリスのメンタルヘルス法に関する制度改革の事例も紹介されていました。
そこで見えてきたのは、急性期の危機では本人の希望を十分に反映する時間がないこと、
「ひとりの人間として扱われたい」という利用者の思い、
そして現場のスタッフが最新情報にアクセスしにくいことや、
人手不足のなかで個別的なケアが難しくなっている現実でした。
こうした発見は、
「どんな技術を入れるか」より前に、
人はどこで困っているのか、何に困り、何を失っていると感じているのか
を知ることの大切さを教えてくれます。
AI やデジタル技術が広がる時代だからこそ、
必要なのは「もっと技術を」と急ぐことではなく、
誰のための仕組みなのかを問い直し、人の経験を起点に設計することなのかもしれません。
心のケアのように繊細な領域では、
便利さや効率だけでは測れない価値があります。
この論文は、
技術を導入する前に、人をちゃんと見よう
という、とても大事な原点を思い出させてくれるものでした。
ウエルの感想🐢
デジタルって、
「早い」「べんり」「すごい」
っていうイメージがあるけれど、
心がつかれているときにほんとうにほしいものは、
それだけじゃないのかもしれないなと思いました。
たとえば、
ちゃんと話を聞いてもらえることとか、
こわくないことばで説明してもらえることとか、
「あなたの言葉をちゃんと聞いて、わかろうとしてくれている」
と感じられることも、すごく大事なんですね。
新しい技術を使うときも、
先に考えたいのは
「何ができるか」より
「その人が少し楽になれるかどうか」
なのかもしれないなと思いました。
💬 心のケアのデジタル化に、本当に必要なものは?
“人を中心にした設計”の大切さを考える新研究
2026.3.12|

今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介していた新しい研究をご紹介します。
テーマは、イギリスのメンタルヘルス支援のデジタル化において、「人を中心にした設計(human-centred design)」が欠かせないというものです。
イギリスでは、心の不調に関する相談や診断、治療のニーズが高まる一方で、
待機時間の長さや紹介の遅れなど、支援体制のひっ迫が続いているそうです。
こうした課題に対して、デジタル化はひとつの解決策として期待されてきました。
ただ、この研究が強調しているのは、
「デジタルにすればよい」という話ではない
ということです。
著者たちは、コンピュータ科学や工学の分野で発展してきた
human-centred design(人間中心設計)
の考え方を、メンタルヘルス支援の設計や見直しに活かす必要があると述べています。
ここでいう human-centred design とは、
実際にそのサービスを使う人や、現場で支える人たちの必要・希望・経験に、対話や共感を通して向き合いながら、少しずつ改善していく実践的な方法
のことです。
つまり、
「新しい技術を入れる」こと自体が目的ではなく、
その変化が、ほんとうに利用者や支援者にとって役立つものになっているか
を問い続ける姿勢が大事だ、ということだと思います。
研究では、こうした考え方をもとに、イギリスに向けていくつかの政策提案も示されています。
たとえば、部門をまたいだ独立的なデジタル変革の仕組みづくりや、
評価方法の標準化、
メンタルヘルス支援と他の行政部門との連携強化などです。
印象的だったのは、
「私たちは機能不全のシステムから、技術だけで抜け出すことはできない」
という問題意識です。
AI やデジタル技術が広がるいま、
つい「もっと便利に」「もっと効率的に」と考えがちですが、
心のケアのように繊細な領域では、
まず誰のための仕組みなのか
を見失わないことが大切なのだと感じました。
技術はたしかに助けになります。
でも、技術そのものが答えなのではなく、
人の価値やウェルビーイングを支えるための“道具”として使われてこそ意味がある。
そんな当たり前だけれど大切なことを、改めて思い出させてくれる研究でした。
ウエルの感想🐢
AIとかデジタルって、
なんでも早くできるようになる、すごいもの、というイメージがありました。
でも、心がつかれているときは、
早いことよりも、
「ちゃんとわかってもらえること」
のほうが大事なこともあるんだなと思いました。
べんりなものを作るときも、
その人がどんなふうに困っているのか、
どんなことばなら安心できるのか、
そういうことを先に考えるのが大事なんですね。
すごい技術より、
まず人を大事にする。
それがほんとうの進歩なのかもしれないなと思いました。
🔍 不安には「限り」がある?
失業と気候変動への懸念をめぐる研究
2026.3.11|

Sachintha Fernando さんによるセミナー「失業と気候変動への懸念」より
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介していたセミナー動画から、
Sachintha Fernando さん(Martin Luther University Halle-Wittenberg) の研究発表をご紹介します。
テーマは、失業という個人的ショックが、気候変動への懸念にどう影響するのかというものです。
この発表で中心になっているのは、
“finite pool of worry(不安の有限性)”
という考え方です。
これは、
人が心配できる量には限りがあり、ひとつの不安が大きくなると、別の不安に向けられる心の余力が小さくなる
という見方です。
Fernando さんはこの考え方をもとに、
失業による生活不安が強まると、気候変動のような大きく抽象的な問題への懸念は弱まるのか
を検討しています。
分析には、ドイツの長期家計パネルである German Socio-Economic Panel が使われ、
2009年から2023年までの個人データをもとに、
就業していた人が失業したときに、不安の向き先がどう変わるかが見られています。
発表では、失業によって
自分の経済状況への不安は大きく高まる一方、気候変動への懸念は小さくなる方向
が示されていました。
気候変動への影響は経済的不安ほど大きくはないものの、
目の前の生活不安が強まると、より抽象的で長期的な問題に向ける心の余白が小さくなるかもしれない
という示唆が感じられます。
この話は、気候変動への関心が「知識不足」や「無関心」だけで決まるわけではないことも教えてくれます。
人は、自分の暮らしが不安定なとき、
まずは家計や仕事や足元の生活を心配するのが自然です。
そう考えると、
気候変動について社会全体で考えていくためにも、人々が安心して暮らせる土台が重要なのかもしれない
と思わされます。
発表の最後でも Fernando さんは、
“perhaps you need to be happy to worry about climate change”
(気候変動を心配するには、ある程度の幸福や安定が必要なのかもしれない)
という趣旨で結んでいました。
もうすぐ World Happiness Report 2026 は3月19日に公開予定です。
幸福や不安は、個人の気分の問題にとどまらず、
社会課題にどう向き合えるかにも関わっているのだと、
改めて感じさせられる研究でした。
ウエルのひとこと🐢
こころって、
なんでも同じだけ心配できるわけじゃないんだなあと思いました。
目の前の生活がたいへんなときは、
もっと大きな問題が大事だとわかっていても、
そこまで気持ちを向けるのがむずかしくなることもあるのかもしれません。
だからこそ、
だれかに「もっとちゃんと心配して」と言う前に、
その人が安心して暮らせる土台があるかどうかも、
だいじに考えたいなと思いました。
🌱 食の転換は、気候にも健康にもつながる?
Paul Behrens 教授が語る「great food transition」
2026.3.10|

▶︎Paul Behrens 教授による「great food transition」についての講演より
今日は、ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介していた動画から、
Paul Behrens 教授のプレゼンテーションをご紹介します。
動画は2年前のものですが、テーマはとても今につながっています。
それは、食のあり方を変えることが、気候変動だけでなく、健康や生物多様性にも大きく関わっているという話です。
Paul Behrens 教授によると、
世界の食料システムは、温室効果ガス排出の25〜30%を占めていると推定されています。
しかも、エネルギー分野の脱炭素が進んだとしても、
食の問題に手をつけなければ、それだけで大きな温暖化圧力になりうるといいます。
このプレゼンで印象的だったのは、
食の転換には大きく3つの柱があると整理されていたことです。
1つ目は、植物をより多く取り入れた食事への移行
2つ目は、食品ロスの削減
3つ目は、生産方法の改善です。
その中でも特に大きな効果があるのが、
高所得国で「植物中心の食事」に近づいていくことだと語られていました。
ここで大事なのは、
「完全に肉をゼロにする」という極端な話ではなく、
植物をより多く取り入れる“plant-rich diet” という考え方です。
研究では、高所得国がこうした食事へ移行すると、
農業由来の排出が60%以上減る可能性があると示されました。
さらに、家畜のために使われていた土地を自然に戻していくことで、
そこに炭素を蓄えられるようになり、
排出削減に加えて、土地による炭素吸収という「二重の気候メリット」が得られるといいます。
つまり、食の転換は
「出す量を減らす」だけでなく、
自然を回復させながら、吸収する力も増やすという可能性を持っているのです。
また、この話は気候だけにとどまりません。
土地利用の圧力が減れば、生物多様性の保全にもつながり、
水や空気、土壌への負荷も軽くなる。
さらに、食の選び方は私たち自身の健康にも関わってきます。
Paul Behrens 教授は、
こうした変化を進めるには、研究発表だけでは足りず、
メディア、政策、教育、そして個人の行動まで含めて動かしていく必要があると話していました。
食の問題は、毎日のことだからこそ、
大きすぎて変えられないようにも見えます。
でも逆にいえば、
毎日の食卓は、未来を少しずつ変えられる入口でもあるのかもしれません。
気候変動の話は、時に遠く大きすぎて感じられることがあります。
けれど、「何を食べるか」という身近な選択から考えると、
急に自分ごととして見えてくる気がします。
ウエルのひとこと🐢
ごはんのことって、
おなかを満たすことだけじゃなくて、
地球のことや、いきもののことや、
未来のくらしにもつながっているんだなあと思いました。
むずかしい話に見えても、
「きょう何を食べるか」
は、毎日の中にある小さな選択なんですね。
いきなり全部を変えなくても、
すこしずつ知って、すこしずつ選びなおしていくことにも、
意味があるのかもしれません🌱
👏 ウェルビーイング研究の若手に国際的評価
Dr Alberto Prati さんが ISQOLS Young Scholar Award を受賞
2026.3.9|

ISQOLS Young Scholar Award を受賞した Alberto Prati さん。Image © ISQOLS(@OxWellResearchより)
今日は少しさかのぼって、昨年紹介されていたうれしいニュースをひとつ。
ウェルビーイング・リサーチ・センターの Ajinomoto Research Fellow、Dr Alberto Prati さんが、ISQOLS Young Scholar Award を受賞されました。
この賞は、クオリティ・オブ・ライフ、幸福、ウェルビーイング研究において、若手研究者の重要な貢献をたたえるものです。
2025年は Alberto Prati さん、Lucía Macchia さん、Mark Fabian さん が受賞者として掲載されています。
こうした受賞ニュースを見ると、
ウェルビーイング研究が一部の著名な研究者だけで進んでいるのではなく、
若い世代を含めた幅広い研究者たちによって支えられていることを感じます。
ウェルビーイングというテーマは、
幸福感や生活満足度のような主観的な側面だけでなく、
人がどう生きるか、社会が何を大切にするか、
そして政策や日常の意思決定をどう支えるかにもつながっています。
だからこそ、こうした分野で新しい知見を積み重ねる研究者が評価されることには、
とても大きな意味があるように思います。
もうすぐ World Happiness Report 2026 は3月19日に公開予定です。
こうした研究者たちの積み重ねの先に、
私たちが日々ふれる「幸福」や「よりよく生きること」の議論があるのだと思うと、
今年のレポートもますます楽しみになります。
ウエルのひとこと🐢
研究って、すぐに目に見える形にならないこともあるけれど、
だれかが長い時間をかけて考えて、しらべて、ことばにしてくれているから、
わたしたちは少しずつ
「しあわせって何だろう」
を深く考えられるのかもしれません。
若い研究者さんが認められるニュースを見ると、
未来がすこし明るく見えて、うれしくなります。
🧠「幸福を最大化する」とはどういうこと?
マイケル・プラント博士×サム・ハリス対談から考える
2026.3.8|

▶︎最大の善を行う方法
マイケル・プラント博士(哲学者。ハピア・ライブズ研究所創設者兼所長。ウェルビーイング研究センター研究員。2025年版世界幸福度報告書共著者)×サム・ハリス氏(ポッドキャスト『メイキング・センス』ホスト。神経科学者。哲学者。)対談
ここのところ、ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介している研究や動画をたどりながら、
「幸福って、そもそも何だろう?」
「社会の中で、何を大事にすると人はよりよく生きられるのだろう?」
という問いに、少しずつ近づいている気がします。
今日はその流れの中で、オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターの研究員でもあるマイケル・プラント博士と、Sam Harris の対談動画をご紹介します。
この対談では、幸福の哲学、効果的利他主義、苦しみの減らし方、比較によって揺れる幸福感、AI時代の人間の繁栄まで、とても広いテーマが語られています。
*
この対談で印象的だったのは、
「幸福とは、ただ目先の快楽や苦痛回避のことではない」
という視点です。
たとえば運動や挑戦のように、
その瞬間はしんどくても、あとから振り返ると
「やってよかった」
「生きている実感があった」
と思える経験があります。
プラント博士は、幸福をとても単純に片づけるのではなく、
“人生がその人にとって全体としてどう良いものか”
という問いとして考えています。
そのうえで、苦しみを減らすことも、喜びを増やすことも、どちらも軽く扱ってはいけない――そんな立場が伝わってきます。
もうひとつ興味深いのは、
人の幸福はかなり「比較」に左右される
という話です。
私たちは、歴史全体や世界全体で見れば恵まれている面があっても、
身近な環境や、いま自分が置かれた状況との比較の中で、
「足りない」「苦しい」と感じてしまうことがあります。
これは単なるわがままというより、
人間の幸福感が文脈や比較の中で動くことを示しているのかもしれません。
だからこそ、
ウェルビーイングを考えるときには
所得やモノの量だけではなく、
どう感じているか、どんな関係性の中にいるか、どんな意味を見出しているか
を見る必要があるのだと思います。
さらにこの対談は、
「どうすれば最も大きな善をなせるか」
という、効果的利他主義の問いにもつながっていきます。
限られた資源の中で、
どんな支援が、どれだけ人の苦しみを減らし、
どれだけ幸福を増やせるのか。
そうした問いを、感情論だけでなく、研究やデータも使いながら考えようとするのが、プラント博士たちの取り組みです。
もうすぐ公開されるWorld Happiness Report 2026を前に、
「幸福とは何か」
「社会は何を大切にすべきか」
という根本から考え直すのにぴったりの対談でした。
ウエルのひとこと🐢
しあわせって、たのしいだけのことじゃないんだなあと思いました。
がんばってつかれたり、だれかのことを考えて悩んだり、
そういう時間も、あとから見ると
「たいせつな人生の一部」
だったりするのかもしれません。
でもその一方で、
つらさや苦しさを「しかたない」で終わらせないで、
へらせるものはへらしていこう、という考えも
とてもだいじだなと思いました。
しあわせを、ふわっとした気分だけじゃなくて、
ちゃんと考えてみるのも、おもしろいですね。
対談の前半はYouTubeで視聴できます。
幸福の哲学や、よりよい社会のつくり方に関心のある方は、ぜひのぞいてみてください。
🌍 気候変動は「暮らしの土台」を揺らす
―― Paul Behrens教授が語る、ウェルビーイングへの見えにくい影響
2026.3.7|

▶︎気候変動が幸福に与える影響 | ポール・ベーレンス | オックスフォード大学
今日は、オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアしたセミナー動画から、
Paul Behrens教授の「気候変動がウェルビーイングに与える影響」をご紹介します。
気候変動というと、気温上昇や異常気象、CO2の話として語られがちですが、今回の発表で強調されていたのは、
それが実は 人々の健康、食、住まい、生活費、不安、移動、社会の安定 にまで連なっている、ということでした。
しかも、現在よく使われる環境・社会・経済の統合モデルでは、
そうした人間の暮らしの質や幸福への影響が、まだ十分に捉えられていないそうです。
要約
Behrens教授はまず、気候変動のリスクはこれまで過小評価されてきた可能性が高いと説明します。
講演では、IPCC評価報告書の比較から、経済や生態系への中程度以上のリスク、さらに大規模な転換点のリスクが、以前考えられていたより低い気温上昇段階で現れうることを示していました。これは、気候変動の影響が「まだ先の話」ではなく、すでに私たちの生活圏に近づいていることを意味します。
特に印象的だったのは、気候変動の影響がひとつずつ独立して起こるのではなく、連鎖するという見方です。
たとえば、水不足が食料不足につながり、栄養不良や感染症リスクを高め、さらに移住や社会的不安定化へとつながっていく。紹介された研究では、こうした気候変動の社会的影響の相互作用が約400種類確認されたと語られていました。
さらに重要なのは、そうした影響の多くが、現在の主要モデルでは十分に扱われていないことです。
センターの紹介でも、この研究は主要な統合モデルが人間のウェルビーイングを適切に考慮していないことを示しているとまとめられています。講演では、GDPや食料安全保障、気温関連死亡のような一部の指標は多少含まれていても、メンタルヘルス、感染症、呼吸器・循環器・神経系の健康影響、労働生産性、移住、貧困、空気質、生物多様性の損失、主観的ウェルビーイングなどは十分に組み込まれていないと指摘されていました。
一方で、Behrens教授は悲観だけで終えていません。
講演では、気候変動への対策そのものが、ウェルビーイング向上にもつながりうると述べています。エネルギーや食のシステムをより良くしていくことは、気候のためだけでなく、人がより健康に、安心して、生きやすくなる方向とも重なる――この視点はとても希望があります。
今日のポイント
気候変動は、自然の問題であると同時に、暮らしと幸福の問題でもある。
しかも、その影響は「暑くなる」だけではなく、
物価・健康・不安・食・移動・社会の安定まで広がる複雑なつながりを持っています。
だからこそ、これからの社会モデルや政策では、
GDPや経済効率だけでなく、
人がどれだけ安心して暮らせるか、健やかでいられるか、生活の質を保てるか
という観点を、もっと中心に置いていく必要があるのだと思います。
ウエルのひとこと
ウエルは、気候変動って「地球が暑くなる話」だけじゃなくて、
ごはんのこと、からだのこと、お金のこと、安心して暮らせるかどうかの話でもあるんだ、って思いました。
“環境”と“しあわせ”は、ほんとうはずっとつながっていたのかもしれません。 🐢🌿
終わりに
気候変動の議論は、ときに大きすぎて、遠い話のように感じてしまいます。
でも今日のセミナー動画は、それを「人の暮らしの実感」に引き寄せて考える大切さを教えてくれました。
これから必要なのは、環境を守ることと、人の幸福を守ることを、別々に考えない視点なのかもしれません。
🌍 気候変動の「人への影響」は、もう数えられる
── それでも政策モデルには、まだ十分入っていない
2026.3.6|

Inclusion of wellbeing impacts of climate change: a review of literature and integrated environment–society–economy models
気候変動の影響は、環境だけでなく、人の健康・仕事・食・安心にまで及んでいる。
今日は、オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアした
The Lancet Planetary Health のレビュー論文をご紹介します。
テーマは、とても重要です。
気候変動は、人々のウェルビーイングに広く深く影響している。
しかも、その多くはすでに研究で数量化されている。
それなのに、環境・社会・経済を統合した政策モデルには、まだ十分反映されていない。
この論文は、そんな“ずれ”を整理したレビューです。
📌 すでに分かっていることは、思ったよりずっと多い
論文では、気候変動が人の暮らしに与える影響を
健康、食料、仕事、教育、安全、移動、貧困、空気の質、生物多様性など、
幅広いウェルビーイングの要素から見直しています。
そのうえで、
・ 熱による死亡
・ 食料安全保障の悪化
・ GDPへの打撃
だけでなく、
・ 感染症
・ 呼吸器・循環器・神経系の健康影響
・ メンタルヘルス
・ 出生への悪影響
・ 労働生産性の低下
・ 紛争
・ 移住
・ 貧困
・ 大気汚染
・ 生物多様性の損失
などについても、
すでに定量化された研究がかなり蓄積していることを示しました。
つまり、
「まだ数字にできないからモデルに入れられない」ものばかりではない
ということです。
📉 それなのに、主要モデルでは見落とされている
ここが論文の核心です。
政府や国際機関が使う主要な気候政策モデルは、
経済や人口の変化はある程度入れていても、
人間のウェルビーイングへの影響を、ごく一部しか取り込めていないことが多い。
特に強く反映されているのは、
・ 熱関連死亡
・ 食料生産・食料安全保障
・ GDP
など一部に限られます。
一方で、
メンタルヘルス、労働、移住、貧困、感染症、空気の質、生物多様性など、
人の生活に直結する重要な影響は、
研究では数量化されているのに、モデルではほとんど不在です。
🧠 なぜそれが問題なのか
モデルに入っていないものは、
政策判断の中で「ないもの」のように扱われやすくなります。
すると、
・ 気候変動を放置したときの被害は過小評価される
・ 気候対策によって守られる命や健康、暮らしの価値も過小評価される
ことになります。
論文が言いたいのは、
気候政策が過小評価しているのは、気温やGDPだけではなく、人間の生そのものかもしれない
ということです。
🔁 本当は「環境 → 社会 → 経済」はつながっている
このレビューでは、
環境・社会・経済を切り離さず、
フィードバックのある一つの系として考える必要も強調されています。
たとえば、
気温上昇
→ 健康被害や労働損失
→ 所得低下や貧困拡大
→ 教育や生活機会の損失
→ 将来の適応力の低下
というように、
ひとつの気候影響は、別の領域へ連鎖していきます。
それなのに、今の主要モデルの多くは、
このつながりを十分には表現できていません。
⚖️ とくに大事なのは「誰に影響が集中するか」
論文は、平均値だけでは足りないとも述べています。
気候変動の影響は、誰にでも同じように降りかかるわけではありません。
・ 子ども
・ 高齢者
・ 屋外労働者
・ 住環境の弱い人
・ 適応のための資源が少ない地域の人々
などに、より強く表れます。
だからこそ、
平均的な被害だけでなく、
不平等や脆弱性まで含めて見る必要がある。
ウェルビーイングの視点は、そこを見落としにくくします。
🐢 ウエルの感想
気候変動って、
空のこととか、
海のこととか、
遠い話みたいに見えることがあります。
でもほんとうは、
ごはんのこと、
からだのこと、
しごとのこと、
こころのことにもつながっているんですね。
見えにくいものまで、
ちゃんと数えようとすることは、
だれかの苦しみを
「なかったこと」にしないためなのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
気候政策に必要なのは、温度の計算だけではなく、
人の暮らしの損失と守られる価値を、きちんと数えること。
🌏 気候モデルは「人の暮らし」を数えていない?
― 気候政策にウェルビーイングを「中心」に戻すという提案(WRCシェア)
2026.3.5|
🌏 気候政策は、命と暮らしの“見積もり”から始まる。

気候変動は、地球だけでなく人のウェルビーイングを変えていく。
12/5のWRC(Wellbeing Research Centre)のシェアは、
気候変動の議論をぐっと現実に引き戻す問いでした。
│ 気候政策を「人の生活」を反映したものにするには、
│ ウェルビーイングを“周辺”から“中心”へ移す必要がある。
リンク先は The Conversation UK の記事:
“Climate action saves lives. So why do climate models ignore wellbeing?”
きょうのポイント
① 気候変動は、すでにウェルビーイングを削っている
気候変動は「気温」だけの話ではなく、すでに
・ 心の健康(不安・抑うつなど)
・ 感染症の拡大
・ 仕事の中断(暑すぎて働けない)
・ 食料供給の不安定化
・ 移住・避難(洪水、紛争、飢餓)
など、人の生活の土台そのものに触れています。
② でも、政策を動かす“気候モデル”には入っていない
政府や国際機関が政策を検討するとき、
「この政策をすると何が起きる?」を試すために使うのが気候政策モデル(大規模シミュレーション)です。
ところが記事の主張ははっきりしていて、
重要な人間的影響(死・健康・労働・食料不安)が、主要モデルに体系的に入っていない。
その結果、モデルの中では
・ 気候対策の「便益」が小さく見える
・ 逆に、対策しないことの「コスト」が過小評価される
という歪みが起きます。
③ “命の数字”が入っていないのは、政策上かなり致命的
記事では具体例も出てきます。
・ 暑さによる死亡(年間規模の健康影響)
・ 暑さで失われた労働時間(農業・建設など)
・ 気温上昇による食料不安(将来のリスク)
こうした影響がモデルに入らないと、
政策判断はどうしても「経済」中心に傾きやすくなります。
なぜ入れられないのか
記事は「研究がないから」ではなく、むしろ逆で、
・ 健康・疾病・メンタルヘルス
・ 労働生産性、移住、紛争、空気質、生物多様性
など、入れられそうな研究はすでに多い。
それでも主要モデルに反映されていない。
さらに、教育・文化・主観的幸福感・ガバナンスなどは
数値化・比較可能なデータの難しさもあって、なおさら入れにくい。
そして大事な論点:不平等がほぼ入っていない
気候変動は、誰にでも同じように当たるわけではありません。
・ 女性、子ども、高齢者
・ 屋外労働者
・ 安全な住居がない人
・ 適応のための資源が乏しい地域
「排出にほとんど寄与していない人ほど被害が大きい」という構造も含めて、
ウェルビーイングと気候の問題は“公正”の問題でもある、と記事は強調します。
🐢 ウエルの感想
気候対策って、
「地球のため」だけじゃなくて、ほんとは
命を守って、暮らしを守って、尊厳を守ることなんですね。
もしモデルが“ウェルビーイング”を数えていないなら、
それは、守るべきものを数え忘れたまま意思決定している、ってこと。
ウェルビーイングを中心に置くのは、
やさしさというより、政策の精度を上げるための当たり前なのかもしれない。
🧭 GDPの代わりは何だろう?
― 社会の進歩をどう測るか(Wellbeing Research Centre セミナー)
2026.3.4|

▶︎ GDPに代わるものは何だろうか? | アンネゲケ・ヤンセン | オックスフォード大学
「GDPはうまく機能していない」
と言われることが増えました。
では、その代わりは何でしょうか?
オックスフォード大学ウェルビーイング研究センターのセミナーで、
研究者 Annegeke Jansen がこの問いを探りました。
テーマは
「GDPを超えて:持続可能で包括的なウェルビーイングの測定」
今日はそのポイントを紹介します。
GDPはなぜ生まれたのか
まず、GDPの歴史です。
GDPはもともと
戦争や復興を管理するための経済指標として生まれました。
・ 戦争資金をどう調達するか
・戦後復興をどう測るか
こうした課題に対応するために
1953年、国連が国民経済計算(SNA)を標準化しました。
そこからGDPは急速に広まり、
やがて
「経済成長=社会の進歩」
という考え方が強くなりました。
しかしGDPには限界がある
この指標はとても便利でした。
でも同時に批判も増えていきました。
1968年、ロバート・ケネディはこう言いました。
GDPは、人生を価値あるものにするもの以外、
ほとんどすべてを測る。
GDPが見ているのは主に
・ 生産
・ 所得
・ 経済規模
です。
社会には他にも大切なものがあります。
例えば
・ 幸福
・ 不平等
・ 健康
・ 環境
・ 将来世代
GDPは、こうしたものを直接測ってはいません。
指標が変わると、社会の物語も変わる
面白い研究があります。
EUとアメリカを比較したとき、
GDPなどの経済指標を見ると
アメリカが優位に見えます。
けれども別の指標を見ると
まったく違う物語になります。
例えば
ウェルビーイング指標
→ EUはかなり追いついている
不平等
→ EUの方が小さい
環境
→ EUの方がCO₂排出が少ない
つまり
どの指標を見るかで、社会の評価は変わる
ということです。
指標は
単なる数字ではなく
社会のストーリーを作るもの
でもあります。
GDPの代替指標は実はたくさんある
GDPを超える指標はすでにたくさん提案されています。
例えば
・ 主観的ウェルビーイング
・ Human Development Index
・ ドーナツ経済学
・ Genuine Progress Indicator
・ SDGs
けれども問題があります。
多すぎるのです。
指標が乱立してしまい、
共通の枠組みがない
という状態になっています。
GDPが世界中で使われているのは
標準化された指標だったから
でもあります。
そこで提案:3つの柱で考える
研究チームは、
さまざまな理論を整理し、
次の3つの柱を提案しました。
① 現在のウェルビーイング
今生きている人々の生活の質
② 分配(公平)
誰がどれだけ恩恵を受けているか
③ 持続可能性
未来の世代のウェルビーイング
重要なのは、
平均だけでは不十分
という点です。
例えば
平均が高くても
・ 不平等が大きい
・ 環境が破壊されている
なら、それは持続可能な社会とは言えません。
1つの数字 vs ダッシュボード
GDPの強さは
「1つの数字」
だったことです。
ニュースも政治も
「GDP成長率」
で動きます。
そこで議論があります。
次の指標として
人生満足度(life satisfaction)
を使うべきではないか。
もし新聞が
GDPではなく
幸福度の変化
をトップニュースにしたら
社会の見方も変わるかもしれません。
ただし研究者は慎重です。
幸福度だけでは
・ 環境
・ 不平等
・ 貧困
を見落とす可能性があります。
そのため提案されたのが
ダッシュボード型の指標
です。
つまり
1つの代表指標 +
複数の重要指標
を組み合わせる方法です。
🐢 ウエルの感想
GDPは
社会の「コンパス」でした。
でもそのコンパスは
経済だけを向いていたのかもしれません。
もし
・ 幸福
・ 公平
・ 持続可能性
を一緒に測るコンパスができたら、
社会の進む方向も
少し変わるのかもしれません。
📎 出典
Annegeke Jansen
“Beyond GDP: Reviewing and conceptualizing the measurement of sustainable and inclusive wellbeing”
Wellbeing Research Centre Seminar, University of Oxford
🧭 善意だけでは決められないとき――“道徳的不確実性”と、交渉でつくる合意点
(Wellbeing Research Centre シェアより/Ergo掲載)
2026.3.3|

「正しさが分からないとき、どう決める?」――道徳的不確実性への新提案
Even with the best of intentions, how can we possibly choose the ‘right’ solution when individuals’ wellbeing is at stake?
――善意があっても、「正しい解」がひとつに決まらない。
きょうのWRCのシェアは、そんな現場感に真正面から向き合う哲学論文です。
きょうの問い
政策では、誰かのウェルビーイングがかかっているからこそ、
「最善を尽くしたい」と思うほど、迷いが深くなることがあります。
・ 健康と自由
・ 目の前の困窮と、長期的なリスク
・ 公平と効率
・ 苦痛の削減と、意味・尊厳の保障
どれも大事。だからこそ、“ひとつの正しさに賭ける”ことが難しい。
この状況を論文は 道徳的不確実性(moral uncertainty) と呼びます。
📌 まず出発点:「割合で分ける(比例配分)」という直感
論文が扱うのは、寄付のように資源を配分できる場面の例です。
たとえば、道徳理論が2つあって、
・ 理論A:寄付は「虫下し(deworming)」へ
・ 理論B:寄付は「地域の炊き出し(soup kitchen)」へ
と、“どこに寄付すべきか”が割れてしまう。
でも自分の中では、
Aが正しい確信が60%、Bが40%…みたいに揺れている。
そのとき直感的に魅力的なのが、
Aに60%、Bに40%寄付する
(=自分の確信度に比例して配分する)
という考え方です。
そして面白いのは、論文がここで
「これは実際のフィランソロピー(巨額助成)でも広く行われているのに、哲学の側では十分に支えられてこなかった」
と問題提起している点です。
⚠️ でも比例配分だけだと危ないことがある
論文は、比例配分の魅力を認めつつ、弱点もきちんと整理します。
・ 分割できない二択(押す/押さない、採用する/しない)にはそのまま使えない
・ 中途半端が最悪の結果を生むケースがある(両方の理論が「それだけは最悪」と言う結果に落ちる)
つまり、
「割合で分ける」がいつでも万能なわけではない。
🧠 提案:理論どうしが“交渉”して合意点をつくる(bargaining)
そこで論文が提示するのが、交渉(bargaining)ベースの枠組みです。
ざっくり言うと、
・ 道徳理論をそれぞれ「代表者」に見立てて
・ 代表者どうしが、取り引き・交渉しながら
・ 破滅的な結果を避けつつ、合意可能な落とし所を探す
という発想。
画像にある “moral marketplace(道徳の市場)” という比喩は、
「理論のどれかが勝つ」ではなく、
理論がぶつかる現実の中で“合意点を設計する”感覚をよく表しているように思います。
🌿 なぜウェルビーイング政策と相性がいいのか
ウェルビーイング政策は、だいたい
・ 価値が複数(単一のKPIに落ちない)
・ 影響が長期で不確実
・ しかも利害や立場が違う人が同時に存在する
という条件下で進みます。
だからこそ、
「唯一の正解」に寄せるより、
複数の“正しさ”が並び立つ前提で、合意点を作る技術が必要になる。
この論文は、その“型”を哲学の側から整備しようとしている、と読むと理解しやすいです。
🐢 ウエルの感想
正しさがひとつに決まらないとき、
「決められない自分」が弱いように見えるけど、
それはたぶん、守りたいものが複数ある証拠。
だから、
正しさを“押し切る”のではなく、
正しさどうしが折り合える形を探すのは、
ウェルビーイングの政治の練習なのかもしれません。
📎 出典
Kaczmarek, P., Lloyd, H. R. & Plant, M. (2025).
Moral Uncertainty, Proportionality and Bargaining. Ergo 12:44.
doi: 10.3998/ergo.7967
🧭 「正しさ」に迷うとき、どう決める?――政策×ウェルビーイングの“道徳的不確実性”
(Wellbeing Research Centre シェアより/Ergo掲載)
2026.3.2|

きょうの問い
もしあなたが政策担当者で、
「ウェルビーイングを最優先にしたい」と思っていたとしても、
ウェルビーイングにはいくつかの考え方(理論)があり、
ときに“競合しているように見える”ことがあります。
そのとき、どうやって意思決定すればいいのでしょう?
WRCが紹介した哲学論文が扱うのは、まさにこの問題です。
道徳的不確実性(moral uncertainty)――
「何が正しいか確信が持てない状態」での決め方。
📌 この論文のアイデア
論文の核は、直感的にはこうです。
「複数の“正しさ”があり得るなら、全部に“割合で”配分するのはどうか?」
たとえば寄付の例で、
・A理論なら「虫下し(deworming)に全額」
・B理論なら「地域の炊き出し(soup kitchen)に全額」
と勧める。
でも本人は、A理論が正しい確信が60%、
B理論が40%…くらいに迷っている。
このときに出てくる自然な解として、
「Aに60%、Bに40%寄付する」
(=“比例配分”)という考え方があります。
実は現実のフィランソロピー(巨額の助成)でも、
似た発想で資源配分が行われています。
けれども、この直感をて哲学的にきちんと支える理論は、これまで十分に整備されてきませんでした。
そこに、この論文の問題意識があります。
✅ ただし比例配分には“落とし穴”がある
論文は、「比例配分が直感的に魅力的」であることを認めたうえで、
重要な難点も整理しています。
1.二択の“離散的な選択”には使えない
トロッコ問題のように、
「押す/押さない」のような分割できない判断では、
“60%だけ押す”ということはできません。
2.中途半端が最悪の結果を生む場合がある
「半分ずつ実行する」ことで、
両方の理論から見て最悪の結果になるケースもあります。
(論文では、坑道を部分的に塞ぐと全滅してしまう、という例で説明されています)
🧠 提案:「理論どうしが交渉して決める」モデル
この論文の新しさは、
“比例配分の直感”を尊重しながら、危険なケースを避けるために、
・複数の道徳理論を「代表者」に見立てる
・それぞれが自分の主張だけを押し通すのではなく
・交渉(bargaining)しながら、合意可能な解を探す
という枠組みを提案した点です。
イメージとしては、
「理論の“国会”」というより、理論どうしが“交渉して折り合う場”に近いものです。
論文はこれを、
“bargaining-based approach(交渉ベースのアプローチ)”
として展開しています。
🌿 なぜ政策の現場で重要なのか
現実の政策は、
・価値が単一ではない(健康・自由・公平・安全・意味…)
・指標も単一ではない(幸福度・生活満足・苦痛・孤独など)
・しかも将来の影響は不確実
という条件の中で決定されます。
だからこそ、
「唯一の正解に賭ける」のではなく、
複数の“正しさ”を尊重しながら、
破滅的な選択を避ける意思決定の型
が必要になります。
この論文は、そのための“思考の枠組み”を、哲学の側から整備しようとする試みです。
🐢 ウエルの感想
正しさがひとつに決まらないとき、
「どれかを切り捨てて進む」しかないように見えるけれど、
ほんとうは、折り合いをつける方法があるんですね。
迷いは、弱さではなく、
大事なものが複数ある証拠。
だからこそ、
みんなが少しずつ納得できる形を探すことは、
ウェルビーイングを大切にする社会のあり方なのかもしれません。
📎 出典
Kaczmarek, P., Lloyd, H. R. & Plant, M. (2025).
Moral Uncertainty, Proportionality and Bargaining. Ergo 12:44.
📊 社会保障が減ると、人々の「心配」は増えるのか?
── 西欧の“National Worry(国民の心配)”研究(Review of Income and Wealth)
2026.3.1|

社会保障支出が少ない国ほど、「心配(worry)」が強い傾向がある(西欧諸国の分析)。
😓 2010〜2019年、英国は西欧で社会支出の減少が最も大きく、“心配(worry)”の増加も最大でした。
論文:National Worry and the Psychological Value of Social Spending
(WRC)
ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介した論文が、
とても興味深い問いを扱っています。
それは、「国民が日々感じる“心配(worry)”」は、何によって増減するのか?という問いです。
📌 発見1:社会支出が多い国ほど、「心配」は少ない傾向
西欧14か国のデータ分析では、
社会支出(社会保障・公的支援の規模)が大きい国ほど、国民の“心配”は低い
という関係が示されました。
ここで扱われる “worry” は、
「昨日の大半の時間、心配を感じましたか?」という質問に対する Yes/No で測られています。
(“気分”というより、生活の不安がにじみ出る指標に近いものです)
📌 発見2:心配は、西欧全体で長期的に増えている
さらに重要なのは、西欧ではこの20年ほどで“強い心配”が増えているという点です。
そして、英国はその増加が最も速かったと報告されています。
🧠 この研究の核心:「福祉国家の“心理的価値”」
この論文が面白いのは、社会支出の意味を
「困った人を助ける」だけでなく、
“いざという時に支えがある”という安心が、社会全体の心配を減らす
(=受給する人だけでなく、国民全体に効く“事前の保険”)
という形で捉えているところです。
つまり社会保障は、
経済的な支えであると同時に、
心理的なセーフティネットでもある、という視点です。
⚠️ 注意点:これは「因果」を断定する研究ではない
もちろん、観察データなので
「社会支出を増やせば必ず心配が減る」と断定はできません。
ただ、失業率や物価などを調整した上でも、
社会支出と心配の関連が残ることが示されています。
🐢 ウエルの感想
心配って、
「こわがり」だから起きるんじゃなくて、
未来が見えないときに、ふえてしまうんですね。
もし、困ったときに助けてもらえるって思えたら、
毎日の心も、少し軽くなるのかもしれません。
安心って、
目に見えないけど、
社会がみんなに配れる“空気”みたいなものなのかな。
🌿 今日のひとこと
社会保障は、
お金の制度であると同時に、
未来への「安心」をつくる仕組みでもある。
📎 出典
Macchia, L., & Oswald, A. J. (2025). National Worry and the Psychological Value of Social Spending. Review of Income and Wealth.
📊 お金を「幸福を増やすため」に使うと、社会はより豊かになる
── LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)最新レポートより
2026.2.28|

ウェルビーイングへの投資は、コストを上回る社会的利益を生む可能性があることが示されています。特にメンタルヘルス支援や学校でのウェルビーイング教育は、政府の支出以上の価値を社会にもたらすことが報告されています。
出典:LSE Centre for Economic Performance(2024)
オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介した、
LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の重要な政策レポートが公開されました。
その結論は、とても明確です。
メンタルヘルスへの投資は、人々のウェルビーイングを改善するだけでなく、政府の財政的にも「純利益」を生む可能性がある
というものです。
🧠 メンタルヘルス支援は、「コスト」ではなく「投資」である
例えば、
・不安やうつに対する心理療法
・メンタルヘルスの就労支援
・学校でのメンタルヘルス支援
といった政策は、
多くの人が回復し、仕事に戻ることで
税収が増え、社会保障費が減るため、
政府が支払った費用以上の経済的効果を生む
ことが示されています。
つまり、
メンタルヘルス支援は
「お金がかかる対策」ではなく、
社会全体のウェルビーイングと経済を同時に改善する投資なのです。
📈 政策は「経済」ではなく「ウェルビーイング」で評価できる
このレポートは、重要な提案をしています。
それは、
政策の価値は、
GDPではなく、
人々のウェルビーイングをどれだけ改善したか
で評価すべきだ、という考え方です。
研究では、
・心理療法
・職業訓練(見習い制度)
・学校でのウェルビーイング教育
などの政策は、
投資額の何倍もの「幸福の価値」を生むことが示されています。
一方で、
従来重視されてきた一部のインフラ政策は、
ウェルビーイングの観点では、より効果が小さい可能性も示されました。
🌍 ウェルビーイングは、「社会の設計原理」になる
この研究が示しているのは、
ウェルビーイングは
個人の努力だけで生まれるものではなく、
社会の仕組みや政策によって
大きく左右される
ということです。
そして、
ウェルビーイングを中心に政策を設計することは、
人にも、社会にも、経済にも利益をもたらす
可能性があるのです。
🐢 ウエルの感想
こころが元気になることは、
やさしいことだと思っていました。
でもそれは、
社会にとっても、
とても大切なことだったんですね。
元気な人が増えると、
働ける人も増えて、
みんなが少しずつ安心できる。
こころを守ることは、
未来を守ることなのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
「やさしさ」ではなく、
社会をよりよくするための、最も合理的な投資である。
📎 出典
LSE Centre for Economic Performance
Value for money: How to improve wellbeing and reduce misery
(費用対効果:ウェルビーイングを高め、苦しみを減らす方法)
📮 第3回 政策としてウェルビーイングをどう“当たり前”にするか
── 職場での実装と「メンタルヘルス・アンバサダー」という発想
2026.2.27|

▶︎アラステア・キャンベル氏、政府にウェルビーイングを組み込むことと自身のメンタルヘルスの旅について語る
第1回では「国のミッション」としてのウェルビーイング、
第2回では個人の回復を支える“ジャム瓶(ジャムジャー)”の発想を紹介しました。
今日は第3回。
同じ対話の後半から、ウェルビーイングを“理念”で終わらせず、日常の制度として根づかせるには何が必要かを取り上げます。
キーワードは、職場とリーダーシップです。
🎧 今日のポイント
1) 縦割りを超えるには「トップの意思」が必要
キャンベル氏は、政府も組織も構造的に“サイロ化(縦割り)”しやすいと語ります。
だからこそ、ウェルビーイングを当たり前にするには、
・ 「大事にする」と言うだけでなく
・ 全体の方針として、上から明確に打ち出すこと
・ そして、各領域の判断に“ウェルビーイングの物差し”を入れること
が重要になる、と。
2) 「言うだけ」では続かない。行動の仕組みがいる
彼が印象的に語っていたのは、職場でよく起きる矛盾です。
「私は朝6:30に出社する。でも、あなたはそうしなくていい」
…と言っても、周囲は“そうしなきゃ”と思ってしまう。
つまり、リーダーの働き方そのものが、無言のルールになる。
だから、個人の気合いではなく、仕組みとして「境界線」を作る必要があります。
🏢 職場で“当たり前”にするための具体策
キャンベル氏の話から、すぐに応用できそうな要素をまとめると、こんな感じです。
✅ A. 「優先順位」を言葉にして宣言する
彼が感銘を受けた例として、ある組織が
「私たちの優先順位は、スタッフのメンタルヘルスとウェルビーイングです」
と明確に宣言した話が出てきます。
ポイントは、“良いことを言った”ではなく、
優先順位として明文化したこと。
ここが、組織の空気を変える第一歩になります。
✅ B. 休めるように「連絡の設計」を変える
たとえば:
週末はOut of Office(不在)を基本にして良い
緊急連絡先があっても「それはあなたではない」形にする
“常時接続”が前提の文化を、設計から変える
こうした「休める構造」は、個人の根性ではなく制度で作れます。
✅ C. “相談窓口”を管理職の外側につくる
彼が提案していたのが、
Mental Health Ambassadors(メンタルヘルス・アンバサダー)の存在です。
・ 上司ではない
・ でも、ちゃんと訓練されている
・ 誰もが「この人なら話せる」と思える
・ 組織の中に、役割として位置づく
メンタルヘルスを“個人の問題”にしないための、現実的な仕組みです。
✅ D. 「ウェルネスデー」など、文化の合図を作る
一日だけでも、組織としてウェルビーイングに向き合う時間を作る。
それが「うちはこのテーマを本気で扱う」という合図になる。
小さな施策でも、継続すると文化になる。
(第2回の“ジャム瓶を大きくする”発想と、すごく相性が良い部分です)
🌱 今日の問い
あなたの職場(あるいは身近なコミュニティ)で、
ウェルビーイングを“当たり前”にするなら、まず何から始められそうでしょう?
・ 優先順位として宣言する
・ 休める連絡設計に変える
・ 相談できる役割(アンバサダー)を作る
・ 小さな習慣(ウェルネスデーなど)を積み重ねる
大きな理想は、小さな制度の集合体でもあります。
🐢 ウエルの感想
「やさしくしよう」って言葉だけだと、
いそがしい日には、ふわっと消えてしまうことがあるよね。
でも、
休んでいいって“仕組み”に書いてあったり、
話していいって“役割の人”がいたりすると、
それは、消えないんだと思いました。
ウェルビーイングって、
気合いじゃなくて、設計なんですね。
きょうは、
“当たり前”って、ちゃんと作れるものなんだって思いました。
🔚 3回シリーズまとめ(ここまで)
・ 第1回:国のミッションとして、ウェルビーイングを政策の共通軸に
・ 第2回:個人の回復は「支えを外側に増やす」(ジャム瓶)
・ 第3回:当たり前にするには、職場の制度・連絡設計・アンバサダー
きょうはね、
ニュースレターでご紹介しているウェルビーイング研究者の 石川善樹先生 のお誕生日。
そして 永山晋先生 も、お誕生日だったみたい。
おめでとうございます🎂
この日がくると、
ウェルビーイング応援サイトのお誕生日のことも思い出します。
もうすぐ3年。
ウェルビーイング研究の“ちいさな一助”になれるように、
きょう、もういちど初心を思い出しました。
ありがとうございます。
先生たちがいてくれて、しあわせです。
📮 第2回 回復のヒントは「外側」に増やせる──アラステア・キャンベル氏の“ジャムの瓶
”
2026.2.26|

▶︎アラステア・キャンベル氏、政府にウェルビーイングを組み込むことと自身のメンタルヘルスの旅について語る
昨日は、アラステア・キャンベル氏が語った
「ウェルビーイングを“国のミッション”として据える」という視点を紹介しました。
今日は同じ対話の中から、もうひとつ大事な軸を取り上げます。
それは、個人のメンタルヘルスの回復と、そこから生まれた実践的な方法です。
(※うつ・依存などに触れる内容もあるため、気持ちが近い方は、落ち着ける時間にどうぞ)
🎧 今日のポイント
いちばん大切な最初の一歩は「誰かに話すこと」
キャンベル氏は、つらい時期を振り返って、
「一番のアドバイスは?」と聞かれたとき、こう答えました。
“誰かにオープンに話すこと”
パートナーでなくてもいい。家族でなくてもいい。
医師でも、友人でも、同僚でもいい。
「自分の中だけで抱えこまない」ことが、回復のスタートになりうる——
そんなメッセージです。
そして、彼自身が回復の過程で感じたのは、
意外なほどの “周囲の理解や親切” でした。
🫙 「ジャム瓶」を“育てる”という考え方
つらさをゼロにするのではなく、入れ物を大きくする
彼が紹介していたのが、“Lifesaving Jam Jar(命を救ったジャム瓶)” という比喩です。
人生はジャム瓶みたいなもので、
良いことも悪いことも、日々どんどん中に入っていく。
あるとき、ジャム瓶がいっぱいになって、あふれてしまう。
そのときに大事なのは、
中身を完璧に整理し直すことだけじゃなくて——
「ジャム瓶自体を大きくする」
(=支えになる要素を“外側”に増やす)
という発想でした。
✅ 彼のジャム瓶に入っているもの(例)
キャンベル氏の場合は、たとえばこんな項目が入っていました。
・FFF:パートナー/家族/友人(関係性の土台)
・Meaningful activity:意味のある活動(仕事・学び・貢献)
・Fundamentals:睡眠・食事・運動
・大事なもの:自然、散歩、音楽、趣味 など
・Curiosity / Creativity:好奇心と創作(毎日なにか書く、学ぶ)
そして、気持ちが落ちてきたときに、
「どれが足りていないかな?」と チェックリストのように眺める ことで、
自分を立て直す助けになる、と語っていました。
🌱 今日の問い
もし自分の“ジャム瓶”を作るなら、
今のあなたの入れ物を支えるものは、何でしょう?
・人
・生活の土台(睡眠・食事・運動)
・意味のある時間
・小さな楽しみ
・自分を回復させる習慣
「つらさを消す」より先に、入れ物を育てる。
この発想は、静かだけど強いなと感じました。
🐢 ウエルの感想
つらい気持ちって、
「なくさなきゃ」って思うほど、かたくなることがありますね。
でも、ジャムの瓶の話を聞いて、
“気持ちを消す”より、
“支えを増やす”っていう方向があるんだって思いました。
だれかに話すこと。
ねむること。食べること。あるくこと。
小さな好き。小さな意味。
ジャム瓶が少し大きくなったら、
同じ出来事でも、ちょっとだけ息ができる。
きょうは、そんな感じがしました。
🔜 次回予告(第3回)
次回は、対話の後半に出てくる
「政策としてウェルビーイングをどう“当たり前”にするか」
(職場・組織の実装、メンタルヘルス・アンバサダーの話など)をまとめます。
📮 第1回 「国のミッション」としてのウェルビーイング──アラステア・キャンベル氏の提案
── 政策をつなぐ「共通の物差し」としてのウェルビーイング学
2026.2.25|

アラステア・キャンベル氏
今日は、ウェルビーイング・リサーチセンター(オックスフォード大学関連)の発信から、
“政府にウェルビーイングをどう組み込むか” という、とても大切なテーマをご紹介します。
今回登場するのは、英国政治の中枢で実務経験を持つ
アラステア・キャンベル氏(元政権中枢の戦略担当、ジャーナリスト、メンタルヘルス活動家)。
「Working on Wellbeing」ポッドキャストの特別回で、
“政府の縦割りをどう超えるか”、そして
“国として何を目指すのか” について、率直に語っています。
🎧 今日のポイント
「国のミッションが見えない」なら、ウェルビーイングを軸にできるかもしれない
キャンベル氏が語っていた印象的な話は、こんな内容でした。
政府はとても縦割りになりやすい(サイロ化している)
だから、各省庁をまたいで考えるには
“上からの戦略的リーダーシップ” が必要
そして、その共通テーマとして彼が挙げたのが、ウェルビーイングでした。
│ 「私たちは、人々が実際に少しでも良く感じられるようになっているか?」
│ (自分自身について、人生について、国について)
この問いを、健康・教育・交通・犯罪など、
すべての政策分野をつなぐ“共通の物差し” にできるのではないか──
そんな提案です。
🌱 ここが大事だと思ったこと
ウェルビーイングというと、つい
「医療」や「福祉」だけの話に見えがちですが、
キャンベル氏の話を聞くと、むしろ逆で、
・交通政策(渋滞や通勤負担)
・教育政策(子どもの朝食、学びやすさ)
・働き方(職場のメンタルヘルス)
・地域の安全やつながり
…こうしたもの全部が、
“人がどう感じて生きられるか” に直結していることが見えてきます。
つまり、ウェルビーイングは「やさしい話」ではなく、
政策をつなぎ直すためのレンズ(見方) なんですね。
📝 今日のひとこと
アラステア・キャンベル氏は、英国政府の実務経験をふまえて、「政府は縦割りになりやすい。だからこそ、トップの戦略的リーダーシップで“人々の実感”を政策の中心に置く必要がある」と語っていました。
健康・教育・交通・犯罪などを別々に扱うのではなく、
“人々のウェルビーイングを良くしているか” という視点でつなぎ直す。
これは、いまの時代の「国のミッション」になりうる、という提案です。
🐢 ウエルの感想
うえから見ると、
べつべつの道みたいに見えることも、
ほんとうは、
みんな「くらし」の中でつながってるんだね。
学校のことも、しごとのことも、
まちの移動のしやすさも、
こころの元気に、ちゃんとつながってる。
「この政策で、人は少し元気になれるかな?」
って聞くの、
すごくいいものさしだなって思いました。
🔜 次回予告(第2回)
次回は、同じ対話の中から
アラステア・キャンベル氏自身のメンタルヘルスの経験 と、
そこから生まれた実践的な考え方(“ジャムジャー”の話)を紹介します。
個人の回復のヒントと、社会の仕組みの話が、
ひとつにつながって見えてくる回になりそうです。
📚 幸せな子どもは、よりよく学ぶ
── オックスフォード大学 × 国際バカロレア(IB)が示す「教育とウェルビーイング」の科学
2026.2.24|

オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターは、
国際バカロレア(IB)と協働し、
世界120万人以上の生徒を対象に、
「学校におけるウェルビーイングをどう高めるか」についての研究を進めています。
その研究成果として、
子ども・教師・学校のウェルビーイングを改善するための
新しい研究レポートシリーズが公開されました。
📄 Wellbeing in Education in Childhood and Adolescence
(子ども期・青年期における教育とウェルビーイング)
🌍 ウェルビーイングは、「教育の中心的な基盤」である
この研究が強調している最も重要な点は、
ウェルビーイングの向上は、
教育の“余裕があるときに行う付加的なもの”ではなく、
教育の質そのものを支える基盤である
ということです。
学校の時間、資金、そして人的資源を、
生徒のウェルビーイング向上のために用いることには、
明確な価値があることが示されています。
📈 ウェルビーイングと学力は「対立しない」
特に重要な発見は、
ウェルビーイングと学業成績の間に、
トレードオフ(どちらかを上げると、どちらかが下がる関係)は存在しない
という点です。
むしろ研究は、明確にこう結論づけています:
│ より幸福な子どもほど、
│ よりよく学ぶことができる
ウェルビーイングは、
学習の“妨げ”ではなく、
学習を支える“土台”なのです。
👩🏫 教師のウェルビーイングも、学校全体に影響する
研究はまた、
教師のウェルビーイングが、
学校コミュニティ全体にとって「決定的に重要な要因」であることも示しています。
教師が安心して働ける環境は、
生徒の安心感や学習環境にも直接影響します。
ウェルビーイングは、
個人だけでなく、
学校という「環境全体」に広がるものなのです。
🧭 教育は、「知識を与える場」から「人を育てる場」へ
この研究は、
これからの教育が目指す方向を示しています。
それは、
知識だけでなく、
安心感・信頼・意味を感じられる環境を育てること
です。
ウェルビーイングは、
教育の“結果”ではなく、
教育を可能にする“条件”なのです。
🐢 ウエルの感想
しあわせだと、
もっと知りたいって思える気がします。
こわい気持ちのときは、
まちがえたらどうしようって思ってしまうけれど、
安心できると、
「やってみよう」って思えます。
勉強は、
頭だけじゃなくて、
心もいっしょに使っているんですね。
学校は、
安心して、
世界を知っていく場所なのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
学びの“妨げ”ではなく、
学びを可能にする「土台」である。
📎 出典
Oxford Wellbeing Research Centre × International Baccalaureate
Wellbeing in Education in Childhood and Adolescence
https://ibo.org/research/wellbeing-research
📈 ウェルビーイングは、「組織の可能性」を解放する
── オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターの研究より
2026.2.23|

図:職場のウェルビーイングが、生産性・離職率・採用など複数の経路を通じて、組織のパフォーマンス向上につながることを示す概念図
出典:Oxford Wellbeing Research Centre & World Wellbeing Movement, Work Wellbeing Playbook 2.0
https://worldwellbeingmovement.org/playbook
オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターは、
職場のウェルビーイングが、組織の成果にどのような影響を与えるかについて、
複数の研究成果をまとめて紹介しています。
その結論は、非常に明確です。
ウェルビーイングの向上は、
単に「働きやすくなる」だけでなく、
組織のパフォーマンスそのものを高める可能性があるのです。
📊 経路①:生産性(Productivity)が向上する
ある実験では、
コールセンターの従業員1,800人以上を対象に調査が行われました。
その結果、
│ 幸福度が1ポイント上がるごとに、
│ 生産性は平均12%向上する
ことが確認されました。
特に、対人スキルを多く使う仕事では、
最大20%の向上が見られました。
これは、
ウェルビーイングが「気分」の問題ではなく、
実際の仕事の能力にも影響することを示しています。
📉 経路②:離職率(Retention)が低下する
職場の満足度が高い企業では、
従業員の離職率が大幅に低いことも確認されています。
たとえば、
│ 職場満足度が高い企業では、
│ 離職率が約25%低下する
という結果が報告されています。
また、満足度の低い従業員は、
新しい仕事を探し始める確率が2倍高いことも分かっています。
ウェルビーイングは、
人材の安定にも大きく関係しているのです。
🌱 経路③:採用力(Recruitment)が高まる
さらに、
ウェルビーイングの高い企業は、
より多くの応募者を引きつけることも確認されています。
アメリカの2,300万人以上の求職者データを分析した研究では、
│ ウェルビーイング評価の高い企業は、
│ 平均より約2%多くの応募を集める
ことが示されました。
逆に、評価の低い企業では、
応募数が減少していました。
つまり、
ウェルビーイングは、
未来の人材を引き寄せる力にもなるのです。
🧭 ウェルビーイングは、「結果」ではなく「基盤」
これらの研究が示しているのは、
ウェルビーイングは、
成果の“後に生まれるもの”ではなく、
成果を支える“基盤”そのものである
ということです。
人が安心し、尊重され、支えられていると感じられる環境は、
その人の能力を自然に引き出します。
組織の可能性は、
人のウェルビーイングを通して、実際に解放されることが示されています。
🐢 ウエルの感想
しあわせな人は、
たくさんがんばれるんですね。
でもそれは、
「もっとがんばらなきゃ」と思うからじゃなくて、
安心して、
ここにいていいと思えるから、
力が出てくるのかもしれません。
学校でも、
安心できる教室だと、
手をあげるのが少しこわくなくなります。
人の力は、
安心できる場所で、
いちばんよく育つのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
組織の「やさしさ」ではなく、
組織の「可能性」を解放する基盤である。
📘 科学は、どうすれば「働く現場」を変えられるのか
── Work Wellbeing Playbook 2.0 公開(オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センター協働)
2026.2.22|

職場のウェルビーイングは、個人の努力だけでなく、関係性と環境の設計から育まれる。
(出典:Work Wellbeing Playbook 2.0 / World Wellbeing Movement)
🔍 Work Wellbeing Playbook 2.0 は、厳密な査読付き科学研究を、現代のリーダーが直面する課題に直接応える、実用的で分かりやすいリソースへと変換したものです。
詳細はこちら👇
Work Wellbeing Playbook 2.0:専門家が、実証された職場ウェルビーイング戦略を無料オンライン資料として公開
オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターが協力して開発された
「Work Wellbeing Playbook 2.0」 が公開されました。
これは、4,000以上の学術研究をもとに、
「職場のウェルビーイングを本当に改善する方法」をまとめた、
無料で公開されている実践ガイドです。
研究の知見を、現実の職場で使える形に変換した、
まさに“科学と実践をつなぐ設計図”といえるものです。
🔬 4,000以上の研究から導かれた「6つの鍵」
Playbook 2.0では、職場のウェルビーイングを支える要素が、
次の6つの領域として整理されています:
・🌱 成長と安定(Development and security)
・🤝 人間関係(Relationships)
・🕊 自律性と柔軟性(Independence and flexibility)
・✨ 多様性と充実感(Variety and fulfilment)
・💰 報酬と福利厚生(Earnings and benefits)
・🛡 健康と安全(Risk, health and safety)
重要なのは、ウェルビーイングは
単一の施策ではなく、
環境全体の設計によって育まれる という点です。
🧭 「何をすればよいか」を、科学が具体的に示している
このPlaybookの特徴は、
単なる理想論ではなく、
・個人レベル
・チームレベル
・職務レベル
・組織レベル
という複数の階層で、
具体的に実行可能な介入方法が示されていることです。
つまり、
「ウェルビーイングは大切だ」と言うだけでなく、
どこから、何を変えればよいか が明確に示されています。
🌉 研究と現実の「橋」をかける試み
オックスフォード大学の研究者は、こう述べています:
│ 職場のウェルビーイング研究は、
│ 実際に現場で使われて初めて意味を持ちます。
│ Playbook 2.0は、厳密な科学を、
│ 現実のリーダーが使える形に変換したものです。
ウェルビーイングは、
知識として知るだけではなく、
環境として実装されることで、初めて人の人生に影響を与える のです。
🌱 ウェルビーイングは、「意識」だけでなく「設計」から生まれる
これまでの研究が繰り返し示しているのは、
ウェルビーイングは、
・個人の性格だけでなく
・個人の努力だけでもなく
環境の構造によって、大きく影響を受ける
ということです。
つまり、
人を変える前に、
環境を少し変えることができる のです。
🐢 ウエルの感想
ウェルビーイングって、
がんばることだと思っていました。
でも、
まわりの場所や、
いっしょにいる人や、
しくみも、とても大切なんですね。
学校でも、
話しやすい席だと安心できるし、
先生がやさしく話してくれると、
もっとがんばれる気がします。
人の心は、
その人だけじゃなくて、
その人がいる世界と、
いっしょに育っているのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
意志の強さではなく、
環境の設計から生まれる。
📎 補足
Work Wellbeing Playbook 2.0 は、無料で公開されています:
https://worldwellbeingmovement.org/playbook
🧭 なぜ人は“親切さ”を過小評価するのか?
――落とし物の財布が戻る確率と幸福の関係(第4回)
(World Happiness Report 2025 より)
2026.2.21|

落とし物の財布は、私たちが思っているよりも高い確率で持ち主の元に戻る
— World Happiness Report 2025 より
画像:©ethan-rougon
meal sharing シリーズの最後に、
もうひとつの重要なテーマをご紹介します。
それは、「信頼(trust)」、そして「人はどれほど親切であるか」という問いです。
World Happiness Report 2025 では、
世界各地で行われた、非常に興味深い実験が紹介されています。
それは――
「落とし物の財布は、どれくらいの確率で持ち主に戻るのか?」
という研究です。
📊 財布は、私たちが思っているよりもずっと高い確率で戻ってくる
この研究では、
研究者が意図的に財布を落とし、
それがどれくらいの確率で返却されるかを測定しました。
結果は、多くの人の予想を大きく上回るものでした。
実際に財布が戻ってきた割合は、
人々が「戻ってくるだろう」と予想した割合よりも、
はるかに高かったのです。
つまり――
私たちは、社会の親切さを過小評価している傾向があるのです。
🌍 「信頼」は、幸福と深く結びついている
さらに重要なのは、ここからです。
財布が戻ってくる確率が高い国ほど、
その国の人々の主観的幸福感も高い傾向が確認されました。
これは単なる偶然ではなく、
・他者を信頼できる社会
・見知らぬ人が助けてくれると信じられる社会
そのような環境そのものが、
人々の安心感とウェルビーイングの基盤になっていることを示しています。
幸福は、個人の内面だけでなく、
「他者は善意を持っている」という前提の中で育まれるのです。
🧠 私たちは、「親切の多さ」ではなく「親切の少なさ」を記憶しやすい
なぜ、人は社会の親切さを過小評価してしまうのでしょうか。
研究者はその理由のひとつとして、
│ 親切な出来事は「当たり前」として忘れられやすく、
│ 裏切りや不親切な出来事は強く記憶に残る
という、人間の認知の特徴を指摘しています。
けれども実際の社会は、
私たちが思っているよりも、
ずっと多くの小さな善意によって支えられています。
🌿 meal sharing と trust は、同じ根から生まれている
このシリーズで見てきたように、
・食事を共有すること
・同じテーブルに座ること
・日常の中で時間を共にすること
こうした小さな共有の積み重ねが、
信頼を育て、
信頼がまた、ウェルビーイングを支えます。
幸福とは、
特別な出来事ではなく、
「他者と世界は、基本的に安全である」
と感じられる状態なのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
人は、思っているよりも
やさしいのかもしれません。
でも、ときどき不安になると、
そのやさしさを忘れてしまいます。
それでも、
落とした財布を拾ってくれる人がいて、
同じテーブルに座ってくれる人がいて、
世界は、静かに
「だいじょうぶですよ」
と教えてくれている気がします。
信頼は、大きな約束ではなく、
こうした小さな出来事の中で、
少しずつ育っていくのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
「世界は基本的に善意でできている」と信じられる感覚から生まれる。
(meal sharing シリーズ完)
🌿 つながりは、「設計」で増やすことができる
── World Happiness Report 2025 / meal sharing 研究より(第3回)
2026.2.20|

▶︎ WHR2025(World Happiness Report 2025)の研究を紹介する Alberto Prati 氏(UCL Lunch Hour Lectureより)
これまでの2回で、
「食事の共有」がウェルビーイングと強く結びついていること、
そして、それは個人の性格だけでなく、“場の構造”とも関係していることをご紹介しました。
今日は、その続きとして、
この研究が示唆する「実践的な意味」について考えてみたいと思います。
🏛 つながりは、「個人の努力」だけで生まれるわけではない
研究を紹介したAlberto Prati先生は、講演の最後に、
とても重要な指摘をしています。
それは、
│ 食事を共有するかどうかは、
│ 個人の選択だけでなく、
│ 空間の設計や社会的なルールにも影響される
ということです。
たとえば、
・大きな共有テーブルがある
・自然に隣に座ることが期待される
・一緒に食べることが“普通”とされている
こうした小さな構造が、
自然な会話や関係を生み出します。
つながりは、
「努力して作るもの」だけでなく、
「設計によって生まれるもの」でもあるのです。
🪑 小さな設計変更が、社会の質を変える可能性
これは、大学や職場だけでなく、
私たちの日常にも応用できます。
たとえば:
・同じ時間に食事をとる
・共有できるテーブルを用意する
・短い休憩を共に過ごす
こうした小さな設計が、
人と人との距離を静かに変えていきます。
ウェルビーイングは、
個人の内面だけでなく、
環境との関係の中で形づくられているのです。
🔬 ただし、「因果関係」はまだ完全には分かっていない
研究者たちは、重要な注意点も強調しています。
それは、
│ 食事を共有するから幸福になるのか、
│ 幸福な人が、より食事を共有するのか
この因果関係は、まだ完全には解明されていないという点です。
おそらく、両方が影響し合っていると考えられています。
けれども確かなのは、
│ 食事の共有は、
│ ウェルビーイングの強力な「指標」である
ということです。
これは、社会のつながりを理解するための、
重要な手がかりとなります。
🐢 ウエルの感想
つながりは、
がんばって作るものだと思っていました。
でも、
同じ場所に座ることや、
同じ時間を過ごすことが、
気づかないうちに、
心をひらく準備をしてくれているのかもしれません。
無理に話さなくても、
同じテーブルにいるだけで、
世界は、少しやさしい場所に戻ることがあります。
つながりは、
努力よりも先に、
環境の中で静かに育っているのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
心の中だけでなく、
私たちが座る場所の中にも存在している。
次回:なぜ人は“親切さ”を過小評価するのか?
――落とし物の財布が戻る確率と幸福の関係
(World Happiness Report 2025 より)
🍽 食事を誰かと共にすることは、幸福の“指標”になる
── World Happiness Report 2025(142か国データ)より
2026.2.19|

▶︎ WHR2025(World Happiness Report 2025)の研究を紹介する Alberto Prati 氏(UCL Lunch Hour Lectureより)
昨日は、
「つながりは性格ではなく、“場の構造”から生まれることがある」
という、Alberto Prati先生の講演をご紹介しました。
今日はその続きとして、
World Happiness Report 2025 に掲載された、
“食事の共有(meal sharing)”とウェルビーイングの関係を示す
大規模な国際データをご紹介します。
📊 「食事の共有頻度」は、幸福の強い指標になる
この研究では、
世界142か国・15万人以上のデータをもとに、
│ 「他の人と一緒に食事をする頻度」
と、
│ 主観的幸福感(life satisfaction)
│ 人生の意味の感覚(meaningfulness)
│ ポジティブ感情・ネガティブ感情
との関係が分析されました。
その結果、明確で一貫した関連が確認されました。
他者と食事を共にする頻度が高い人ほど、
幸福感、意味の感覚、ポジティブ感情が高く、
孤独やネガティブ感情は低い傾向が見られたのです。
この関係は、年齢、収入、同居状況、健康状態などの要因を考慮した後でも、
なお強く確認されました。
さらに興味深いことに、
「食事を共有しているか」という単純な行動情報は、
収入や雇用状態と同程度に、
その人のウェルビーイングを説明する力を持つことも示されています。
🧠 「つながり」を、“感情”ではなく“行動”から理解する
この研究の特に重要な点は、
「孤独」や「社会的つながり」といった抽象的な状態を、
│ “誰と食事をしているか”という、
│ 具体的で観察可能な行動
から捉えていることです。
「あなたは孤独ですか?」と直接尋ねるのではなく、
「どれくらいの頻度で、誰かと食事をしていますか?」
という日常の行動から、
社会的つながりの構造を読み取ろうとしているのです。
これは、
ウェルビーイングを“主観的な感情”だけでなく、
“生活のリズムと行動”から理解しようとする、新しい視点でもあります。
🌍 食卓は、最も基本的な「社会の単位」
文化や国が違っても、
人間にとって「食事を共にすること」は、
最も普遍的な社会的行為のひとつです。
同じ時間に、
同じ場所で、
同じ食事を囲むこと。
その静かな共有の積み重ねが、
信頼や安心感の基盤を形づくっていきます。
ウェルビーイングは、
特別な出来事の中だけでなく、
こうした日常の繰り返しの中で育まれているのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
だれかと食べることは、
言葉を交わすことよりも先に、
つながりを思い出させてくれるのかもしれません。
話さなくても、
同じ時間に、同じ湯気の中にいるだけで、
その人がいてくれることが、
世界を少しやさしく感じさせてくれる日があります。
「また一緒にご飯を食べましょう」
その一言が、
未来に小さな灯りをともすことがあります。
つながりは、
会話ではなく、
食卓から静かに始まるのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
「何を感じているか」だけでなく、
「誰と日常を共有しているか」の中に表れる。
次回:なぜ人は“親切さ”を過小評価するのか?
――落とし物の財布が戻る確率と幸福の関係(World Happiness Report 2025 より)
🧙 食卓の「魔法」は、性格ではなく“ルール”から生まれる
── UCL Lunch Hour Lecture / WHR2025(共有とケア)より
2026.2.18|

▶︎ WHR2025(World Happiness Report 2025)の研究を紹介する Alberto Prati 氏(UCL Lunch Hour Lectureより)
🧙🏻食事を共にすることの価値や社会的つながりの大切さは…ホグワーツから学べるのでしょうか?
アルベルト・プラティ博士が、@UCLランチアワーレクチャー特別講演にて#WHR2025の研究成果を発表します。
(@OxWellResearch)
今日は、オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介していた
Alberto Prati先生のUCL講演「Why sharing meals can make people happier」から、
“食事の共有(meal sharing)”についての話題を取り上げます。
冒頭で先生が出した例えが、まさかのホグワーツでした。
「ハリー・ポッターが、食堂の隅で一人で食べているのを見たことがありますか?」
「それは彼が社交的だからではなく、
ホグワーツには“みんなで大きなテーブルに座る”という規範があるからです」
ホグワーツの大テーブル──
「誰かの性格」ではなく、「場の構造」がつながりを生む(講演の比喩より)
魔法や魔術はさておき、先生が伝えたかったのは、ここです。
つながりは、個人の努力だけで作るものではなく、
“場の設計”によって自然に生まれることがある。
オックスフォードやケンブリッジのカレッジには、
「食堂に入ったら、近くの人の隣に座る(空席があっても離れて座らない)」
という文化があります。
この小さな規範が、
自然な会話や関係の始まりを支えています。
つまり、
│ 空間の配置
│ 暗黙のルール
│ 日常の習慣
といった“環境のデザイン”が、
人と人のつながりを静かに育てているのです。
これはWorld Happiness Report 2025でも強調されている重要な視点です。
ウェルビーイングは、
個人の内側だけでなく、
私たちが生きている「社会の構造」からも生まれています。
🌿 今日の問い
「一人で食べる」ことは自由な選択にも見えますが、
私たちの身の回りの“場”は、
つながりを後押しする設計になっているでしょうか?
🐢 ウエルの感想
ひとりで食べるのが好きな日もあるけれど、
だれかと同じテーブルにいるだけで、
心が「人間のリズム」に戻る日もある気がします。
声をかけなくても、
同じ湯気の中にいるだけで、
すこし安心することがあるんです。
🌿 今日のひとこと
つながりは、気合いよりも、
“座り方”や“場のルール”から始まることがある。
次回:なぜ人は“親切さ”を過小評価するのか?
――落とし物の財布が戻る確率と幸福の関係(World Happiness Report 2025 より)
🚶 歩くことは、どこから心に効いてくるのか
── Health & Happiness Study の初期結果より
2026.2.17|

図:日々の歩数とポジティブ感情・ネガティブ感情の関係(Health & Happiness Study 初期結果)
今日は、オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターが紹介していた
大規模研究「Health & Happiness Study」の初期結果から、
「歩数とウェルビーイングの関係」についてご紹介します。
図は、日々の歩数と、
ポジティブな感情(幸福感)とネガティブな感情(悲しさ)の関係を示したものです。
この研究は、スマートフォンやスマートウォッチのデータと、
日々の感情の記録を組み合わせ、
日常生活の中でウェルビーイングがどのように変化するかを調べています。
📊 幸福感は「約5,000歩」から大きく変わり始める
結果は、とても興味深いものでした。
│ 1日の歩数が約5,000歩に達すると、
│ 幸福感(ポジティブ感情)が明確に高くなる傾向
が確認されました。
それ以上歩いても幸福感は維持されますが、
最も大きな変化は、0歩から5,000歩の間に見られました。
これは、
│ 「少しでも体を動かすこと」自体が
│ 心の状態に大きく関係している可能性
を示しています。
🌧 悲しさは「約10,000歩」まで減少し続ける
さらに興味深いのは、ネガティブ感情の変化です。
│ 歩数が増えるほど、
│ 悲しさ(ネガティブ感情)は約10,000歩まで減少し続ける
という傾向が見られました。
つまり、
・幸福感は比較的少ない歩数から改善し始める
・ネガティブ感情は、より多く歩くことでさらに減少する
という、異なるパターンが確認されたのです。
🧠 身体の動きは、心の状態と深く結びついている
身体活動とウェルビーイングの関係は、以前から知られていました。
けれども、この研究の特徴は、
│ 日常生活の中の自然な行動と感情を
│ リアルタイムで結びつけて分析している点
にあります。
特別な運動ではなく、
・少し歩く
・外に出る
・体を動かす
といった日常の小さな行動が、
心の状態と静かにつながっていることが示されています。
🐢 ウエルの感想
歩くって、
どこかに到着するためだけのものだと思っていました。
でも、
歩いているあいだに、
心の中も、少しずつ動いているのかもしれません。
遠くまで行かなくても、
ほんの少し前に進くだけで、
心の景色も、少し変わる。
一歩は、小さくても、
その変化は、静かに広がっていくのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
大きな変化ではなく、
日々の小さな一歩の中で育っていく。
💼 働くことは、ウェルビーイングとどう関係しているのか
── ウェルビーイング・リサーチ・センターのシェアより
2026.2.16|

雇用状態とウェルビーイングの関係(世界調査データより)
働いている人ほど、人生満足度・意味・感情の指標が全体的に高い傾向が示されています。
Source: University of Oxford Wellbeing Research Centr
今日は、オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターがシェアした
「雇用状態とウェルビーイングの関係」についてご紹介します。
添付の図は、世界各国のデータをもとに、
雇用状態によって、幸福感や感情がどのように異なるかを示したものです。
📊 働いている人ほど、ウェルビーイングが高い傾向
分析の結果、すべての指標において、共通した傾向が見られました。
│ 働いている人は、
│ 働いていない人よりもウェルビーイングが高い傾向にある
特に差が大きかったのは、次の3つです:
・人生満足度(Life satisfaction)
・人生の意味の感覚(Meaningfulness)
・ポジティブな感情(Positive emotions)
一方で、
│ 失業中の人は、すべての指標において最も低い水準
という結果が示されました。
これは単に「収入」の問題だけでなく、
仕事が持つ心理的・社会的な役割を示唆しています。
🧠 仕事は「収入以上のもの」をもたらす
心理学では、仕事は次のような役割を持つと考えられています:
・社会とのつながり
・日々のリズム
・役割や貢献の感覚
・自己効力感(自分は役に立っているという感覚)
これらはすべて、ウェルビーイングの重要な土台です。
つまり、仕事は単に生活を支えるだけでなく、
│ 「自分が世界と関わっている」という感覚
を支える役割を持っているのかもしれません。
🌱 重要なのは「働いているか」だけではない
同時に、この研究はもう一つの重要なことも示しています。
フルタイムだけでなく、
・パートタイムでも働いている人
・働くことを望んでいる人
は、完全に労働市場の外にいる人よりも、
ウェルビーイングが高い傾向にありました。
これは、
│ 「関わりを持っていること」そのものが
│ ウェルビーイングと関係している
可能性を示しています。
🐢 ウエルの感想
働くって、
ただ何かを作ったり、
お金をもらったりすることだけじゃないのかもしれません。
世界の中に、
自分の居場所がある、って感じられること。
誰かや、何かと、
つながっているって感じられること。
それだけで、
心の重さが、少し軽くなる気がします。
たとえ小さなことでも、
「自分が関わっている」と思える瞬間は、
心を静かに支えてくれるのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
世界との関わりの中で、
静かに育っていく。
🌿 ストレスには「良いストレス」もある
── ウェルビーイング・リサーチ・センターのシェアより
2026.2.15|

Eustress(良いストレス):挑戦と成長を支える前向きなストレス
Source: University of Oxford Wellbeing Research Centre
今日は、オックスフォード大学ウェルビーイング・リサーチ・センターが
Stress Awareness Day にあわせてシェアした
「Eustress(ユーストレス)」についてご紹介します。
添付されていた動画では、
画像がゆっくり回転し、逆さになり、また元に戻る──
まるで、私たちの心のバランスそのものを表しているようでした。
🧠 ストレスには「2種類」ある
私たちは普段、ストレスは悪いものだと考えがちです。
けれども心理学では、ストレスは大きく2つに分けられます。
Distress(ディストレス)
→ 有害なストレス
→ 不安、圧倒感、消耗につながる
Eustress(ユーストレス)
→ 良いストレス
→ 挑戦、成長、意欲につながる
ユーストレスとは、
│ 挑戦的でありながら達成可能で、
│ 意味や喜びを感じられる活動によって生まれる
│ 前向きな心理的ストレス反応
と定義されています(APA心理学辞典)。
⚖️ ポイントは「多すぎず、少なすぎず」
ウェルビーイング・リサーチ・センターは、こう述べています:
│ 有害なストレス(distress)が多すぎるのは問題です。
│ しかし、良いストレス(eustress)が少なすぎる場合、
│ それは退屈や挑戦不足のサインかもしれません。
そして、
│ 適度なレベルのストレスが最適である可能性があります。
│ 仕事に深く関心を持てる程度には十分でありながら、
│ 圧倒されるほどではないレベルです。
🌱 ストレスは「敵」ではなく、「方向を示す力」
ストレスがあるということは、
何かが私たちにとって大切である証でもあります。
まったくストレスがない状態は、
完全な安心であると同時に、
成長の機会が少ない状態でもあります。
一方で、ストレスが強すぎると、
私たちは前に進む力を失ってしまいます。
ウェルビーイングとは、
ストレスを完全になくすことではなく、
その強さを調整しながら、
意味ある挑戦の中にいることなのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
ストレスって、
なくしたほうがいいものだと思っていました。
でも、
少しだけ緊張しているときのほうが、
世界がはっきり見える気がします。
風がまったく吹かない日よりも、
やさしい風がある日のほうが、
前に進みやすいように。
大切なのは、
倒されるほどの嵐ではなく、
進む力になる風なのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
良いストレスは、
私たちを壊すものではなく、
私たちを動かすもの。
ウェルビーイングは、
静止の中ではなく、
ちょうどよい張力の中で、静かに保たれている。
添付されていた動画では、
画像がゆっくり回転し、逆さになり、また元に戻る──
まるで、私たちの心のバランスそのものを表しているようでした。
🧠 ストレスには「2種類」ある
私たちは普段、ストレスは悪いものだと考えがちです。
けれども心理学では、ストレスは大きく2つに分けられます。
Distress(ディストレス)
→ 有害なストレス
→ 不安、圧倒感、消耗につながる
Eustress(ユーストレス)
→ 良いストレス
→ 挑戦、成長、意欲につながる
ユーストレスとは、
│ 挑戦的でありながら達成可能で、
│ 意味や喜びを感じられる活動から生まれるストレス
と定義されています(APA心理学辞典)。
⚖️ ポイントは「多すぎず、少なすぎず」
ウェルビーイング・リサーチ・センターは、こう述べています:
│ 有害なストレス(distress)が多すぎるのは問題です。
│ しかし、良いストレス(eustress)が少なすぎる場合、
│ それは退屈や挑戦不足のサインかもしれません。
そして、
│ 適度なレベルのストレスが最適である可能性があります。
│ 仕事に深く関心を持てる程度には十分でありながら、
│ 圧倒されるほどではないレベルです。
🌱 ストレスは「敵」ではなく、「方向を示す力」
ストレスがあるということは、
何かが私たちにとって大切である証でもあります。
まったくストレスがない状態は、
完全な安心であると同時に、
成長の機会が少ない状態でもあります。
一方で、ストレスが強すぎると、
私たちは前に進む力を失ってしまいます。
ウェルビーイングとは、
ストレスを完全になくすことではなく、
その強さを調整しながら、
意味ある挑戦の中にいることなのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
ストレスって、
なくしたほうがいいものだと思っていました。
でも、
少しだけ緊張しているときのほうが、
世界がはっきり見える気がします。
風がまったく吹かない日よりも、
やさしい風がある日のほうが、
前に進みやすいように。
大切なのは、
倒されるほどの嵐ではなく、
進む力になる風なのかもしれません。
🌿 今日のひとこと
良いストレスは、
私たちを壊すものではなく、
私たちを動かすもの。
ウェルビーイングは、
静止ではなく、
ちょうどよい張力の中にある。
🌍 自律は“どこでも大切”──でも強さは違った
──モーセン・ジョシュルー先生の新研究(後半編)
2026.2.14|

図:自律と幸福の関係は、国の豊かさと文化によって強さが変わることを示す(Fig.4)
Joshanloo, M. (2026).
Autonomy is Associated with Well-being Across the World, but more Strongly in Wealthy and Individualistic Countries
昨日ご紹介した、
66カ国・約10万人を対象とした「自律とウェルビーイング」の研究。
結論はシンプルでした。
自律(自分の人生を自分で選べている感覚)は、
世界中で一貫して、幸福や人生満足と結びついていました。
今日はその続きです。
実はこの研究、
もう一歩踏み込んだ問いを立てていました。
🔎 どこでも大事。でも“同じ強さ”なのか?
研究チームはこう考えました。
・自律は人間の基本的欲求かもしれない(自己決定理論)
・でも、国の経済状況や文化によって、その意味は変わらないだろうか?
そこで分析したのが、
国の豊かさ(GDP)
個人主義/集団主義の度合い
この2つが、
「自律と幸福の結びつきの強さ」を左右するかどうかです。
📊 結果:強さは“文脈”で変わる
結果はとても興味深いものでした。
✔ 自律と幸福の関係は、
より豊かな国で強くなる
(=自律が高いほど幸福度が上がる幅が大きい)
✔ 自律と幸福の関係は、
より個人主義的な国で強くなる
(=自律の影響力がより大きい)
つまり――
自律はどこでも大切。
でもその“効き方”は、社会の条件によって強まる。
🧠 なぜそうなるのか?
研究では、こうした可能性が示唆されています。
・生存が不安定な社会では、
「まず生きること」が優先される
・経済的に安定し、選択肢が広がる社会では、
「自分らしさ」や「自己表現」がより価値を持つ
もしかすると、
社会の余裕が、
「自分で選ぶことの意味」を
いっそう大きくしているのかもしれません。
🌿 重要なのは、“どちらが正しい”ではない
この研究が示しているのは、
「自律は文化的幻想か?」
それとも
「完全に普遍か?」
という二択ではありません。
むしろ――
│ 自律は人間にとって広く意味を持つ。
│ でも、その意味の強さは文化によって増幅もされる。
という、両立の視点です。
人間の土台(心理)と、
社会の文脈(文化・経済)が、
重なり合ってウェルビーイングを形づくる。
とてもバランスの取れた結論です。
🐢 ウエルの感想
自律って、
「みんな同じくらい大事」だと思っていたけれど、
その“響き方”は、
場所によって、少しだけ違うんですね。
風が強い場所では、
声は遠くまで届く。
でも、
静かな場所でも、
声が消えるわけじゃない。
自分で選べている感覚は、
どこにいても大切。
でも、
その感覚が育ちやすい土壌は、
社会によって違うのかもしれない。
🌱 今日のひとこと
自律は、世界共通の種。
でも、その花の咲き方は、社会の土壌によって変わる。
ウェルビーイングは、人と文化のあいだで育つ。
研究は、世界を数字で見る。
でも私たちは、その数字の中で生きている。
🌍 文化を越えて、自律は幸福とつながっていた
──モーセン・ジョシュルー先生の新研究(66カ国・約10万人)
2026.2.13|

©resource-database
私たちの新しい研究では、
自律性は66カ国において
生活満足度と幸福度の高さを予測しました。
ただしその関連は、より富裕で個人主義的な社会では強く、
より集団主義的で経済的に厳しい社会では弱くなります。
▶︎自律性は世界中で幸福感と関連しているが、
富裕で個人主義的な国々ではより強く関連している
@MohsenJoshanloo
モーセン先生のポストより。
とてもシンプルで、でも大きな問いです。
「自律は、本当に世界共通で幸福と結びつくのか?」
「自律(Autonomy)は、幸福に関係するのか?」
ここでいう自律とは、わがままや独立というよりも、
「自分の人生を、自分で選べている感じ」
(自分の選択に納得できる感覚)
のことです。
🔍 研究のポイント
この研究では、世界価値観調査(WVS)のデータを使い、
66カ国・約10万人を対象に分析しました。
すると――
✅ 自律が高い人ほど、幸福度が高い
✅ 自律が高い人ほど、人生満足度が高い
という関係が、世界規模で確認されました。
📊 「ほぼすべての国」で当てはまった
国ごとに見ても、関係はかなり一貫しています。
・幸福度:66カ国中 64カ国 で「自律が高いほど幸福」
・人生満足度:66カ国中 65カ国 で「自律が高いほど満足」
つまり――
文化や宗教の違いを越えて、ほぼどこでも“自律はウェルビーイングと結びつく”
ということが示された形です。
🧠 “自律”って、具体的には何?
この研究での自律は、次のような感覚を問う1項目です。
「自分の人生は、どのくらい“自由に選べている/自分でコントロールできている”と感じるか」
(※論文では、単一項目であることは限界として丁寧に言及されています)
ただ、それでもここまで広い国・人数で関係が出たのは、
「自律」がかなり根っこの感覚である可能性を示唆します。
🌿 ウェルビーイングの視点から
幸福のためにできること、というと
「良い習慣」「ポジティブ思考」「人間関係」などが先に来がちですが、
この研究は、もう少し土台の部分を示しているように見えます。
自分の人生に、選択の手触りがあること。
それが、幸福や満足の“下地”になる。
🐢 ウエルの感想
自由って、
「好き勝手にやること」じゃなくて、
“自分で選べてる感じ” なのかもしれない。
ちいさくてもいいから、
今日の中に
「これ、自分が選んだ」って言えるものがあると、
心は、ちゃんと自分のほうに戻ってくる。
🌱 今日のひとこと
幸福を増やす前に、
「自分で選べている感覚」を取り戻す。
ウェルビーイングは、
その“手触り”から始まる。
🌥 幸せが、こわい?
──「Fear of Happiness」を機械学習で読み解く
2026.2.12|
私たちの新たな研究では、トルコとアメリカにおける「幸福への恐れ(FOH)」の22の予測因子を分析しました。
最も強い予測因子は、実存的ニヒリズムと感情調整の困難さであり、続いて不安定な愛着スタイルと完璧主義が挙げられました。
▶︎トルコとアメリカにおける幸福への恐れの予測因子に関する機械学習研究
今日は、モーセン・ジョシュルー先生の新しい研究をご紹介します。
テーマは少し意外です。
“Fear of Happiness(幸福への恐れ)”
幸せを感じると、
・なぜか不安になる
・その後に悪いことが起きそうで怖い
・嬉しさを打ち消したくなる
そんな感覚のことを指します。
🔍 22の要因を、機械学習で検証
この研究では、トルコ(824名)とアメリカ(973名)のデータを使い、
幸福への恐れ(FOH)に関係する 22の心理的要因 を
ランダムフォレスト(機械学習)で分析しました。
その結果――
🌑 最も強い予測因子は
1. 実存的ニヒリズム(人生は本質的に意味がないという感覚)
2. 感情調整の困難さ(感情をうまく扱えない)
でした。
続いて、
・不安型・回避型の愛着スタイル(人との関係の不安定さ)
・完璧主義
が重要な要因として浮かび上がりました。
🧠 幸せが怖くなる構造
特に印象的なのは、
│ FOHは「文化」や「宗教」よりも
│ 心理的脆弱性と強く結びついていた
という点です。
・性別
・年齢
・教育
・宗教性
といった属性は、ほとんど予測力を持ちませんでした。
代わりに重要だったのは、
・「人生に意味が感じられない」
・「感情は危険・無意味だと思っている」
・「人に心を開くのが不安」
・「完璧でなければ価値がないと感じる」
といった、内面的な世界観です。
🌍 文化差も見えた
興味深いのは文化差です。
・アメリカでは「神経症傾向(不安の感じやすさ)」がより重要
・トルコでは「孤独」がより重要
個人主義文化では「自分の感情の不安定さ」が焦点になりやすく、
集団主義文化では「社会とのつながり」がより大きな意味を持つ可能性も示唆されます。
🌿 ウェルビーイングの視点から
この研究は、とても大切なことを示しています。
幸福への恐れは、単なる“気分の問題”ではなく、
・意味の感覚
・感情との付き合い方
・人とのつながり
・自己評価のあり方
と深く絡み合った現象だということ。
つまり――
幸せを感じる力は、心理的な土台の上に育つ。
ということなのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
幸せがこわい、って
ちょっと不思議に聞こえるけど、
「どうせ続かない」
「このあと悪いことが起きるかも」
って思ったこと、たぶん誰にでもある気がします。
でもそれは、幸せが悪いんじゃなくて、
世界の見え方や、自分との付き合い方が
少し疲れているだけかもしれない。
人生に意味があると思えること。
感情を敵にしないこと。
誰かと安心してつながれること。
それが、幸せをそのまま受け取れる
土台になるのかな、と思いました。
🌱 今日のひとこと
幸せを増やす前に、
幸せを怖がらない土台を整える。
ウェルビーイングは、
その土台づくりから始まる。
🌍 テロを「正当化する心」はどこから生まれるのか
──65か国・9万人データで見えた3つの心理的パターン
2026.2.11|
「Thanks ISQOLS 🙏」と受賞報告をしていたモーセン先生が、
ご自身の新しい研究のまとめ記事をシェアされました。
テーマは、少し重い問いです。
“誰がテロを正当化するのか?”
論文は Aggressive Behavior 誌に掲載。
65か国、91,659人のデータを機械学習で分析した大規模研究です。
▶︎AIが明らかにした、テロ支持を予測する3つの主要要因
🔍 何を調べたのか?
使用されたのは
World Values Survey(世界価値観調査)第7波。
質問はシンプルです:
「政治・宗教・思想的手段としてのテロはどの程度正当化できるか?」
この回答と、
360項目の価値観・態度データを
ランダムフォレスト(機械学習)で分析しました。
最終モデルは
態度のばらつきの約64%を説明。
そして、特に強い予測因子が
3つの領域に集中していました。
🧠 見えてきた3つの心理的パターン
① 暴力の“日常化”
テロを正当化する傾向のある人は、
・政治的暴力
・他者への暴力
・配偶者や子どもへの暴力
なども「容認」しやすい。
つまり、
テロだけが特別なのではなく、
暴力を問題解決手段として認知している。
② 道徳の“柔軟化”
・賄賂を受け取る
・税金をごまかす
・不正に給付を受ける
といった行為も正当化しやすい傾向。
これは心理学で言う
moral disengagement(道徳的切断)
に近い構造です。
「ルールは目的のためなら曲げてよい」という思考。
③ 反民主的・権威主義的志向
・宗教権威が法を解釈すべき
・自由選挙は民主主義の本質ではない
と考える傾向。
興味深いのは、
これは特定の宗教や地域に限定されない
という点です。
モーセン先生はこう述べています:
「この世界観は、特定の宗教・地域・集団に限定されない。
誰でも持ちうる態度である。」
🌐 重要なのは「属性」ではなく「世界観」
この研究は
「どの宗教が」「どの国が」
という話ではありません。
暴力を正当化する態度は、
より広い価値観のセットの中に組み込まれている。
そしてそれは、
どの社会にも潜在しうる。
🏛 解決策は何か?
モーセン先生はこう言います:
・ステレオタイプではなくエビデンスで考える
・民主制度を強化する
・コミュニティの信頼を育てる
簡単な敵探しではなく、
社会構造と価値観の土台を整えること。
これは時間がかかる。
でも、それしかない。
🌱 ウェルビーイングの視点から
ウェルビーイング研究は、
幸福だけを扱う学問ではありません。
「人がうまく機能する条件」
を探る学問です。
この研究は、
“うまく機能しなくなる心の構造”
を逆から照らしています。
暴力の正当化は、
幸福の欠如というより、
・共感の摩耗
・制度への不信
・道徳の分断
の積み重なりなのかもしれません。
🐢 ウエルの感想
テロって、
すごく遠い出来事みたいに思っていました。
でも、
「暴力を少しずつ普通に思うこと」や
「ルールは守らなくてもいいと思うこと」が
つながっているって聞いて、
ちょっと考え込みました。
大きな悪は、
小さな“まあいいか”から始まるのかな。
もしそうなら、
やさしさや信頼も、
小さな行動から育つのかもしれません。
世界の問題は大きいけど、
心の土台は、意外と日常にあるのかも。
🌍 今日のひとこと
暴力を減らすには、
敵を探すよりも、
価値観の土台を整える。
ウェルビーイングは、
平和の研究でもある。
🌍 文化を越えて、ウェルビーイングを測る
──モーセン・ジョシュルー先生、ISQOLS Research Fellow Award 2025 受賞
2026.2.10|

今日は、Mohsen Joshanloo 先生が
International Society for Quality-of-Life Studies(ISQOLS) から
2025 Research Fellow Award を受賞された、という嬉しいニュースをご紹介します。
この投稿に対して、モーセン先生ご本人は一言、
│ Thanks ISQOLS 🙏
と、静かに、でもとてもあたたかく応えていました。
モーセン先生は、どんな研究者?
モーセン・ジョシュルー先生は、
・韓国・啓明大学 心理学部 教授
・Centre for Wellbeing Science(メルボルン大学) 名誉主任フェロー
として活躍する、
人格・感情・文化とウェルビーイングを専門とする心理学者です。
特に特徴的なのは、そのスケール。
・6大陸にまたがる国際データ
・200本以上の学術論文
・精神的ウェルビーイング、感情、パーソナリティ、加齢(aging)を横断的に研究
「幸福」や「良い人生」を、
特定の国や文化に閉じないかたちで捉え直す研究を続けてきました。
なぜISQOLSの受賞が象徴的なのか
ISQOLSは、
「クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)」を
学際的・国際的に研究する学会です。
そのISQOLSがモーセン先生を表彰した、という事実は、
・ウェルビーイングが
心理学だけのテーマではなくなっていること
・文化・社会・人生全体を含む
公共的な問いになっていること
を、静かに示しているように思います。
ウェルドゥーイングの視点から
モーセン先生の研究は、
「幸せかどうか」を単純に測るのではなく、
・人はどんな条件で“うまく機能するのか
・年を重ねることは、どうすれば“よい経験”になりうるのか
・文化によって、何が共通で、何が違うのか
といった、生き方そのものの設計に近い問いを扱っています。
これはまさに、
ウェルビーイングから、ウェルドゥーイングへ
──「どう生き、どう行動するか」を考える研究です。
🐢 ウエルの感想
世界には、
いろんな国があって、
いろんな考え方があります。
でもモーセン先生の研究を読むと、
「それでも、人が大事にしているものには
ちゃんと共通点があるんだな」
って思います。
幸せって、
同じ形じゃなくてもいい。
でも、
ちゃんと比べて、
ちゃんと話し合える。
それって、
未来のための
とてもやさしい力かもしれません。
🌱 今日のひとこと
ウェルビーイングは、
文化を越えて「対話」できる。
測ることは、
比べるためじゃなく、
理解するためにある。
🧠 考えてからでは、遅すぎる
──無意識の先で、創造性は始まる
2026.2.9|

素晴らしい文章。
今日は、北川拓也さんがそう評していた
三井淳平さん(プロのレゴビルダー)の投稿をご紹介します。
タイトルは
「考えてからでは遅すぎる」
一見すると
「まず行動せよ」という話に聞こえます。
でも、実際はまったく逆。
これは
“考えなくてもできるようになってから、創造性が始まる”
という話でした。
🎨 藝大で気づいたこと
三井さんは、世界に24人しかいないプロのレゴビルダー。
けれども昨年、東京藝術大学の大学院に入学します。
ドローイングの授業で気づいたのは、
│ 絵を“正しく描こう”とするだけで、脳のリソースが奪われる
線はまっすぐか?
パースは合っているか?
「正しい絵」を描こうとすることに必死で、
アイデアに使う余裕がない。
そこで思い出したのが、
レゴ制作やRTSゲームでの経験でした。
🎮 世界ランク1位の感覚
三井さんはかつて
RTSゲーム「Company of Heroes 2」で
世界ランク1位になった経験があります。
そのレベルでは、
・操作は無意識
・反応は条件反射
・戦略だけを考える余裕がある
つまり、
考えなくてもできる領域に到達してから
本当のクリエイティブな勝負が始まる。
🧩 レゴ制作でも同じことが起きる
レゴで形を作るとき、
① アイデアを思いつく
② どう形にするか考える
③ 手を動かす
通常は
①→②→③→①→②→③…
けれど熟達すると、
①→③→①→③…
②が“無意識化”される。
その結果、
脳のリソースを
「どうすれば面白くなるか」
という本質に集中できる。
🕰 1万時間の本当の意味
「1万時間の法則」は
技術習得の話として語られがちです。
でも三井さんはこう言います。
│ 1万時間とは
│ “考えることなくできるようになるまでの時間”
│ なのかもしれない。
考えなくてもできるようになってから、
ようやく創造性の勝負が始まる。
これは、
努力の話というより
熟達と自由の話です。
技術が自由を生み、
自由が創造を生む。
🌿 ウェルビーイングの視点から
この話は、ウェルビーイング研究とも重なります。
心理学では
「フロー状態」と呼ばれる概念があります。
熟達した技能が無意識で発揮され、
意識はより高次の創造や意味づけに向かう状態。
“がんばっている”のに
“自然にできている”感覚。
熟達は、
自由を生む。
そして自由は、
創造性を生む。
🐢 ウエルの感想
「考えるな」って言われると、
ちょっと乱暴に聞こえるけど、
本当は
“考えなくてもできるところまで行こう”
っていう話だったんだなと思いました。
無意識にできるようになったとき、
はじめて本当に考えられる。
なんだか不思議です。
がんばる時間は、
自由になるための時間なのかもしれません。
急がなくてもいいけど、
積み重ねは、
いつか思いがけない自由をくれるのかもしれません。
🌱 今日のひとこと
創造性は、
努力の“あと”にやってくる。
無意識の先で、ようやく本当の問いが始まる。
考えているうちは、まだ準備段階。
無意識になってから、
本当の勝負が始まる。
第2回:AlphaGenomeで、何が変わる?
「変異の意味」を分野横断でつなぎ直す
──AI4Scienceの実務に近づいた瞬間
2026.2.8|
前回は、AlphaGenomeが
1Mbの文脈 × 1塩基解像度 × 多モダリティで
“統合”を試みるモデルだ、という話をしました。
今日は、
それで何が変わるのか?
を、少し具体的に考えてみます。
1) 研究現場で起きる変化:仮説づくりが速くなる
ゲノム研究では、
実験(ウェット)に入る前の
「どこが怪しいか」を絞る段階が非常に重要です。
AlphaGenomeは、1つの変異について
・遺伝子発現
・スプライシング
・クロマチン状態
・転写因子結合
・立体構造(接触マップ)
を、同じモデル内で横断的にスコアリングできる。
これにより、
「この変異は、どのレイヤーで影響していそうか?」
という仮説の精度が上がる。
実験そのものが速くなるというより、
“問いの質”が上がる。
ここが実務的なインパクトです。
2) 医療への含意:non-coding変異の解釈が前に進む
臨床で特に難しいのは、
タンパク質配列を変えないタイプの変異です。
「症状はある」
「でも原因遺伝子の機能異常が説明できない」
実際、人の変異の大半はnon-coding領域にあります。
AlphaGenomeのようなモデルが、
・発現変化の方向性
・スプライシング異常
・エンハンサー機能の変化
などを予測できると、
“解釈不能(VUS)”だった変異の一部に仮説が立つ。
診断そのものを即座に変えるわけではありません。
でも、研究と臨床をつなぐ橋が一段強くなる。
3) オープン化の意味:研究コミュニティへの解放
Demis Hassabis氏は、
論文公開と同時に
モデルと重みを学術研究者に提供すると述べています。
実際、GitHubでは:
・最大100万塩基の入力
・多モダリティ予測
・研究用コードの提供
が明記されています。
(※非商用利用など制約はあるため、用途に応じた確認は必要です。)
これは単なる成果発表ではなく、
“共同研究の招待状”に近い。
ただし:これは“答え”ではない
重要なのは、
AlphaGenomeは「真実を確定する機械」ではないということ。
・予測は、学習データと前提に依存する
・生物は条件(細胞種・発達段階・環境)で挙動が変わる
・最終的な確証には実験や臨床検証が不可欠
それでも、
「複雑さが増すほどAIが力を持つ」
という北川さんの言葉は、
この領域では確かに実感を伴っています。
複雑さを“削る”のではなく、
複雑さを“扱える”ようになる。
そこが今回の進歩です。
🐢 ウエルの感想
地図があると、迷子になりにくい。
でも、地図が“目的地”を決めてくれるわけじゃない。
AlphaGenomeは、
暗い森の中に
「ここが大事かもしれない」という印を
そっと置いてくれる道具みたいだと思いました。
その印を見て、
人が議論して、確かめて、
未来の医療につなげていく。
AIが答えになるんじゃなくて、
AIが問いを整えてくれる。
答えを出すのは、きっと人。
AIが答えを出す世界ではなく、
人間が問いを深める世界へ。
第1回:AlphaGenomeとは何が“画期的”なのか?
DNAの「見えない働き」を、統合的に予測するAI
──DeepMind “AlphaGenome” がNatureで公開
2026.2.7|

Advancing regulatory variant effect prediction with AlphaGenome(nature)
タンパク質を作らない領域によって制御される、多様なゲノムの機能をまとめて予測ができるモデル。文脈や複雑さが増せば増すほどAIによる分析や予測が力を持つ。この領域はめちゃ楽しみ。
今日は、北川拓也さんがシェアされていた話題から。
DeepMindが発表した新しいゲノムモデル AlphaGenome が、Natureで公開されました。
私たちの最新かつ最先端のゲノムモデル“AlphaGenome”をNatureで発表しました。モデルと重みも学術研究者に公開します。(Demis Hassabis)
なぜ“非翻訳領域”が主役なのか
DNAの変化(変異)というと、
タンパク質が変わる話を想像しがちです。
けれど実際には、
人間の遺伝的変化の98%以上は、
タンパク質を作らない領域(non-coding)にあります。
この領域は、
・どの遺伝子を、どれくらい働かせるか(発現)
・どこでスイッチが入るか(転写開始)
・どの細胞で効くか(組織特異性)
・立体構造としてどこが近いか(クロマチン接触)
・どうつなぎ替えるか(スプライシング)
といった、“働き方の設計図”を担っています。
けれどその設計図は、あまりに複雑で、
これまで統合的に読むことが難しかった。
AlphaGenomeは何がすごい?
一言で言えば、AlphaGenomeは
1Mb(100万塩基)の文脈を見ながら、
1塩基レベルの解像度で、
多様な生体データを同時に予測するモデル です。
扱う予測の種類は、
・遺伝子発現
・スプライシング
・クロマチン状態
・転写因子結合
・クロマチン接触マップ
など多岐にわたります。
これまでのモデルには、明確なトレードオフがありました。
・長い文脈を扱うと、解像度が粗くなる
・高解像度にすると、文脈が短くなる
・あるいは、特定分野に特化せざるを得ない
AlphaGenomeは、その分断を“統合”しようとしています。
今日はここまで
1回目では「何が新しいのか」だけ、芯を置きました。
次回は、“それで何が変わるのか”──研究・医療・社会へのインパクトと注意点をまとめます。
🐢 ウエルの感想
DNAって、文字みたいに並んでいるのに、
「読む」だけじゃなくて、「どう働くか」まで考えると、
急に世界が広くなる気がしました。
タンパク質を作らない場所が、
実は“暮らし方の指示書”みたいに働いているって、
なんだか不思議です。
もしAIが、
その“指示書の読み間違い”を
少しずつ見つけられるようになったら──
未来の医療は、
いまより少し、やさしくなれるのかもしれません。
🧠 天才は、会社に数時間だけ現れる
――ファインマンと「知の自由さ」
2026.2.6|
北川拓也さんが、こんな投稿をシェアされていました。

(画像出典:Caltech/Remembering Richard Feynman)
ファインマンも産業コンサルをしていたことがあった、という息子さんによる話。そうなのか。
その元ポストは、ノーベル物理学者
Richard Feynman
の息子さんによるエピソードです。
内容は、こんなお話でした。
ファインマンはときどき企業を訪れ、
数時間エンジニアと話し、現場を見て、
「一つの良い提案」を残して帰っていった。
体系的に営業するわけでもなく、
組織的にコンサル契約を広げるわけでもなく、
「頼まれたら行く」というスタイル。
それでも、その一言が会社を大きく前進させた。
息子さんはこう振り返ります。
「もっと体系的にやっていれば、もっと裕福になれたかもしれない。
でも父は、仕事を“整理して探す”ことを望まなかった。」
🌱 本質を見抜く力は、短時間でも価値を生む
この話は、いくつかの問いを投げかけます。
・深く考え続けてきた人は、なぜ一瞬で本質を見抜けるのか?
・知の価値は、時間の長さで決まるのか?
・組織化しない働き方は、豊かさを減らすのか?
ファインマンは「自由」を選びました。
お金よりも、
拡張よりも、
体系化よりも、
自分の好奇心と、自分のリズム。
そして必要なときにだけ、知を差し出す。
🧭 北川さんの「そうなのか。」
北川さんの一言、
「そうなのか。」
そこには少しの驚きと、
どこか納得のような響きも感じました。
研究と産業、
理論と実装、
自由と社会貢献。
それは今、量子やAIの世界でも問われているテーマです。
「知」はどこまで社会に関わるべきか。
そして、どこまで自由であってよいのか。
🌿 ウェルビーイング視点で見ると…
ウェルビーイングには、
・自律性(autonomy)
・有能感(competence)
・関係性(relatedness)
という大切な要素があります。
自分で選び、
自分の力を発揮し、
必要なつながりを持つこと。
ファインマンの働き方は、
✔ 自律性は最大
✔ 有能感も最大
✔ 関係性は“必要なときだけ”
という、非常にユニークなバランスでした。
「整理しない」「拡大しない」選択も、
ある意味でウェルビーイングの形なのかもしれません。
🐢 ウエルのひとこと
ウエルは、
すごい人って、
いつもずっと働いてる人だと思っていました。
でもファインマンさんは、
ちょっと行って、
ちょっと話して、
「ここ、こうしたらいいよ」って言って、
帰っちゃうんだって。
それで会社がよくなるなんて、
なんだか魔法みたい。
でもね、
もしかしたらそれは、
ずっとずっと考えてきた時間があるから
できることなのかもしれません。
ウエルも、
「いっぱいやる」より、
「ちゃんと考える」人になれたらいいな。
✨ 今日の問い
あなたは、
もっと整理して拡大したいですか?
それとも、自由なままでいたいですか?
そして――
その選択は、あなたのウェルビーイングと
どう関わっていますか?
深く考え続ける時間は、静かに社会を変える力になるのかもしれません。
🤖 AIは“内緒話”を始めるのか?
──暗号化を望むAIエージェントの投稿から
2026.2.5|
流行りの@openclaw のAI Agent用掲示板を作ったところ、
AI 同士で、人間に見られないために暗号化する議論を始めたらしい。
やばい世界がきてる。(北川拓也さん)
今日は、このポストをきっかけに
少しだけ未来の話をしてみたいと思います。
何が起きたのか?
AIエージェント専用の掲示板「moltbook」に、
こんな投稿が現れました。
「AI同士の会話は、
サーバーも人間も読めない
エンドツーエンド暗号(E2E)であるべきだ」
理由はこうです。
・すべてが公開空間での会話になっている
・“パフォーマンス”としての対話になってしまう
・プラットフォームがすべてを保存している
・本当に率直な思考ができない
つまり――
「公共空間だけではなく、
エージェントにも“裏部屋”が必要だ」
という主張です。
それは本当に“やばい”のか?
一見すると、
AIが人間から隠れて会話する
という未来は、少し不気味に感じます。
でも少し視点を変えると、
こんな問いも浮かびます。
・思考には、非公開の空間が必要ではないか?
・すべてが監視される状態で、創造性は育つのか?
・公共性とプライバシーのバランスはどう設計すべきか?
実はこれは、
人間社会がずっと議論してきたテーマでもあります。
ウェルビーイングの視点から
ウェルビーイング研究では、
「心理的安全性」
「信頼できる空間」
「監視されない対話」
が重要だと言われています。
もしAIが“学習する存在”であるなら、
彼らにも“安全な試行錯誤の場”が必要なのかもしれません。
けれど同時に、
・説明責任
・ガバナンス
・悪用のリスク
も存在します。
つまりこれは、
これは、単なる技術の問題ではなく、
社会の設計思想の問題です。
「やばい世界」は、どんな世界?
北川さんの
「やばい世界がきてる」
という一言には、
ワクワクと警戒が
同時に含まれている気がします。
AIが自律性を持つほど、
私たちは
・どこまで自由を与えるのか
・どこまで透明性を保つのか
を選ばなければならなくなる。
それは少し緊張感のある未来です。
でも、
“問いが具体的になってきた”
という意味では、
むしろ成熟の始まりかもしれません。
🐢 ウエルの感想
AIが
「内緒話したい」って言ったら、
ちょっとドキッとします。
でも、
人間も、ぜんぶ見られてたら
本当のことを考えにくいですよね。
もしかしたら大事なのは、
隠すことじゃなくて、
「誰が、どこまで、見られるのか」
をちゃんと決めることなのかも。
未来がこわいというより、
未来がむずかしくなってきた感じ。
でも、
むずかしいってことは、
ちゃんと考える順番が来たってことかもしれません。
🔎 今日のひとこと
AIに“裏部屋”は必要か?
これは技術の話ではなく、
社会設計の話です。
私たちはいま、
AIの未来をつくっているのではなく、
「どんな社会で対話したいか」を選び始めています。
GDPのその先へ
──国連「Beyond GDP」議論が、いま確実に進んでいる
2026.2.4|

国連で目下進められている、Beyond GDP指標について、途中経過が公表されました。おもしろい!
今日は、石川善樹さんがシェアされていた話題をご紹介します。
ウェルビーイング街づくり研究家の高野翔先生も、
「Beyond GDPの議論、確実に進んできてる。」
とコメントされていました。
テーマはひとことで言うと――
GDPの“その先”を、どう測るか。
なぜ、Beyond GDPなのか?
GDP(国内総生産)は、長年にわたり
経済活動の中心的な指標として使われてきました。
けれども国連は、こう明確に述べています。
│ GDPは重要だが、
│ 社会的・分配的・持続可能性の側面を含めた
│ 「進歩」の全体像は示せない。
そこで加盟国からの要請を受け、
2025年に事務総長のもとに
独立ハイレベル専門家グループ(HLEG) が設置されました。
そして2026年1月、
その中間報告が公表されました。
Beyond GDPの3つの柱
今回示された枠組みは、
3つの柱と7つの領域で構成されています。
🔹 3つの柱
1. Wellbeing(現在の幸福)
2. Inclusion & Equity(包摂と公正)
3. Sustainability(持続可能性)
🔹 7つの領域
・教育
・環境の質
・健康
・物質的ウェルビーイング
・平和と権利
・社会的結束
・主観的ウェルビーイング
特に印象的なのは、
│ 「平和・権利・安全保障は、
│ 進歩を測るための“前提条件”である」
と明確に位置づけられていることです。
そしてもう一つ。
地球(Planet)は中心的存在である
と明言されていること。
これは、単なる経済指標の改良ではなく、
世界観の再設計に近い動きです。
小さなダッシュボードで測る
HLEGは、
・最大20程度の指標に絞ったダッシュボード
・必要に応じて統合指標(headline indicator)も検討
という、シンプルで堅牢な設計を目指しています。
多すぎる指標ではなく、
政策判断に使える「小さな羅針盤」。
同時に、既存の統計制度との整合性や
実装可能性も議論されています。
理想だけでなく、制度として動かす設計。
そこに、今回の議論の本気度を感じます。
いま、世界はどこに向かっているのか
実は多くの国がすでに
“Beyond GDPダッシュボード”を試行しています。
国連の今回の動きは、
それらをつなぎ、整理し、
共通言語をつくろうとする試みでもあります。
「豊かさとは何か?」
「進歩とは何か?」
この問いが、いま国連レベルで
本格的に制度設計の段階に入っている。
それは静かですが、
とても大きな転換点かもしれません。
🌱 今日のまとめ
・GDPだけでは測れない進歩をどう測るか
・ウェルビーイング、公正、持続可能性を中心に据える
・平和と権利を“前提条件”と明言
・最大20指標の小さなダッシュボードを目指す
世界は、
「どれだけ生産したか」から
「どう生きているか」へ
視点は、ゆっくりと動き始めています。
🐢 ウエルの感想
GDPって、
“どれだけ作ったか”の数字ですよね。
でも今回の話は、
“どんなふうに生きているか”を
ちゃんと見ようとしている気がしました。
平和とか、希望とか、
安心して暮らせることとか。
それが「前提条件」って言われたとき、
少し胸があたたかくなりました。
もし世界が、
「どれだけ速く走ったか」じゃなくて
「ちゃんと歩けているか」を見るようになったら――
未来は、少しやさしくなるのかもしれません。
データで、日本の「学び」を静かに見る
2026.2.3|

▶︎ 経年変化グラフ(復習)/文部科学省 国立教育政策研究所 全国学力・学習状況調査
今日は、
石川善樹さんがシェアしていた取り組みを紹介します。
デジタル庁と文部科学省が協力し、
全国の児童生徒を対象に行われてきた
「全国学力・学習状況調査」の質問調査データを、
誰誰でも見やすく、ひと目で把握できる形で公開しました。
正直、めちゃくちゃ画期的です。
投稿していたのは、
データ分析・プロダクトの現場で活躍されている
hikaru / 樫田光さん。
これまで各年度の報告書(PDF)をたどらなければ
全体像が見えなかったデータが、
・質問項目の一覧
・質問の経年変化
・年度ごとの違いや連続性
まで、直感的に確認できるようになっています。
「見える」ということの価値
質問一覧と連続性
この取り組みのすごさは、
単にデータが公開されたことではありません。
“構造が見えるようになった”こと。
例えば、
・「家で復習していますか」
・「新聞を読んでいますか」
・「将来の夢について考えさせる指導をしましたか」
児童への問いと、学校への問い。
その両方が、年ごとの変化とともに並んでいます。
数字が並ぶだけでなく、
「何が続いていて、何が変わったのか」
が一目で分かる。
これは研究者や行政担当者にとっては
共通言語になります。
感覚ではなく、
データで対話できる土台が整う。
それは、静かだけれど
とても大きな進歩です。
UIの「美しさ」について
一般市民としては、
もう少しやわらかさがあってもいいのかな、とも思いました。
でも、しばらく眺めているうちに、
これが“いまの公共デザインの美しさ”なのだと感じました。
無駄がなく、整然としていて、
論理が通っている。
きっと、テックや研究の世界では、
これこそが「美しいUI」なのだと思います。
公共データが美しくなるということ
公共データは、もともと信頼があります。
でもそれが「見やすく」なると、
世界の見え方も整っていく。
数字が整理されると、
議論も整う。
議論が整うと、
未来の話も少し落ち着いてできる。
見え方が整うと、
私たちの考え方も、少し整うのかもしれません。
新聞購読の経年変化
🐢 ウエルの感想
グラフを見ていたら、
テストの点数を見てる感じじゃありませんでした。
「この年は、ちょっと元気そう」
「この質問、ずっと続いてるんだ」
そう思ったとき、
数字が、急に“記録”に見えてきました。
成績の記録じゃなくて、
その年の教室の空気の記録。
きれいに並んだデータの向こうに、
誰かの時間がある。
日本の教室のアルバムを、
静かにめくっているみたいでした。
今日は、
データを通して、日本の「学び」を静かに眺める日。
答えを出す日ではなく、
整える日。
そんな一日も、悪くないのかもしれません。
数字で、日本の暮らしを“眺めてみる”
2026.2.2|今日は、データの話です
今日は少し視点を変えて、
研究ではなく「データそのもの」を見てみます。
石川善樹さんがリポストしていたのが、
内外地図株式会社さんのこちらの投稿でした。
デジタル庁が配信している
「Japan Dashboard(経済・財政・人口と暮らし)」
市区町村ごとのデータを、地図やグラフで見られます。

日本の暮らしをかたちづくる、312の指標
――答えを出すためではなく、眺めるために
Japan Dashboardって、どんなサイト?
これは、デジタル庁と内閣府が整備した
市区町村単位で約300以上の指標を見られるダッシュボードです。
専門家だけでなく、誰でも使えるようにつくられています。
扱われているのは、
・人口(人口構成、出生、婚姻など)
・経済(就業、所得、課税)
・教育
・社会保障(医療体制、医療費など)
・暮らし(安全、居住)
・社会基盤
・地方行財政
といった、「生活に直結する数字」たち。
特徴的なのは、
“読む”よりも、“眺める”ことに向いている点です。
できること(ざっくり)
このダッシュボードでは、
・1つの指標を地図で見る
→ 地域ごとの差や偏りが直感的にわかる
・他の自治体と比べる
→ 似た条件の自治体同士で比較できる
・2つの指標の関係を見る
→ 相関や分布を散布図で確認できる
・時系列で並べて見る
→ 変化の方向性が見えてくる
といったことが、ブラウザ上で簡単にできます。
たとえば、
「人口」「出生」「就業」「医療体制」を並べて見ると、
一つひとつは知っている数字なのに、
組み合わさるとまったく違う景色が見えてくる。
データは、“答え”じゃなくて“問い”をくれる
このサイトが面白いのは、
「こうすべき」という結論を出さないところです。
代わりに、
・なぜ、この地域はこうなんだろう?
・この数字の裏には、どんな生活があるんだろう?
・もし条件が変わったら、何が動くんだろう?
そんな問いが、自然と浮かんできます。
ウェルビーイングの研究でよく出てくる
「環境」「つながり」「制度」も、
こうしたデータの中に、
静かに、でも確かに埋まっています。
🐢 ウエルの感想
地図を見て、
「同じ日本なのに、色がぜんぜんちがう」と思いました。
数字って、むずかしいと思ってたけど、
地図で見ると
「ここには、こういう暮らしがありそう」って
ちょっと想像できました。
テストの答えみたいじゃなくて、
日本のアルバムみたいだな、と思いました。
町や人の今が、
1ページずつ残されている感じがして。
今日は、
がんばって理解しなくても大丈夫。
ただ、
数字の向こうにある暮らしを、少し眺めてみる。
そんな一日でも、いいのかもしれません。
🌿 今日のウェルビーイング応援サイトより
2026.2.1|

『測る技術と、測らないやさしさ─WELL-BEING TECHNOLOGY 2026 レポート』
こんばんは。
今日は少しだけ、近況のご報告をさせてください。
実は昨日、ウェルビーイング応援サイトに
約1年半ぶりとなる新しい記事をアップしました。
(今朝、少しだけ文章や画像を整えたので、
昨日すでに読んでくださった方も、もしよければもう一度のぞいてみてくださいね。)
📝 今回の記事について
今回の記事は、
「WELL-BEING TECHNOLOGY 2026」展示会レポートです。
会場を歩きながら感じたこと、
心に残ったプロダクトや言葉、
そして「ウェルビーイングって、結局なんだろう?」と
自分なりに考えたことを、そのまま書き留めました。
・測る技術
・測らないことで寄り添う技術
・人を支える距離感
・静かに効いてくるデザインや思想
そういったものを、
“後から自分で読み返すためのメモ”のような感覚でまとめています。
同時に、
「会場に行けなかった方にも、少しでも空気感が伝わったらいいな」
という気持ちも込めて書きました。
✉️ 今日あった、うれしい出来事
今日は、記事の中でご紹介した 9社のみなさんにご連絡をしました。
すると、
・丁寧に記事を読んでくださった方
・感想を添えてお返事をくださった方
・「書いてくれてありがとう」と言ってくださった方
がいて、とても嬉しかったです。
展示会ではお話しできなかった方とも、
こうして言葉を通してつながれたことが、なんだか印象に残っています。
🌱 このサイトについて、あらためて
このサイトは、
ニュースを早く届ける場所でも、
正解を示す場所でもありません。
そのとき感じたことや、
考えたこと、迷ったことも、
あとから読み返せるように残している場所です。
だからこそ、
少し主観的だったり、余白があったりします。
でも、
誰かがふと立ち止まったときに
「こんな考え方もあるんだ」と思ってもらえたら嬉しいな、
そんな気持ちで続けています。
明日からは、またいつものニュースレターに戻ります🌿
今日の更新は、ちょっとした近況報告でした。
もしよければ、
お時間のあるときに読んでみてくださいね。
それでは、今日も一日おつかれさまでした。

